第7話 「昇格試練と誰かの野望」その③
第7話その③、7話終了です。
アリエスを追ってきたエディ。2人は昇格試練にまつわる陰謀に挑みます。
「…さて、赤の魔道士、モルティオが消息を絶ったのはこの辺り…なのかなぁ?」
少し先、荒れた荒野に、何本もの銀色の柱が傾き刺さっているのが見える。
一番高い柱は10mはあるだろう。逆に一番低い柱は2m位。
端的に言えば、沢山あったであろう同じ長さの柱が、円形の見えないドームで切り取られた様に見える。
間違いなく、古代遺跡。魔法の反応もある。確認せず進むのは危険だ。
少し遠くから、人影が近づいて来た。アリエスは姿を消す。
女か、若い女。あっぶないなぁ、荒野に一人で。
女の姿が判るようになって、アリエスは慌てて姿を現した。
「エディ!!」
「!…アリエス!!」
駆け寄って、アリエスに抱き着く。
「お前を…追ってきた。嫌とは言わせない。」
「一人でこんな敵地まで!危ないよエディ!」
「私は!お前の侍女とは違う!私が欲しいなら共に居させろ!!」
冷静なエディが叫ぶ。それだけで、アリエスの心を揺さぶる。
「嬉しいよ…でも、帰ってほしい。多分、酷い戦いになるんだ。<銀>のハイメルが「同行しましょうか?」って冗談言ったくらいにね。」
「例え、そうでも!」
「君は足手まといだ。僕とは戦う力が違い過ぎる。ストレートな戦闘ならメイフェアやシャリーの方が強い。」
エディの頬をボロボロ涙が伝う。いつもは、大丈夫大丈夫とテキトウに応えるアリエスの言葉の厳しさに。
「なら、なら、私を強くすればいい!!」
「え?」
「アークマスターだろう!?私はたった今から魔術師ギルドに入門する!お前が教え導け!私が隣で笑って戦えるくらい強くすればいい!」
無茶苦茶な要求だ。
「ずるいや…。可愛くて…。」
「判ったよ。オイデ。必ず守る。」
アリエスは、対処療法的に、5つのパッシブをエディにかけた。
< マインドバリア > < メタライズ > < フライ >
< アンチレンジウェポン > <パーソナルバリア>
そして、彼女に適した魔具を呼ぶ。
<サモン ウェポン…紅蛇刃ストール・ナーガ!>
<サモン ウェポン、竜亀の盾!>
1m程のうねうね曲がりくねるサーベル。そして竜亀の甲羅で作られたという小ぶりの盾。それをエディに与えた。
「ギルドの宝物庫の剣と盾。剣は受けられないから気をつけて。」
「…絶対、怒られる…。」
2人は、魔法の遺跡に近づいた。
ふうん、でも、こんなオープンな遺跡なら、大陸を陰から支配していた神祖は知っていたはず。放置していたのだから、即死級はないな。どんな効果のある魔法の磁場か…。
アリエスは、手のひらに小さな、木製のカカシの様な人形を呼び出す。
「…行け。ウッドゴーレム。」
ゴーレムが、柱で囲まれた中に進む。
感覚を共有したアリエスは、その瞬間にクラっと来た。境目を通る時に、巨大な泡の境を通り抜けるような、ワケのわからない感覚に襲われた。
「ここ、次元断層だ…。」
「どういうことだ?」
「そうだね、魔法も戦いも、この断層の中で完結する。簡単に言うと、テレポートできない。」
「そう…。」
「魔術師にとって不利な空間。逆に、処刑する側にとっては便利だね。」
…だから、真祖は残していたんだろう。神祖が処刑される側になどなるわけない…。
中央の柱に、何かがぶら下がっている。
…人型であることは間違いない。人形かどうかは判らないが。魔術師のローブを着ているようだ。
「ツァルトの魔術師なのか?」
「どうかな。だって罠だもの。」
「巨大化…<マテリアルグロウズ>」
小さなウッドゴーレムはご立派に人並みの大きさになった。
そして、中央の柱にずんずん近づいていく。
柱まで10m、吊り下げられた人間の顔も判ろうかという距離で、ワナは発動した。
ゴーレムの引っかかった細い糸が切れると、そこに向かって幾つもの弓矢が飛んできた。
多分、毒矢。
「…魔術師。それとツァルトのオンナ。困るんだよ、勝手に罠を発動されてはなぁ…」
中央の柱の影から、1人の男が現れた。
目以外は布で覆い隠し、黒いフード。年の頃も不明。声からすれば、大人だと言うだけ。
「魔術師。…ガキじゃねえか。女を…ツアルトのエディだな。そいつを置いて消えろ。命だけは助けてやる。実際、お前のような小僧に用はない。マスター様でも呼んで来るんだな。」
やはり、エディの面は割れているんだな。アリエスは思う。
綺麗だし。兄貴のKも彼女に箔を着けようと引っ張り回し過ぎだよ、もう。盗賊界隈じゃきっと、ちょっとした歌姫レベルだ。
「ここで消息を絶った赤の魔術師はどこだ?」
「…やっぱ魔術師ギルドのもんか。ガキだがそれなりに強いってか?」
「うん。そうだよ。エディもね。」
「はぁ。そう。でもオレに勝てるかなぁ。」
「都市国家エリゴールのギルド?それともダッカーヴァ公爵領?」
「…生かしておく理由は無くなったなぁ。残念だった。小僧。」
「それに、オレ、じゃなくて俺たち、でしょ?50人くらい?」
「…!? 貴様。気づいていて?」
「殺意バリバリじゃない?」
男が、右手を上げた。
「殺せ。」
一斉に、姿を現す盗賊たち。恐らく、消える魔法が掛かっていた。
アリエスは、細い剣を抜く代わりに、呪文を唱える。
「エディ。背中を頼むよ!」
あ、ああ! エディの返事には、嬉しささえ漂った。
アリエスは前方に、鉄のゴーレムを呼びだす。
<サモン・ゴーレム・アイロン!>
全長3mほど、石のゴーレムを超え、固く固く、そして凶悪だ。
エディは切りかかる盗賊たちを相手に奮戦する。いや、一方的に押している。
彼女の剣は、突くたびにヘビの様に勝手にのたうち、鎧の隙間に入って行く。たとえわずかな隙間でも、鎧の意味を消してしまった。
更に、盾はぶつかるだけで剣を跳ね飛ばす。力を入れる必要もなく、剣も、メイスも弾かれ、その瞬間、無防備な姿をさらけ出した。
最初の10名ほどを蹴散らし、2人はまた背中を合わせた。
蹴散らしたと言うが、大怪我か絶命したという事だ…。
「仕方ねえ!勿体ないが撃ち殺せ。」
盗賊たちが離れ、2人にロングボウやボウガンで狙いをつける。
…全て、毒矢。
「撃て!」
だが、先に掛けてあった魔法。<アンチレンジウェポン>は全ての矢をギリギリで失速させる。一発も届きはしなかった。
むしろ、距離を取ったことで。
「<ライトニング・ストーム!>」
アリエスの凶悪な魔力が、前方の盗賊たちに降り注ぐ。隠れている者も無駄だった。
彼には「悪意のある場所」は見えているのだ。
既に30名、無慈悲に死に絶えた。
このときだ、2人に目掛けて、ファイヤボールの呪文が飛んできたのは。
強烈な破壊音。2人の立っていた場所の地面は抉れ、アイアンゴーレムもバランスを崩し埋もれた。
煙が収まると、2人の姿をした黒い金属の塊がそこにはあった。
<メタライズ>。アリエスの魔力によって硬質化した2人は、猛威を振るい荒れ狂う爆炎の中でも無事だった。
アリエスは、メタライズを解く。
「赤のモルティオ。元気ぃ?」
赤のモルティオは、盗賊のリーダーの隣に。中央の柱の前に居た。
「何故、俺だと判った?」
「…先日来だね。5階の居心地どう?」
「…鉄のゴーレムを呼ぶ魔力…ゴーレム!!お前が!?お前がアークマスター!?」
アリエスは貴族の礼をした。
「バレなかったはず…!オレの悪意は隠し通したはず!」
「うん、見事だった。悪意はまるで感じなかった。自分に<チャーム>掛けてたでしょ?魅了の呪文を自分に。僕らを崇めるように。」
「…さすがだ、マスター…!」
「顔も知らない相手を心から崇拝するのは難しい。立場への憧れや力への羨望。その程度。でもアナタはやりすぎた。銀のドミナントたちも気が付いてたよ。」
「では何故ノコノコ出て来た!?」
「個人の恨みだけでは出来ないでしょ。例え、アナタが、真祖の滅ぼした盗賊ギルドの末裔だとしてもね。その後の生き方ってのがあるもんね。背後にある組織を知りたかった。予想はしてたけど。」
「…俺がお前を殺せば、俺こそアークマスター。そうだよな?」
「アナタの先祖は、ダッカーヴァの盗賊ギルドマスター。一族の復讐の為に魔法ギルドで研鑽を積んだ努力を、称賛するよ。」
盗賊のリーダーは、口笛を吹いた。
「真打登場かな。エディ、そっちを頼む。僕は、赤の魔術師を潰す。」
「やってみろ!マスター!!」
盗賊にしてはガタイの良い3人が、物陰から現れる。真打というもは本当らしい。
どうみても、剣士。しかも、その気迫とオーラから感じられるのは、歴戦の自負。
槍の剣士。両手剣の剣士。鎌を持つ剣士。どう考えても。エディ1人では無理だ。
「でも、私に任せると言った。信じる。誰より強い彼を。」
どうやって?
「冷静になれ。近づかれたら。終わりだろ?」
この魔剣の力を借りても、1人相手をするのがやっと。
3人の剣士は、じりじりと、陣形を作りながら近づく。手慣れていた。人殺しの、プロ。
「では、プロを攪乱するには?小娘の私に出来ることは?」
エディは、一気に後ろを向いて駆け出した。逃走。背を向けることの危険はない。弓は絶対に届かないのだから。
「ち、逃げるぞ!追え!」
「いや、正しい。冷静な女だ」
3人が追いかけ始める。その時、一人の足を、砂の中から何かが掴んだ。
鉄の、ゴーレムだった。倒れ、埋れたが。攻撃命令は出続けている。
その賭けにまずは勝った。
「うおおお?!」足を掴まれた両手剣の男は、宙づりされながらもゴーレムに切りかかる。
「ひとり!」
2人が駆けてくる。エディは、後ろを振り向き、指輪を掲げた。
「白竜王の指輪!アイスストーム!!」
鎌の男は、右へ飛び出し転げ、氷の海を逃れた。槍の男は、古代術師の魔力をもろに受け、凍った。
「ふたり!」
エディは、剣を構え突撃した。
2人の術師が対峙する。
「<ブレイド・バリア!>」
「<ライトニング!>」
バリアの魔法を唱える相手に、一歩早くアリエスの魔法が届く。
轟音を立てて、雷の魔法が飛ぶ。普通は、これで終わる。
だが、男は、雷を弾き、「<フライ>」飛行の魔法を唱えた。
回転する鋼の刃を身に纏い、アリエスを強襲する。
「やるね!<メタライズ!>」
鋼鉄と化した体を、魔法の刃が襲う。
ガガガガガガ、と嫌な音を響かせる。だがアリエスの体は削れない。
「<ブレイド・シャープネス!>鉄だろうが!ミスリルだろうが!切る!!」
「うん。だと思っていた。<ラスト・スウォーム・マスレンジ!>」
鉄の剣が。鋼の剣が。錆びて粉になって行く。しかも、その範囲を拡大し唱えたアリエスの魔法は、遺跡全体を覆った。
「な、何てふざけた力!!化け物か!」
そう、エディの目の前の剣士の鎌は刃を失った…。自分自身で呼び出したゴーレムも砂になった。だが、ゴーレムに打撃を与えていた剣士の巨大な両手剣も消えた。隠れ、機会を伺っていた盗賊団のリーダーの剣も消えた。彼は逃亡することにした…。
アリエスは大声で叫ぶ。
「エディ!メタライズ!」
丁度その時、それはエディの剣が、刃先を失った男を貫いていた瞬間だった。
「メタライズ!」
「<マス・ライトニング・ストーム!!>」
だが、エディへの指示は、赤の魔道士にも当然、聞こえている。
「俺に、雷は効かないのだ!」
男は、アリエスの鉄の体を溶かすべく、違う呪文を唱えようとする。
「<大魔法、メルト!!>」
「残念、今度は効くよ!」
「何だと!!」
「魔法の指輪でしょ?<避雷の指輪>。だから、さっき溶かした。」
「さっきの錆は、刃を防ぐ為じゃないと言うのか!?」
「生身で耐えてごらんよ、僕の雷!!」
雷の渦が、遺跡を包む。魔力の次元断層の境まで。すべて包む。
遺跡の中に、もう生き残りは居なかった。
両手剣の剣士も。初めの剣戟で生き残った盗賊も。
…赤の魔道士も。消し炭になって死んだ。もしも指輪がミスリルだったなら、錆は効かなかっただろう。
「フーゴ!!」
アリエスは誰かの名を呼ぶ。金色の差し色の入ったフクロウを。使い魔を。
―――先ほど逃げ出した盗賊。
ダッカーヴァ公爵領盗賊ギルドの3番目の実力者、毒飲みのリーチ・ヒルの目の前に、通常と明らかに異なる色合いのフクロウが舞い降りる。
同時に、「<ワイア>」の呪文がフクロウから飛んでくる。男は鋭い針金でグルグル巻きにされた。
「さて、色々教えてもらおうか――――」
………。
いくつかの、魔法による強制的な尋問の後、アリエスは最後に聞いた。
――お前たちのギルドは、2年前、ファルトラントの村から女たちを攫ったか?――
フクロウの目つきが、悪魔の様に燃え上がった。
男は、ワイアでグルグル巻きのまま、溶けだした地面に悲鳴と共に埋もれて消えて行った。
―――――――――――
アリエスは優しく微笑んで、エディに駆け寄る。
「エディ。お疲れ様。見事な戦いだったよ。」
「こ、来ないで、まだ!」
「ん~?ん?」
エディは、なにかと戦っているようだった。ゴニョゴニョ体を動かしていた。
「だから!お前の呪文のせいで…!!」
「ん?」
「剣と盾は平気でも!金属製のモノは!」
「んん?」
「ちょっと…来るな! し、下着外れたんだから!」
ごにょごにょ続けるエディをアリエスは抱きしめると、
耳元で秘密を2つバラした。
「Kがもうすぐ来るよ。こちらのギルドのアジトはもう裸同然。構成員の半数は居なくなっただろうし、Kも楽でしょ。この仕事は彼がやらないと格好つかない。」
「兄さんとそんな約束を?」
「2つ目。エディの部屋に、キミを模した幻影を配置しておいた。あっさり裏切者が忍び込んできて捕まった。以上、報告終わり。」
「それで私をお前の邸宅にか?」
「うん。守れるし…」
「守れるし?」
「近くに居てほしいし。」
「私は…」
「私は、宵闇の女だ。盗賊ギルドで育った女だ。お前が安らいで眠る時間はまだティアナのモノでもいい。でも、お前がアークマスターとして闇で動く時、傍に居るのは私だ。お前の戦いで共に血を流すのは私だ!」
「勿論、盗賊だから。いつかティアナの場所も奪ってやる…。」
「キミはまだ返さないから。まだ、もう一つのギルドをKが手に入れるまでは、僕の所。」
「…ティアナとの共同生活はお断りする。私だって…人並みに醜い感情はある。自分が汚い心に飲まれるのは…好きじゃない。」
「じゃぁ、とっておきの場所へ…行ってから決めてほしい。<テレポート>」
…魔術の塔、真。
10階建ての、巨大な魔法の書庫。それ自体が、古代の、魔法王国の永遠の遺産。
生活空間は頂上である10階だけに在る。
夕方の日の入りを、ベランダからエディに見せた。エディは初めて見る壮大な美しさに驚嘆していた。
ここに連れて来た初めての人間だと、話した。そしてそれは本当だった。
口説くにはうってつけの場所という訳だな?エディは冷たく言った。
10階から外を眺め続けるエディを、アリエスは後ろから抱きしめてみた。
…ティアナは勇気あるな。私はこんなに怖い。
この言葉は心の中だけだったので、それはティアナにもアリエスにも伝わらなかった。
だから、勇気を出して、言葉にしてみた。
「勘違いするな。お前が私を奪うんじゃない。私がお前の心を奪ったんだ。」
これが、エディの精一杯の言葉。
――――――――――
後日。
ダッカーヴァ公爵領、ノエル姫の部屋。
「えっと。いきなり現れる時点で減点です。マナー違反と言うか、既に犯罪。わたくしが叫べば貴方は終わりですよ?」
「――――――――」
「謝ってもダメです。ま、アークマスターの力を持ってすれば、こんな小娘一人どうとでも出来ましょうけど?」
「―――――――」
「はい、盗賊ギルドはツァルトのギルド傘下に。まぁそうでしょうね。貴方が潰したんでしょ? ま、ツァルトギルドは義賊と聞いてますけど。」
「―――」
「ま……まさか本気だったのですか!?」
「――――」
「嫌です。お断りです。なるなら、第1王妃です。それ以外、わたくしを口説く術はありません。」
「――――――」
「大体、王にもなってないのに3人も4人も姫を貰おうという心根があさましい!ハッキリ言って無節操!ケダモノ!身の丈を揃えてからまたいらっしゃい!!」
「―――」
「まったく!もう!」
ノエル姫の唇は、彼女がついさっきお飲みになった、甘いジャム入り紅茶の香りがした。
―――続く。