外伝<魔剣士シルベール>
シルベールは、13歳の黒髪の少年だ。髪の所々に、父親譲りの金色の差し色を持つ。
母親が黒髪で、父親が紫に金の差し色を持つ髪。
この父親は放蕩父親だし、母親は父親にべったりで、自分の趣味は父親の誘惑だと公言する。
32歳の母親は、今も美貌全開中で、その成果と言うか…現在妊娠中で、もうじき新しい兄弟が増える。暇なときは魔術をシルベールに教えたり、剣を教えたりしてくれるが、我が母親ながら、家事スキルは無いに等しい。
兄妹は13歳の長男シルベールと、10歳の長女マリシア、6歳の次女カルピナ。もうじきあと一人。妃は何名かいるが、その中で一番の子沢山になった…。
先日は、この子が最期かなぁ、などと寂し気に言っていたが、どうだか。
母の名は、エディという。盗賊姫と呼ばれた美しき王妃である。
恵まれた家柄に生まれたシルベールだが、彼は今、悩んでいた。
シルベールは、線が細い。意識的に鍛えているが、どうにも筋肉が付かない。
剣の指南を受けているが、思う様に動けない。イメージばかり先走り、体が付いて行かないのだ。
もし、魔法ギルド<魔術の塔>に入るなら、本来ならもう、学び始めるべき年齢だ。
王妃エディの家族が住む離宮の裏庭で、大きな栗の木によしかかりながら、ぼんやり、栗の葉から漏れる空の蒼を見ていた。
「シルベール様。そろそろ、剣術の時間です。チャバス様がいらっしゃいます。」
「あ、カレンティ。」
少年は、ドキッとして立ち上がる。
13歳のシルベールよりちょっと背の高い、ウェーブの入った金色の髪を後ろでまとめ、侍女の証たるカチューシャを付けた少女。もうじき17歳になる。花の開き始めた可憐な少女。
王宮の、侍女の中でもひと際光る美貌。14歳の時に、侍女として王宮に入った。現在離宮に住み込み中。両親は城下に住んで居る。
幼い頃、ある事件で、王妃エディに救われた経緯がある。14歳になったら、シルベールの侍女になる。それが、3歳の時の、王妃との約束。
王宮で出会ったとき、シルベールは、11歳だった。初対面は0歳なのだが、シルベールが覚えている訳もない。
…その時から、カレンティはいつもそばに居る。姉の様で、違う様で。妹たちとも遊んでくれる。
いつもそばに居て、シルベールの身の回りの世話をする。一緒にボールを蹴り、高い馬から一緒に落ち、セミを取ろうと穴を掘ったら冬眠中の蜂が出て来た。そんな間柄だ。
「カレンティ、オレだって成長してるんだ。師匠から、そろそろ一本とってやる!」
「うーん。チビこだし。まだ無理なんじゃない?」
「オレの背はもうすぐカレンティを抜くよ!」
「まだガリガリだし。」
「筋肉が付かないのは父上のせいだ!」
「ハイハイ。じゃぁ、次の稽古で見ててあげるよー。」
「見てろよ?マジで!」
裏手の稽古場に、剣豪のチャバスがやって来た。
いつも偉そうにヒゲ生やしやがって。今日こそ一本取るぞ。
…そして、コテンパンに転がされる。
ここまではいつもの事で、この後、チャバスからもカレンティからも散々からかわれるのだが、この日は違った。
チャバスは、真剣な眼差しでこう言ったのだ。
「王子。王子は、魔法に生きるべきではないでしょうか?率直に申し上げて、光らぬ。」
「な!?オレはまだ13歳だぞ?オレの才能がもう判るってのかよ!?」
チャバスは、頷いた。
「…才あるものは、10にならずとも、輝いております。聞けば、シルベール様は、魔力にとても秀でておられるとか。何故、そちらに進まぬのです?」
シルベールは、一瞬、カレンティを見た。一瞬だけ。
<わぁ…格好いい…あれが、最強の剣士と言われるユ=メ様かぁあ。>
<オレだって、大きくなったら格好いい剣士になれるよ!カレンティ!>
<ハイハイ。頑張って私のナイト様になってねえ~。>
「…オレは、剣で…」
シルベールは、刃を落とした重たい練習用の剣を足元に捨てて、走り去った。
「あ!見てろって言ったくせに!」
カレンティの言葉が後ろから、シルベールを刺す。
「そう言うな。見られたくない姿を見られた男とは、そう言うモノ。」
…まして、お前には見せたくなかっただろうから。カレンティ?
柱の影から、美しい王妃エディの姿が現れる。姿を消して、見ていた。
カレンティが頭を下げる。
「お、王妃様。立ち歩いて大丈夫なのですか?」
「大丈夫よ。カレンティ。」
「おお、エディ様。」
チャバスも臣下の礼をする。
エディはただ、頷いた。
「…シルベールには、剣を扱う才は無さそう?」
「残念ながら一流にはなりますまい。」
「…あの人が魔術師だし。私も魔術を使うし。魔力は、今の段階でも見える…ほど強い。魔術師になれば、花開くでしょうに。」
「素直に魔法で強くなれば良いのに…」
カレンティは、シルベールが剣にこだわる理由を知らない。
エディは、カレンティを見て。微笑んだ。
「カレンティ。お茶を入れてくれる?一緒に飲みましょう。」
「シルベール様は?」
「男の子は、ほっといて良いのよ。」
チャバスは、礼をして去って行く。
数刻後。
シルベールは、外套を頭まですっぽりかぶって、路地裏に来ていた。
通路を曲がり、細い路地を進み、一際、人気なく味気ない扉の前に。
扉の前には、2人の男が居た。
「オイ。止まれ。」
「…オレだよ。ちょっと、オジサンに会おうかと思って。」
「…王子サマか。久しいな。結構背が伸びたんじゃねえか。」
「もうじき、アンタらも抜くよ。」
「ははは、王宮よりコッチが向いてんじゃねえか?王子。」
シルベールは扉をくぐる。
派手だがボロボロの布のアーチ。幾重にも連なる。
通路の先はそれがほんの少し先でも、この布で判らない。
シルベールは記憶の通り、左へ、前へ。右へ。
「まぁ、シルベール?流石、盗賊姫の子。すっかりイケメンになっちゃって!オねえさん、色々教えてあげようか!?」
「そのうちお願いするよ。」
「別に俺でも良いんだぜ?」
あははは。辞めろよ、お前じゃやべえ。ははは!!
盗賊たちの、下品なジョークも慣れっこだ。何処までジョークか判らないが。
最期に、大きな両開きの扉。
コンコン。
「叔父さん。オレだよ。シルベール。」
少しして。奥から声。
「どうした。ママに怒られたか?入れ。」
此処は謁見の間と言う。ギルドマスターの部屋。常人が入れる場所では無い。
マスターは黒革張りの大きな椅子にもたれている。40ほどに見える、顔の堀が深い、怖ろしいはずの、盗賊ギルドの長。腰には2本の剣。
人気はないが、数名の猛者が潜んで居る事を。シルベールは知っている。
「どうした。暗い顔だ。部屋が暗いせいかも知れないがね。」
「叔父さん、オレに、盗賊の剣を教えて。」
ギルドマスター、<黒のK>は押し黙った。
「…それは、無理な相談だな。ギルドマスターとしても。お前の叔父としても。」
「どうして?叔父さん?」
「王子として、力を持ちたいのは判るが。澄んだ目を失うことはねえ。」
「オレ、チャバス師匠に、剣の才能無いって言われた。魔法やれって。」
「別にいいじゃねえか。魔術の才があるんだろう。何が悪い?お前の父親なんぞ…」
「剣で強くなりたいんだ!そのために、努力して来たんだ!」
「…努力ねえ。なぁシルベール。<頑張った>は<努力>じゃねえよ?」
「…くっ」
黒のKは、自分の腰に付けた2本の剣を、シルベールに鞘ごと渡した。
「抜いてみろ…。」
Kの意図が分からぬまま、シルベールは剣を抜く。2刀など操ったことも無い。まず1本抜き、置いて2本目。短い方を左手に持った。
「ああ、まぁ、それでいい。それで、叔父さんを切って見ろ。」
「は?な、なんで叔父さんを切るの?できるわけないよ!」
「だろうなぁ…できねえよなぁ。普通、理由がなきゃ人を切ったりできねえモノだ。お前がまっとうに育ってて、俺は嬉しいよ。でもな。此処には、俺が一言いえば、お前ですら平気で切り刻む奴らがごまんといる。盗賊の剣ってのは、お前が知りたいのとは違う。殺す為の剣技だ。」
「赤虎、コイツの右手を切り落とせ。殺すなよ。魔法の道を選ばせてやれ。」
「じょ、冗談だろ叔父さん!叔父さん!」
暗がりから、姿を現す一人の男。ギルドマスターの部屋に配備されている男。一流の、一流の、暗殺者。
黒のKは酒を注ぐ。まるで、シルベールを見ない。それは、シルベールに本気であることを伝えるに十分だった。
赤虎が、すっと左手を上に上げる。それだけ。
シルベールの左太ももに、激痛が走った。短いナイフが刺さり、血を流す。
「ぐああああ!」
痛い!痛い!痛い!
タダの痛みでは無かった。何か。塗られている?想像以上の激痛。
影が、走り寄って来た。
男はシルベールが左手の剣を落とすと思っていたが、意外なことに、シルベールは剣を落とさなかった。
それどころか、左手の短い剣を、赤虎に向かって投げて来た。
「…………」軽く避ける影。しかし、一瞬を作ることが出来た。
シルベールは長い剣を杖の様に支え、毒の付いたナイフを抜いた。
「ぐうううううう!」
そして、そのナイフを男に投げようとした時。
足に何かが絡みついたのが判った。
ムチ!?短めの、ムチ!?
ひ弱なシルベールは、簡単に倒される。
「どうだ?剣技じゃなくても人は殺せる。お前も今、投げたじゃねえか。投擲武器、良いだろ?ははは!」
シルベールは、赤虎の方に引き寄せられる。近づいたら、それまでだろう。手を切り落とされるのだ。
「う、うわあああ!」
シルベールは右手の剣を足元で振り回す。
Kの渡した魔剣は、触れただけでムチをあっさり切り払った。
「はは、良かったな。俺の魔剣のお蔭だ。」
ムチが切られたと悟った次の瞬間、赤虎の体が宙を舞う。
回転して高く飛びあがった腕に、曲がった黒い剣が見えた。
終わりだ。オレは、右手を失うんだ。
シルベールは、咄嗟に、短く黒いナイフを握りしめていた左手を、弧を描く剣の前に差し出した。
赤虎が、慌てて剣を引く。
そう、命じられたのは右手だった。右手以外は、切れない。
赤虎はやむをええず距離を取った。
「ほう…面白い。シルベール。」
その時、意外なことが起きた。
左手のナイフが光り始める…。
「このナイフ……魔法の…触媒?」
「オレは、剣で、戦うんだ!」
シルベールは、投げるのではなく、ナイフを剣の様に振るった。
光の斬撃が、赤虎に向かって走る。
部屋の壁に光の衝撃はぶつかり、大きく部屋を揺らした。
赤虎の姿はその壁には無かった。
背後に、怖ろしい息遣いが聞こえる。
背後を、取られた!?
おわりだ。
「待て。赤虎。」
背後の冷たい息が、去って行く。消えていく。
「終わりにしよう。良く耐えたな。シルベール。」
何か言い返したかったが、何か言いたかったが、そんな体力も気力もなかった。
ただ、悔し涙が、溢れた。
Kは、太ももの毒を消毒し、包帯を巻きながら、言う。
「泣くな。誇れ。お前は今、一流のアサシンと戦って、追い詰めた。駆け出しですらないお前がだ。」
ぼろぼろと、止まらない涙を。シルベールは必死に唇をかんで、こらえる。
「体格も才能のうちだ。お前は純粋なる戦士には不向きだろう。だが、戦いのカンはある。才はある。この俺、ギルドマスターのKが認めよう。お前は魔術師にはならない。剣士にもならない。」
「…お前は、魔剣士になれ。呪文を唱えず、魔力だけで効果を発動して見せた。そんな奴は。初めて見た。」
「エディに、連絡するとしよう。お前を半年、ウチで預かる。」
――――――――――
…半年後。
剣豪、チャバスは、半年前とまるで威圧感の違う少年を前に、戸惑っていた。
傍らに。侍女カレンティがいる。王妃エディがいる。エディの肩には、一羽のカラス。
シルベールは、左手にバックラーをはめている。特殊な形態で、戦端が鋭い。攻撃できる盾。右手には、短めで軽い、サーベル。
「それで、良いのですな?」
「うん。」
「いざ!」
シルベールは、盾と剣に<気>を流す。
剣と盾に魔力の揺らぎ。強大な、魔力の揺らぎ。
盾の光は紡錘形になり、実際の盾より遥かに大きく見える。
右手のサーベルは、光によってバスターソードの様に伸びた。
「おおお!」
雄たけびと共に、シルベールは切りかかる。剣の重さから解放され、軽く、速く。
本来、こう動きたかったと、体が喜びを伝える、流れるような太刀筋、そして剣圧。
次々にチャバスに打ち込む。ただの剣圧ではない。魔力の衝撃。力で、威力で打ち込むのではない。魔力と速度の衝撃。
「おお、王子、見事!わずか半年で!よくぞ、ここまで!」
シルベールは一気に距離を取って、引いた。右の腕を高く掲げ、魔力を溜めて行く。
大きく。大きく。自分の背よりも、大きな光。
エディの肩に止まったカラスが言う。
「シルベール。もういい。その力は、天に放て。」
シルベールはハッとして、魔力を上に打ち上げた。光の衝撃波。高く高く、空に舞った。
空に舞った。
「それは、モンクの操気術に近い魔力の使い方だ。それが、お前の答えなんだね?シルベール?」
カラスの問いに、シルベールは答える。
「ハイ。父上。これが、オレの、戦い方です。」
「良いだろう。シルベール。研鑽を積むんだよ。壊すだけじゃなく、守れるように。」
カラスが飛び去る。
王妃エディが。息子に近づいて。抱きしめた。
「期待に応えられなくて…ゴメンナサイ。母上。」
エディは首を振った。
良いのです。あなたの力、誇らしい。そう言って。抱きしめた。
翌日。栗の木の下で。
やっぱり、栗の木の隙間から見える青空を眺めながら。
シルベールは、お茶を持って来たカレンティに、ぼそっと、言った。
「力強いナイトにはなれそうにないけど…オレはこの力で、ナイトになるよ…カレンティ。」
カレンティは、この時初めて、シルベールが剣にこだわる理由を悟った。
いや。思春期真っ只中の少女は、シルベールが自分に向けて、少しトクベツな思いを持っていそうなことぐらい、何となく感づいてはいた。
それを逆手にとって、からかったり言うこと聞かせたり。して来たかも。
でも、この時は。
…真っ赤になって、庭を駆けだして、逃げて行った。




