第62話 「千変」
あの、湖の真ん中に立っている屋敷が見えるだろう。
見えないはずもない。
ああ、普通の人間には見えないのだが。
あそこに、我らでは倒せない、いや、手こずるやつが居る。
お前に頼みたいのは、その退治だ。
何故、僕と同じような魔力を持つキミが出来ないんだい?虎?
倒しにくい、そう言っただろう。虚言ではないよ。
ご褒美は?
献身せよ。
じゃぁせめてその背中に乗って空を駆け巡るとか。
断る。
やりがいないな…。ご褒美に、本当の姿を見せるってのは?
我の?
そう。
…虎は、人の姿になった。頭部と、背中の、会わせて3対の羽はそのまま。
白い革の服に身を包み、自信に満ちた目つき、堂々たる風格。
…堂々たるバスト、堂々たる美貌。(アリエス目線)
…いいご褒美をもらった。じゃぁ、行きましょう。
アリエスは、歩きかけて、1つ、思い出したように言う。
中に敵は一人?なら館ごと消すけど?
判らん。連れ去った人間が居るはずだ。生きているかどうかは、別として。
変化に長けたヤツだ。用心することだ。恐らく、心は読めない。逆に、読まれないように用心しろ。
ふうん。
アリエスは歩き出す。
そしてまた足を止めて振り返る。
オマエ、本当は行きたくないだけか?
いや、言い忘れて。
なんだ?
虎さん綺麗だねえ。僕の後宮来る?
神の眷属に何たる冒涜!さっさと死んで来い!!
…その言葉遣いで神とか出されてもなぁ…
尚、アリエスに後宮は無い。居るのは妃だけ。だからこれは、彼にしては珍しい系統の軽口だった。
さて、アリエスは渋々歩き出した。
水の上を歩き進む。
館の主が何者であれ、討伐が目的だと。ちょっと嫌だね。
扉の前に来た。立派な館だ。
金属の金具を打ちあわせ、音を鳴らす。
すぐに、可愛らしい少女の声が聞こえて来た。
「はい。どなた?」
「僕はアリエス。ここの主から貴女を救いに来ました。」
「はぁ、別に困っていませんが。」
「開けてもらっても?」
「ドウゾ。お気を付けて。」
お気を付けて? アリエスはまず普通に取っ手を持つ。
少し、痛みが走った。軽い痛みだ。取っ手には、薔薇のように金属のトゲが幾つも出ていた。
アリエスのパッシブバリアが防ぎ、傷は無い。
扉を開ける。
目のまえで、赤い服の少女がお辞儀する。首には白いスカーフ。とても似合う。
大きなホール。ダンスでもできそうだ。すぐに2階への階段がある。吹き抜けのホール。シャンデリアが吊り下げられている。
ホールの右半分は、円形のテーブルに椅子が3つ。 それが4セット。
客をもてなす準備はあるらしい。
「珍しいお客様、しばしそちらの椅子でお待ちを。暖かいお茶をお持ちします。」
「お構いなく。いいお客では無いんで。」
少女は、再び礼をして1階右奥の扉へ消える。
少しして、入れ替わりに、えらく体格のいい、スキンヘッドの男が入ってくる。
左奥一階の扉から。
モンクか、戦士か。どちらにせよ、素手だ。左肩にタトゥー。竜のタトゥー。
両腕に白い布を巻いている。
アリエスの向かいに、どかっと座った。
椅子が子供用に見える。
「客人、ここの御主人に用があると?」
「極悪人だと聞いていましてね。」
「特にそのような事は無いが。」
「何でも、神の眷属まで上り詰めながら道を踏み外した男とか。」
「がはは、アンタは神さまなんて信じているのか?」
「信じるというか、実在している強力な存在。としか。」
「へえ。お若いのに達観してるな。魔術師だろう?実年齢は何歳だ?」
「はぁ。22歳だけど。」
オトコは驚いたようだ。
「…それは…真実なら驚きだ。そして、その様な前途有望な者を此処で失わせる暴挙にも驚く。」
「はぁ。死ぬつもりは無いんで。」
「はは、気を付けろ。ここの館にお前の味方は居ないぜ?」
「ご忠告どうも。」
オトコは、立ち上がり、左奥へ消えて行った。
少しして、少女が右奥の扉から入ってくる。トレーに、お茶を乗せている。
「どうぞ…毒は入れたかったけど入れてませんよ?」
「それはどうも。お嬢さん。名前は?」
「あ、アタシはヨアンナ。」
「お茶をありがとう。ヨアンナ。」
アリエスはカップに口を寄せる。
…1ヶ所、鋭く欠けている。カップを回し、別方向から飲んだ。
確かに、ヘンな味はしなかった。
少女は礼をして立ちさろうとする。
「ヨアンナ、キミに家族は?キミは何年ここに居る?」
「さぁ…忘れちゃいました!」
少女は屈託なく笑って戸を閉めた。
アリエスは、もう一口お茶を飲む。
バリアが効いているが、バリア無し、気が付かなければ唇を切っていたな。
左の扉が静かに開く。
出て来たのは、人間じゃなかった。
最近会ったばかりのサキュバス。勿論、ミルキシュではない。
頭の角と背中の羽以外は、完全に人間に見えた。
上半身は裸で、自慢げに胸を揺らし、下半身は、辛うじて白い布を巻いている。
妖艶な足取りで、アリエスに近づく。
アリエスの目の前に来ると、一つの椅子を動かし、アリエスの隣に寄せた。
「主がねえ、アナタを愉しませて、帰ってもらえって。」
「キミはその主の、オンナ?」
「まぁ、そんなところ。」
「じゃぁ、やめとくよ。人様の恋人を奪うのは好きじゃ無いね。」
「いいえ?主の願いなのよ?」
サキュバスは唇を寄せて来た。ミルキシュとは違い、犬歯が見える。シャルロナのように。
アリエスは唇を避けるように立ち上がり、サキュバスに問う。
「名前は?」
「名前?さぁ、魔族に必要かしらそれ?」
「女性魔族とは戦いたくないんだが。そろそろ茶番はここまでにして、主を呼んできてくれ。必要なければ戦いも避けられるだろう。そう伝えてくれ。」
「そう、仕方ないわね、呼んで来るわ。」
サキュバスは立ち上がり、ウインクして下がって行った。
ぎこちないウインクに見えた。ミルキシュと比べて。
アリエスは、扉が閉まると同時に、使い魔のカラスと一瞬で入れ替わり、ガス体になった。
扉の隙間から、ホールの外へ出る。
通路。左右に伸びる。カンで、左へ。
すぐに、上と下へ階段がある。カンで下へ。
降りてすぐ、2つの扉。
片方へ、アリエスは入った。
死体処理場。多分そう言った方が良いのだろう。いきなり、ビンゴだ。
骨の山。大きなテーブル。刃物。刃物。沢山の器。血を流す、小さな穴。この下は何が巣くっているやら。
まるで食人鬼の館。
少々吐き気がして、アリエスは念のため、反対側の小部屋へ潜り込む。
そこは、我がツァルトの<恒冷の石>が敷き詰められ、棚には沢山の…瓶。
所狭しと並べられた瓶。全て、ラベルがある。
「ダッカーヴァ商人、ジック」「アテンドル貴族娘、シシリア」「カヤクの森、ヒドラ」
「エルフ、ダルテニオ」「魔族、2頭の悪魔」「魔族、サキュバス」
全ての瓶には、なみなみと血が入っていた。
一方、アリエスの姿をしたカラスの前には、先程の大男が、モンクが立っている。
「主は、俺を代理にと言っている。聞こうか。話そうか。」
アリエスは、カラスと再び入れ替わった。カラスには、大切な使命を与えた。
「…これは、予想でしかないんだけど。」
「ほほう?」
「そちらの主は、力を欲してしまったのではないかな。例えば…。」
「例えば?」
「食った人間になれる、または血を飲んだ人間や生き物になれる。」
「ほほう、面白いね。どうしてそう思った?」
「…今思えば、最初のドアノブは怪我させるためだ。僕がケガしたら、親切に包帯を巻いてくれたんじゃないかな。」
「ほう、なんで?」
「…もう1つあって、あの子…ヨアンナのくれたカップにも鋭い欠片。口を切る所だった。サキュバスには、鋭い牙。キスしないで良かったよ。」
「…つまり?」
「主は、血が欲しいんだ。吸いたいんじゃないだろう。多分、血で強くなれる。」
「ほう。」
「どういう魔法と言うか、効果の源は不明だけど…。眷属としての力以上に、血の力に魅せられたのかな?裏切りは追われるだろうに…。」
「…だが、主は今も生きている。どうせ、神の眷属じゃぁ、主を倒せないからな。」
「…その理由が判らないねえ。」
「…だから、何も知らない若造を寄越した。あわよくば倒せるようにと。まぁ、甘い考えだ。」
「へえ。何で」
「眷属は、眷属を殺せないのさ。眷属同士を争わせないための、くだらないルールだ。」
「へえ。だから、眷属じゃない僕を送り込んだと。いやあ、姑息だねえ。」
「そう思うなら、お前も見限っちまえばいい。」
「まぁ、ちょっとした事情があってね。」
「言った通り、お前では主に勝てないが?オレにすら。」
「ふーん。じゃぁさ、最期に教えてよ。眷属を倒すのに関係ない力をぶつけるのは判ったよ。なんで、神はその力を取り上げないのかな?道を踏み外した者に、なぜまだ力が使えるのかな?」
オトコは立ち上がり、体中にルーンを浮かび上がらせた。
対魔法ルーン。
アリエスは、素早く右奥の扉へ走った。
「モンクの蹴りはもう結構!」
扉を開け、「“エバーロック”!」鋼と化す恒久の呪文。
大男は、扉ではなく、横の壁を殴り始めたらしい。
「おーい!ヨアンナ!どこだい!僕と逃げるよ!!」
壁が崩れた。大したパワーだ。はは。
アリエスは、右奥へ走る。予想では、厨房があるだろう。
…これまた、ビンゴ
しかし、行き止まりだ。
「“アニメイトオブジェクト”!」疑似生命の呪文だ。部屋中の包丁とナイフに疑似生命を与え、戦わせる。
厨房のドアがぶち破られた。
一斉に襲い掛かる包丁とナイフ。
「ふん!ふん!ふん!!」
オトコは、避けながら次々に叩き落す。スゴイ技術だ。垂直に叩き、圧し折る。
一本の包丁が、フワフワと廊下へ出る。
ちょっとして、後ろから声。
「てめえ!今の包丁が化けた姿か!!」
アリエスはポン、と人に戻り、笑いながら今度は左奥に向かう。
左の奥へ、下へ。先ほどの、秘密の部屋へ。
ばたん。血の瓶の間に逃げ込んだ。
どんどんどん!先程より威力のない小さな音。
「あ、アリエスさん早く開けて!あの男が来ます!」
「あ、ヨアンナ!早く中へ!」
アリエスは戸を開け、奥へ来るように促す。
「さぁ、こっちへ!」
「はい!でも、大丈夫。ココは、大切な間なのでヤツは来ませんよ。」
「大切な?この汚いビンが?」
「そう。主は、この血を使って、あらゆるものに変身できるんです。血さえあれば。なんにでも。」
「ヨアンナ?」
「例えば、これよく使うんで前にあるんですけど、この魔族の血。先ほどのモンクの様に強く、魔法耐性を持ち、とっても早い。」
ヨアンナは瓶を取り、ふたを開ける。
首の白いスカーフに、一滴血を垂らした。
瞬く間に、ヨアンナの姿が代わる。
年老いた、村の老人に!!
「あ?」
「…ヨアンナ。大男。サキュバス。巻いてるとこは別々だったけど、似た魔力の布を全員着けていたねえ。そのケープが、“アーティファクト”か。すごいね。」
「き、貴様!何をしたのじゃぁ!?」
「僕のシモベが、一生懸命、ラベル張り替えといた。」
「な、なんんじゃとおー」
アリエスは、呪文を唱える。
「んと、呪文が効かなくて力が強くて素早い…んだったね、じいさん。いや、元眷属、ワドルソン・グラファ。」
地下室で、おとこの断末魔が響き渡る。
すぐに、元の姿へ…中年の男性だったが…に戻った。
遺体のからだが光り、光り輝き、その光は何処かへ消えて行った。
アリエスは、力を使い果たし純白に戻ったケープを乱雑にポケットにしまい込む。
燃やそうか。まあ、ディヴァの意見を聞いてから。
おっと、部屋は物色していこう。戦利品は戦利品だ。
ここでも、冒険者の悪癖は色濃く残っていた。
―――湖のほとり。
虎のように凛々しい女性が、一つの岩の上に仁王立ちしていた。
風格、まさに虎。
が、目の前に、アリエスがテレポートで現われる。本当に目の前だったので、「うわっ」といって、美女は湖に落ちた。
「き、きききき貴様!!本当に!本当に神を畏れぬと言うか、傍若無人というか!不敬と言うか節操無しと言うか!」
目のまえに来ただけで慌てるってカワイーね、猫だね。
「きっさあまー!!」
虎は虎になった。勿論、本当はどっちが本当の姿か、知る由もない。
「はい、このケープを回収でしょ。退治しましたよ?ハッキリ言えば、殺したよ。」
虎は、平然と言い放ったその言葉の重みに、自分とはまた違った迫力を感じ取る。
「それが、“バンパイアケープ”」
「へえ。」
「お前は、持てたのか。」
「持てたのかって、今、持ってるし。」
「では、お前のものだ。いや、次の持ち主として、選ばれた。ソイツを作った、天上の者に。」
「はぁ?」
「燃やして見ろ、試しに。」
「は?」
「いいから。」
「“ファイア”」
ケープにはいっこうに火がつかない。
「そのケープは、アーティファクト。運命を持つアイテムにして、運命を狂わせるアイテム。効果は…邪なものだ。作った者の系統が想像できよう…?」
「捨てる事は?」
「できない。明日には枕元に在るだろう。」
ふうん。アリエスはそう言って、無造作にポケットに入れた。
アリエスは、虎の目の前で、虎の眼前に、にらみ合うボクサーの様に顔を近づける。
「…気に入らないんだ。気に入らない。上から操るだけの存在が。それこそ、人の運命を持て遊ぶような存在が。神族。眷属。本当に、僕たち人の子を見守る、父や母なのか。」
「…しかし、お前が“ウィッシュ”の呪文を手に入れる方法は、他にない。」
「勿論、僧侶たちが使う呪文が光の恩恵なのは知っているけどね…。でもね、ディヴァ。それでもキミはキライじゃない。寄り添ってくれるのが伝わる。人の姿だともっといいな。」
「な…。」
じゃぁ、次の依頼を待とう。じゃあねえ~。
アリエスはテレポートで消えた。
虎は、人の姿になる。
そして、何を思ったか腕を組み思案する。
少々前に、彼女が、この白い虎がアリエスに近づいたのは、使命あってのことだ。
アリエスの願いを知っている。吸血鬼を人に戻したいという、願いを。
偶然の出会いなどではない。
「豪胆にして変幻自在。強く、しなやかだ。ただ…神を敬っては、いない。」
「…我はどうすべきか…」




