第49話 「皇女の夢」
悪魔の山、潜入の6日前。
コンコン。
どうぞ。
「ダリア様、今朝はこれを持ってきました。置いてくれたら嬉しいデス。」
エスティは、花瓶に入った花を、執務室の机に置こうとした。
「花は有難く貰おう。だが、そこは困る。こちらの窓際に置いてくれ。そこは良く、地図を広げる所だから。」
バイアスの掛かった偏見だが、ここが男の執務室だとしても、誰も驚かないだろう。
私室ではないのだし、仕方ない点はあるにせよ。
エスティは、勝手にまた、家族の肖像画の前に立つ。
「気に入ったのかしら。エスティ。」
「ダリア様は、少し無理をし過ぎなのでは無いでしょうかね…。」
エスティは、絵の前で呟く。
「これでも皇女なのよ。抱えているモノは多い。随分と踏み込んでくるわね。私はまだ、貴女を全面的に信用しているわけでは無いけど。」
「じゃぁ、“ジャッジメント”で本当か嘘か試して見ては?」
「面白いわね…悪いけど、その魔法はもう、かけているのよ。」
「あら。信用ない。」
「貴女は、敵?」
「NO」
この魔法は、イエスか、ノーしか判らない。そんな魔法だ。しかし、敵を見破るにおいて強力。
しかも、最初からイエス、ノーで答えると言うのは、判別しろと言っているようなモノ。
「…私の味方?」
「イエス。」
何だろう。この少女は、何者なのだろう。数日で、なぜこんなにも、私の心に踏み込んでくるのだろう。
…いや。敵でないと言うのが本当だとしても、昨日、1つ、ウソをついた。
そもそも。その姿は本当の姿なのか。オトコかも知れないし、老人かも知れないし、精霊かも知れないし、幼女なのかも知れない。
「…その姿は、本当の姿…?」
「NO。」
「…潔いわね。しかし、わたしの味方と言うのが嘘では無いのに免じて、今は許しましょう。」
「私からも、質問しても?」
「いいでしょう。フェアに。」
「皇女であるために、随分無理をしていない?この部屋。殺風景で、置いてある本は真面目なのばかり。」
「それに答える義理は無いわね。」
ダリアの言葉に、少し棘が混じる。
「何よ、貴方。」
調子が狂う。まるで…。
まるで、目の前で男性が恋を語っている様。
男性…?
「この肖像画の貴女は…幼い頃の貴女は、もっと屈託なく、微笑んでいるよ。皇女の重さは、知らないけど…。何だろう、強いて言えば、力になるから、笑ってほしいな。」
口説かれているのかとすら思う。目の前の、少女に。
「出て行って。エスティ。」
ダリアは威厳なく、そう口にした。
エスティは、くるっと方向を変え、机の上の地図を指さす。
「各国の援軍は、民が避難した城塞都市に第1軍を、この首都で迎撃できるよう第2軍を。第2軍が撤退の際に入れ替われるよう、第3軍を配置しては。この首都は、距離的にも最前線だから、戦禍を広げないためにも、敵を首都に迎え入れる様に配置。もしもの場合も、皇帝は、テレポート魔方陣あるんでしょ?」
「………」
「笑ってくれるなら、また来ますよ~。」
「…本当の姿でなら、どうぞ…?」
エスティは扉を閉めた。
――――――――――
夕刻、獣人たちが食事を探しに、群れ為して荒野へ出る。
アリエスのカラスは、姿を消して、彼らの上空まで飛んでみた。
「いつまで、こうして待たなきゃならんのだ!?」
「全くだ!ニンゲンの肉が喰いてえ!」
「…ですってよ?」
「待たされている、か。指揮系統があるということさ。」
「それ以上は、中で調べるしかないか。」
一行は、魔法を唱え、砂を纏ってゆっくり進む。
聖なる者、ピューリに魔法が効かなくても、周囲を魔法で囲ってしまえば、少なくとも敵の目はごまかせる。
やがて、1つの、小さめの洞穴にたどり着いた。大きすぎず。やや小さ目を選んだ。
ガーレルがピューリの手を引く。先行するQTは明かりもない中、前方を確認し合図を送る。
どうやら、夜目が効く特殊能力をお持ちの様だ。
ぬめぬめした、内臓の中のような通路を進む。進行方向に、敵がいるらしい合図が来た。
指で示す。3人。
アリエスのカラスは、ひょいと飛び脱して、「“サイレント!”」沈黙の呪文を撃った。
同時に飛び出す、QTとザドヴォック。QTの銀のナイフが、一瞬で人狼の首を切る。
ザドヴォックが気功撃で叩き伏せ、QTのナイフが追撃。
長年の連携を思わせる美しい所作で、3体の命が潰えた。
表情は見えないが、当然の様に進む、QT。最後に、ガーレルは少年の手を引いてゆっくり進む。
通路は、腐った何かの匂いが充満し、耐えがたい。ぬめり気と湿気、まさに地獄の様。
どれくらい進んだだろう。少しは上に進んだのだろうか。
だが、歩くしかない少年の歩みはとても遅い。
QTが、足を止めた。
小さく、仲間に呟く。
「風の動きが…まるでない。行き止まりか、或いは、扉。」
「行き止まりだと?」
「悪魔に理論だった建築があるとは思えないが?」
「冗談じゃないな。この子供は歩くしかできない。」
アリエスが軽く言う。
「わかった。もし、行き止まりなら、ぶち抜こう。」
「うわ。侵入じゃないね、もう。」
ガーレルは呆れたように言う。しかし、彼ならできるんだろう。使い魔でも。
一行は意を決して、進んだ。
やがてたどり着いた先は、ホール。血と肉のホール。
中央に魔方陣がある。どうやら、先へ進むためには入らねばならないのだろうが…。
「じゃぁあ、入るんだよね?」
ガーレルがピューリの手を引いて進もうとする。
「いや、ぶち抜こう、エロ魔術師。」
「うん、そうだね。その呼び方ヤメテ。」
「何で?」
「ピューリが魔方陣のテレポートに入れるとでも?」
「あ、そっか。」
じー。
「何よその目…ふん。」
アリエスはククっと笑った。
「じゃぁ、物理的にぶち抜こう。斜め上に。」
「出たら、即、戦いかもな。」
「いや。アリだ。荒野でバレるのとは違う。狭く、入り組んだ空間だ。囲まれて1対100は無い。」
「では、ぶち抜きマス。“ドリルスフィア!”」
氷で出来た、鋭い渦。一気に血の滴る壁をぶち破る。
本当に、肉を突き破った方な汚い穴だった。
「アリエス、使い魔でそんな大魔法、大丈夫?」
サマ呼びは辞めたらしい。良いけど。
最悪なのはここからだった。
肉の穴は、所々に小さな「口」を付けて、叫び出した。
ぎゃああああ、痛い いたいいい いたい 痛い
ピューリをザドヴォックが抱きかかえ、一行は、最大船速で走り抜ける。
――――――――――
悪魔の山、潜入5日前。
アテンドルの首都には、皇帝を守る軍が首都に駐留している。城内を将軍たちが支配している。
そんな状態が、10日ほど続いている。
当初の崇高なる目的は、最前線に推し留まる皇帝をお守りし、魔族の群れを追い払うというもの。
このような、それこそ決死隊のような役割を請け負った<ドレイク師団>国内最強の軍。全員が冒険者であるが如き、鬼神の強さを誇る。
勇猛な将軍リュカインは、近年においても武勇を誇る。
本人が元冒険者の戦士、ナイトの称号を持つ者。
多少の魔法にも通じ、バルスタッド国境沿い、蛮族の侵入を追い返し、エビ大陸の内海より港を襲う海賊を海に追い返す。
皇女アルティオラの婿候補とも言われる男。
年齢もまだ若手の35才。アルティオラが23歳である事を考えれば、あり得ぬ話ではない。
近隣諸国の王子たちを婿に迎えるか、この将軍か。世間ではそう言われている。
少々当てが外れたのは、魔族の追撃が無かったことだ。
むしろ、城下の人々を素早く蘇生させた神官連合の方に、世間の称賛は寄っている。
勇猛な<ドレイク>は、最初に守れなかった軍なのだ。そうとまで言われる。
リュカイン将軍にとって、それは大きな誤算だった。
だから、城下に敵が現れた時、嬉々として討伐に乗り出した。
そして、バッフリグラ城。
「アルティオラ。フラウレの配置。近隣より派遣された友軍の配置。見事である。リュカインの顔も立つであろう。」
「…そうですか。この非常時に、個人の顔も何も無いと考えておりますが、結果として、最前線であろうこの町には軍を混ぜない方が良い、そう判断したまで。」
「そう言うな。お前は、リュカインにはつれないな。気に入らぬか。」
「気に入るも何も、この身も心も皇国の物。皇帝の命あらば嫁ぎますし、命なくば己の意思で選びます。」
フラウレのダリアは、皇帝の間から退出する。
入れ違いに。通路で将軍リュカインと出会う。鎧をまとい、剣すら携帯できる立場にある。
この通路は、色々な人と出会う道らしいな。ふん。
「アルティオラ殿。今日も美しい。」
「殿方はそればかり。ごきげんよう、将軍。」
「たまには、夕食を共にせぬか?仕事詰めは互いに良くない。心許せるものとゆったりした時間が必要だろう。」
「ならば、フラウレで食事を取ります。」
「そう、つっかかるなよ。アルティオラ。俺と仲良くして損は無いというものだ。」
「…失礼する。」
アルティオラは、テレポートで消えた。
「…ち。見ていろ。」
アルティオラにとって、将軍の舌打ちが聞こえなかったところだけ、幸運だった。
――――――――――
部屋にテレポートし、外套を執務室に掛けたとたん、ノックが聞こえた。
ふう。忙しい日。
とは言え、謎多き、私の味方。のはず。
「ダリア様。今日は壁の色を変えてみましょうか。」
ヤレヤレ。今日は、本当の姿で来ると言わなかったか?
「入れ。」
「お邪魔します。」
エスティは。執務室の柔らかい椅子にもたれる、アルティオラの前に、可愛らしい布に包まれた、上品な砂糖菓子、それから1つ、パンに干し肉とレタスを挟んだツァルトの新興勢力?サンドイッチを置いた。
「お食事と共に参上。」
ダリアは、ため息をついた。
「マイペースが過ぎるな。それに、本当の姿でと言わなかったか。」
「何と言うか。ダリア様の前のけじめでして。」
「ふうん。」
ダリアは、目の前のお菓子をつまんでみた。ストレスフルな城帰りには打ってつけらしい。
「…美味しい。」
「でしょ。」
エスティは、サンドイッチを食べながら自慢げに言った。
ダリアも、サンドイッチを食べてみた。ふむ。パンに色々挿むのか。城下のパン屋では無かったな…。
「………」
少し、笑顔がこぼれてしまった。
エスティがビックリした顔で、咀嚼を止めた。
むぐむぐごっくん。
「…何だ?」
「言っても怒らない?」
「…多分な。」
「笑うと、そんなに可愛いんだ。」
「!!」
不覚にも、不覚にも、顔が紅潮する。限りなく、冷静な顔を取り戻し、言う。
「食い物と言うのは、人を笑顔にするものだ。」
「なら、何度も持ってこようかな?」
「…図に乗るな。」
「…おっと。怒られる前に今日の要件を済ませますね。ダリア。」
「“サモンツールズ”“アニメイト”」
釘と、金づちと、薄く淡い黄色の布。シルクの布が壁を覆う。
無機的で味気ない部屋は、すぐに暖かく変わった。
「…如何?では、退出しますね。ダリア。」
「ああ。そうしてくれ。」
「じゃぁ。」
「…次は、ホットケーキが…良い。」
「ん?」
「あと、私は、ダリアではない…アルティオラだ。」
「またね、アルティオラ。」
バタンと戸が閉まった後。
<心許せるものとゆったりした時間が必要だろう>
違いない。エスティの正体が誰かは判らぬが。
淡い黄色は、少し、ささくれた心を癒してくれている。
ダリアはもう一粒。砂糖菓子をつまむ。
「甘い…。恋の様…。知らないけど。」




