第45話 「悪魔の山、その2」
薔薇のガーレルと、侍女ラシュラは、アークマスター、アリエスの前に居る。
この男に、頼まなければならない。悔しい。<フラウレ>が<魔術の塔>に頭を下げるなんて。
でも、プライドとか、そんな問題では無いのだ。祖国が亡ぶかどうかの瀬戸際。
「ガーレル、案内が必要だ。来てくれるかい。」
薔薇のガーレルが何かを言いだす前に、アリエスは言った。
「戦わなくていい。”眼前の敵を殲滅したあとの”指針が欲しい。」
「え?」
「銅のムラッハ、銅のレザーリ、黒のアマシュケス。黒のジンベルチ。赤のファストラ。赤のクァッカ。出撃せよ。一切の判断を任せる。ただし、24時間以内に、生きて帰還せよ。」
魔術の塔、最高戦力たちが、返事もなく、テレポートで消える。一瞬で、アテンドルの首都、ハイベリッツへ到着しただろう。
「恩を感じる必要もないよ。これは、僕の役目。“大陸の守護者”、アークマスターの役目。」
アリエスはガーレルの手を取り、呪文を唱えようとする。
「待って、ガーレル様が行くならわたしも!」
ラシュラが走り寄る。アリエスは2人を連れて飛んだ。
――――――――――
地震と、膨大な数の魔物は、あっという間に、首都を砕く。
しかし、時間が経つにつれ、首都の外側、軍隊が押し戻して来た。
元々、首都に居るのは精鋭隊、親衛隊で十分。万を超す軍隊の総力は、首都周辺や国境に向け配備されていた。首都には、魔法騎士団も居たのだから。
魔法騎士団は確かに優秀だった。一騎当千だった。だが、人数は、魔術の塔に比べ圧倒的に少ない。魔族の圧倒的物量に、身を守り、又は身を潜めるしかなかった。
だが、軍隊は違う。軍は個の力ではない。だからこそ、魔族と戦えた。
だから今、首都の城壁を境に、恐るべき攻防が続いている。
城の一部から炎が上がっている。街では、今もなお、悲鳴が上がっている。
アリエスは、テレポートで出現すると同時に行動に移る。
宙に浮く2人に”避雷”の呪文を掛けた後、「“ライトニング・フェザー!”」背中から、雷の翼を8枚生やす。長さ、20mはある。
真っ逆さまに、眼下の惨劇に向かって行く。空中をすれ違う魔族は、一瞬で焼かれた。
地上に近づき、今なお襲われている人々を救う。
「“マス・サモン・ガーゴイル!”」「“マス・サモン・ゴーレム・シルヴァ!」
18体の銀のゴーレム。240体の空飛ぶガーゴイル。それこそ、軍隊と戦えるような数の、ゴーレム召喚。
「魔族を倒せ。ゴーレムたち!」
街中に突然出現した強大な敵を認めた魔族たちは、アリエスの頭上に、黒雲のように集まった。
「“マス・ライトニングストーム!”」
集まったのだから。簡単だ。黒雲は、塵になって地上へ降り注ぐ。
ガーレルとラシュラは、魔力が底を突きつつあるのもあって、魔王の蛮勇をただ、眺めていた。
アリエスは、集団テレパシーで、首都の街中に声を伝えた。
「首都の人々へ。僕は、<魔術の塔>のアリエス。アークマスター。これより、アテンドル上空の魔物を殲滅する。空を飛ぶものは地上30m以上へ上がることを禁じる。これより、空を舞う者は皆。我が呪文により焼け焦げる!」
ガーレルとラシュラが地上へ降り、視界内に飛行する仲間が居ないことを確認して、すぐに唱えた。
「“ギガント・ライトニング・フェザー!!”」
背中の雷の羽が、8枚から16枚に。長さは20mから、20kmまで伸びる。それぞれの羽に近づいた者には、羽から雷が伸びた。
空をたった一人で支配する魔王。
それを見あげる者たち。
城から見た者。フラウレの窓から見た者。瓦礫に隠れ覗き見た者。瀕死で、空を仰ぎ見た者。
無数の魔族が飛び回っていた空を、雷の轟音と共に、青空に戻していく。
誰もが、聞き及んでいた。アークマスターの魔力は国をも滅ぼすと。
そして、それが真実ではないことを、今、知った。
「…こここれが、あの男の本当の、ちから…。キャステラ妃の言う通り…雷神。」
ガーレルは呆然と呟く。
「ガーレル様…悔しいけど、ガーレル様の勝てる相手ではないです。」
「悔しい?何を言うの、ラシュラ。今は、嬉しいの。この国を無残な姿にした魔物の軍を、滅ぼしてくれる雷神の姿が。」
「ガーレル様…」
「誇らしい皇国が。美しい首都が。平和を謳歌していた人々が!悔しい…悔しい!悔しい!!」
ぼろぼろと涙を流す薔薇を、ラシュラは抱きしめた。
「地上の人々よ!魔族はもう飛ばせない。地上を頼む!軍よ、騎士団の猛者よ!我が魔術の塔の術師たちよ。神聖騎士団よ。誇り持つ冒険者達よ。地上を取り戻せ。頼んだ!」
城門の均衡は崩れた。正規軍が流れ込む。
身を潜めていた冒険者たちが。城の近衛兵が。遅れを取り戻すべく集団で動き出す、魔法騎士団フラウレが。一斉に動き出した。
形勢は逆転した。地上から逃げ出そうとする魔族は、宙に舞っては、雷に叩き落された。
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戦いの、一つの局面は終わりを告げた。
…ついに、アリエスの翼届かぬ場所に居る魔族は、山の方へ飛び去って行った。
最早、黒雲と呼べるほどの数ではないが、未だに、夕刻に山へ帰るカラスよりは、居るだろう。
ガーレルとラシュラは、アリエスと合流した。
「アリエス様…感謝いたします。しかし、まずは生き残りの人々やケガ人を確認しなければなりません。御礼は後ほど…如何なる願いでも、わたしの出来る限りを。」
「キミにしてほしい事なんて、決まって…」
アリエスの横で、蓮華のラシュラがものすごい顔で睨みつけている。
「…決まってないので、というか特に要らないので。また後で。」
ガーレルはよくわからないと言った顔をして、フラウレに合流するため去って行った。
アリエスは、2人に手を振った後で、襟章に向かって指示を出す。
「アークマスターより、アテンドルに出向中の猛者たちへ。ディテクトを使い、地下や廃屋に潜んだ魔族を一匹残らず殲滅せよ。僕はこれより、持続時間48時間で、街ごと結界を張る。頼んだよ。」
ツァルトやファルトラントに吸血鬼が潜んだ時と同じだ。逃がさない。決して。
アリエスは、遠くに見える山を睨んだ。
木一本生えていない巨大な岩山は、夕日に染まり尚赤い。
「悪魔の山…。」
彼は、自然と、その山の名を呼んだ。




