<魔剣士シルベール編>第3話「寺院の奇跡」後編
2日後の、夜。
シルベールは、えらくガタイの良い、けもの臭い者達とすれ違った。
男女合わせ12名ほど、馬車を中心に群れ為していたのだが、馬が引くのではなく、2人の男が馬車を引いていた。異様な光景だ。どれだけの怪力なのか。
シルベールは剣の鞘に触れながら、横を通り過ぎる。
男達はずっとシルベールを見ていた。
そして、馬車の中に居る誰かに声を掛けると、視線をシルベールから外して去って行った。
知らない、言語だった。馬車の中は見えなかった。
何者だろうか。背後に暫く警戒を解かないでいた。全員、魔法の反応があった。何の魔法か判るほど、シルベールに魔法の知識は無いが。
そして、更に、半日後。昼。
シルベールは、荒れ果て、崩れ落ちた農家を見た。
時間で崩れ落ちたようには見えなかった。怪力男が見えない手で何もかも握りつぶした様だ。
シルベールは、その農家に駆け寄った。
夜。月が出ていて、闇に明かりを恵む、夜。
灯りもない中を、寺院に向かって、ギシギシと大きな音を立てながら、何人もの大きな男女が、寺院に近づいて来た。
最初に気が付いたのは、トイレに起きた7歳の女の子だった。
もともと明かりもないこの寺院。節約のため、火も落としている。
最初から月明かりを頼りに、夜目に慣れた少女は、2階からハッキリ見たのだ。
寺院の農地を踏みつぶしながら、馬車を入口まで引いて来た、鬼を。
オーガの、群れを。
少女は悲鳴を上げ、母に、姉に、助けを求める。
慌てふためく、無力な寺院の住人達。
「母様!助けて!」
「こわいよ!こわいよう!」
「大丈夫です。神が奇跡をくれましょう。言うとおりにするのです。聞きなさい。」
「ど、どうするの母様!?」
「イイですか、穀物部屋の地下に、古い酒蔵があります。ビネトーについて行きなさい。逃げ込みなさい。毛布を持って、逃げ込むのですよ。内側からカンヌキをかけなさい。オマエ達なら潜れるはず。」
「か、母様!?」
「そして、4日間、泣くのも耐え、水と固パンで我慢しなさい。便もそこで恥ずかしがらずしなさい。声を殺して待つのです。4日間。4日して、何も音がしなくなったら、出てきなさい。良いですね?」
母の決意に満ちた優しい顔で、フェイトとビネトーはその覚悟を悟った。
子供達は、母の言いつけ通り、涙を流しても声を殺し、静かに穀物部屋へ。
ビネトーが落し扉を開けて、子供達を中へ抱き下ろす。
子供達が全員入ると、ほぼ満員だった。
「元気でね…。」
ビネトーは、優しい姉の微笑みで、落し扉を閉める。上にゴミをバラ撒き、小さな扉を隠す。
入口の大きな扉を、誰かが乱暴に叩いている。
叩いている?いや、壊している。
フェイトとビネトーは急ぎ礼拝の間へ駆け戻る。
「バカ者…何故一緒に入らないのです!?」
「アタシ達オトナですよ、母さん。」
「そうです!たた、たたかい、ましょう!!」
勇敢なフェイトの言葉に母は笑った。
「強くなりましたね…臆病な貴女が…。でも、なおの事生きてほしい。」
「待って、母様、逆に私たちは、屋上へ逃げましょう!此処に居ても…!」
どん、と大きな音。オーガ達はなだれ込んできた。
数体のオーガが入り口から入ると、最期に小柄なオーガが、杖を持ったオーガが標準語で話しかけて来た。
「にんでん、あきらめが肝心です。わたしたちは、匂いでわかりますよ。隠れても、むだ。」
母と2人の娘は、急ぎ、2階へ駆け上り、屋根裏を開け、小柄な体を活かして入り込む。
フェイトは最後に登ると、ハシゴを蹴倒した。
3人を追ってきたオーガ。ハシゴは彼らにとっては片足で乗るような不安定さだ。だが、片足をかけ、片手を屋根部屋にねじ込んで、届く範囲に餌が居ないかまさぐる。
声で場所が分からぬよう、3人は息を殺した。
下で。何を言っているのか分からないが、オーガの大声が聞こえる。
それに反応するように、屋根裏のすぐ下で、声が聞こえた。
「*******!?*********!********!」
「上の、にんげんたちい、したに、いいニオイがする部屋があるそうだねえ!かくしたのかい?むだだねええ!」
「…子ども達が!」
「あはは、おまえたちい、あきらめなぁあ。」
フェイトは、勇敢にも、飛び降りた。
「“ライト”!」オーガメイジの目に、いきなり眩しい光を浴びせる。
ひるんだ隙間を縫って、小柄なフェイトは下へ走り出す。
「フェイト!なんて無茶な!!」
姉の叫びは、もうフェイトには聞こえて居ない。
フェイトは、パニックになりながら、頭を巡らせる。
確かに、穀物部屋から声が聞こえる。だけど、子供らの悲鳴は聞こえない。まだだ!まだ無事!言いつけを守って!沈黙を貫いてる!
か弱く、貧弱な駆け出しの僧侶フェイトには、1つだけ、自分でも知らない力がある。それは、洞察力。
瞬時に、状況から判断できる頭の回転力。勿論、戯曲に出る様な名探偵とは程遠いが。
頑張れる!オトナだもの!わたし!
例え、自殺行為に等しくても。
「“ライト”!」
穀物部屋の前に、明かりの魔法を撃ち込む!
「こっちだよ!鬼ども!」
オーガの目線は、一斉に若くて旨そうな女に向かった。
逃げる。礼拝堂へ逃げる。
出来るだけ、離さなくちゃ。外へ!
入口へ、向かう。駆け出す…。背後には、重たい足音。
しかし、前には、別な影があった。
馬車で待機していた、2体のオーガが。
挟まれた…。フェイトは、走るのを辞めた…。
ああ、ここで、私の人生は、終わる。
恋ぐらい、しておけば良かった…。
その時だ。目の前の、馬車から駆け寄って来た2体が、月の光に真っ2つにされたのは。
「シルベール!!」
2体の鬼が崩れ落ちる隙間を縫って、少年が走り込む。
左手には盾のような丸い月の光の円盤。ブーメランのように投げて来た。
その円盤は、フェイトの背後から迫っていた2体を、横薙ぎに切り離す。
「シルベール!お願い!助けて!!」
少年はただ頷いて、寺院に駆け込んだ。
フェイトは、膝から崩れ落ち立てないまま、後を振り向いて、祈る。
「神よ、加護を。子供らをお救い下さい。母と姉をお救い下さい。月の剣士をお守りください!」
オーガ達は、何が起きたか分からぬまま、次々と倒れて行く。
巨大な棍棒も、斧も、意味を為さなかった。突如現れた剣士は、斬撃を飛ばして来るのだ。
打ち合いにならないのだ。
「おまえたち、消えてちかづけえ」
別なオーガの呪文が聞こえ、シルベールに迫っていた3体が消えた。
シルベールは、剣を居合のように構え、再び集中した。
「“円斬撃”!」
居合のように振るった剣は、彼を中心に光の輪を作った。
そして、その円は、一気に10mまで広がる。
左斜め前、右横。背後。3体は同時に切断された。
「おおあ、おのれえええ、剣士い!」
杖を持ったオーガが頭上に炎の塊を作る。寺院など知ったことか。
「“ファイアぼおるう”!」
「“フィールディングシールド”!」
シルベールの、盾自体が巨大化したように見える光の盾を作った。
炎。舞い上がる、炎。
炎を切り裂いて、月のような斬撃が飛んできた。
オーガメイジは、最期の一体は、こうして死んだ。
寺院の扉によしかかって手招きする少年を見て、フェイトは駆け出した。
駆け出して、抱き付いた。
翌日。
「お姉ちゃん、元気でね。」
「うん、時々、シルベールを真似して、手紙書くね。」
「行ってらっしゃい。冒険者、フェイト。」
「はい。母さん…。」
ビネトーは、最期にフェイトに駆け寄って、耳元で囁いた。
「絶対落とせ。奪っちゃえ。妹よ。」
「…それはどうでしょう…。」
2人は、寺院の仲間達に手を振って別れを告げた。
実は、シルベールは昨夜、2通の手紙を書いている。
1通は、兄へ。ダッカーヴァ公国、皇太子アゼルへ。
アゼル兄、バレオの街から北西へ2日ほど、やせ細った寺院がある。孤児を養う、素晴らしい母が居る。助けてあげてくれないか。世話になったんだ。
もう1通は、侍女へ。
カレンティ。珍しく、少し気の合う仲間が出来た。暫く、コイツと旅をするよ。
歩きながら、シルベールはフェイトに言った。
「この間の髪は辞めたのか?似合ってたけど。」
「2度としません…。」
「そっか。」
フェイトは、少し足を遅らせて、わざと彼の少し後ろを歩いた。
…今の、この顔を見られないために。




