外伝Ⅱ<女装の皇太子セティス> 第1話
この15歳の少年は、女の子のような外見をしている。
母譲りの金の髪。柔らかな眼差し。丸みのある小さな顔。
母は美しいが、むしろ可憐という言葉が似合うタイプであった。今は32歳になったが、童顔さもあって可愛らしい。
母親と父親の馴れ初めは、母から少し聞いている。侍女だったとか。命の恩人であるとか。
僕の侍女もお嫁さんになるかもなのかな?2人居るんだけど。
「あら、セティス。おはよう。今日も可愛いわね!」
セティスはドギマギした。この声を掛けて来た妃は、キャステラ姫。
ハーフエルフの美女で、18歳くらいにしか見えない。実年齢は知らない。エルフはズルい。外見年齢が近すぎるせいで、<母>と言う感じがしなくてドキッとする。
「あ、母上。おはようございます。」
「もうすぐ、ノエルとアゼル、エディとシルベールが来るわ。よく相談してね。」
そう。これが憂鬱な原因。
僕だけが…。
今日は城に呼びつけられている。合議の間に、3人の妃と、3人の息子と。王。
玉座の王は、小さな娘を抱っこしながら、言う。威厳も何もない。
ただの、子煩悩な父親にしか見えないのだが。
タダの女好きで怠惰な父親にしか見えないのだが。
その肩書は、大陸の覇者、魔王。英雄。誇らしい言葉が並ぶ。魔王が誇らしいかは別として。
アリエス王が、軽く口を開いた。
「3人とも元気そうだね。聞いている限りでは、アゼルはダッカーヴァの王として、3年後即位すると。剣と知見を武器に民を守る。良いかな?」
妃、ダッカーヴァ女王、ノエルが口添えする。
「アゼル、父上に思う通りお話しなさい。必ず力になってくれますよ?」
「は、はい。父上。私は、父上がお守りになる大陸の一国、ダッカーヴァを守ります。剣も魔術も弟たちの様に一流にはなれませんが、その分見識を広げて参りました。私は、そのように進んでまいります。故に、冒険者として旅立ちは致しません。」
「うん。いいよ。考えたんだね。アゼル。ダッカーヴァを任せたよ。」
アリエス王は優しく笑った。
「シルベール。」
エディ妃が目くばせする。
「ハイ…オレは、以前に父上に見て頂いた通り、国を守る<剣>になります。魔剣士として研鑽を積みます。冒険に、出たいと思います。」
エディ妃は、少々複雑な表情ながら頷いた。息子を送り出す母はいつもそんなものだ。
「期待しているよ。シルベール。お前には、いつか国の軍を任せたいんだ。」
「セティスは?」
「ぼぼぼ僕は…。」
「どうしたんだい?セティス。」
「…決まってません…」
ティアナが割って入る。
「あ、アリエス様、セティスは…」
アリエスはティアナの話を手で制した。
「…王家の男子は、一度は冒険者として厳しい世界を見て来なければならない。なーんてのは、今どきどうかなぁと僕は思うわけだ。まぁ僕は行ったけど…。おかげでユ=メやシャリーに出会った訳だけど。」
「…ごめんなさい、父上」
「謝る必要がどこにある?お前が幸せに生きる道を探すといい。ただ、セティス。お前は第1王子。次のツァルト王は、セティス。お前だよ。」
「も、もし、僕が王位を選ばなかったら?」
「ティアナが悲しまないなら、それも良し。ティアナは地位に固執する人では無いし。ただ、どうかな。」
ティアナ妃は複雑な顔をした。
「全て、子供達が選んだ道と、ツァルト国民の幸せが両立できれば良いのです。私の思いなど2の次なのでは。」
それは、僅かながらでも期待しているということだろう。
「では、セティス。キミは、心決まり次第、僕に言うんだよ。いいね?」
3人の妃と息子たちは、退出した。
ティアナ妃は、息子の頭を一度撫でながら、言う。
「セティス。戦えなくてもいいの。お前は誰より優しいもの。ママはそれが自慢なの。」
僕は、父上の膨大な魔力を受け継いでいない。剣技も花開かない。賢者のようなアゼル兄が羨ましい。特異な才能を開いたシルベールが羨ましい。
自分が継いだのは、母譲りの丸い顔だけだった。母の顔は大好きだけど。お妃達は間違いなく美しいけど、母の柔らかい美しさが一番好きだ。
でも、戦う力は、僕にはない。
それでいて、僕はツァルトの第1王子なんだ。むしろ、もっと継承権が下であれば、気にしなかったのに…。16歳の若さで妃になった母上は、結構早く僕を産んだから。
ああ、シルベールとは、ひと月も違わないのに。シルベールが兄なら良かったのに。
はあ。
アークマスターの継承もそう…。僕には無理だ…。
ウワサでは、ガーレル母様の娘、アルフィア王女と、イア母様の子ミラティリオ王子が凄まじい魔力を持っているんだとか。
ますます、僕には遠い話。しかも、2人とも、まだ13歳と12歳だと言うのに。流石、魔道騎士団フラウレの薔薇、ガーレル母様の子。流石、自称大魔女、イア母様の子。
僕の出番なんて、無いよ、母上。それなのに。玉座に座れと言うの?
拷問じゃない?
セティスは、トボトボと離宮に戻った…。
――ティアナ王妃離宮
とは言え、この離宮で、セティスはアイドルだ。
皇太子で、顔はまるで女性。物腰柔らかく誰にも優しく、万人に愛される王子だ。
同じく離宮に住む、10歳の妹姫レミナと共に、とてもとても愛されている。
尚、離宮の侍女や給仕は奴隷ではない。侍女は貴族の子女が多く、給仕も身元がしっかりしていないとなれない。多くは貴族の縁者。
セティスを落とせば、やがては王妃だ。さすがに、そこまであからさまな者は少ないのだが、地位とは決して無力な魅力ではない。セティスの寝所に入ろうとした乙女は0人ではない。いつも彼は慌てて追い出すのだが。
…パパとは違うらしい…。
「ねえ、アチカ、母上は今日、お城?」
「ハイ、お城と伺っています。」
離宮に戻らない夜は父と一緒だ。あまり考えない様にしてるけど、そう言うことだ。
「じゃぁ、僕が街に行って、料理しようかな。」
セティスは、ティアナの手料理が大好きで、時々教わっている。今では、それなりの手並み。
「お1人で!?冗談じゃないです!わたし達も行きます!」
皇太子に真の自由など無い。父上は第3王子で第7後継者だったから放任されてたらしいけど。
アチカとメリサ。2人の侍女が、部屋にセティスを引っ張り込む。鏡台の前に座らせ、2人がかりでメイクを施す…。
2人は楽しんでいる様にしか見えないが、セティスは複雑な心持ち。
…女装である。少女時代のティアナによく似た美少女の出来上がりだ。
何と言うか、僕だってオトコで、オンナの子に興味ないわけなくて…複雑だ…。
「さぁ、じゃぁ行きましょう、セリス姫。」
「はぁ。」
3人は離宮を出て、厳重な警備の主門をでて、城下に入るのだった。
尚、離宮は全部で10ほどもあり、王城の周りは1つの小さな町の様。
「うーん、最初はスープの具材を買おう。」
3人は肉屋へ入った。羊の肉が美味しそうだったのでこれに決める。匂い消しの香草も忘れない。
店を出た瞬間に、1人の女の子がセティスにぶつかった。
「あ、ごめーん。」
「はぁ。こちらこそ。」
振り返りもせず、オンナは去って行く。一瞬だが、可愛らしかった。
普通に、セティスはそのまま次の店に向かおうとする。
だが、侍女2人はそうではなかった。
「セリス様、お財布は!?」
「え?あ…あれえ?」
「やはり!追うわよアチカ!」
2人はセティスを引っ張りながら走り出す。
一方。
「ち、追ってきた!」
財布を盗った少女は、後ろを振り返り振り返り走る。そして、自分より背の高い人物にぶつかり、めり込んだ。
オトコかと思ったけど、多分、女のムネだ。頭一つ分違うワケだ。
「…オイ、気を付けろよ。前見ろスケベ。」
「スケベって、アタシ女に興味ないし!」
「待てー!」背後から声。
「やべ…」
逃げようとした。逃げようとしたけど、服の首んところが何かに引っかかって、動けない。
背の高いオンナの指だった。
「ヤメロ!離せこのデカ女!」
「てめこの!人が気にしてることを!ぜってー離さね!」
がし!更に両手を掴まれた。アチカとメリサが追いついたのだ。
「ご協力感謝です!セリア様!捕まえましたー!」
「ぜえぜええ、待ってよー。」
ようやく追いつく美少女。
「ちぇー。すきにしなよ。ちぇ。」
「はぁ。良かったな。アンタの財布かいカワイ子ちゃん。気ぃ付けろよ。」
セティスは背の高い女性の顔を見る。
…自分より背が高い。…15cmは高い。自分は160位だから、175以上ある。
きりっとして凛々しく、カワイイと言うより美人系。年上かと思ったけど、年齢は近いようだ。
細いながらきっちり筋肉が付き、バストは豊かで、腰は引き締まって細い。片手両手兼用のバスターソードを背に、もう一方の腰にはナイフ。盾は無い。盗賊のような薄い革鎧。
え、バスタード持って軽剣士?革鎧?
「なんか、初陣がスリ逮捕って。がっかりだなぁ、アタシ。」
「うるせえな!スリは命がけの仕事じゃん!」
セティスは一応財布を見て確認した後、スリの胸ポケットに金貨を一枚入れた。
「胸さわんないでよ女だからって。」
「あ、ゴメンナサイそんなつもりじゃなくて…」
「大体、今何入れた…ああ!?金貨ぁ!?マジ!?くれんの!?それともカラダ目当て!?」
「いや違います!ちがががます!これで、キミがスリを辞めてくれたら嬉しいです。」
珍しいやり取りに、女剣士は見入っていた。
「…うーん。初めて見たこういうバカ。そんなんで改心する奴がスリやるか?心の中で舌出して笑っているだけだよ。次もアンタを狙うかもな。」
「同感です。セリス様。」侍女が相槌を打つ。「セリス様世間知らなさすぎ。」
それを背から聞いていた少女盗賊が大きな声で言う。
「か、感動しました!アナタ様のご厚意に、心笑われた気がします!お名前をお教えください!身を清め、いつか御礼に伺います!」
「“洗われる”だバカ。」後ろから女剣士が言った。
人の良いセティスは、半分疑いながらも、否定はしなかった。名を名乗ることにした。
「僕はセティス。これをキッカケに、キミが正しく働いてくれたら嬉しいな。」
「…僕は?」
盗賊の少女、ウィッグ(通り名)はジロジロとセティスを見る。
「…もしかしてオトコ?」
「あ、はい。」
「辞めだ!さっきの胸さわり代でチャラ!」
「え?」
「ホラ!離せ召使い共。じゃぁね!」
盗賊少女ウィッグは走り去っていく。
「オトコ…へええええええ。化粧アタシより旨い…てかアタシしたことない。」
上から声が。
「違います!コレはその変装でその!」
「イイってイイって、趣味は人それぞれだ。甘ちゃんの女装癖のお金持ちさん。じゃぁな。」
女剣士も去って行った。「次の仕事こそカッコいいといいなぁ…」と呟きながら。
セティスは、ショックで固まっていた。
皇太子サマは、人にそのように罵倒されたのは初めての経験だった。
いや、罵倒じゃなくて、からかっただけかも知れないけど、良くとらえると。
続く―。




