第47話 「決死隊」
西の皇帝は、その日見た。
自らの国を魔族が覆いつくすのを。
そして、見た。その魔族を、空から駆逐する化け物じみた男の姿を。
首都をボロボロにされるという屈辱を受けてなお、まだ、皇帝には余力が在った。
それは、真に彼が信頼する側近たちが動き出して居なかったこと。一人一人が、それこそ国を動かせるほどの力を持つ猛者たち。元、冒険者であった者、かつて勇者とすら謳われた者達が居たこと。
2つ目に、軍神バストラを信奉する教団がひざ元に在り、彼の命で蘇生術を使える事。相当の人数は、蘇らせることが出来るだろう…。呪文有効期日以内で、死体が残っていれば。
3つ目に、アテンドルの真の切り札を使用していない事だ。
この切り札は、皇帝たる自分も“知らない”事にしていた。それが、盟約だった。だが、あの男はもう、この世に居ない。
だから、彼は既に、魔族の山を消滅させた後の事すら、うっすら思い浮かべていた。
強大な権力者の多くがそうであるように、彼は誰より強い力が欲しいのだ。不安定な「切り札」よりも、身近で扱いやすい力ならば、手にしたい。そうでないなら、消してしまいたい。
それは、アリエスという、東の小国の王。魔法ギルドを若くして継いだ魔王。ただ、それが誇張ない称号であることは十分わかった。この目で見た。
側近の魔術師でも、首都を覆うような防護円を張れるものだろうか。否だ。魔術において神童と呼ばれた我が娘ですら、この城を囲う魔方陣で精いっぱいだった。
「アルティオラ。皇女たるオマエをくれてやるわけにはいかないが、ガーレルならばあり得ぬ話ではない。一番良いのは、奴の子どもを、親族の婿として迎えることだろう。人質にもなる。だが、まだ赤子だそうだ。すぐに出来る事ではない。<魔術の塔>を、わがアテンドルが吸収する…。面白い手は無いかな…?」
父の見立てを黙って聞いていた皇女は、顔をしかめた。
「いいえ。稀なる魔力、わたくしも確かにこの目で見ました。しかし、我らフラウレとは相容れぬ、優雅さも無い、野蛮な魔術の使い方。かの者の力など不要。まして、アテンドルの血筋に加えるなど…。」
「だが、お前には出来なかった。黒雲のような魔族の群れを、あの男は消滅させた。」
「御父上が気に入られたのならば、ガーレルを娶らせればよいのです。わたくしはご遠慮申し上げます。」
ダリアは、皇帝の部屋を出る。その目には、明らかな怒りが在った。
「…あの子はまんざらでもないでしょうからね!」
通路に出て、ダリアは吐き捨てるように言った。
そのダリアが呪文を使い、フラウレの私室へ飛ぼうとした時だ。
「ダリア、ご機嫌ナナメね。」
「イリア!?無事だったのね!」
イリアが、妖艶な笑みでダリアを見つめた。普段見た事のない、漆黒のローブだった。
そして何より。強烈な、魔の波動。
ダリアは、盾と剣を構えた。
「…イリアじゃない。誰かしら。わたくしの部下を冒涜するのは。よく、この城の中枢まで入り込めたもの。」
「そんなに屈辱?アークマスターに後れを取ったことが。」
「何だと…?」
ダリアの魔力が渦巻いて来た。
「手伝いましょうか、アークマスターに出来なかったことを貴方がすれば良いのでしょう?」
「もういい。その姿でしゃべるな。イリアが穢れる。」
イリアは、プッと噴き出した。
「…我が名は、バルザ・ヤガ。魂を喰らう魔女。もう一つの名は、イリア。」
「…嘘だ。イリアにそのような巨悪のオーラがあるわけがない。」
「…どうだろうねえ…?どう思う?ダリア。」
魔女は、敵意なく、ダリアに近づいて来る。
そして、剣の間合いギリギリで、床に1つ、首飾りを置いた。銀の鎖に、大粒の黒い真珠1つ。シンプルで、しかし上品で美しい。
「魔法で、アリエスに勝てるはずもない。人間かどうかを疑うレベルの魔力だ。だが、このネックレスには、悪魔の力が込めてある。魔法ではない。邪悪の力、邪悪な竜の力が込めてある。<竜の悪魔>の力。お前に、やろう。」
「は。竜は竜。悪魔は悪魔だろう。下らん名前だな。何であれ、そのような下種な力、受け取ることも無いが。」
イアは笑った。
「そう。その思い込み。所詮。常識で捉われる、常人の判断。アリエスとはそこが違うさ。アイツは、バカな事すら普通に受け入れる。だから、自分も常識を超えて行く。」
「わたくしを焚きつけて、何がしたい?貴方こそ。まるで、自分の恋人を自慢する幼い娘の様。笑えるわ。アリエス王と情でも交わしたのかしら、ニセモノさん。」
今度は、イアの目に炎が灯り、魔力が膨れ上がる。
ダリアに劣らぬ程の魔力。
「…しくじったな。悪意を出してしまった。もう、気付いた者が居るに違いない。逃げさせてもらうよ…。」
消える魔女を、ダリアは追わなかった。
直後、城を守る数名の猛者が集まってくる。
「ご無事で!?」
「心配ない。確かに曲者だが、殺意が無かったので入り込めたのだろう。防御魔法に引っかからなかったのだ。もう逃げた。」
ダリアは足元のネックレスを拾った。
下らないことに、魔女は自分の心を波立てていった。今のは本当に、あの、清廉で美しいイリアなのだろうか。その思い、ネックレスと共に、心を揺らす。
…バルザ・ヤガ。どこかで聞いた事のある名だった。
――――――――――
僅か数日後。王宮。軍務会議室。
「ここに、特務隊を設立する。汝らの使命は、聖なる者を守り、山頂に無事、送り届ける事である。」
「加え、かの山に巣食うという魔神を打ち滅ぼし、再びこの地に安寧をもたらすべし。無事成し遂げた者には、皇帝より直々に褒美が与えられるだろう。即ち、思いのままである。」
大層な印の押された羊皮紙を読み上げる、魔法騎士団<フラウレ>を代表する者。ダリアのアルティオラ。
「アークマスター。お初にお目にかかりますね。この様な非常時でなければ良かったのですが。」
ダリアの目の前には、聖なる者と呼ばれる少年、ピューリが居る。そして数名の猛者が膝をつく。
モンクの集落から志願して来た、ザド・ヴォック。素手でゴーレムを砕ける達人級の逸材という。
盗賊、QT。何を意味するかは不明の名。この段階でも細いスリットの革ゴーグルとマスクをつけ、素顔は判らない。
皇女にして魔術師、薔薇のガーレルの姿がある。
そして、ツァルト国王にして魔術の塔アークマスター、アリエス・メイフィールド。
「そうですね、平和な時に、お食事でもしながら魔法について語りたかった。」
ガーレルがキッとアリエスを見た。
「王侯貴族の殿方はみな同じようなことを言いますね。」
「はは、そんな下心丸見えなのと一緒にしないで下さいよー。」
「一度あなたの御講釈を聞いてみたい気もしますが、それは無事に帰って来てからの話しです。良い報告をお待ちしています。いや、見ていれば判るのでしょう。山が消えるのならば。」
魔の山に、聖なる少年を送り届ける大役を担う特務隊…悪く言えば、決死隊。
その中に、皇帝の娘であるガーレルが居るのは有り得ないことだ。
他国の王であるアリエスが居るのも大概だが。
勿論、そんな都合のいい事にはカラクリがある。薔薇のガーレル、アークマスターのアリエス、共に使い魔が変身した姿で、この隊に加わる。つまり、本当の決死隊は2名だけ。
皇女が決死隊に加わる訳もない。当たり前だ。
出立の準備に解散する特務隊。
ガーレルは、皆がその場を去り居なくなった後、一つだけ姉に聞いた。
「お姉さま…。お姉さまは、ピューリが現れる事を、知っていたのですか…?知っていて、わたしを村へ?」
ダリアは、張り付いた笑顔をすっと消した。
そして、少し寂しい顔で。妹を抱きしめた。
「<帰ってきたら>もう一度話をしましょう。可愛いガーレル。」
――――――――――
アリエスは、険しい顔で…いや、悲しい顔で、何処かへ向かうガーレルを、少し遠くから見ていた、
…惑っている。
アテンドルには秘密がある。それが何なのか、アリエスには判らない。
ガーレルの心のうちも、今は判らない。
何故、敵は繰り返し押しよせて来なかったのか。
山に巣食う魔神とやらは、何故出て来ない?
そもそも何故、山が突然生まれたのか。
今こうして、悪魔の山に侵入を試みる。それすら、正しいのか。
僕は、何か、重大な過ちを犯していないだろうか?
魔女バルザ・ヤガが動いている。イアが。
でも、この悪魔の山は、彼女が仕組んだ悪にしては…直接的過ぎる気がする。
ああ、っとアリエスは一人頷く。
僕らしく動こう。
仕出かして謝るのは、大得意じゃないか…。
続く―




