第44話 「悪魔の山」
絶大な国力を誇る西の皇国、アテンドル。その国を、大異変が襲う。
純ハイファンタジー(のつもり)です。TRPG、RPG、リプレイ等お好きな方ぜひ。
西のアテンドル皇国。
大陸の最強国にして、唯一の皇帝が住む国。
元々、一つの国であった西の王達は、アテンドルの軍門に下った時から、“公爵”を名乗らざるを得なくなった。唯一の王が、アテンドル皇帝だからだ。
故に、ダッカーヴァの女王ノエルは、公爵なのだ。
この裁定に唯一従わない国が、バーサーカーの国、バルスタッド。
それは、古代において、”魔法王国”の進軍を止めたのがバルスタッドのバーサーカー達だったから。
そう言った過去の実績故に、バルスタッドだけは王を名乗る。
当然のように思惑を秘めた国々がある中ではあるが、絶大な国力を誇るアテンドル。
そのアテンドルの首都メニルシュタッドは、この日。
半壊した。
―――――――――
8の刻。
中庭で、馬車の準備をしていた“百合”のイリアは、根拠のない胸騒ぎを抱えつつも、<平和村>への荷を確認していた。
「おはよう、イリア。」
そう声を掛けて来たのは薔薇のガーレル。
彼女は、先日来イリアが気になっていて、しばしば声を掛ける。
何か力になれたら、そう思う。
「ガーレル様…私のことは気になさらず。あれは、本当に理由など無いのです。」
ガーレルは、馬車に詰まった生活品を眺めながら、イリアに問う。
「どうして、あの村に毎月通っているの?他の村には行かず。」
「あそこは、事情の在る村なのです。」
「うん…お姉さまも教えてくれない。どうして?わたしは、<銀>なのに。」
「今度、<ダリア>に私からもお願いしてみますね…。」
イリアは優しく笑った。
「もう、行かなければ。ガーレル様。今日は、嫌な予感がします。出来たら、お出かけは控えて頂きたいのです…。あの、根拠は無いのですが…。」
「うーーーーーん。わかった。イリアのいう事なら。」
ガーレルは、ちょっと面白くなさそうに言う。
本当に、子供っぽくて、可愛い人。イリアは、彼女を妹のように思う。
――――――――――
首都を出て、荒野に入る。
2頭立て馬車は今日も機嫌よく、村へ向かって進む。
今回も、みんなが喜んでくれそうな品を集めた。笑ってくれるかな。
この時だ。大きな揺れが襲う。馬がいななき、暴れる。イリアは呪文を唱え、馬車ごと宙に浮かせた。
慌てた中だが、彼女にとっては造作ない。
実質上、いや、本来は、二番手の“薔薇”に相応しい魔力の彼女である。
ガーレルより、上。
近くの岩山が大きな音を立てる。一部崩れたのだろう。首都は、無事なのだろうか。
イリアは、首都を見る。
そして、愕然とした。
宙に浮いている彼女には、ハッキリと見えたのだ。山が。
見知らぬ、赤い山が、首都の…城の背後にある。
真後ろに、山。標高1800を超える、雄大な山が突然。生まれたのだ!この一瞬で!
「あり得ない…!」
だが、有り得ない事は続いた…。
山の頂上から、中腹から、無数の黒い点が、湧き出して来た。
黒い、羽虫の群れの様。
生き物らしかった。
一瞬で直感する。
魔物―――と!
イリアは、馬車を地面に降ろすと、優しく馬に話しかける。
「あなたたちを、自由に。もし、私が戻らぬ時は、自由の身になりなさい…。」
キッと、厳しい表情になり、彼女は呪文を唱えた。
――――――――――
何が起きたのだー!
頑強な、皇帝の住まう城は、一部が崩れたが大半をそのまま保っていた。
勿論、魔法的な補強もある。
近衛騎士団が。城の親衛隊が。外に出て荘厳な山に驚き、次に、黒雲のように近づいて来る点を見ていた。
やがて、それが羽の生えた魔族の群れと気が付くまで。
同時刻、魔法騎士団フラウレでも、異変に対処し始めていた。
下級の修道者たちを全員、城塞の中にかくまう。
大ホールには、まだ花の名を貰えない駆け出しの魔法騎士たちが震えている。
フラウレの城塞に、薔薇のシュヌマの声が響く。
<ダリアの命により、私がこのフラウレに結界を張る。砦の防御機能を使う。今より3分後。出ることも入ることも許さない。尚、ダリアは城を守り結界を張る。これは、ダリアにしかできない。また、中に居る者は出来るだけ地下へ入り、可能であれば、“次元”シェルターへ避難せよ。>
「ま、街の人々は…!?ひ、人々を守れずして何が魔法騎士ですか!?」
ガーレルは、止めるもの達を押し切って、外へ出る。
お飾り部分があるにせよ、彼女は実力者で、<薔薇>なのだ。
「ガーレル様!お待ちを!わたしも行きます!」ラシュラが追いかけて来た。彼女の立場としては、1人でなど行かせられない。
2人は駆け出した。
街を覆いつくした黒い点は、全て羽の在るインプのような、人間と似た大きさの魔物。
コーモリの羽を持ち、三又の槍を持つ。絵に描いたような。そう、絵に描いたような、悪魔。
「“エビルプロテクト!ブースト!”」
2人は、邪悪を寄せ付けない魔法のサークルを張る。
しかし。相手は、只のゾンビではない。意思を持っていた。彼女らに、近づけないと悟った魔物は、すぐに、闇の魔法を、鋭い闇の結晶を遠くから打ち出して来た。
…つまり、戦うしかなかった。それでも、薔薇の称号を持つガーレル、蓮華の称号を持つラシュラは敵を打ち砕く。
打ち倒しながら、2人は近辺の地区を開放しながら中心部へ飛んでいく。
やがて、中心部近くへたどり着く。そこは既に、地獄。
一般市民はともかく、此処はアテンドルの首都。数多くの冒険者たちが居る。冒険者の中には、一騎当千の強者もいるはず!神官連合も居る!常駐する警備隊も無力ではない!
なのに、目の前は地獄だった。無数にも見える魔族が地上を地獄に変えている。
まだ、上空には覆いつくさんばかりの魔族が舞っている。
まるで、東の“奈落の門”が目の前に現れたような突然の出来事に、冒険者、騎士団、神官、盗賊ギルド。どこも、混戦にならざるを得なかった。組織は、組織で動いてこそ強いのだ。
実際に、混戦でも強い冒険者たちも、一時撤退、又は避難することが優先だった。
どんな勇者も、同時に100の悲鳴に駆けつけられはしない。
ガーレルとラシュラの戦いを、周囲の魔族が聞きつけ、集まってくる。
知恵が在るのだ。誰が、少数で挑むだろう。
遠距離の魔法に絶えずバリアを張らなければならず。倒すのにも、剣と魔法を併用する。
徐々に、2人は追い詰められていった。
そしてとうとう、もう廃墟と言っていい、街はずれの教会にたどり着いた。
教会の中は、教会の中にまでは魔族は入れないのではないか…と淡い期待を抱いた人々の亡骸だらけだった。献身的に守り続けたであろう、神官戦士たちの亡骸もあった。
「次から次へと!も、もう…精神力が」
「ラシュラ!時間を稼いで!撤退するわ!テレポートを!」
だが、2人の距離は5mほどあった。テレポートの使えないラシュラを送るには、ガーレルが接触する必要がある。
僅か5m。されど5m。
すでに魔力も精神力も底を突きつつあった2人は、接近戦で、剣で群れと戦っており、合流ができない。もっと早く、その決断をすべきだった。
「ガーレル様!貴女だけでも飛んで!」
「置いて逃げるワケないでしょう!?」
「じゃあ、なんとかして下さい!<薔薇>でしょー!」
「むちゃ言わないで!ラシュラこそ年上でしょー!」
2人の会話を遮るように、氷の魔法が次々と周囲を固めていく。
「お2人とも。テレポートを!」
イリアだった。
「イリア様!」
「イリア!」
「東へ送ります!魔術の塔へ救援を要請してください!」
「敵に!?あの男に!?」
「…敵じゃありません!あの男は、大陸の皇帝を目指しているのですから!」
「敵じゃん!父様の地位を狙うなど!」
「…この国は、相当な被害を受けるでしょう。明日には、魔物に支配されているかも知れません。だから、あなたたちは逃げて!助けを呼んで!」
「何故、そんなことが判るの!?」
「…判らない。でも、判るのです。あの山には、魔神が居る!逃げて、ガーレル!もし、<魔術の塔>ですら敵わない時は、“あの村”に逃げ込んで!お願い!」
「あ、アナタは何を知っているの!イリア!?」
「無事でいてね、2人とも。“テレポート”」
イリアは2人に触れ、強制的に飛ばした。ツァルトへ。
…アリエスの許へ。
「…さて、わたしとて、勝てるものか…?」
イリアは、次々に魔族を砕いていく。
ガーレルより本来上の力だ。容赦なく、魔物を凍らせていく。
だが、1時間もせぬうちに、徐々に押されて行く。
「ほ、本当にどれだけ居るの!?そ、そろそろ!」
息が上がる。呼吸をしたい。魔力が切れる…。
自分も逃げなければ。フラウレへ飛べば…。・
その一瞬。ただ、完全なる死角の方向から。
一匹の魔族の、汚い槍が。背中から、イリアの胸を貫いた。
ほぼ同時に、次々と、彼女の体に槍が刺さる。
イリアは、自分の胸から突き出る槍を見て、信じられないと言った顔をした。
「油断…し…あ…。さよ…な…ら、アリエス…」
膝をつき、崩れ落ちる。だが、その深い傷は、瞬く間に、消えて行った。
アリエス?何故あの男の名を呼ぶ…私は…?
そして…何故、死なない?私は…?
誰かが、イリアに話しかける。
<ここは、もう、街ではなくなった。只の戦場さ。そうだろう?>
「…そうだ。だから私は自由に動ける。」
いつの間にか、漆黒のローブに身を包んだイリアがそこに居る。
「消えろ。羽虫ども。」
両手を、左右に開く。押しのけるようなポーズだ。衝撃が広がる。近くの者は壁にぶつかり潰れる。空を飛んでいた者は、衝撃に分解されて地に落ちた。
「我が名はバルザ・ヤガ。悪魔にも呪われた魔女。貴様らのような魔族に消せる存在ではない。」
魔女…イアは、ゆっくりと歩み、壊れた教会の扉を開け、外の空気を吸った。
明るい青空に不似合いな、燃えた建物の匂い、死臭、血の匂い。
地獄を踏みつけながら、魔女“バルザヤガ”は少しだけ歩いた。
目を付け、襲い掛かって来た魔族たちも、魔女に次々と撃ち落される。
次に、1つの背が高い建物の角を曲がったところで。魔女はごく普通の光景を見た。
親が食われている横で、もう泣いて震えるしかできない、子供たち。
「…戦う力もなく。意思も無く。食われるのを待つだけの家畜共か。お前達の魂では奪う意味も無い。食われて死ね。」
魔女は、そのまま、通り抜けようとする。
だが、苦虫をかみつぶす表情で、立ち止まった。こう、呼ばれたから。
「イリア様!“百合”のイリア様ですか…!?助けて!たすけてえええ!み、みんな食べられちゃたぁ!いや、いやだぁぁぁ!」
「私はイリアなどと云う名ではない。」
数秒。数秒経って。
イアは、彼女らの横に、小さなテレポート魔方陣を呼び出した。
「勝手に逃げろ。運と意思が在れば、生き残るかもな。」
泣きながら逃げ込む少女ら3名。追いかけ、数匹の魔族も飛び込んでいった。
知ったことか。どうせ、アイツが。
彼女の前に、空間の揺らぎ。中から出てきた女は、片膝をついて、魔女を出迎える。若さに不似合いな、白髪の女だ。
「お迎えに参りました。バルザヤガ。」
「ドミニクか。”帽子”はどこだ?」
「村にて待つと。伝言を。“魔の山は生まれた。全てを糧に、死を撒くがよい”と。」
「私が欲しいのは、死ではない。もがき嘆く魂。」
宵闇の魔女は、飛び去って行く。
何処かへ。すぐ近くへ。村へ。秘密の、村へ。




