第41話 「ムパパの昼、パパムの夜」
アリエスとシャルロナが引き込まれた世界には、朝が無かった。テレポートも使えず、敵も居ないこの<優しい>世界から脱出する方法は。
王道系?ハイファンタジーです。TRPG,RPG、リプレイ等お好きな方ぜひ。第41話。
夜が明けなければいいのに。
朝日が昇ると、みんなが動き出す。
中庭では赤子を抱く笑顔のあの子。
忙しく働きだす厨房のおじさんは、さっきから笑いながら文句を言っている。
これから、カワイイあたしは暗がりに潜んで眠るのに。
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アリエスとシャルロナは、2人で夜空を舞っている。仰向けになったり、急降下したり、雲に突っ込んでみたり。
時々、メガネを模した薄いゴーグルを触ってポジションを決める。
アリエスから貰ったこの丸っこいメガネは、彼女の魅了能力を防ぐ。
西の国々へテレポートで行けるようになったので、様々な国をハシゴする。
不思議なもので、この奇妙な、明るい吸血姫と過ごす夜は眠くない。
笑顔になってしまうから。
さあ、バルスタッドの酒と料理を教えろ~!カワイイあたしに教えろー!
アリエスは笑いながら、可愛い赤目の吸血姫をエスコートする。
あちらの国では、白いワインと大きな魚を。
此方の国では、コメから作ったという、透きとおった酒と塩辛い漬け物を。
向こうの国では、不思議な香辛料でスパイスの効いた肉と、珍しいヤク―のミルク酒を。
吸血姫に栄養が必要なのかは分からないけど、彼女は全てを楽しんでいる。
でも、もうじき夜明けだ。
「あーあ。そろそろかぁ。帰るぞーありえす。カヨワイあたしが灰になっちゃうぞー。」
「そうだねえ。じゃぁテレポートしようか。僕の部屋かい?キミの小屋かい?」
「あーあ、太陽なんて眠ってればいいのになぁー。」
…まぁ、貴女もそう思う?
誰かの、誰かの声か、思念か、何かを、2人は確かに聞いた。
そして、空を飛んでいたにもかかわらず、空気が、上下が反転するような感覚に襲われた。
空で、シャルロナは一瞬気を失い。アリエスは耐えたが、珍しく真面目な顔で、鋭い目つきで周囲を見渡す。
「シャルロナ。起きて。」
「ん?朝になると眠るあたし。」
「いや違う。世界転移の影響で気を失ったんだろう。」
「世界転移とな。」
「しくじったな。この僕に呪文抵抗させず、移動させるとは。」
「しっかりしろーこのー。」
「面目ないなぁ。」
「言い過ぎたからキスしてやるぞ。」
「嬉しいけど、まずは調べようか…」
「この、足元に薄明かり灯る村は、どこだ?」
――――――――――
上空から、2人静かに降りる。
小さな、村だ。
しかし、窓の明かり。村はずれの松明。人の気配はある。
村の向こうから、地平線から、強い光が見える。
「マズイ!シャルロナ!僕の懐に霧になって入れ!」
だが、当の吸血姫は反応なしだった。
「アリエス、あわてんぼうめ。太陽じゃない。バカ?」
「えー?」
ころころと軽い音がする。
その音に、人々が動き出す。起き出す。
人々?全員、猫の顔だ。獣人の村なのか?いや、獣人は顔だけではない尻尾が在るのが特徴だ。
ここの人々は顔だけ猫だ。獣人じゃない…。
何かが、転がりながら近づいて来る。
村のはずれにそれが届いた時、ようやくその全貌を見ることが出来た。
巨大なコインだ。厚みは30cmも有るだろうか。直径は3mほど。
でも重さを感じさせずコロコロ転がる。時々転んでは、どうやって起きるのかは不明だが、すくっと起き上がる。
直視できるギリギリの明るさで、中央に太陽を描いた笑顔が在る。
…時々、本当に笑っている。
「おお、おはよう、ムパパ。」
「ムパパ様、今日もお恵みを。」
アリエスは見た。庭の横に植えられた小さな菜園のキュウリが一瞬で伸びたのを。
小さな水たまりのような池に、いっぱいに魚が泳ぎ始めたのを。
「…あり得ない。」
「おもしっれー。ありえす、面白いなここー!」
人々が動き出す。働きだす。豊かな恵みをもたらした太陽のコインは、うろうろと村を巡る。
アリエスとシャルロナを見かけた村人たちが、声を掛けて来た。
「おお、旅人かね?平和なストンプ村へようこそ。ゆっくりして行ってくれ。」
外見の違いは関係ないような反応だった。
「あ、ちょっと聞きたいんだけ…」「迷い人?」
背後から声を掛けられる。
「私と同じ、迷い人さん?この村へどうやって来たの?」
振り向くと、13,4歳の少女が居た。アネモネに似た、僅かに褐色の健康的な肌。
後ろで編み込んだ髪。斜めに付けた、緑の花型の髪留め。
「私、レイデ。この町の教会でお世話になっています。迷い人なら、きっと泊めてくれますよ?」
アリエスはシャルロナと顔を見合わせる。
「きょ、教会はちょっと堅いんで、宿はあるのかな?」
「そうだぞー。カワイイあたしが灰になるぞー。」
「あはは、ヘンなお姉さんたち。じゃぁ、宿を案内するね。付いてきて。」
「ありがとう。僕はアリエス。こちらは妻のシャルロナ。」
「わぁ。恋人じゃなくてご夫婦だったのね。へえ、いいなぁ!」
「妻とかいうなよこの~!へんたいかー?」
謎の照れ隠しをしながら、シャルロナは少女の後に続いた。
空は星が輝き、<ムパパ>の要る辺りだけとても明るく。
不夜城のように。百夜のように、活気づく、ストンプの村。
「ここだよ。何か困ったら教会に来てね。じゃぁ、ストンプ村を楽しんでね。」
少女は去ってゆく。
慌ててもしょうがない。2人は宿へ入った。
「おお、珍しい。旅人かい?」
「どうも。マスター、広めの部屋に2人で泊まりたいんだけど、一晩幾らかな?」
「2Gだ。少々高いが良い部屋だ。飯付きだ。」
「どうも、それで。」
「ありえすーあの魚旨そうだぞ。そこの酒も飲んだことないぞ。」
「ハイハイ…」
シャルロナは不安を持つより、この事態を楽しんでいるようだ。
2人は、テーブルに着いた。
夜の筈だが、人々が起き出した以上は昼なのだろうか。
昼間っから飲んでいるオヤジ共は気さくに声を掛けてくる。勿論全員、猫の顔だ。
…ほう、ご夫婦で。いやぁ、村人が増えるのは大歓迎。しかも美男美女と来た。ようこそストンプ村へ。
…そう言えば。バルスタッドのアリーナには、大層強い男が拳を振るってチャンピオンになったとか。どんな奴かねえ。
…あはは、村から滅多に出ない俺らには判らん判らん!あはは!
冒険者風の者は居ない。それどころか、武器を持っている者が居ない。
「アンタら、ムパパの時間から部屋に籠るのもなんだ、村を見て回るといいさ。」
「…今は昼、なのかい?空は星が輝いているけど。」
「え?ムパパ様が出ているだろう?昼じゃないけど、明るい時間さ。」
アリエスはシャルロナの顔を見る。
輝く笑顔だった。太陽のように。
1日目―――昼。
ずっと、夜なら良いのに。
明るくなると、私の足の傷も見えやすくなっちゃうし。
みんな、働かなきゃいけないし。
でも、いつまでも優しい夜なら、いいじゃない?そう思うでしょ?
ムパパの時。上空の星空は、星座を見せつけ瞬く。
地上では、コロコロパタン、とコインが転がり、恵みを撒く。
働く、といっても、これはただ収穫するだけだ。楽なもの。
みんな笑顔だ。
不思議なことに、ヤギや牛までも起きている。
鳥が鳴いている。子供たちが走り回る。
村を回っていたアリエスは、教会の方へ走り出した。
「シャルロナ、待ってて。」
そして、裏側に周る。
予想通り。在った。
墓――が。
<逞しく大きな戦士の旅人、ズガーラン。彼の愛用の、使わなかった剣と共に眠る。>
<慎ましい商人、ファヌパナ。大切な通行手形と共に眠る。>
<悠久を歩き続けた旅の賢者アヴァクゥ、この地にて悠久を得たり。>
墓を荒らす必要はない…アリエスはシャルロナのもとに駆け戻った。
「どーしたー?カワイイあたしに教えろこのー。」
「数名の、旅人の墓があったよ。」
「ふうん?ふつうじゃん?。ね、他の所で遊ぼうよ!変なコイン追いかけるぞー。」
すっかり楽しんでいるシャルロナは、この違和感に気がつかない。
いや、シャルロナ。本当はもう、気が付いているんじゃないのかい?
村人の墓が無いことに。
――――――――――
やがて、ムパパが村の外れに移動し始めた。
「ムパパ様、明日もお恵みを。」
「そろそろ、パパム様が来る。準備するか!」
また、村の外れからコロコロと、別のコインが転がってくる。
…予想通り、次のコインが。月の顔の、コインが。
「うーん。僕の予想通り。」
「あたしもそうだと思ってたぞー。いえい!」
2人は手のひらを合わせた。
村人たちは、<恵みを受け取る>入れ物を持って、老いも若きも月のコインへ――。
パパム様のもとへ急ぐ。
木箱へ、肉の塊が沸いた。
木桶へ、酒が注がれた。
子供の木桶へ、甘い、すりつぶしたブドウのジュースが注がれた。
そして、人々はテーブルを囲み、宴が始まる。
「ありえす。いっしょに踊るぞ~!カワイイあたしの相手をしろこの~!」
アリエスはヤレヤレと手を取る。
手を取り、人々の笑顔を見渡しながら。
夜に咲いた花まで、笑顔になっていた。本当に!
空の星座は、ハートや星の形をとり、人々を祝福する。
理想郷。
…アリエスは、それを悟られないように、シャルロナの顔だけ見つめた。
この笑顔だけは、本物だから。
――――――――――
日差しをギリギリ避けて中庭を覗いてみた。
ティアナとエディが、赤ん坊を抱いて、日差しの中で微笑んで。
2人とも美人だから絵になるなー。
あー、嫉妬しちゃうぞー。あたしー。
柔らかい日の当たるバルコニーでは、メイフェアがキャステラとお茶を飲んでた。
あたしも混ぜろー。このー。
灰になるけどさー。
2日目。ムパパの時間。
今日も、夜空の下で、ムパパが転がって明るさを与えている。
アリエスは、教会を訪ねた。
昨夜、すっかり気分よく眠ったシャルロナは、まだ朝寝中。
「おはようございます。旅人のアリエスです。こちらに、レイデという娘さんは居るだろうか。」
「旅の方、少々お待ちを…」
シスター風な衣装の夫人。胸の聖印は、あまり見た事のない形だった。」
「失礼…礼を欠いてはいけませんので、こちらの神の名をお教えください。」
「夫人は驚いたようだった。え?神?」
「そうです。」
「ええ?神は、神ですが?」
夫人は、まるで、当たり前のことを聞かれて困惑するようなそぶりだった。
…演技には見えない。
「こんにちは、旅人のお兄さん!」
「やぁ、レイデ。おはよう。」
「今日はどうしたの?」
「ああ、まだこの村から出る方法が判らなくてね。君に聞きたいことがあってさ。」
レイデは少し悲しい顔をした。
「お兄さん、この際、住んじゃえばいいのに。あの素敵な奥さんといっしょに。」
「そうも行かなくてね。故郷に、他にも大切な人たちが居るんだ。」
テレポートは出来なかった。魔術の塔へ通信も伝わらない。親愛の指輪に応えるのは同じ空間にいるシャルロナだけ。
「キミは、僕たちに<自分と同じ>迷い人だって言ったよね?」
「はい…。」
「ご両親は…?」
「もっと小さい頃に亡くなっちゃって…」
「…すまない。酷いことを聞いた。」
「いえ。」
「キミは、この村を出ようとは思わなかったの?」
「え、此処なら、みんな親切だし…悪い人も居ないし…ずっと夜で…働かなくていいし…でる理由が無くて…」
「そうか…キミにとっては、幸せなんだね」
「へへ、村人は猫の人ばかりだけど…そのうち、お兄さんみたいな素敵な人が来て、私に恋しちゃったりするかも!」
「はは、それは有り得るね、キミは可愛いからね。」
「コホン、コホン、旅人様。ここはそのような話をする場ではありませんよ。」
「ああ、すみませんでした。失礼します。じゃぁ、レイデまたね。」
「うん、おにいさん、またね!」
アリエスは、教会を去る。
――――――――――
毎日、朝早くに起きて働かないといけない。
教会の牛やヤギをしっかりお世話しないと。
牛やヤギは可愛いけど、臭くていやなの。虫もいっぱいついて嫌なの。
でも、夜、みんなで細やかな食事を、ゆうっくり取るのが好き。
みんな、この時間には優しい。
ああ、神様。ここの教会の神様。名前も知らない太陽の神様。
恵みを下さい。明日、登って来ないで…。
「ありえすー。さぁ、遊びに行くぞ~。今日は、村にどんな生き物が居るか見てみよう~。
んで、おいしいもの食べるぞ~。」
「シャルロナ、ちょっと…。」
「後でにしろ~。後に~カワイイあたしのおねだりだぞ~。」
アリエスが仕方ないなあ、という顔をすると、シャルロナは少し下を向いて言った。
「もう、謎を解いたのか~?。早すぎるぞー。もう少し、もう少しここに居たいぞー。」
「…判ってるぞー。他の妃も心配してるんだろなー。でもなー。」
シャルロナは、顔をあげて、アリエスを見つめて言う。
「いいから…パパムが来るまでで、いいから。頼む。」
「わかった。シャルロナ。…愛してる。」
「うん。ありえす…。」
昼の夜。
草木が歌う。綺麗な声の鳥が舞う。
蝶は花を渡り、蜘蛛は居ない。
人々は笑い、喜び、病人は居ない。
「昼の夜たのしー。みんなが起きてる中、遊べるの楽しー。」
アリエスは、魔法を一切使わず、シャルロナと野原を駆ける。
「…あの子の想像の中の、しあわせかー。あたしも幸せだぞーコレー。」
「…気が付いていたんだね、シャルロナ。」
「そーだなー。あたしでも気が付いちゃうくらい、純粋な子供の作る世界だなー。」
「そうだね。とても、幸せで、汚れなくて。」
「ありえす、あの子を傷つけず、戻れるのか~?」
アリエスは、静かに頷いた。
――――――――――
パパムの時間――。
「…レイデ、お別れを言いに来たんだ。」
「え?帰っちゃうの?2人とも。」
「ごめんね。此処は本当に素敵な村だね。理想の村だよ。でも、僕らには待っている人が居るから。」
「そ、そう、どうやって帰るの?」
「ゴメン、言えないんだ。でも、もし君が帰りたくなったら、強く願えば願いは叶うよ。」
「うーん、思わないかもしれないけど、覚えておくね。」
「バイバイ、レイデ。」
「バイバイ、2人とも。元気でね。」
アリエスとシャルロナは、教会の門で手を振った。
そして、村はずれに、たどり着いた。
思った通り、村の外れから一歩も出られない。
…アリエスとシャルロナは、伏せて姿を隠した。寝転がり、仰向けに。夜空を見る。
夜の、夜だ。
「これで帰れるのかー?ほんとうかー?」
「多分。あの子は作為的にこの空間を作ったわけじゃない。無意識なんだ。僕らが、帰ったと思えばそれでいハズ。」
「あの子は、アリエスを巻き込むほど強力な魔法使いなのかー?」
「いや。相手を巻き込むのは魔法に限らなくてね。思念。怨念、願い。特に、強い精神が<長く>凝り固まったものは、魔法のように世界を動かす。」
「ふうん」
「そして、悪意が無ければ、自然と巻き込む力も強いんだ。心や精神が抵抗しないから。」
アリエスは、シャルロナと手をつないだ。
「シャルロナ、眠ろう。起きた時、僕らは多分、戻っている。」
「晴れた朝じゃないことを祈るあたし。」
「全くだ。最初から煙になって僕に巻き付いているかい?」
「いや。大丈夫だ。」
「どうして?」
「何となく、わかる。あの子は、夜が好きなんだろー。あたしと同じく。」
おやすみ。ありえす。
おやすみ、シャルロナ。
――――――――――
冷たい風で、嫌でも跳ね起きる。
ここは、村だ。
かつて村だったものの、廃墟だ。何年、何十年も前の、廃墟だ。
真っ暗な中、2人は村の形を思い出しながら。
かつて教会で在ったであろう崩れた建物を見つけた。
アリエスは魔法で次々と、巨石をどかして探し続ける。
そして…見つけた。
緑色の髪飾りと一緒に横たわる、少女の白骨を。
頭には、斧か何かで割られたようなガバッとした傷が在った。
シャルロナが、少女を抱きしめる。
「そうかー。オマエ、願ったんだな。死ぬ寸前まで、こんなの嘘だって。本当は、こんな世界の筈だって願ったんだなー。」
「それからずっと、夢を見ていたのかー?」
「レイデ。レイデ。レイデ。かわいそうなレイデ。」
アリエスは、<2人>を抱きしめた。
怒りが、渦巻く。だが、何十年も前の蛮行を、どうやって見つけよう。
現実的には、ぶつけようもない、怒り。
アリエスの魔法で掘り出し、丁寧に土に埋め、墓標を立て。村人たちを弔う。レイデを。村人たちを。
シャルロナは、吸血姫でありながら、神に祈る。
レイデ。今も、素敵な村に居るんだろー?あなたに、幸せあれ。いつか、目覚めたいと思う時に、優しい天使が迎えに来ますように。
そして、立ち上がって、アリエスの胸を揺さぶった。
「カワイイあたしも、ずっと夜がいいぞ!吸血姫から戻れないなら!
あたしも、日の下で駆けまわりたい!みんなと一緒にお茶したいぞー!
あたしだって、お妃なんだぞー!赤ちゃんだってほしい!
生まれるわけないなー!吸血姫が子どもなんて聞いた事無いぞー!
カワイイあたしは、何でみんなと一緒じゃない!?
約束したじゃないか、ありえすー!
人間に、戻して!人間にー!!」
シャルロナの言葉を、涙を。アリエスはただただ、飲み込んだ。
西への遠征は、シャルロナを人に戻せる<神>を探していたのも確か。
でも、結果は何もない。言い訳など、要らない。
「ごめん。ごめん。ごめん。シャルロナ。ごめん。」
夜が明ける寸前まで、アリエスはずっと、吸血の姫を抱きしめていた。
続く―




