<皇太子セティス編>第5話「嘘と嘘と嘘」
2頭立ての馬車だ。ぽくぽくと、ゆっくり進む。
セリスと、ユシカ、ウィッグの3人娘(?)は、現在北西に向かって進んでいる。
3人は馬車の横だ。馬車には、馬車前方の席には2人の男。
中年の、妙にツヤツヤした男と、精悍な感じの御者。レンジャーっぽい。
荷台には、幾つも樽が並んでいる。なんでも、酒や肉の他、眠らせてあるウサギなども居るんだとか。だから丁重に扱え。生きの良いまま料亭に届けると高く売れる。だそうだ。
北の砂漠にあるオアシス、“天蓋境”その方面に向かっている。ここは、非合法地帯。とはいえ、最近は大人しくなったらしいが。
アリエス王が管轄地を広げるにあたり、ツァルトの盗賊ギルドもまた広大な支配権を得た。
彼らは義賊である。いや、そこまで行儀のよいものではないが、薬物、殺し、女。こども。この4つに手を出さないという鉄の掟がある。破れば死だ。
「結構歩くなぁ…。これ、着くのにどれくらい?」
「北の街までの護衛でしょ?1日か2日?」
「これ、途中で川とかあるかな。体拭けるかな。べとべとは嫌だよ。」
「……そうだね…。うーん。」
「あ、今想像したでしょ?セリスちゃん。」
「…覗いたら斬るよ。セリスちゃん。」
「…あの、この間、ぼ…私を覗いたよね…。」
「え?誰かそんなことした?」
「そうだよね、誰も見てないよ下の方なんて。」
「ううう…。」
商人が声を掛けてきた。
「よう、威勢のいいお嬢さんたち。大丈夫だ、明日の昼には着くさ。次の商人に荷を引き渡すのさ。楽勝だろ。」
「まぁ、これで1人100Gだからね。我慢すっか。」
100Gは、現在価値100万円。
一般的な宿で一泊1G、エール一杯で5C(500円)、ワインで1S(1000円)。
マトモな鋼の剣を買えば普通に20G~100Gする。冒険の装備を揃えるだけで駆け出しにはキツイものがある。
前回、老魔女からせしめた金は、ほぼ2人の飲食豪遊費に消えた!
2人の趣味でアクセなども買ったらしいが、大半は食費!無駄に酒場の冒険者に奢りまくったのも一因!
…なので、この商人護衛と言う地味な仕事に、3人は飛びついた。
向こうから、酒場に居た3人に声を掛けて来たのだ。
ユシカが2つ返事で飛びついた。
…という訳だ。
3人は、特に2人はセティスと言う暇つぶしに丁度いいオモチャを使いながら、夕方まで賑やかに過ごして、歩き続けた。
…セティスは既にヘロヘロだった。
鍛えていないかった皇太子にそのような体力はない。
でも、日が落ちて、ようやく、野営になった。
商人が、御者が馬を止め、火をおこす。
「よう、お嬢ちゃんたち。飯の準備をするから、そっちの小川で水浴びしてくるといい。はは、心配せんでも覗かんよ。行ってきな。」
商人は、荷を確認するのか、幌の中に入って行った。
3人は顔を見合わせる。と言うか、2人はセティスを見て、ひそひそとどうするか話し合う。
僕が覗くはずないのに…。そんな、女性に失礼なこと…。
「ん、じゃあ行きましょう。」
談合は終わったらしい。3人は、川へ。
「はい、ココでこの布を目に巻いて、向こうを向く。」
「え?うん…無くても見ないけど…その方が安心なら、うん…。」
少し、疑われるのは癪だったけれども、女性としては当然なのかな…。
水の音。2人の声。
「うわ。冷てええ!」
「春だからねえ!ううう冷える!」
「ユシカ、まさかまた少しデカくなった?揉んでイイ?」
「アンタだって少し前より…ひゃ!」
「ひひ!」
…ちら。2人はセティスを見た。
「くくく…動揺している…くくく!」(小声!)
「ふふふ、興味アリだよね、そうだよね、ふふふのふ」(小声)
「あー、セティス揶揄うの楽しい…ぷふ」
「ユシカ、アタシ先に。アンタはまだだね。デカいもんね。」
「うるせえな。まだだよ。布が小せえんだよ。」
着替えて、爽やかな香りを漂わせて。
ウィッグはまだ水で体を清めている美女を確認すると、大声で言った。
「セリス。2人とも着替えたから次どうぞ。見張るよ!」
セティスは、安心して目隠しを取り、振り返った。
同時に、ユシカの「え!違う!まだだ馬鹿―!」という声が聞こえたが、遅かった。
笑い転げるウィッグ。
冷たい川にしゃがみ込んで、バカ―!!と叫ぶユシカ。
全力で謝り後ろを向くセティス。
夕闇に浮き上がった裸身は忘れられないほど、綺麗だった。
…いや、ダメだダメだ!忘れなきゃー!
ユシカはその後、まだ見んなよ!まだ見んなよ!まだ見んなよ!を何回言ったか判らないが、とにかく、着替え終えた。
そしてセティスに八つ当たりして、ほっぺたをぎゅーっと引っ張った。
「忘れろ!忘れろー!忘れるか、または、せ、せ…」
「責任とってお嫁にしろとか言う~?」
「…な!わけあるかー!次はお前だー!!」
幸か不幸か、ユシカとウィッグの追いかけっこの間、セリスは邪魔されずに体を拭くことが出来た…。
―――夜。
商人は、馬車の荷台に毛布を敷いて広々と寝る。
御者は、馬を馬車から外し、草を食える場所に繋ぎなおし、その近くで布を巻いて寝ている。
3人は、火の周りで、交替で見張り。夜警だ。
最初にユシカ。次にセティス。最後にウィッグが頑張る。
それは、セティスの番の時だ。
ちょっとした地震が起きた。地震は恐るべきものだが、この時の揺れはそれほどではない。
ユシカは気づきもせず寝ていた。
ウィッグは跳ね起きた。
レンジャーは目覚めたが、すぐ横になった。
セティスは、商人の様子を見に、幌へ近づいた。…そして、聞いた。
うめき声、を。商人かと思ったが、それはもっと小さくか弱い声に聞こえた。
「…ち、目覚めやがったか。オイ、ガキ。いいか。静かにしていろ。殺すぞ。言っとくが本当にな。」
静かな、押し殺した小さな泣き声だけが、僅かに聞こえる。
「うざってぇ。何時までも泣いてやがると殺すからな。あ~あ。」
毛布を掛けなおす、布のズレる音が聞こえた。
セティスの心に怒りの炎が灯る。
これも、女神のお導きか。この商人の正体は、邪悪な人買いか!!
セティスは、足音を殺してウィッグに近づき、静かに声を掛ける。
「…ウィッグ、起きて…。」
「…セティス?さっきの地震で起きてるから良いけど、なに?2人で川の方に行こうって言うの?2人になりたいの?」
「…いやそのそうじゃなくて…」
セティスは小さな声で、先程の事実を伝えた。
「…で、リーダー様はどうしたいのかな?」
「どうって…。」
「具体案は?怒るだけじゃ、何も変わらないじゃん。」
「…馬車を奪って、逃げよう。南のどこでもいい。警備兵の居る所へ駆け込もう。」
「馬車を奪うには、馬を繋がないといけない。荷台の商人を、降ろさないといけない。手筈は?」
「一頭の馬を逃がす。追いかけた御者が戻る前に逃がす。商人は、悪いけど…。」
「蹴落とすと。それ、アタシがやるわ。はは。」
頷き合う。ウィッグは御者の様子を見に行った。セティスはユシカを静かに起こす。
ユシカは眠そうに、目をこする。
自分の顔を覗き込むセティス。夜空。セティスは、人差し指を口に当てている。
内緒…秘密?秘密で?…ユシカは急速に赤くなった。
「…ダメ…まだダメ…。みんなに気づかれちゃうし…」
ちがうー!!
誤解を解くのには少々かかった。
ユシカは静かに起き上がり、武器を取る。
何故か、機嫌が悪いような気がする…。
ロープを外すのは、盗賊のウィッグが適任だ。静かに外すと、離れたところからスリングを取り出し、馬の尻に向けて石を放つ。可愛そうだが、いななく馬。駆け出す。
「あ、馬が!!」
「あ?な、なんだ? あ!!」
御者が駆け出す。追いかける。
ユシカは、もう一頭を静かに外し、馬車へ繋ぐ。
「一頭立てになるけど、良いのかな。」
「いーじゃん。子供以外は外にぶちまければ。」
ユシカは御者台に座った。
「乗馬は出来るけど、上手く行くのかなぁ。」
まずは、旋回。
「お、上手く行く。あたしスゲエ!」
中では、商人の横で、セティスとウィッグが次々に樽を開ける。疲弊した幼子たち。皆、年端も行かない。
違う樽は、ポイっと転がして落とした。既に馬車は動き始めている。
口のさるぐつわを外し、セティスは子ども達に微笑んだ。助けてあげる。僕を信じて。さぁ。
子供達は天使を見るように、安心して泣き出した。
当然、起きる商人。
「は!な、何をしてやがる貴様らぁ!!」
ウィッグは、何も言わずケリを入れた。
商人は、要らない樽と共に地面に転がる。
「貴様らー!捕まえてお前らも売ってやるからなぁー!!」
「べえーっ!!」
幌越しに、前に居るユシカにセティスが叫ぶ。
「かなり軽くした!街まで全速力で逃げよう!」
「おうさ。リーダー。」
馬車は夜道を軽快に走り出した。
暫く、来た道を引き返す“夜逃げ”はうまく行っていた。が。
ひゅん、と一本の矢が馬車の荷台に当たった。
「マズイ。後ろから、一騎来てる。単独馬だから、圧倒的に早いよ!?」
「御者かな!?」
「多分ね!レンジャーっぽかった!」
「ぼ、僕が盾を…!“ライト・シールド”!」
神々しい光の壁がセティスの前に広がる。
次に飛んできた矢は、見事に弾かれた。
「おー、すごいセティス…呪文増えたんじゃん!?」
「…勝手に頭に浮かんで来るんだ…!」
矢が2回ほど飛び、止んだ。
しかし、馬の音は聞こえる。確実に居る!
「セティス!それ、いつまで持つの!?」
それ、とは光の壁の事だ。
ウィッグはセティスの顔を見る。辛そうに見える。覚えたての神聖魔法は、精神に重い疲労を与える。
「セティス、ヤツが撃たなくなったのは、疲れさせるためだよ!かと言って、切れば撃たれる。音で大体把握してるんだ。こっちからも撃てるけど、的が小さいし、見えない。どうする…?」
セティスは子供達とウィッグに言った。
「みんな、嫌だろうけどもう一度、樽に隠れるんだ。弓から身を守るんだ。ウィッグ。キミも1つ後ろに持ってきて!2人でその陰に隠れるんだ!」
「それでどうするの!?」
「い、一応考えが!」
「わ、わかった!」
子供達は樽に潜り込む。
ウィッグは1つだけ残っていた空き樽を盾に隠れる。
「ウィッグ、僕の後ろに隠れて!樽の後ろは僕が!」
「アンタの方が危ないよ!?」
「いいんだ!魔法、切るよ!」
光の盾が消える。判りやすい目印は消えたが、大きな馬車の音。予想はつきやすい。
矢が飛んできた。樽に刺さる。しかし、樽は樽で、元々頑丈なものだ。貫通はしない。まだ、耐えられる。
「オイ!当たっているのか!?殺したのか!?娘も一人は残せ!上玉だ!!」
声が聞こえて来た。ウィッグとセティスは顔を見合わせる。
「ウィッグ、一撃で、相手を撃てる?」
「見えればね。」
「じゃぁ、チャンスは一度で。失敗したら、多分、同じ方法は使えないんじゃないかな…。」
「何をするの?」
足元に、光の魔法を放つよ。眩しいだろうから、目を慣らして!
「ふうん。いいよ!やってやろうじゃん!」
「で、できれば殺さずに、足や手を狙って!」
「…できたらね。甘ちゃん女装ヘンタイリーダー。」
セティスは、まず最初に、手のひらに小さな明かりを灯した。
ウィッグがじっと見つめる。目を閉じる。
「行くよ!“ライト”!!」
セティスは立ち上がり、魔法を唱える。馬車の真下に、大きなまばゆい光!
「うおおお!?」
後ろから、声が聞こえた。
その明かりに照らされた姿へ、ウィッグは弓を撃つ。
同時に、レンジャーも弓を撃ってきた。
セティスが、ウィッグの前に出てかばう。
「馬鹿!隠れなさいよ!」
一流の腕ではあろうが、幻惑された中で放たれた矢は、幸いにもセティスを大きくそれた。
かわりに、ウィッグの矢は、相手を貫いた。
光のシルエットは、慌てふためくもう一人も浮かび上がらせる。
もう一撃。ウィッグは矢を放つ…。
主を失った馬は、駆けるのを辞めたようだ…。
前から、大声が聞こえて来た。
「後ろ、どーなってんのー!!」
セティスは、幌の後ろに近づいて叫んだ。
「ユシカ、ありがとう。上手く行ったよ。普通に走って大丈夫!」
「ウィッグ。どうだった?」
「うん。手ごたえあり。当面動けないでしょ。」
「そ、そう。ありがとう。流石だね。」
「…ねえ、セティス。」
「うん?」
「アイツらは、逃げたらきっと同じことをするよ?それでも殺さないの?」
セティスは言葉を失う。
「アンタの優しいとこ、嫌いじゃないよ。いや…好き…かも。でも、それが命取りになる時があるんじゃない?」
「…」
「…ごめんね。商人の方は、胸を撃ったよ。殺した。」
「…え?」
「…軽蔑する?」
「いや…ごめん…ウィッグ…。」
「へ?」
「キミの手を汚れさせて、ごめん…。」
ウィッグは、この馬鹿に何を言えばいいのか、判らなくて黙り込んだ。
―――ファルトラント南の町、ロガッタの街。一行はたどり着くや否や自警団に報告、子供達を保護してもらった。合流するはずの街には、早馬の一団が武装して走り出す。
人買いは、極刑だ。盗賊ギルドですら手を引いた。300年前に“真祖”がそうさせた。それは今も続いている。
3人は、子供達の笑顔と感謝と言う最高の報酬を得て、宿に潜り込んだ。結局、自警団から褒美で貰った1人10G。まぁ、2,3日分の宿代にはなるだろう…。
―――3人は疲れ切って、早めに寝に入った。
セティスが部屋に入って少しして。
ノックの音。「アタシだよ。」ウィッグが言った。
「言っとくけど、キスしに来たんじゃないから。すぐ戻るから勘違いしないように。」
ぼくはそんな危険に見えるのかなぁ…。
ウィッグは、セティスの前に来て、両手を差し出した。手をつなぐように。
??
セティスは、その手を取った。柔らかい。赤子みたい。小さい…きれい…。
「アタシの手は、汚れてる?人を殺した手だよ。」
「いや…僕には気付けなかった、誰かの未来を守った手だよ…。もし穢れがあるなら、僕が貰うよ、その穢れを。」
セティスは、その両手に、口付けした。清めと、洗礼の口付け。だったつもり。
「…す、少しは、女心を勉強しろ!バカ!」
ウィッグは、一瞬顔を近づけて、セティスの頬に触れる程度のキスをして、逃げて行った。
「なーんて、うっそー。」
ばたん。戸が閉まる。
呆気にとられながら頬を抑えるセティス。
…何が嘘?
続いて、もう一人の、来客。
「アタシ…」
ユシカは、扉から半分顔を出して、その状態で言った。
「来たの、変な意味ないから。」
「え…?うん…知ってる…。」
「野営ん時のアレ、ウソだから!」
「へ?」
「嘘だからね!!」
ばたん。戸は閉まった。
更に呆気にとられるセティス。
もしかして、女の子は、噓が好きなのかなぁ。
僕には、決して解けそうもない嘘と嘘。




