第51話 「悪魔の真実」
朝になって。
ダリアは、朝早くから、起き出した。
寝起きの悪いオトコに、軽く口付けして、立ち上がった。
王に伺いを立てる必要もあるし、将軍のいない今、ドレイク軍の指揮も立てねばならない。
悪魔の動向も。逃げた将軍の動向も。するべきことは、山ほどあった。
山ほどあるのに。
起き出して来た不埒な男は、おはようの言葉と共に、背中から抱きしめて来た。
「私は、朝には皇女に戻ると言ったはず。」
「僕は一夜のロマンスのつもりなんて無いんだ。キミを…」
「…言わないで。」
アリエスは、アルティオラをもう一度、ベッドに横たえる。
彼女は、ほんの少し抵抗を試みたが、諦めた。
…やがて、別れの時が来た。
今生の別れでもない、明日にも逢うかもしれない。
男女としての、別れだ。
「アリエス様…お察しの通り、アテンドルには、貴方には伝えていないことがあります…。でも、許してほしい。今はまだ、言えない。」
「今は…?」
「あなたが、無事に悪魔の山にピューリを送り届け、3日の祈りを完遂したとき。全てお話します。ピューリを。ガーレルを。信じてあげて。」
「判った。アルティオラ。」
「私も信じています。かつて、好きになった人を。」
「アルティオラ。僕は…」
「さようなら。もう、此処には来ないで。」
アリエスは執務室を出た。
出て、振り返って、扉に向かって、叫んだ。
「僕は!諦めない!キミに笑っていてほしい!ずっと!」
アリエスは、テレポートで消える。
アリエスが消えた後、重大な秘密を抱えてしまったラシュラは、昨夜同様、扉に近寄り、聞き耳を立てた。
誰にも、弱い場面など見せたことも無い、気丈な氷の美女が。
そのダリアのすすり泣く声を聴いて、ラシュラも、一粒、涙を流した。
「馬鹿な…姉妹。可愛そうな、姉妹…自由に生きれば良いのに…」
これが、悪魔の山に潜入する、1日前の出来事だ。
――――――――――
第2階層に走り込んだ一行は、驚愕の光景を目にする。
巨大な、空間が広がっていた。
時刻も最悪、飛行する悪魔たちが次々に、穴から戻って来た。
山の中にある、巨大な空間。円形に近く、直径にして500m。上からは巨大な鍾乳石がぶら下がる。
「あり得ない…」
建築工学など知らないが、素材の強度の知ったことではないが、この上には、山頂の部分があるのだ。ホールになった大空洞で支えられる筈もない。有り得ない!
そして、痛みに泣き叫ぶ肉の通路は、侵入者の存在と場所を示すのに十分だった。
細い、狭い空間で逃げながら、上に向かう。その目論見は何処へやら。
アリエス達の周りに、あっと言う間に悪魔が押し寄せる。
ガーレル!フィールド!移動するんだ!
「何処へ!」
アリエスは魔法の目で遠くまで見渡す。
この巨大な空洞の外周に沿って、階段がある。途方もなく長い階段だ。だが、上に通じているように見える。行くしかない。
「外周沿いの階段を登れ!上空の全ての敵は、この僕が引き受ける!」
「そんな!使い魔の魔力でそんなのできる訳が!」
「いいから!」
ザドヴォックが、再びピューリを抱える。QTが、足場を確かめ誘導する。
ガーレルが結界魔法を張る。呪文が飛んで来るのはもう知っている。対邪悪、対魔法の二十掛けだ。
「く!使い魔の魔力、持つかしら!?」
アリエスは、とっさに、ガーレルに自分の指輪を渡した。
「ナニコレ!この非常時にプロポーズとか!?死ねば!もう!」
「違う!その指輪には魔力のチャージと、複数の防御魔法が込めてある!居場所も判る!つけてて!!」
「あ、そうなんだ。」
アリエスは、天井のある不自由な空へ飛び出した。
飛んで、「“ライトニング・フェザー!!”」巨大な雷の翼を広げる。
あの呪文は見たぞ…マズイ、あのオトコだ!援軍を呼べ!
幾ら強かろうと、1人で万の我らを相手に出来るものか!貧弱な魔術師めが!
言葉のトランスが出来るアリエスには、何を言っているか、おおよそ判る。
呪文を使わずとも、悪魔言語は魔術ルーンに元々近い。
上空から襲い掛かってくる敵に対しては、アリエスの魔法はホーミングするようなモノ。
魔法で攻撃しようにも、アリエスの雷の方が遥かに長い射程を持つ。
これが、最強魔術師の称号、アークマスターの理不尽な魔力だ。
だがアリエスは気が付いた。肉の様な地面から、幾つもの、いや、何体もの怪物が生み出され、階段を登り、ガーレル達に追いすがるのを。
大柄な人間の上半身、長い槍。下半身は、サソリ。
マンスコーピオン。長く冒険した者なら一度は遭っているかもしれない。災禍のごときモンスター。
それが、地面から100程も浮き上がって来た。
「ガーレル!聞こえるね!?マンスコーピオンの群れが下から!」
「何とかして!」
「“ファイア・ボール!”」
アリエスは、長射程にしたファイアボールを、マンスコーピオンの群れに打ち込んだ。
途端に。燃え尽きる、恐るべき魔物たち。
いや、アリエスの強烈な魔力なら、結果は同じであったろうし、現に、ガーレルをはじめ仲間達は、その違和感に気が付かなかった。
アリエスだけが、その異変を感じ取る。
マンスコーピオンは、あっさり燃え広がったのだ。
その背後の、燃えにくそうな肉の壁ですら、同じく。簡単に燃えて、次々に灰になっていく。
紙が燃えるように。
そして、その光景を、忘れ得ぬ光景を、アリエスは思い出す。
愛しい魔女を、殺した瞬間の胸に突き刺さる記憶。
同じ…?バルザヤガと同じ、炎に対して異様に弱い…?
「戦わなくて、済むかもしれない!大体、このままでは魔力が尽きる!ガーレル、ザドヴォック、QT!松明を持つんだ!松明に火を!」
「な、なんで?」
「コイツ等は、火に弱い!本来のマンスコーピオンにそんな特性は無いけど、少なくとも今はそうだ!すぐに!」
一行は、アリエスに言われるまま、松明に火を灯す。
途端に、マンスコーピオンは追撃を辞めた。
空を徘徊するデーモンは、近寄るのを辞めた。
「ど、どういう事?」
「良く分からないが、連中は紙クズなんだろうさ。」
QTの言葉に、アリエスに何か引っかかるものがあった。
紙屑。紙屑。
紙………本……あり得るのか…それは…。
バルザヤガの物語…すなわち。本。
まさか、この悪魔の山も、物語が在るのか?
本の住人なのか!?聖なる者も!!
「暫くは襲ってこないだろう!確かめたいことがある!済まない。ガーレル、肩を借りるよ!」
アリエスは、カラスに。そして、ガーレルの肩に。
「…アリエス、大魔法連発して。使い魔の魔力カラじゃないの?」
アリエスのカラスは、少し、ニヤッと笑った。
「あなた、まさか、まさか…本体、だったの?」
――――――――――
ダリアの執務室。
アリエスは、激しくノックした。
「来ないでって、言ったわ。」
「いや。どうしても今聞きたい。山の大空洞を登っている。みんな無事だ。だから聞きたい!」
「何を…」
「本…なのか?全て?」
扉の向こうで、ダリアが息をのむ。
「今はまだ、話せないと言いました。」
「…本なんだな!誰かが!何かが!本を実体化したんだな!」
「…違います…」
「…まさか、それが、神!西の、神!?」
ダリアが、アルティオラが扉を開けた。
周囲には、フラウレの面々が心配そうにのぞき込む。
だが、人の目はもう、どうでも良い。
「悪魔の山には、聖なる者が上り、3日の瞑想の戦いの上、勝利しなければなりません。貴方は、ピューリを信じないのですか?ピューリを信じるガーレルを、信じてくれないのですか!?」
アルティオラは、涙を流していた。
「知らないからこそ、救える魂もあるのです。アリエス様。貴方の力を貸して。」
フラウレの面々の目前で。アリエスは皇女の唇を奪い、抱きしめる。
「…そこまで言うなら…アルティオラ。キミを信じる。これから、最上階へ向かう事になるだろう。暫し連絡はつかないよ。愛しいアルティオラ。」
「私は、もう、あなたを愛してはいない…。」
アリエスは少し寂しい顔をして、再び消え去った。
踵を返し、執務室へ引き込き籠ろうとするダリアの背中に、部下のラシュラが声を掛ける。
大声で。
「これだから、恋愛初心者は困る!惚れた相手がその気なのに手をこまねいて!イライラするね!この調子じゃあ、姉妹で奪い合うどころか、姉妹で譲り合って、伏兵に攫われるのがオチだね!なんなら、アタシが上手に引っさらおうかなぁ!」
「いじわる…言わないで…ラシュラ…。」
ダリアが扉の奥に消えた。
「私は、いつからこんなに弱くなった…?」
続く―




