第55話 「混戦」
銀のユタチェルティは、将軍リュカインの軍とたった一人で対峙していた。
村人は、一人残らず、広場に集められていた。
将軍が、宙に舞うユタチェルティに大声で言う。
「流石だなぁ、さすが魔術の塔、銀の称号を持つ男だ。オレの配下にならねえか?」
「自分より格下の奴に付くバカが何処に居る?将軍とやら。」
「イキがるなよ。調べてある。お前が何故、この村を守っているかもなぁ。」
将軍は、傍に立たせていた老人を軽く蹴り飛ばし、地面に転がした。
老人は、低く呻いた。
「おじいさまに何をする!」
2人の美しい女性が老人を守ろうとして、将軍の側近に抑えられる。
「将軍、ジジイ、やけにイイ女を2人も連れてやがる。」
「ああ、縛っておけ。オレが楽しんだらお前らにやる。」
「…おい、下衆将軍。そのじいさんがどうしたというのだ?」
「とぼけるなよ…」
「コイツが、神なんだろお!?」
ユタチェルティの纏っているオーラは、氷の色に変わった。
――――――――――
周囲の村人たちにも動揺が広がる。
「将軍とやら。事の真偽はともかく、お前達は此処で殺すとしよう。よく、このユタチェルティに挑めたものだ。教えてやろう、銀の力。」
「それは、俺がこのジジイの首を薙ぐより速いのか?」
将軍は老人の首に刃を当てた。
「オイ、神。オレをこの世で最強にしろ。どんな魔法も効かない、どんな剣も効かない最強だ。オレの願いを叶えろ!オイ!殺すぞ!」
ユタチェルティは苦笑した。ああ、何も知らんのだな。
「“タイム・フリーズ”」
時を止める。将軍の刃を老人から離すのは、簡単なことだ。本来は…。
老人を石化する方法も、メタライズするも、老人をテレポートするも…良いだろう。
楽勝で近づいたユタチェルティの誤算は、不運は、別にある。
このタイミングで、この場面で、どこかの<神>の悪戯があったのだろう。
無数の、飛行魔族、そして、凶悪なマンスコーピオンの群れが。
やって来たのではない。沸きだしたのだ。テレポートで送られてきた如く!
行儀よく、離れた所にではない。軍隊や、村人の、間にだ!!
彼の優先順位は、変わった。
救わねば、ならなくなった。
だが、その最悪な状況にも、救いはあった。
凍った時の中で、老人を介護していた片方の女が、動いた。老人を将軍の剣から救い、サソリから距離を取って移動し始めた。
何故、動けるのかは後で聞こう。ハッターと言う名の、世話人だ。彼が、<許可した>女だ。
だが、助かる。ユタチェルティは、この混乱の時間の中、「“バリア”」
老人と、女。ハッターを、バリアで包んだ。
…時は動き出す。
誰もが、目覚めた瞬間、地獄が始まった。
「何だ!どうなってやがる!何だコイツ等はー!!」
混戦。混乱。至近距離に現れた魔族に躊躇はなく、村人と軍隊の区別もなく。
200を超える飛行魔族。100を超えるマンスコーピオン。村人は40人。ドレイク軍は50人。
ユタチェルティは、空中の魔族を次々撃ち落しながら、村人の女子供を優先し、逃避の道を切り開く。
魔術師は、混戦に向いてなど居ない。範囲呪文が使えないのだから。
“バリア!” “ジャベリン!” “ニードル!” “バリア!”
銀の魔法は次々に魔族を撃破していく。しかし、村人の悲鳴は途絶えない。
無理に決まっている。何人救えるのか。そう言うレベルの話だ。無論、軍など救う気はない。
そのドレイク軍は、余りの事に浮足立ったが、それぞれが猛者であったことは確かだ。反撃できたし、飛行魔族なら、剣が届く限りは戦えた。だが、マンスコーピオンは別だった。1対1では勝てなかった。
聞こえる悲鳴は、一方的に人間のものだけになっていく。
彼が守り続けた善なる村は、平和の村は、一瞬で、地獄に変わった。
「おのれ!おのれ!おのれ!」
「みんな!逃げて!みんなこっちへ!!」
そんな中、その方向だけは、魔族を押し返していた。
「…イリア!?」
いつの間にか戦いに加わっていたイリアが。村の女神が、氷の魔法で次々に障壁を作り、村人を招き入れた。
「イリア!イリア様―!!」
「早く!こちらへ!」
イリアの傍らには、老人を介護する役割のもう一人の女。白髪の女、ドミニクも居た。無事だったか…。
「勝機!!」
ユタチェルティは、地上を風のように走り抜ける。
体に巻き付いた高速の刃で、マンスコーピオンを切り刻む。斬り刻む!
戦いは、傾き始めた。勝利へ。犠牲の多い、勝利へ。
…この一瞬では。
ーーーーーーーーー
同時刻。
「“次元断層!中和!”」
アリエス達を囲んで居た空気の歪みが、ガラスが割れる様に、砕ける。
「…す、すごい…」
アリエスは大きく肩で息をする。肋骨あたりの痛みは、引くどころか強くなっている。
2人の上空では、魔神と聖なる者の戦いが続いている。
「聖なる者おおお!!消えてしまえ!消えてしまえ!」
ピューリは何も言わず、表情も変えず、光を放ちながら、宙に舞う。
彼の大きくなった光は、魔神以外の全てを包み込み、子蜘蛛を消滅させ、糸を浄化し。それは下の階層にまで広がりつつ、あるように見える。
ただ、魔神の周りの空気はどす黒いオーラに包まれ、消せないでいる。
蜘蛛の魔神は。動きを止めた。
さっきまでの激高が嘘のように、静かに言った。
「判っている。判っている。聖なる者。<本>の通りならば、儂はお前に勝てないのだろう。だが、聖なる者よ。我らは、現実に居るのだ。もはや、物語通りではない。例え、その力関係は<設定>どおりだとしてもだ!」
「お前も、儂も、まだ“消えていない”な!神はまだ、生きているのだろう!じゃぁ、どうだ!最高の舞台へ、共に行こうじゃないか!我らの勝負は、神の御前でつけよう!そこの小虫共!断層を抜けたなら、お前達も、来るがいい!見届けるがいい!世界がどうなるのかを!神の戯れの、行きつく先を!!」
「“マス・テレポート!”儂は小虫を連れて行こう!お前は追って来い!聖なる者!お前の生まれた村になぁ!!」
強力な、今まで魔神とやり合った中で一番強力な魔力が、アリエス達を包み込む!
テレポートの行きつく先は、言うまでもない。
ーーーーーーーーーー
「助太刀する!ユタチェルティ!!」
上空から、光の魔法が降り注ぐ。幾つも、降り注ぐ。
グリフォンに乗った美しい部隊の姿。ダリアの率いる、フラウレの最強部隊。
「来たか、アルティオラ!村人を救え!」
「おじいさまは無事ですか!ユタチェルティ!?」
「ハッターと共にバリアの中だ。安心して村人を救え!」
「判りました。フラウレ!これ以上、犠牲を出してはなりません!行きなさい!」
フラウレの魔術師軍、20名。しかし、一騎当千の20名。ダリアに関しては、ユタチェルティと同等の力を持つ。
ダリアは、戦いながらも、村の一角で人々を集め守る、イリアの姿を見つけた。
「そう。本物の、イリアね。よかった。あの首飾りを寄越したのは、やはり偽物。」
戦局はこれで一気に、人間の側に傾いた。ただし、ドレイク軍は、味方ではないが。
戦いは、終焉に近づいたかに見えた。
突如、その上空に、闇の塊のような、悪夢の塊のような巨大な人面蜘蛛と、光り輝く少年。そして、見知った2人の男女が現れる。
そのまま、蜘蛛は地上へ。聖なる者も地上へ。
聖なる者の光に触れた飛行魔族とマンスコーピオンの生き残りは、一瞬で浄化され消滅した。
蜘蛛の黒いオーラに巻き込まれた軍兵たちは、一瞬でその魂を奪われ死んだ。
アリエスとガーレルは上空で抱き合いながら、瞬間の事態把握に努めた。
なんだ、この地獄は!?
村のあちこちから、炎が上がる。
村人の亡骸。兵たちの亡骸。対峙する、魔神と聖なる者。
フラウレ。アルティオラ。強大な魔術師。老人。
…イア。バルザヤガ!
この混沌を、どう理解したら良いのだろう。
だが、やるべきとことは、知っている。
「ガーレル。飛べるね?アルティオラの許へ。急いで。」
「う、うん。」
ガーレルはダリアの許へ飛んだ。
「“マス・フィールド!”」イリアの氷の壁の外側、一際大きな光の壁。
アリエスは、村人を守ることを優先した。そして、イリアの横へ降り立つ。
「…キミは、以前逢った、イリア…?」
「はい…。」
「バルザヤガに伝えてくれ。」
「…何を言っているのか…」
「愛していると。この戦いが終わったら、ケリを付けよう。と。」
もう一人。アリエスの傍に、巨大な魔力の男が降り立つ。
「お前が、アリエスか。」
「うん。あなたは。」
「お初にお目にかかる。銀のユタチェルティ。真祖に命じられ、この村の<神>を守りし者。新しいアークマスターの力の程、見せてもらおう。」
「お見せするよ。嫌と言う程。」
上空。フラウレの一団が居る。
「お姉さま!」
「よかった…ガーレル!」
「さぁ、私のグリフォンの後ろに乗って!」
「姉さま!」
「そんなに抱き付かないで。何時までも子供なんだから。もう。」
「そんな事無いよ。恋だって覚えた。」
「…そ、そう…。じゃぁ…安心ね…。」
ガーレルは、姉の言葉に僅かな異変を覚えたが、嬉しさの方が勝り。元気に言う。
「2人で戦うのは久しぶり。やるぞー!」
近くにいた副官ラシュラは、呟いた。「子供…!」
聖なる者と、魔神の戦いに、人間たちが加わる。
フラウレの魔術師が。銀のユタチェルティが。
イリアが。アリエスが。
魔神に、魔法を放つ。
聖なる者の動きに合わせ、強大な魔法を放つ。
アリエスは、天に指を差し、いつかの様に、珍しく、詠唱を始めた。
「始原の宇宙を彷徨い漂う流星よ我が呼びかけに答えよ…まあとにかく…来い!」
たまたま近くに飛んでいた、フラウレの美しい皇女姉妹は、そのテキトウな呪文を間近に聞いて、口をあんぐりと開けた。
「“メテオ!招来!!”」
そりゃあ、村の家屋に人はもう、居なかろう。が。
「む、村ごと消滅させる気ですか!!」
上空に現れる、巨大な隕石。炎に包まれた、真っ赤な、真っ赤な、隕石。
「全員、耐火炎!対衝撃魔法!!」
アリエスにも言い分はある。
魔神に最も効果的なのは、炎だ。彼は知っている。彼とガーレルはそれを知っている。
村の被害は、謝ろう。
魔神は、空を見上げた。
「は!こずるいというものだ!どちらを防げばいい!?隕石か、それとも、光か!?」
光に対抗する闇を放ちながら。
「人間!見事だ!この時より、魔神を名乗れ!そして光の子よ!聖なる者よ!お前の光でだけは!死なぬ!」
魔神の意地なのだろうか。蜘蛛は、聖なる者の光に焼かれることを、最期まで拒んだ。
巨大な爆発。熱風。「“フィールド”」
蜘蛛を中心に、アリエスは巨大で透明な円形の壁を作った。そこから、熱が漏れぬよう。炎が広がらぬよう。
断末魔の、あまりに大きな叫びをあげて、蜘蛛が隕石に押しつぶされる。そして、燃え出す。
「はははははは、聖なる者。お前の勝ちではないよ。あははははは!」
誰もが、蜘蛛の消え去るさまを見ていた。紙屑の様に、あっという間に燃えて行くさまを。
…だから。
聖なる者に、目をやっている者は、居なかった。
聖なる者の背後から、蜘蛛に操られた死体が…あの悪魔の山から、テレポートで“連れて来られた”ザドヴォックの、首に大きな裂け目を持つ死体が…燃える木片を…聖なる者に擦り付ける瞬間を、見ていなかった。
「あああ!!」っと誰かが叫んだ。
ガーレルと、アリエスは、火を消そうと走り寄った。
大きく、ピューリの名を呼んだ。
2人の手が、ピューリに届くころ。
その小さな体は、灰になった。最後に、ピューリは、2人を見て、微笑んだ。それだけは、きっと、見間違いではない。
ピューリ―!!
「ぁあははは、聖なる者、共に…作り物の生を、終えよう…」
蜘蛛は、最期に、悲しくそう呟いた…。




