第39話 「神殺し」
大陸西のバルスタッド。その南方にある村に、ある神が眠っていた。
王道系?のハイファンタジーです。TRPG、RPG、リプレイ等お好きな方。お時間ありましたららぜひ。
荒れた荒野に、突然一枚岩が隆起したような平らな岩。
高さは5mほど。ほぼ楕円形で長さは12m×8m。ビワのような形をしている。
一部が削られ、急だが上に登る道が作られている、
その平らな岩のほぼ中央に、石と骨で作られた、祠が在る。
少女は、今日もその石の器に、血を捧げた。
アリエスは、その少女を訝し気に見つめる。
彼女は会釈をして、岩を降りて行った。
少女は長老の家で小間使いをしている。身寄りのない少女であるという。
バルスタッドの南方地域にある、辺鄙な村だ。
――――――――――
2日前―
「…これはこれは、アリエス殿。いや、我が娘を貰い受けたのだから、息子と言って過言ない。よくいらした。」
アリエスはその発言に対し極力心を閉ざした。表情に出すことをやめた。
それは、同行した後宮の姫、アネモネの為である。
「アス・ヤ。息災か。アリエス殿にちゃんとお仕えしておるか?」
「…はい。誠心誠意お仕えしております…」
「そうかそうか、楽しみよなぁ。早く子を為すが良い。」
「…はい…父上。」
これ以上付き合いたくはなかった。
努めて平常心で、アリエスはバルスタッド王に向かい、短く聞いた。
「約束通り、奴隷は解放されているのかな?」
「ああ。勿論だ。是非城内を、街の様子を見てくれ。ワシが信用に足る戦士であることが判るだろう。」
実際に、アリーナで宣言した効果は甚大であり、奴隷は解放された。
しかし、隠した者。素直には従わなかった者。開放はしても、再び捕まえようとした者。裸同然で叩きだした者。
既得権益を素直に手放せる者は多くない。
アリーナの覇者の絶大なる名誉があればこそ、不完全でも為しえた事なのだ。
アリエスは、その不十分を飲み込んだ。時間が必要だ。手順が必要だ。此処まで変えられたことを誇るべきなのだ。
理屈では判っている。だが、表情は曇る。
久しぶりに、アス・ヤ姫は自分の部屋に戻った。
アリエスはその部屋に泊まった。
「とても、怖い顔をしています。アリエス様。」
「…そう?」
ごめんなさい。私はアナタからこの国を守るための生贄。
そして、その通り、アナタは私を気遣って父を見逃している。
ごめんなさい。
でも、怖ろしい破壊者のアナタを抑え込んでいる事実に。
私は少しだけ優越感を…。
醜いな、私。
――――――――――
昨日―。
実際に、南の集落ではどのようなことになっているのか。
アリエスと、バルスタッドの王家は、互いに形式的な礼を述べて、互恵を約束して、ひと時の融和な宴を終えた。
アリエスは、すぐに飛び立って、いくつか、南の集落を回った。
南の人々は元々、小さな村や集落ごとに生活をするスタイルだったが、今回の解放を受けて徐々に変わりつつある。
彼らは、自衛のためにも、つながりの深い同士で統合し始めた。
いずれ、此処には国が立ち上がろうとするのかも知れない。
その際には、バルスタッドと敵対するだろう。
アネモネの国と。メルカーナ連合国に属する国と。
深く傷をつけられた側は、そうそう恨みを忘れはしない。
…だがそれも、アリエスの意のままどうこうできるものではない。
例え国を容易く滅ぼせる力を持っていても、心まですぐさま動かせるはずもない。
アリエスはどの村に行っても、開放の英雄として歓待を受けた。
戦いの栄誉に重きを置くのはバルスタッドと同じで、いつくかの村では「この子を嫁にどうか」と求婚を受けた。
アネモネを妃として紹介すると、惜しみながら下がっていくのだが。
尚、アネモネは複雑な顔でそれを見ていた。
そんな南の様子巡りの最後に、海岸近くの岩山で、2人は立ち止まった。
岩山としてはそれほど大きくも無い、高さは10mも無い岩山なのだが、大きな顔が掘られていた。人にも見えるし、角が表現されている所を見ると魔神の様でもある。
このような彫刻は、珍しいが奇異なほどではない。
ただ、目を引いて奇異だったのは、その顔が空を向いていたことだ。上向きに掘られた彫刻なのだ。
実際、空を飛んでいたから目に付いたようなもの。下を歩いていたら気が付かないかも知れない。
首のあたりには祠が在った。何かが祀られていた。アリエスは碑を読む。
古い言語だった。魔法言語だ。
「火の神オーベルズを此処に祀る、崇めよ、復活を信じ、讃えよ、捧げよ」
<神>という言葉に、アリエスは興味を持つ。彼が探しているのは、まさにそう言う存在だから。
上空からは、少し離れたところに村が見えた。そこで、この神にまつわる話でも聞けるといいな。アリエスはアネモネに手を差し出す。飛ぶときは、手を繋いでいる。
その時、大地が揺れた。大地震ではないが、ゆっくりと大きく揺れた。横にぬめりと動くような、余り感じた事のない地震だった。
アリエスはすぐに飛び立った。上空より安全な場所はない。
…といっても、すぐに収まったようだが。
アリエスは、さして気に掛けず、村へ向かって飛んだ。
――――――――――
この村。ズーリファッタでも、アリエスは英雄だった。
アネモネをあらかじめ、妻として紹介した。
勿論、何処であろと、アネモネをアス・ヤ姫とは呼ばない。バルスタッドの姫と判れば危険すらある。
2人は、村長のやや大きな木造の家でささやかな宴を開いて貰った。
「…先ほどの地震には驚きましたねえ。」
「いやいや、全然驚きませぬよ。この地方ではよくある。」
「へえ。」
「それもまた、一つの恩恵。」
「…神様の?」
「おお、我らが火の神オーベルズをご存じか。」
「いえ、申し訳ない、名前だけ。」
「火の神オーベルズは、悪神との戦いに傷つき、この海岸で傷をいやす眠りについたのです。」
「火の神ですか。」
アリエスの知る伝承のいくつかでは、善であれ悪であれ、火の神は気性が荒い。
「その恩恵あり、この地方では大地が暖かいのです。作物は育ち、雪は解ける。獣も多い。」
「それは面白いですね。」
「我らは、その恩恵に感謝し、捧げものをするわけです。」
「東の海岸線にある祠にですね?」
「いや?村の南にある平たい岩の祠ですな」
同じ神の祠が2つある?
そのとき、再び地震が起きた。
アリエスはアネモネを抱き寄せ、頭を隠すようにかばう。自分は、“メタライズ”すれば良いいだけの話。焦ってはいない。
やはり、横に揺れるような、緩やかな地震だった。すぐに収まった。
長の家人たちは誰も、驚きもしない。
「大丈夫、いつもの事です。さぁ、飲みましょう。」
アリエスの盃に、長老の家の端っこで大人しくしていた、髪を横にスパッと切りそろえた、人形のような少女が酒をつぐ。
表情のない、かといって虐待されているような自分を殺した表情でもない、そんな不思議な少女だった。
――――――――――
翌朝、再び旅立つと、村の人々に別れを告げ、アリエス達は村を出る。
真っ先に、南へ飛んだ。
上空から、すぐに見つけることが出来た。
平坦な荒野に、ぽっかりと浮き上がった平らな岩を。
そして、そこには、東の人面岩と同じ祠があった。深い、石の盃もある。
やはり古代の魔法言語で碑文。
「これなるは、火の神オーベルズの心臓である。血を捧げよ。復活の時を待て。」
そこに、昨日、長老の家に居た、人形のような少女がやって来た。
手には桶を重そうに持っている。
アリエスとアネモネに気付くと、会釈をして、祠の前に立つ。
少女は、何かを詠唱し、桶に入った血を、石盃に注いだ。
再び詠唱。少女は会釈をして、2人の前から去って行った。
「…アリエス様、怖い顔をしていますよ?」
「そう?」
家畜の血なのだろうか。
――――――――――
3日後――。
アリエスは、再び、火の神の祠へ来た。1人で来た。
少女が現れるであろう時間をめがけて来た。
暫く待った。カラスになって、上空から見ていた。
予想通りに少女は現われ、桶に入った血を捧げ、再び戻っていく。
…地震が起きたらしい。鳥が飛び立つ。
よろめきもせず少女は歩き出す。歩き出して暫くすると、突如姿を消した。
消えた?
煙のようになって、消えた。
その翌日―。
アリエスは、村から出る少女を見張った。
手ぶらだった。
村を出ると、姿が半透明のようになって消え…少し離れたところで実態になり…海岸沿いの、打ち捨てられた廃屋へ入って行った。
アリエスは、カラスの次は煙になって後を付けた。
廃屋には地下への扉が。腐った木の扉があった。
灯りは用意されていないその空間で、血の匂いだけが充満している。
血でさび付いたナイフや斧が無造作に転がっている。昼間の僅かな明かりが、薄暗い部屋の姿を教えてくれる。
少女は、何かを切り裂いて血を滴らせた。
「それは、何の血だ?」
アリエスは実体化し、少女に問いかけた。
「人なのか…その血。」
少女は振り返り、にこりと笑う。
「“ライトニング!”」
迸った雷光が部屋を照らす。
動物、人間、獣。魔物。あらゆる死体が転がっている。
少女の体は半透明に透けて、雷を何もない様に通り抜けさせた。
「半霊体か?なら、光で消そう。」
アリエスの手に光が宿る。少女は表情を変えることなく煙になって消えた。
「…半霊体は面倒だなぁ。完全実体になって貰わないと倒せないかも。」
アリエスは、廃屋を燃やして立ち去った。
そして、空を飛んで、今一度平らな岩へ向かおうとした。
海をみる。目の前に、不自然に岩が連なって伸びた細い岬が在る。
現代の防波堤のように、だ。天橋立のようにだ。
アリエスは、ふと思い立って、上空高くに登った。
そして、愕然とした…。
――――――――――
翌日。アネモネを連れて、平らな岩の上空へ来た。いつもより、高い空から。
「アネモネ、よく見て。あそこに人面岩。ここにもう一つの祠。」
「ええ。2つ目の祠。」
「アネモネ…祠ではなく、岩全体の形を見てくれ。」
「鬼灯のような…ビワのような…」
「そう、そんな形。僕には、<心臓>に見える。」
アネモネは、はっとして辺りの地形を見た。
上向きの…顔! 心臓! 海に突き出した、細長い岬…腕!
バラバラの!人の形!起き上がれば2kmは在ろうという人の形!!
地震は、鼓動!?巨人の、鼓動!!
「キミが、証人だ。僕の、今から為す罪の証人だ。」
「え!?」
「コイツが本当に動くのだとしたら、村人はどうなると思う?」
想像するだけで、怖ろしい。起き上がった上半身で、村人たちは壊滅するだろう。
そして…巨人が人に仇為すものならば、大陸が…滅びかねないだろう…。
「調べたんだ。<火の神オーベルズ>は見つからなかった。でも、太古に神々と争ったという、<火の巨人オベイルズ>は見つけた。」
「邪悪の大巨人。炎を操り、人を焼いて、食う。だそうだよ。」
アネモネが息をのむ。
「手を放すよ?“マス・クリエイトオブジェクト・ランス・エターナル”」
2人の目の前に、長さ10mは在ろうかという、余りに巨大な銀の槍が現れる。
まさに、神槍。
アリエスは、指を構えた。
「止めるかい?アネモネ?キミの地方に棲む神だ。ここの人々の信仰でもあり、火の恩恵も確かにあったんだろう。」
一瞬、戸惑うアネモネ。しかし、首を振った。
「…貴方は、怖い人。こんなことすら、<出来てしまう>怖い人。」
「はは、ひどいなぁ。」
「…でも、優しい人。人のために罪を為せる人。」
アリエスは、指を振りおろす。
「…だから…離れがたい…ひと。」
心臓、の祠から、光の塊が飛び出して来た。
光の塊は、少女の形になった。
少女の形は崩れ、歪み、醜い羽の生えたトカゲのようになった。
ああ、救いかも知れない。
オマエの姿が醜くて、邪悪に見えて、良かった。
アリエスは少し指を動かし、槍の軌道を変える。
槍は少女だった魔物を突き刺し、そのまま、地面へ向かった。
祠のある、心臓の形の岩を深々と突き刺した。
少女だった魔物が悲鳴を上げる。
実態化はほんの一時的なものだろう。しかし、関係ない。その下こそが本体だろう!
ひび割れた岩から、悲鳴と共に、血が溢れる。
とめどなく、どくどくと溢れ出る。
大地が、今までになく揺れた。
…断末魔の揺れを。
崩れゆく心臓の上で、アリエスはアネモネを抱き寄せた。
「キミに、これを渡したいんだ。親愛の指輪…キミを守る指輪だ。他の妃たちと同じように。」
慎ましく美しい、蒼く光るミスリルの指輪を、アリエスは彼女に見せた。
アネモネは、その意味を、考える。渡したいという意味を。受け取るという意味を。
そして、何処までが演技で本心なのかは、彼女自身も知らないけれど。
渋々、仕方なく、嫌々、恥ずかしがりながら、迷いながら、指輪を受け取った。
続く―。




