第54話 「2人」
祈りの時間から、2日目。
魔神は、ただ笑いながら、見ていた。
結界の中では、首を切られ、見えないようにマント布を掛けられた死体が転がり、ピューリを覗けば、ガーレルとQTしか居ない。
ガーレルは一言もしゃべらない。そして、時々、美しい顔を歪めて泣き出す。
QTは、初めて、顔を覆う布をとった。
女だった。30代だろうか。顔には幾つも傷がある。
「恋してたのか?あの魔術師に?」
ガーレルは答えない。
また、魔神が近くに寄って来た。
「女同士、良い話をしようか。教えてやろうか。そのニセモノの秘密。」
「結構だ。」
「何故、聖なる者をニセモノと断言できるか…。それは、儂が魔神でありながらニセモノだからだよ。面白いだろう?」
「何…?」
「儂らは、ある本から作り出された、借り物の存在なんだよ。笑える。生まれた時は、頭の中に浮かんできた使命…とでも言うかね…すぐに人間を襲いに、嬉々として出たのさ…」
「だが、ニセモノでも知恵はある。すぐに、自分が何者か疑問に思った。魔神なのだから、魔界にも行こうと考えたよ。しかし、入れなかった。入れなかったんだよ。まがい物と言われてねえ!」
「そう言えば、過去の記憶が無いんだ。笑うしかない。」
魔神は、何冊もの本を、宙に呼び出し、2人の周りに降らせた。
QTは手に取ってみた。結界の中なのだから。安全とも思えた。
そして、顔色を変えた。
「ばかな…バカな!そんなバカな!まやかしだ!この本こそ、まやかしだ!」
「…まやかしじゃない。現実だ…」
アリエスの声が、聞こえて来た。
ガーレルはハッと顔をあげ、叫ぶ。
「アリエス!アリエス!?」
地の底から、炎の塊が、飛びあがってくる。
「蜘蛛に囲まれて眠るのは最悪の経験だったけど、お蔭で回復できた。精神力は、ね。」
「き、傷は!?」
アリエスは、上半身を脱いで見せた。
体の一部を硬質化している。メタライズを部分的に使っているのだろう。
「一時しのぎだけどね…」
ガーレルが抱き着いた。
「ゴメン、キミに渡した指輪を通して、ずっと声は聞いていた。」
ガーレルは赤くなった。
「サイアク!蜘蛛の中にもっかい落ちれば!?」
ガーレルの文句をまるで聞いてないように。
アリエスは、ガーレルを抱き寄せる。
「…生きてて…良かった…」
涙を流すガーレルの唇に、そっと唇を重ねる。
「悪いが、アンタらで好きにしてくれ。撤退させてもらう。」
QTが、2人に言った。
「QT!?」
QTは、本を手に取り、どうと言うことは無い1ページを開いて、2人に見せた。
「…絵本だ!子供だましの、絵本だー!!」
そのページには、蜘蛛の魔物の前で光り輝く少年の絵が描いてあった。
拙い絵だった。
「聖なる者と悪魔の山!著者は聞いたことも無い、無名の作家!20年前の絵本だ!こ、コイツは本当のことを言っている!わ、笑い話だ!こんなものの為に、沢山の人が死んだ!沢山の仲間が、家族が、死んだ!!冗談じゃない!何が、聖なる者だ!!」
「あははは、試しに、その聖なる者とやらに、松明で火をつけてみるがいい。燃えるだろうねえ。よく、燃えるだろうねえ。」
「耳を貸すな!虚実混ぜて言っているぞ!冷静に判断するんだ!」
「あと、30秒やろう。それで、運命を選べ。30秒数えたら、その結界事。次元断層で囲ってやる。意味が分からないかな…?」
「貴様…」
「魔術師のお2人は判ったか?テレポートできなくするってことだよ。」
「30…29…28…27…26…」
「あ、アリエス、どうしたらいいの!?」
<ピューリを信じないのですか?ピューリを信じるガーレルを、信じてくれないのですか!?>
「僕は、信じる。キミを信じてる。だから、君が信じた、ピューリも信じる。」
「アリエス…」
「キミはずっと、ピューリの手を握っていたじゃないか。その手は、ニセモノだったのかい?」
「20…19…18…」
「QT!キミの言う通り、多くの人が死んだ。まやかしで人は死なない。実在していることは確かなんだ!」
アリエスは、別の誰かを、一瞬心に浮かべた。
ああ、そうか…キミも…過去の記憶が無かったのか?創り出された存在だから。設定された、魔女だから。
では、何故僕にはキミとの記憶がある?イア。
「10…9…」
「悪いね!アタシは、信じられないよ。信心深いアサシンなど。夢見がちなアサシンなど、居ない。」
QTは、ザドの持っていた指輪を無理やり剥ぎ取り、コマンドを読んで、唱えた。
「テレポート!」
「3…2…1…0…“次元隔離”。お前達は…少なくとも、女。お前はもう、逃げられないな…。」
――――――――――
同時刻、アテンドルでは、腕の完治した皇帝を、アルティオラが見舞いに来ていた。
実際の所、アルティオラにはそんな心の余裕は無かったのだが、腕を再生し、意識を取り戻した皇帝が急ぎ彼女を呼び出したのだ。
「…先日は大儀であった。お前の見事な活躍を父として褒めたいのだが、それどころではない。急ぎ。例の村へ出向き、守るのだ。」
「父上?」
「儂は、もう死ぬと悟った瞬間に、あの男を呼ぶように命を出してしまった。将軍の居る前でだ。あの裏切者の野心家が動く前に、村を制圧せよ。何が何でも、村を守らねばならん。」
「父上…何という事を…。」
「済まぬが、お前しか頼れん。アルティオラ。」
「判りました…ガーレルの為に、行ってまいります。ユタチェルティ殿がおられる以上、将軍もそう簡単に手出しは出来ないでしょう。すぐに向かいます。」
アルティオラは、皇帝の間を出ると、早足で歩き、次々に側近に指示を出す。
…アリエス様は、この後山頂付近へと言った。ならば、「蜘蛛の巣」を登り、ピューリの瞑想が始まっているはず。
「本の通りならば。」
瞑想はあと何日なのだろう。私は、フラウレと共にその間を戦い抜く。
時が経てば、あの人なら、山を消滅させて、私と一緒に村を守って…。
頭をよぎる甘い考えを、ダリアは振り払った。
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祈りの日、3日目。
蜘蛛に囲まれ、この先の未来も判らない最悪の状況。
2人は、背中を合わせて、でも手をつないでいた。
「もうすぐ、3日経つね。」
「ああ、もうすぐ、解決するさ。」
「もし、もし魔神の言う通り、何も起きなかったら。アリエスだけでも、逃げてね。」
「うーん。出来ないな。」
「…私が魅力的だからでしょ?」
「そうだよ?」
「ちょっと…冗談だったのに…。」
「ガーレルの事、もっと教えてよ。あ、そうだ、何歳?」
「レディーに年齢効く?20だけど。」
「あ、1つ下なんだ。」
「でも16歳。」
「ナニそれ。」
と言っても、アリエスにはその年齢の方が外見的にしっくりくる。
「実は、何年か、私、氷漬けで眠ってたんだって。病気を治すのに。」
「へえ、眠り姫。」
「あは、だから目覚めた時、お姉さま少し年上になっててビックリ!」
「へええ!」
なるほど、肖像画の謎はそれか…。
いや、少々…腑に落ちない。<病気>なら、皇帝が、最高位の僧侶を連れて来ないはずがない。
少し、沈黙。
「もし、死ぬなら。一緒なら、我慢するかな。」
「僕もいざその時には挨拶しなきゃいけない人が一杯いるけど…。最後の瞬間がキミと一緒なら。」
瞑想するピューリの背中。2人は何度も、キスした。
「もうじきだな。愛するお2人さん。記念に、そこでセックスでもしたら如何?」
「な!?」
「死体の傍で?結界の中で?やめとくよ。ちゃんと、僕の部屋に連れて行く。」
「誰がイイと言いましたかヘンタイ!!」
「おお、見よ、終わりの時だ。」
ピューリが、立ち上がった。両手を開く。
結界が…消えた。
沈黙。
這いあがり始める、蜘蛛の群れ。
沈黙。
あ、ははは、あはははははは!ははははは!!
蜘蛛の笑い声。憎々しい、笑い声。
ガーレルが、小さく、悲し気に言った。
「生まれ変わったら…妃になってあげてもいい…」
アリエスは、ガーレルを抱きしめながら、最期の考えをめぐらす。
アルティオラは、本の事は半ば認めながらも、知らないから救えると言った。
何を、まだ言っていないのか。何をだ?
…神がいる。西には神が居る。神。
神の力の源は…信心であるという。
ピューリ…。
「ガーレル。手を繋ごう。」
「抱き合っているのに?キスの方がイイ。」
「ピューリの手。広げてるんじゃない。キミと手をつないでいた高さだと思わない?」
「うん、確かに…しかも両手って。」
2人は、静かに笑った。そして、ピューリを挟んでそれぞれ、手を取った。
「ピューリ。キミを信じる。」
「ピューリ。頑張って。」
声は無けれども。2人は、聞こえた気がした。
<ありがとう>
そうだ。もし、ピューリが聖なる者として、<設定>されているなら。その源は<信心>。
ピュアなガーレルには言わなかったが、アリエスには、そういった根拠があった。
賭けるに値するかどうかは、別な根拠が。
だが、アリエスは、信じた。ガーレルを信じた。ガーレルが信じたピューリを。
「小さい子の両側で手をつなぐって、あは、夫婦みたい。」
「ガーレル。」
「何?」
「それ、実現しよう。1年後にさ。」
「…どうしようかな!あは!」
ピューリの体が、輝きだす。
柔らかな表情で、声を発した。
「ありがとう…僕は、世界を導くもの」
輝きが、徐々に大きくなる。
大きくなる!
蜘蛛の糸を浄化し、消し去り、蜘蛛を消し去る。
「なあにぃ~!あり得ない!あり得ない!何故、お前は本物になれる!?儂がニセモノであるのに、お前が本物の筈が無かろう!儂は消えて、お前は世界に君臨し神になるだと!?認めぬ!認めぬ!!」
蜘蛛の魔神が、次々と呪文を飛ばす!糸を吐く!
だが全て、聖なる者の光の前に霧散した。
「ふ、ふざけるなあああ!儂が消えるならば!聖なる者!お前も消えろ!消えろ!消えろ!“マス・テレポートぉぉお!”」
「マス・テレポート!?誰を送った?」
「は、はははは、<神>が死んでも、お前は存在できるのかな!?聖なる者!共に消えよ!ワシと共に消えよおおおお!!」
「神!ガーレル!心当たりは!?いや、アルティオラなら知っている筈!」
「…神…ピューリの現れたところには…神託を聞けるおじいさまが…」
「次元断層…中和する!!」
「できるの!?魔神を!魔神の魔法を!?」
「ガーレル!神託を聞けるだけなら、僧侶にもいる。<神>は、多分そのご老人だー!」
「―――!!」




