<魔剣士シルベール編>第3話「寺院の奇跡」前編
いわくつきの迷宮をあとにする時、僧侶の女、フェイトは、自分を殺そうと追いかけ、シルベールに真っ2つにされた戦士に、それでも祈りを捧げた。
さすがに、迷宮に戻り、他の仲間のための祈りは危険すぎ…。入口から、祈りを送った。
「ふうん。オマエ、優しいんだな。オマエが祈るなら、殺したオレはどうすれば良い?」
フェイトは、それが皮肉には聞こえなかった。多分、これは本気で訊いてきたのだ。自己紹介通り、駆け出しと言うのは本当なのでは無いだろうか。
それにしては、見た事無いような技を、見たことも無い威力で繰り出したわけだが。
「あなたがそうしてくれなければ、私が殺されていました。故に、私の罪で良いのです。良ければ、このヒトが迷わず天に昇れるよう、<思って>頂ければ。」
「ふーん。判った。そうするよ。センパイ。」
「…センパイ…」
北へ向かって、歩き出す。曰く付きの迷宮からは出来るだけ早く離れたい。もう日は沈んでいたが、2人は歩き出した。
「ダッカーヴァ公国も、人気が無いところでは魑魅魍魎が跋扈する…か。大変だな。兄上も…。」
「シルベールさんには兄上が?」
「ああ、この国の…住んでいる。えらく頭が良いんだ。オレとは違って。」
この国の…。
言い間違えたんじゃないような…この国の、何だろう。お貴族様かな。シルベールさんの格好も小奇麗で、あまり冒険者っぽくない。
このフェイトという若い女は、本来なら美女なのだが、本人がまるで美と言うモノに興味を持たない為、色々な点でそれを台無しにしている。
身寄りはいない。この世界ではよくある事だ。僧侶だが、僧侶になったのも、寺院のため。
しかし、多少の恩返しと、冒険者になって金を稼ごうと思ってみればこのザマ。
筋力は無い。だからバトルプリーストにはなれない。戦闘の冴えもない。
魔力はごく普通。低レベル僧侶。
1つだけ、本人も気付いていない才能がある。それはシルベールと逢って、既に発揮されている。名の通りの才能だ。
「…どうして、1人で冒険してるんですか?あなたほどの戦闘力なら引く手あまたでは?」
「…苦手なんだ。パーティー連携。小さい頃から、大勢で遊んだことは無いんだ…って、ヒトの事はイイ。オマエはなんで冒険者なったんだ?。」
フェイトは、孤児院の為に金を稼ぐ目的を素直に伝える。隠す意味はあまりなかった。
「ふう…ん。お金ねぇ…。」
興味無さそうだった。
「命を懸けるほど重要か?」
「お金の為に人を殺す悪い人は沢山居るでしょう…嫌だけど。」
「そういや、そうだな。」
本当に、貴族なんじゃないかな。
このヒト。
「野営、しましょうか。丁度あそこに小川があるし。」
「…ああ。疲れたか?休もうか。」
2人は小川の辺に荷を下ろす。
「木を集めてくれるか?オレはサカナを採るよ。」
「え、あ、はい。」
少し歩き出して、フェイトは枝を拾いながら振り返る。川の近くで、シルベールは剣を輝かせて構えていた。
剣を振るう。雷のようなモノが、小川を一瞬だけ明るく照らした。
剣を仕舞い、シルベールは何かを…捕まえている。恐らく、サカナを。
いつもああやって、獲物を取っているんだ。便利だなぁ。魔法使い?剣を触媒の?
おっと、急いで集めなきゃ…。
シルベールは、とった魚に、木を削った串を刺して待っていた。
「す、すみません。遅くなりました。」
「そこにおいて。離れてくれ。」
シルベールは、剣の先を薪に近づける。
剣の先端は勢いよく炎を出した。
「あの、シルベールさんは魔法使い…ですか?」
「いや、オレは魔剣士だよ。」
あまり聞かない称号に、フェイトは記憶を探る。しかし、該当する職種は無かった…。
サカナを食べ、水を飲む。フェイトの持っていた塩のお蔭で、イワナに似た魚はとても美味しくなった。
「じゃあ、火の回りで寝るといい。オレが深夜まで見張るから、明け方までは頼みたい。少しは寝たい。」
「え、は、はい…ありがとうございます…。」
当然衣服のまま、毛布代わりのマントに包まって、火を見ながら。フェイトは横になる。
背中には、シルベールと言うとても美しい剣士が居る。
冒険者の中にも、こういう時、危険な輩になるケダモノは居る。女らしくない自分の出で立ちのお蔭か、そう言う危険に会ったことは無いが…今は2人きり。
「フェイト…。」
「ははい!」
フェイトはビクッとしながら答えた。
「オレ、小便してくっから、何かあったら叫んで。」
んなことは言わんでイイから行け。と言いたくなったが、フェイトは飲み込んで、ありがとう、とだけ言った。
まあ、言動を見る限り、このヒトは襲ってきたりしないだろう。
それに、あの綺麗な顔なら、恋人など何人でも…。私のようなボサボサに興味など無いか。はは。
フェイトは、多少の疑心暗鬼はあったが、予想通り、明け方まで眠ることが出来た。
交替して眠った剣士の横顔は、えらく子供っぽく見えた。
翌朝、2人は再びサカナを調理し、北へ向かう。
ありふれた、冒険者のような、夜だった。
2、3日のそんなありふれた旅を経て、2人は町に着いた。<バレオ>という、農家や畜産の中継地点である比較的大きな町。
「安全だな。街道よりは。じゃぁ、此処までかな?」
「はい…いえ。あの、良ければ、あと3日ほどお願いしても?お礼は、目的地に着いたら食事位はきっと…。」
「…いいけど、今日くらいは宿に泊まろう。湯にも入りたいし。金はオレがだそう。フェイト。」
「いいんですか?シルベール?」
フェイトは明るく笑った。心配事が消えれば、誰もが作れる笑顔だ。
2人は、宿で久しぶりに、ちゃんとした食事を取り、2部屋とりゆっくり眠り、湯を浴びた。
そして、翌朝、旅立ち、3日かけて、次なる目的地へたどり着いた。
そこは、バレオの村から3日ほど、山へ向かう細い街道沿いに在る、小さな寺院。
フェイトの育った寺院だ。
細い山間の街道から更に、山の麓へ何時間か歩いて着く場所にある。
寺院の周りには、自作している僅かな畑、一匹しか居ないヤギ。
建物は古めかしく、壁の至る所は欠けているし、塗り直した壁もひび割れている。
…ある意味、趣があるし、神聖にも思える。
「ここが、私を育ててくれた寺院なんですよ。ヒュードリカ寺院。何人もの孤児を引き取ってくれているんです。<母さん>が。」
「ふうん。良い人なんだな。<母さん>。」
「シルベールさん、本当にありがとう。私一人じゃ、とても冒険者のマネなんか出来なかったです。私は、此処に戻って、冒険者の真似事は辞めます。兄弟達と、静かに暮らしたい。」
「ふうん、そっか。元気でな。」
シルベールは中に案内され、フェイトの恩人として<マザー>の歓迎を受けた。
ビネトーと云う女は特にフェイトと仲が良かったらしく、フェイトは彼女を姉さんと呼んでいた。
小さい子らも居た。10代前半、10にならぬもの。6名は居るだろうか。
子供らは口々に、フェイトをはやしたてる。
「フェー姉ちゃん、恋人を連れて来たの?ケッコンするの?」
「似合わない!イケメン過ぎる!」
「えー、姉ちゃんけっこんしちゃヤダ!」
「ち、違うよこの人はタダの旅の仲間だよ!」
シルベールはテーブルで茶を戴いていただけだったが、子供達が代わる代わる覗きに来るので、気は落ち着かない。
でもまぁ、喧騒は慣れていない訳じゃない。妹たちが。そしてカレンティが。小さい頃の自分らを思い出せば、そんなものだ。
シルベールには、簡素な部屋ではあるが、温かい毛布が貸し出され、暖炉に灯がともる。
机もある。暖かい部屋が用意された。
シルベールは、そこで眠ることにした。明日には、また1人に戻る。慣れっこだ。
むくッと起き出し、シルベールは手紙を書き始める。
カレンティ。初めて仲間っぽいヤツが出来たが、即引退しちまった。正直言えば、野営で寒かったことを除けば、一人旅よりは楽しいのかもな。でもオレは―――
「何だ?この女々しい手紙は…?」
シルベールは羊皮紙を破り捨て、書き直し始めた…。
その頃だが。
フェイトは、久しぶりに、姉ビネトーと同じ部屋で過ごしていた。家族のいる部屋はやはり暖かい。血は繋がって居なくても。
「ねえ、フェイト。あの男のコさぁ、カッコよすぎじゃない?フェイトは狙ってないの?」
「あの人は、タダの恩人です。そりゃカッコいいけど…。強いし。2人きりでも、何もしない紳士だし…。」
「へえ、落とせば?」
「何言ってんの姉さん。」
「はぁ。まぁそうじゃなくてもさ、いつも言ってんでしょ。あんた自爆しすぎ勿体ない。そのボッサボサで前に降ろし過ぎの髪。顔半分隠してどうすんの。」
「興味ないですし…。」
「アタシさぁ、この間首都に行って来たんだよ。街の女の子達の髪型しっかりチェックしてきちゃった。」
ビネトーはフェイトの後ろに回ると、櫛とリボンを持って、勝手にとかし始めた。
「ちょっと、姉さん。」
「一度くらいやってみなよ。減るもんじゃないし。」
「えー…。」
手紙を書くシルベールの部屋に、軽いノックが聞こえる。
「…どうぞ?」
シルベールは手紙を裏返し、そう言った。
かちゃっと扉が開いて、フェイトがオズオズと顔をのぞかせる。
何故か、真っ赤な顔をして。
左右に軽く髪を流し、ふわっと顔を囲むように左右のアンテナが頬にかかる。左上に可憐なリボンをつける。年齢不詳の若いオンナ、から可憐な少女のできあがりだ。
「…どうでしょう。」
「…え?ああ、いい部屋だな。暖かくて気持ちいい。ありがとうな。」
「………そうですか…良かったデスネ…。ではお休みなさい…。」
何だったんだろう。シルベールは、手紙の続きに取り掛かった。
フェイトは、帰ってくるなりリボンを外し、髪をわしゃわしゃ~っとして、ベッドに倒れ込む。
「何、フラれた?いきなり?」
「…いや、それ以前に無反応でした。良い部屋をありがとうとか言われました。」
「…単にニブイだけでは。」
「ついでに…誰かに手紙書いてたし…。きっとカノジョですね…。」
「はぁ。」
「寝ます。姉さん。」
「そのシルベールくんがどうかは別としてさぁ、あんたちゃんとすりゃ綺麗なのに。」
「イイです…やはりこんなことに興味持つ資格ないです。オヤスミナサイ…。」
「はぁ…。」
―――翌朝、シルベールは寺院に別れを告げ、1人旅立った。
こうして、シルベールとフェイトの縁は切れた筈だった。




