<皇太子セティス編>第3話
首都の近くでも、街道沿い以外は未開地も多く、ゴブリンやオークが出没することもある。森にはオオカミやクマが居るし、得体の知れないものも居る。
今回の依頼は、街道近くの洞穴に棲み着いたらしいケイブラットの退治だ。勿論、請け負ったのは彼女。駆け出しの女剣士ユシカ。
「…アンタ、なんか使えんの?」
「武器? いや、何も。」
「ラットに女の武器が効かなくて残念だね。」
「いや、それも無いし…。」
「まぁ、イイかぁ。その恰好でどう見たって、街のお嬢様がスカート辞めてパンツにしました的な。手荷物はその腰の水筒だけ?」
「やっぱり剣ぐらい持つべきだったかなぁ…。」
「素人でも振り回すくらいはできるでしょうよ…。はぁ。ま。約束だ。今回だけな。」
街道沿いで、馬車に乗って手を振る老人が居る。
どうやら、この辺りらしい。クライアントだ。
ユシカは老人と何やらやり取りし、林の方向を指さす。どうやら、あっちに巣があるらしい。
老人の馬車は去って行った。2人は林へ向かう。
「この小さな林を抜けたところに、小さな岩山があって、洞窟があるってさ。」
「うん。」
「…上から毛虫落ちてきて、きゃ~!とかやめてよ?」
と、セティスを馬鹿にしながら歩くユシカの肩に、上から毛虫。
「きゃん!」慌てて払い落とす。
「………」
「ナンダヨ…。」
「…いや、可愛いんだなって…」
「う、うるさいぞヘンタイ!」
2人は林を抜ける。
その瞬間に、ラットが走り寄って来た。
足音。声。ニオイ。気配。全て隠しもしない、素人冒険者には良くあることだ。
特に、二日酔いの酒の匂いに。
ラットと言っても、体長は1mある。その歯は鋭く、集団で来られれば、並の人間ならひとたまりもない。
主に肉食だが、コメや小麦なども喰う貪欲な雑食。死肉どころか骨も喰う。喰わないものを聞いてみたい所だ。
「オイ、ヘンタイ!隠れろ!」
無理な相談だ。遅い。
剣を抜き、ユシカはバスタードでラットを切り裂く。一撃では死なないが、重傷は負わせている。軽やかな動きだ。彼女は革鎧しかつけていない。基本、避ける。剣で受け流す。
それが出来るのは、その細くもしっかり着いた美しい筋肉のおかげだろう。6体ほどに囲まれているが、彼女なら勝てるだろう。
ユシカは、振り返る。この瞬間、気遣う余裕のなかった美少女を振り返る。
食われてないよね!
セティスは、身を覆う光る半透明の膜に包まれ、ネズミたちの攻撃はことごとく弾かれている。
「ナニそれずるい!」
ユシカは、取り合えず目の前の敵に集中することにした。と言うか、セティスに近寄れないネズミたちは、ターゲットをユシカに集中して来た。
「…なんか…一言で言うと…働けよヘンタイ!」
と、言われた、当のセティスは、その流れる剣技に見とれていた。
宮廷の女たちとは違う、凛々しい美しさに見とれていた。
「…綺麗だ。」
「綺麗じゃねーよ、粗暴って言うんだよ。惚れたんかヘンタイ。」
いつの間にか、昨日の盗賊少女が頭上の枝に居た。
弓を取り出し、狙いを付ける。
ひゅん!
弓の速度は、殆どの生き物では避けられない。
ユシカの目の前、すぐ近くの一体の耳を貫く。
「うわ!あっぶね!」
「いーじゃん助けたじゃんデカ女。」
「てめ!昨日のスリ女!」
安全地帯から次々に弓を放つ。戦い方の鉄則だ。
勝負は、当然だが一気に勝利へ傾く。
…最後に、小さいのを何匹か逃したが、この程度ならもう、街道の脅威にはならないだろう。
彼らは武器を降ろす。セティスの指輪も光を止めた。
「あんたら。」
「なに?」
「お礼は?感謝の金貨は?」
目線は主にセティスに向けられていた。
「…ホラ言わんこっちゃない。アンタ、いい金づるポジ定着だよ。」
「あ、ありがとう。お礼と言っても、今は持ち合わせがこれしか…。」
セティスが出した金貨3枚を、盗賊少女は勢いよくひったくった。
金貨は現在価値で約1万円。
「じゃぁ、行こか。」
盗賊少女が目線を洞窟に向ける。
「あー。中にまだ居るか確認か。そうだな。なんだ?お前もくんのか?」
ユシカは盗賊少女に尋ねた。
「そりゃあ、金になりそうだからな。後払いでもいいぞ。ツケだ。酒場に持ってこい。胸フェチ女装男。」
更に傷ついた…。
3人は、さすがに今度は警戒しながら洞窟に入って行く。
嫌なニオイが充満している。食べ物の腐った匂い。獣のフンの匂い。
「オイ、スリ女。名前を聞いてねえぞ。」
「名前か?デカ女。ウィッグってんだ。セクシーな良い名だろ?」
「ウィッグう?」
「変装に何時も使うんだよ。この黒髪はお仕事用。」
「へえ。通り名か。まーいい。アタシはユシカ。」
「あ、僕は…セティス」
「ヘンタイでイイだろー?」「胸フェチで十分だろ。」
皇太子セティスは深く傷ついた。
めぼしい塊を、木の棒でどかしながらお宝を探す。
とは言え、相手はネズミ。ゴブリンなら硬貨でもありそうなものを。
「ねえな。ちぇ、中入って損した。」
「あー、まあ、残党無しで確認はした。仕事終了だ。スリ退治の次としてはまー、我慢できる仕事だ。」
「あ??」
「文句あんのか?」
「あのー2人ともケンカはやめよう…。」
「「黙ってろヘンタイ」」
セティスのハートはガサツな2人に更に抉られた。
「…お?」
「なんだスリ女。」
「ウィッグって呼べよデカ女…向こうに穴が続いてる。」
「ユシカだスリ女…ネズミが穴を広げたのか…行ってみっか」
「…ネズミが広げただけなら何もないんじゃ…」
「「黙ってろヘンタイ」」
取り合えず、2人が揃っている間は、喋らない事にしよう。
此処からは光が入らない。ウィッグが松明を付ける。
少し入って右に曲がり、木の扉が見える。いや、古い木の扉の一部が見える。分厚いが、ネズミが齧り取ったのだろう。人ひとり、潜って行けば入れる大きさだ。
「古代遺跡…。お宝のカホリだ。」
「マジか…ゴーレムとか居ねえだろうな。」
「怖いのか。と言うか、アンタじゃ入れないかもね~。」
「ふざけんな。余裕だ。アタシの方がウエスト細いだろが。」
「何言ってんの?あたしの方が細いし。ヘンタイの好きなバストはアンタの方がでかいけど、つっかえちゃうかもね~。」
ユシカはじろっとセティスを見た。
「あんま見ると斬るからな。」
「誤解デス…。」
「ま、ココは残念ながら盗賊のアタシの出番。音立てんな。動くな。」
ウィッグは静かに耳を立てる。
「音は無し…息遣いもなし…。行ってみっか。よっ。」
ウィッグは穴に潜り込んで行った。
何も言わず、当然の様にユシカが続く。実際、少々苦労している。
あー、泥だらけになるな…。セティスはあまり汚れ作業をしたことがない。
これも結構な一大決心だった。
ユシカに続いて、穴をくぐる。
ウィッグの松明が、ホコリと獣臭い石造りの部屋を照らす。至る所にネズミのフン。
だが、一角に。砕けた石の箱に。武器が転がっている。宝剣もある!!
「ひゃっほー!いただきだ!」
「待てよ!冒険者の鉄則は山分けだろ!」
2人はいがみ合うのを辞めて。30本ほどの剣を見分している。
柄に宝石の組み込まれた剣が、10本ほどもあるようだ。
宝に興味のないセティスは、部屋を見渡していた。
石棺に、剣。宝剣。
ネズミのフン。なぜネズミは此処に入って来たのかな。食べ物なんて無いのに。
…でも、古くて腐り堕ちた布…衣服?
革鎧…。良く見ると、錆びたダガーとかも。ゴミにしか見えないブーツも。
扉は他に見当たらない。デッドエンド。
デッドエンド…。悪趣味な罠…。ニセの宝物庫…。
ここ、死体だらけだった?ネズミが骨を食べた!?
なら、罠とは!その武器!
「離れて!その武器は罠だ!ネズミが無事だったのは。宝石に興味ないからだ!」
「何を言ってるんだ…?」
振り返ったユシカの背後で。10本ほどの剣が、宙に浮いた。
全ての宝剣が。横にまとめた。宝剣が。
ウィッグにとっては、目の前で。
「フライングソード!?きゃああ!」
フライングソード。自立、浮遊する魔造の剣。
その一本で、中級の冒険者なら、死ぬ。
それが、10本。
ユシカが、転げ逃げて、バスターを抜く。
ウィッグが、腰のダガーを抜く。
…そして、切り刻まれる。
ユシカがバスタソードで、1本を弾き飛ばしたが、弾き飛ばしたに過ぎなかった。魔法の剣でなければ、又は魔法でなければ壊すなど無理だ。
そして、その一本に手間取っている間に、3本から攻撃を受けて、左手の二の腕から血が噴き出す。
横腹の鎧を切り、血が滲む。額に深い切り傷を作り、目に血が注がれる。
ウィッグの黒髪が叩き落され。ショートカットの美しいプラチナが血に染まる。
その可愛らしい顔に、容赦なく剣は襲って来た。その自慢の美しい足は立ち上がれないほど深い斬撃が入った。
その中で、セティスだけは、光の膜に覆われ、傷一つない。
全てが一瞬の惨劇の中。セティスは叫んでいた。
初めての冒険は、甘く楽しいピクニックではなかった。
美しい女剣士は、もう戦える状態では無かった。大きな武器を振り回すには狭いこの空間では、彼女は的でしかない。
悲鳴を上げて転がり逃げる可愛らしい盗賊は、嫌だ嫌だと泣いていた。自分だけが…父の指輪に守られている。
こ、こんなの、いやだ
いやだー!
こんなハズじゃなかった!憧れた冒険は!こんなハズじゃ!
セティスは駆け寄った。死に近いユシカに先に向かった。駆け寄り、自分の指輪を外し。彼女の細い指に嵌める。
一瞬で光の膜はユシカに移り、剣の攻撃を弾く…。
倒れたユシカは、涙を流しながら…セティスの姿を見た。
ウィッグに駆け寄る。肩を抱きかかえ、穴の近くまで引きずった時、自分の背中に痛烈な痛みが走った。
剣は、腹から突き出ていた。
「ニゲテ…ウィッグ…逃げるんだ…」
「うあああ、セティス!セティスー!!」
「神ヨ。慈愛の神マグリテアよ…この2人に慈悲を…彼女の未来を奪わないで…大切な人…なんだ…女神よ、僕の魂を…捧げます」
一片の、宝石が。セティスの手の中に、いつの間にか有った。
宝石が、光る。それは、ネックレスになって、彼の首に巻き付いた。
<ツァルト王国皇太子セティス、我が眷属として、その生を全うせよ>
体が光に包まれると、腹の剣は押し出され、その傷はすぐに塞がって行った。
セティスが両手を2人の少女に向ける。光が伸びる。
ユシカのその傷は、致命的な傷は、消えて行った。
立ち上がって、剣を振るう。能動的攻撃に移ったため、指輪のバリアは消えた。
でも、それでも良かった。セティスの光は、神聖のブーストが掛かっていた。魔造の剣にとって、それは壊滅的な相性だ。
身体自体にもブーストを受け、ユシカは鬼神のような速さと正確さで次々に剣を圧し折って行く。
狭く、不自由な中でも、だ。
それはウィッグにも同時に起きていた。
速度だけならユシカより早く。聖なるダガーで、セティスの前のフライングソードを次々に弾く。
彼女はセティスの守りに入ったのだ。
10年の相棒のような連携で、呪いの魔剣は次々に動きを止める。
最後の一本は、真っ二つに切断され、地に落ちた。
偽物の宝石は光を失い、泥になる。それでも、1、2本についていた宝石は本物のようだったが。
…戦いが終わると、ブーストを維持していた少年は意識を失い、倒れた。
―――ティアナ王妃離宮。セティス王子の部屋。
傷は驚くべき速度で消えて行ったが、首のネックレスは、外れなかった。
絶対に、外れなかった。
「この女装ヘンタイ大甘が皇太子だったとはね~。」
王子の近くの椅子に座りながら、ユシカが言った。
「そうだね。この胸フェチがねー。」
「………神におのれを捧げて、アタシを守ってくれた。」
「…大切な人って、あたしの方かもよ…?」
「…惚れたん?」
「さぁ。胸ぐらいなら触らせてやるかな。」
「なんだ、只のビッチか。ウィッグちゃん。」
「一回守られた位でしおらしくなるのもどうかね、ユシカちゃん。」
「………」
「………」
扉を開けて、美しい王妃が入って来た。
「あ…」「げ…」
「お2人とも、そのままで。此度のこと、この子を連れ帰ってくれた事、お礼を言います。」
「いやいや、それ程でも。」「いやいや、あたしの力があれば楽勝。」
苦笑するお妃。
「流石、ム=ラ様の御血筋。ユシカさん。」
「なんだよ。アンタも良いトコの子女かよ。」
「流石、英雄シオン様の血を引くウィッグさん。」
「シオン?建国5兄弟のシオン?」
「何代前の話しだよ…?そんな英雄なら子孫に金残せよ。てか何故それを…。」
「私の夫は大陸の覇者。アークマスターですよ?」
「母上…」
セティスは目を覚まし、母の名を呼んだ。
―――後日。王城、合議の間。
国王アリエスと王妃ティアナの前に、セティスは居た。
「決めたんだね?」
「ハイ。僕は、誰かの力になることが好きみたいです。思ったより、厳しく、血に濡れた世界だったと知りました。だから、1人でも多く、救います。」
「そう、神と契約したんだね?」
「…多分。」
「セティス。<神>が呼びかけに応えてくれることなんて、奇跡の中の奇跡。世界中の冒険者が、死の間際、神に祈るだろう。でも、そのまま死んでいく。判るかい?」
アリエスは、目を閉じて淡々と続けた。それが何か、知っているように。良く知っている様に。
「例えそれが神の気まぐれでも、偶然でも…例え仕組まれていても。有り得ない事なんだ。誇るがいい。ただ…。」
「はい…。」
「神の契約とは、呪いとも言える。お前に宿った力はそう言うモノだよ、セティス。」
「はい。後悔はしていません。あの時、ユシカとウィッグが死ななかった事を今も感謝しています。僕は、プリーストとして生きます。」
「そうか…。良いだろう。見ておいで。世界を。かつての僕と同じように。そして、帰っておいで。その時、この玉座を譲ろう。他にやりたいことは沢山あるんでね。」
「はい!行ってきます!父上!」
扉が閉まると、ティアナは少し泣いた。
王は妃を抱きしめて、彼女に囁く。
「大丈夫。”その程度”の契約なら、乗り越えるさ。多くの神官も、神の力を借りて魔法を唱えているんだから。」
乗り越えられる。<僕らがそうであるように。>
―――城門前。
今度ばかりは、完全に旅人の服になり、背に軽めの冒険者グッズを揃え、メイスも持っている。使ったことは無いけど。
でも、結局女装はしている。
何故なら、皇太子だからだ。本当の姿を見知っている者は少なくない。
皇太子が冒険に出たと判れば、狙いすます者も居るだろう。
大陸を渡ってみようと思う。大陸を抜けたら、女装ももう、必要ないだろう。
門の近くで、2人の少女が待っていた。
「「セティ…セリス!」」間違いまでハモッた。
「あ、ユシカ。ウィッグ。」
「強くて綺麗な剣士に用があるんじゃない?僧侶さん。」
「それより、素早くカワイイ盗賊が必要じゃない?僧侶さん。」
「自分でカワイイって言う?」「綺麗ってちょっと自意識過剰じゃん?」
「もう、ロクに金貨は無いんだけど、一緒に来てくれるかな…僕が…守るから。」
宿代は必ず出してね。部屋はアンタ別ね。
あたしは一緒でも良いけど?胸までなら。
ちょっ…!
セティスは、自分の運命が走り出したのを感じる。
僕は、強くなんて無いけど。
この2人を救えただけで、この生を受けて良かったと思えるんだ。
「何ニヤついてんのよヘンタイ。」
「まさかモテてると勘違いしてないでしょうね胸フェチ。」
毎度ちょっと傷つくけど。まぁ…。頑張ってみようかな…。




