第36話 「氷の湖を割って」
アネモネが誘う氷の湖には、優しい秘密が在った。
ハイファンタジーです。TRPG、RPG、リプレイ等お好きな方ぜひ。
第36話。
「この湖は、“ミスル湖”。年中凍り付いている氷湖です。」
ゴリゴリ。糸を垂らす。
「…何をやっているの?」
見ての通り、釣りが出来ないかな、と。
「そのために、魔法を使い穴をあけ、魔法を使い釣り竿を呼び寄せ、魔法を使いキッチンの切り身を呼び出した、と。」
そう。キミもどう?アネモネ。
アネモネ、と呼ばれた姫は深くため息をついた。
「それでは只の便利な道具…魔法とはそう言うモノ?貴方は楽をするためにしか使って居ない様な…。」
え!?だめ?
「ダメというか…怠惰を増長しそうな…。」
氷の上に寝転がって、竿が引くのをのんびり待っている。
ああ、この男の後宮に私は…いるのか…逃げちゃおうかな…。
あ、引いた!おりゃ!
さぁ、アネモネ、持って!
「え、え、私が!?」
アネモネは、とにもかくにも竿を受け取らされる。
慌てないで、ゆっくり竿を引き上げるんだ!
「こ、こう? あ、釣れた!釣れた!」
小さな、銀色の魚だった。清潔感があり、美味しそう。
アリエスは近くの森から枯れ木を集めて来た。
小さな薪の山を作り、火をつける。串に刺した魚を焼く。
「下の氷は溶けない?」
「溶けるけど、崩れる程ではないよ。崩れても。僕たちは宙に浮くけど。」
いつのまにか、足元に半径3m程の光の円盤が在る。
どうりであまり冷たくないわけだ。
はい。どうぞ。アネモネ。
アリエスが手渡す。美味しそうな匂いが漂う。
…ボケているようで生活力はあるんだな。元冒険者だっけ。
「…おいしい…。」
アネモネは、素直に言ってしまった。
今は微笑んでいるのかも知れない。少し、悔しい。
アネモネは、バルスタッドの北方。原因不明の氷の湖にアリエスを連れて来た。
結構大きな湖なのだ。小さい頃には泳いだ記憶もある。
だが、12、3の頃だろうか。湖は凍った。
猟も出来なくなった。湖近辺の緑の木々は常に冬ごもりになった。
「バルスタッドも愛してください。皇帝になるのでしょう?氷の湖が溶けたら、北方の生活は楽になるはずなのです。」
アリエスにとって、西の秘密は願っても無い。だから、アネモネと共に、この凍った湖へ来た。
最初に始めたのは、魚釣りだったが。
――――――――――
話の始まりは、アネモネの部屋での事。
「アネモネ、どう、食べてみない?」
アリエスが魔法でその手に呼び出したのは、どう見ても氷だった。
「これは?何?氷? 夏に…氷?」
「うん。氷を細かく削って、蜂蜜をかけたものなんだ。」
アリエスは、最近アネモネの部屋に入り浸っている。
単に夢中になっているという疑惑もあるが、気にかけている。
他の姫たちが恋を経て此処に居るのとは違うから。
部屋に訪れては、話をしたり、ツァルトの魔法文明を説明したり、ドヤ顔したり、笑い話を持ってきたり、妃たちとの橋渡しをしたり…だ。
現代で言えばズバリ<かき氷>。
アリエスが美味しそうに頬張るのを見て、アネモネは恐る恐る口にした。
「…おいし…」
アリエスは微笑んで、少しの間は夢中で氷を食べ続けた。
「…わ、私には合わなかった様です。頭が痛い…。」
アリエスもコメカミを押さえて唸る。
「そうなんだよ。美味しいんだけどキーンってくるんだ。何故だろう!」
「…わかってて、食べさせたのですね?」
アリエスは笑っていた。
その氷からアネモネは思い出したのだ。
自国の難問の1つを。溶けない氷の湖を。
――――――――――
さて、サカナを戴いたことだし、働こうか。
「飛ぼう、アネモネ。上空から、魔力の強い所を探す。」
アリエスはアネモネの手を取った。
「飛ぶのは、慣れません…。」
アリエスは彼女の手をしっかり握った。
湖は判りやすくアメーバのようなうねうねした円を取っている。
そして、全て凍っている。相当な深さがありそうだが、それでも凍るものなのか。
何より、アネモネが幼い頃までは、湖は凍っていなかったという。
ならば、魔法の所業かも知れない。
予想通り、魔法反応はあった。
しかし、湖の全てに在った。氷の全てが、魔法の影響によるものだ。
上空からでは魔法の根源を探しようもない。
潜るしかない。
水の中での戦いは…難しい。よく知っている。
かと言って、ここまで来てやめる訳にも、アネモネの期待を裏切る訳にも行かなかった。
アリエスは、寒さと、水中呼吸、バリアーと意思疎通の4つの呪文をアネモネに掛ける。
妃たちが持つ<守りの指輪>を。アリエスはまだ彼女に渡して居なかった。
「さぁ、湖底探検と行こう。行くよ、アネモネ!」
2人は湖に沈む。
――――――――――
湖の透明度は高く、美しかった。
サカナの群れが泳ぐ。小さ目だけど美しい。
大きなサカナは中層より下に居るようだ。
水深、30m程 海の様。
湖は、中央に向かってだんだん深くなる。
周囲を警戒する。獰猛な生き物、モンスターは今のところ居ない。
いや、氷ついている湖の底は元気に魚がって、おかしくないのか?
…おかしくないのか。冬の海にも氷の海にも魚は居るもんなぁ。
それでも、下の方が水が暖かい気がする。湖の下では流れがある。そうだ、近くの河は凍っている訳じゃない。流れているじゃないか…。
少し、警戒心を緩めていた頃。
中央の奥底に、光届かぬかと思う程奥底に。
2人は、光を見つけた。
「何だ?あれは?」
「水の底に…氷の城のようなものが…」
「氷の城…ねえ。」
<お前たちは、贄では無い。何者か。>
頭の中に響いて来た声は、威厳があった。長く生きたモノの、威厳が。
「誰だ。」
アリエスの目の前に、巨大な魚の顔が近づいて来た。
巨大な、<ナマズ>の顔が。
2人をまとめて一飲みに出来るだろう。軽く開けた口で3mは在るだろう。
「湖の…神か?」
<神と言うのが、長く生き、辺りを支配する資格を得た者を指すのであれば、そうだ。>
「贄と言ったな。」
<贄なのか?娘?>
「違う。彼女はこの地方の王女。」
<人の王の子か。ならば、本来、贄に相応しい。>
アリエスは、アネモネの前に立ちはだかる。
「お待ちください。アリエス様。話を聞きたくなりました。」
<ほう。何が聞きたい?>
「贄に相応しいとは何故でしょうか。私は、アリエス様のように力持つ特殊な血筋ではありません。普通の娘。」
<お前たちは、この湖で魚が取れぬ度に、贄を差し出して来たではないか。>
「な…そんなことが?」
<初めは、若い娘の身投げと思った。気にもしなかった。だが、繰り返し、娘が飛び込んでくれば、怪しく思うものよ。我が湖面を覗きゆけば、シャーマンが歓喜した。>
<くだらぬものよ。我は何一つ求めもしていないし、救いもしていない。元々、別のただの生き物。>
「あなたは、何を食うて大きくなってきたのです?」
<人ではないよ。娘。我を狩ろうとした者は別だが。>
「では、私が贄に相応しいとは?」
<人で言う、贖罪であろうかな、娘。5人は身を投げたぞ。この湖に。>
「…辞めさせます。私の出来る全てを使って辞めさせます!」
<ほう?できようもなかろう。人々の願いの力は、怖ろしきもの。贄を捧げねばならぬという思い込み、思い込みが誘う恐怖、不安。お前にそれが消せるのであろうか。娘。>
「それは…」
「出来る。」アリエスが答えた。
<人の心を操る気か、魔道士?>
「いや、騙すだけさ。」
<…綺麗な上辺の言葉を並べるかと思ったが、曲者よの>
「湖の神よ。願いがある。」
<貢物もなく、願いとな?>
「1つ、熱い演技を頼むよ。湖の神。」
・・・・・・・・
<…不遜。不敬。そして無礼極まる提言。>
アリエスは笑って言った。
「何を言っているんだい、湖の神。僕は心から敬っている。おじいちゃんは大切にすべきだ。」
――――――――――
5日後。湖の近くにある、大きな部落。
湖が凍ってからと言うもの、部落の生活は活気を失っている。しかし、贄は出していない。
何故なら、湖が凍っているからだ…。当たり前だが。
漁をしていた男たちは、傭兵となって散って行った。
魚を首都に運び金を得ていた女たちは、度々首都へ働きに出ていた。
そんな部落に、噂の…。東方の王家に輿入れしたという姫が、その東の王と共に現れ、氷の呪いを解いてみせると言ったのだ。
人々は驚いたが、魔術の王とやらを篭絡した姫が、王に魔法を使わせるのだろう、そう思っていた。
しかし、違った。アス・ヤ姫は、氷は<湖の神の怒り>であると告げた。
人が入水し、湖を悲しみや死で汚した怒りであると。
「償いの舞を奉納し、最早、贄を送り出さぬと誓約した氷を作り、掲げるのです。」
アネモネは必死だった。
何が、「説得はキミにかかっている」だ。
王女の地位を利用した嘘八百の演技。
ああ、私、これが上手く行ったら、舞台にでも出られそうだ。
「そんなことがあるだろうか?大体、姫は神に出会ったとでも言うのですか?」
皆を説得している最中に、部族のシャ―マンがそう言った。
シャーマンでもないのに何故、神託が聞けるのか。そう言いたいに違いない。
…その時、村の後方に雷が立て続けに落ちた。
「…神が怒っている。」アリエスは真面目な顔で言う。
実際は、勿論アリエスの使い魔が唱えたライトニングの呪文である。
まじないや、謂れ、思い込みに流され、怖れる人間には、同じように謂れや曰くを与えてやればいい…。
こうして、新しく創り出された思い込みに畏怖し、人々は湖に向かう事となった。
―――――――――
湖のほとりで。今まで、贄を差し出していたそこで。
人々は、湖の神に捧げる踊りを舞った。
それは、滑稽かもしれないが、願う姿というものは、願われるものにとっては愛しいものなのかも知れない。
氷がひび割れ、巨大なナマズの髭が姿を見せる。神の一部が。
人々はどよめき、畏れおののいた。
アリエスが氷の石板をアネモネに手渡す。
「魔術の王、アリエス様が氷の板に言葉を紡いでくれました。シャーマンよ、湖の神に言葉を!誓いを!」
「おおお、湖の神よ!我らが良きと思い行ったことが貴方様のお怒りに触れていたとは、どうかお許しを!願わくば、氷を溶かし、湖の恩恵を我らに返したまえ!」
巨大なナマズは、暫し氷を割りながら暴れ。最後に大きく、こう、人々に伝えた。
<願い、聞き入れたり。湖に、死の穢れを持ち入れる事無かれ>
主が、神が水に姿を消す。
同時に、氷が…分厚い氷が消え始めた。
人々の歓声が上がる…。
私は、舞台に立てるに違いない。ツァルトの劇団にでも、立ち寄ってみようか。
アネモネは、自分にこのような演技をさせたオトコをちょっと睨んでいた。
――――――――――
湖の底。 2人は、再び、湖の神を訪ねる。
「やぁ、湖の神。素晴らしい演技だったよ。」
<帰れ。不遜な輩。生意気な若輩者。>
「ありがとうございました。湖の神よ。感謝申し上げます。」
<娘、お前は来てもよい。>
「これだから…どこのジイサンも孫娘には甘い。」
<帰れ。>
「…湖の神。氷を張ったのは、贄を寄越させない為なんでしょ?」
<・・・・・>
「宜しければ。その“氷の中”の、贄の乙女たち。それほどまでに、当時の姿のままならば、僕の友だちが、甦らせることが、出来るかもしれない。」
<ほう。>
「魂が、生まれ変わって居なければね。ツァルトで家を与え、仕事と生活を与えましょう。」
アネモネが口を挟んだ。「ま、貴方まさか後宮へ…」
「違うってば!」
<若き不遜なる魔術の王。湖の乙女、お前に委ねる。地上へ返そう。>
「確かに承りました、湖の神よ。おっと、最期に聞いても良いでしょうか?」
<何だ?>
「吸血鬼を人に戻す方法を知っていますか。」
<あるわけがない。>
「…嘘ついてない?」
<つかぬわ!>
アリエスは、深々と礼をして、アネモネの手を取り、姿を消した。
――――――――――
西には、封じられた神が居るという。
以前、銀のハイメルは、「神にでも願え」そう言った。
あれは彼なりのヒントなのだ、アリエスはそう思っている。
「…でも、今回の神は違ったらしい。」
「そうですか。…そんな大事を何故私に?」
「…僕の事も、少しづつ知ってほしい。」
アリエスは、そう言ってアネモネの肩を寄せようとしたが、すっと身をかわされた。
「私は演技派ですので。そう簡単に私の全ては判らない。」
どうやら、まだご機嫌ナナメらしい。
アリエスは呪文を唱えた。
氷の塊とナイフ、蜂蜜とスプーン。ガラスの器を呼び出す。
そして、器用に氷を、滑らす様にして削る。粉のような氷が次々と器に盛られる。
たっぷりと蜂蜜を垂らして、出来上がり。
「…ハイ、女神へ貢物。氷の甘味。」
かき氷、再び。
アネモネは、自分の為に苦労しながら甘味を作る男の姿が可笑しくて、笑い出しそうなのをこらえた。
「…良いでしょう。貰ってあげます。」
私は前より、少しだけ氷が好きになったかも。
前より、少しだけ、好きになった。




