第35話 「狂戦士」後編
アリエスは大陸西側へ。魔女と秘密と、吸血姫の解呪、ダッカーヴァの安定を探して。
そこでたどり着いた荒野の国には、彼が許せないものが在った。
退魔のタトゥーを纏った狂戦士に、魔術師アリエスは戦いを挑む。
ハイファンタジーです。TRPG、RPG、リプレイ等お好きな方ぜひ。
後編です。
さて、バシルバットは、ひたすら逃げるしかなかった。
雷の斧は、一振りで周囲に雷を撒いた。
触れたら、動きが止まるだろう。
使っている本人には、影響も無いようだった。
息を切らしながら、それでもバシルバットは考える。
勝つ方法は、斧を奪うしか無かろう。
右手の、雷の斧を!
ギリギリで躱し、右手を切る!
必殺の決意を込めて、バシルバットは間合いを図った。
その時だ。ウゾルフマシュが斧の先端を、真っすぐにバシルバットに向けたのは。
切ろうとする動きでは無かった。
次の瞬間、僅か3m程ではあるが、確かに雷が迸った。
「魔法そのものじゃないか!」
「武器の力ですからなぁ。」
バシルバットの体を、雷が流れる。
動きは、完全に止まった。動けない。
動けるはずもない。
ウゾルフマシュの左手の斧が。バシルバットに襲い掛かる。
誰もが、死んだと思った。
誰よりも、バシルバット本人が思った。
次に彼が目を開いた時、そこはもうすでにアリーナではなく。南の故郷だった。
―――――――――
ウゾルフマシュは、突然消えた相手を探した。
代わりに、すぐ目の前に、弱々しいとしか言いようのない、男娼のような青年が立っていた。
「何だ。小僧。お前は?」
アリエスは、テレパシーでアリーナの全員に伝えた。
「魔道国ツァルトのアークマスター、アリエス・メイフィールド。この卑怯な王者に挑む。死を掛けた戦いに、ツァルト国王として挑む。」
バーサーカーの国王は思った。
馬鹿じゃないのか。
自分から、殺して良い口実を与えてくれた。
はは、面白い。この機会を逃す程、衰えてはいない。
王は叫んだ。
「宜しい。認めよう!勇者よ、戦うがいい!命を懸けてな!!」
アリエスはウゾルフマシュに向き直った。
「かかって来い。」
怒りの咆哮をあげて、チャンピオンが迫る。
言う間でもなく、アリエスは非力だ。
生身の戦闘力など、ない。あるわけない。
だから。
「“タイム・フリーズ”」
<再び>時間を止めた。この呪文は疲労が激しい。今できることは、せいぜい4つ。
1秒 エンチャントアーム…我が右手に。
2秒 ボイドライトニング…雷を無効に。
3秒 ブーストアーム! 我が筋力を、魔力で!
4秒 …
時が動き出す。ウゾルフマシュの懐に、アリエスは潜り込んでいた。既に、拳は腹にめり込んでいた。
「“フル・インパクト!”」
拳に、骨を砕いた感触が伝わる。
バーサーカーのルーンタトゥーは確かに有効なようだ。腹を突き破らなかった。
…元が貧弱なのも在ったかもしれないが。
ウゾルフマシュの体が衝撃波を受けて吹き飛ぶ。
アリーナの壁にめり込んで、動かなくなった。
「チャ、チャンピオンが…!」
皆が静まり返る中、王が叫んだ!
「ま、まだアリーナは終わっていない。その男が今の剣闘士だ!挑め!取り囲め!生かして返すな!他国の王に願いを叶えさせるなど出来るわけがない!!殺せ!」
王の精霊部隊が。
血に飢えた観客が。
王家の男たちが。
1000にも達しようかという狂戦士が、押し寄せてくる。
アリーナの中央に、向かって襲い掛かる。
「どんな手段でも構わん、肉片にしてしまえ!」
そうか。どんな手段でもいいのか。肉片にしていいのか。
「“ライトニングストーム!”」
アリーナの中央から、斧とは比にもならぬ雷が渦を巻いた。
一瞬で。約1000人。
黒焦げになった。
その怖ろしい光景を見て、王が叫ぶ。
「なぜだ!我らに魔法は…!何故だ!!」
アリエスは、中央に立ち、テレパシーで伝えた。
「アリーナに今、立っているのは我1人! 勝者はこのアリエスだ!勝者の権利を認めよ!!」
まだ、アリーナに降りようとしていた者は慌てて戻る。
静寂が、アリーナを包む。万に達する観客を包む。
アリエスは、宙に浮いて、空を飛んでバルコニーへ。
両肩のあたりに、光の槍を10本ずつ携えて。
すぐに、国王は、アリエスの執事ローファの首に剣を当てた。
「貴様、動くと従者の命はない。」
アリエスは、静かに笑った。
「…はは、はははははは!」
ローファが言う。
「あの、千人二千人、一瞬で迷いなく消せる人間に人質が通用しますかね」
国王は。王族たちは。姫たちは悟った。
怒らせてしまった。魔王を。王家が、終わる。
今、バルスタッドの歴史が終わる。たった一人に敗北して。
「ま、待ってくれ!狂戦士の誇りが意地を張らせたのだ!済まなかった!お前の勝ちだ!認める!」
アリエスは殆ど聞いていなかった。
<敵>に対するアリエスは、別人なのだ。冷酷で、暴君で、狂戦士なのだ。
王は、アリエスの目の光が消えぬと悟ると、末の娘の手を掴み、自分の前に出した。
「わ、我が娘アス・ヤ!最高の美姫だ!見ろ!」
事もあろうに、ザルムグ王は、父である王は、姫の上衣を引きちぎり、胸元を露にした。
姫が悲鳴を上げる。
「姫を、アリエス王の後宮に送ろう!美しいだろう!欲しいだろう?」
アリエスは、自分のマントを脱いで姫に投げつけると、王に向き直る。
「お前は本当に王なのか。父なのか。もう十分だ。死ね。」
「おやめください!」
姫が。アス・ヤ姫が、父の前に立ちはだかった。アリエスのマントではだけた胸を隠しながら。
「実の父の醜さを見てなお、かばうのかい?」
「実の父だからこそ!父の考えが正しいとは思いません。でも、我が父です!私をお連れ下さい!あなたのものになります!そうなれば、貴方の父でもあります!どうか、ご容赦を!憐れみを!」
「泣いている女を抱く趣味はない。」
アリエスは、光の槍を王に向けた。
姫は、なお叫んだ。
「王を殺しては、貴方の願いは叶いません!貴方は何を願ってアリーナに降りたのですか!何を願ってアリーナの勝者となったのですか!?」
アリエスはハッとした。
ああ、そうだった。僕の願いは。
この男を殺しては、叶わなくなるだろう。少なくとも、即効性は無くなる。
アリエスは、宙に浮いたままバリコニーの手すりに立ち、静まり返った観衆に伝えた。
「アリーナの勝者としてザルムグ王に求める。バルスタッドの奴隷をたった今、全員解放せよ。奴隷狩りをやめよ。」
王は、ここぞとばかりに、バルコニーに並び立ち、大声で告げた。
「我が民よ。アリーナの勝者の願いは叶うべきものである。獰猛に、アリーナに、真に屍の山を築いたこの男は狂戦士の王である。奴隷制を廃止する。それが、アリーナのチャンピオンの願いである!」
アリエスは、視界内に居る奴隷たちの鎖を、遥か彼方の距離から次々に外していった。
「更に、この獰猛なる王は、我が美しき娘アス・ヤをもらい受ける事となった。この大いなる魔神の力は、我らの血筋に組み込まれよう!我らはアス・ヤの子らにより、更に強く発展するのである!」
王は、アス・ヤを懇願するように見た。
アス・ヤは、一瞬、下を向き何かを呟いたあと、キッと前を向き。アリエスに並び立った。
マントを、くるむように体に巻き付けたまま。片手でそれを強く抑えたまま、アリエスの唇に自分の唇を重ねた。
恐怖に怯え、魔王に懇願する王家の者たちは、アス・ヤ姫の犠牲により、王と一族が無事に済みそうな気配に、徐々に、こわばった頬をゆるめ始めた。
怒れる竜に、乙女を生贄に差し出したのだ。
アリエスは、振り返り、王族と王に言う。
「…奴隷の解放。約束を違えれば、王よ。お前を滅ぼす。」
「アリエス王。参りましょう。連れて行ってください。私はもう、此処には居られない。」
アス・ヤは、そう呟いて、アリエスの服をつまんだ。
賢者ローファもアリエスの隣に来た。小さく呟く。
「戻りましょう。王。時に、信頼することで圧力をかけるも外交と言うもの。」
アリエスは、アス・ヤ姫とローファの肩に手を置き、テレポートで消えた。
醜態をさらした王は。最後の機転のみにおいて、王らしき威厳を保つことに成功した。
あれが、魔術ギルドの頂点に立つ男の力か。恐ろしい。余りに凶暴な力では無いか。
…だがアス・ヤよ、よくやった。後は、父の願いを汲み取り、成し遂げて参れ。
――――――――――
――ツァルト王宮の食卓は、円を描いている。
妃を公平に愛する意味合いで、円卓にしている。
この夜、この円卓に、見知らぬ姫がアリエスの横に立った。
やや茶色がかった長い髪。顔の両側に下げた髪は下に行くほど少し広がり、噂に聞く東洋の姫の様。目鼻立ちが収まりよくはっきりしており、肌は僅かに褐色。そして、此処に居る美姫たちが少々気にするほどに、すらりと強弱付けながら伸びた長い脚、キャステラより細い腰、豊かな胸。美しく、魅惑的と思う。此処に居る妃たちの多くが少女的であるのに対し、艶やかさを感じさせる姫だった。
お腹の大きな、黒髪の瞳の大きな美女が、作り笑顔で言った。
「アリエス。この女性は?」
「あー、そのー」
「私は、バルスタッドの第4王女アス・ヤ。皆さまと同じく、アリエス様の後宮に入ります。お妃はどなたでしょうか。どうぞ、アリエス様のお時間を奪う事をお許し下さい。」
このセリフを聞いて、姫たちは怒りの目をキッとアリエスに向けた。
一斉に向けた。
赤子を抱いた精霊のように美しい銀の髪の女性が言った。
「アス・ヤ姫。私達は、後宮の女では無いのですよ。全員、妃です。貴方のいう事が本当なら、後宮なるものが初めて出来ることになりますわね…後宮ね…」
銀の髪の女性は、生まれたての赤子をあやしながら、魔方陣に消えて行った。
「みんな、後で顛末は教えてね。教育に悪いからダッカーヴァに戻るわ。お休みなさい。」
バルスタッドの王女は、銀の髪の少女の正体をようやく思い出した。
あ、ああ。ダッカーヴァ王家の令嬢、ノエル姫。
「アリエス様。説明すべきでは?」と可憐な侍女姫。
「いや、もう、呆れる。」と、酒場の薔薇。
「さすがに擁護できないんだけど。」ハーフエルフの姫。
「私が身重だからって新しい女に手を出してたりしてないだろうな…」と、盗賊姫。
「そーだぞー。愛人はあたしだけでいいだろー。」と、赤眼の姫。
「いや、キミは妃でしょ。」
「そうでした、テヘ。」
アス・ヤ姫は、ツァルトの食事を、何処を通ったか判らないが詰め込み、言った。
「私にも部屋は当たるのでしょうか。」
アリエスは、メイドに何か言って、アス・ヤ姫を下がらせた。
アス・ヤ姫が部屋を去ると、遠慮は要らぬとばかりに、アリエスは姫たちに責められるのだった。
無論、自業自得ではある。
――――――――――
アス・ヤ姫は、アリエスの部屋に通された。
王の部屋にしては随分と質素。カップや装飾が上品で、高貴さは感じるが華美ではない。
父の部屋は、華美だったな…。
判ってる。此処が王の部屋で、此処に待たされるという事は…そういうことなんだろう。
自分で言ったんだから、貴方のモノになると。
父が言ったんだから。魔王の血を身に宿して来いと。
その為に、私はこの身を差し出すわけだ。
あんな、美しい姫が6人も居て、子まで為して。多情なんじゃない?女を何だと思ってる?
アス・ヤ姫は、隠し持っていた短剣を、そっとベッドのシーツに忍ばせた。
普通なら、あんな化け物、不意を突いても殺せまい。
でも、そう。男が無防備になる瞬間なら。
殺せるかも知れない。私でも。
そして、汚された私も、死のうか。
それが願いなのでしょ?父よ…。
――とは言うものの。
アス・ヤは、その後。真夜中まで、1人だった。緊張感と、決意で張りつめていたが、余りに男が来ないので、いつの間にか寝てしまった。
人の気配で、目を覚ましたのはきっと真夜中。
ベッドに、若く美しい王が腰を掛けていた。
「アリエス王…」
「やぁ、アス・ヤ姫。起こしちゃったね。」
「いえ。私は貴方の物ですので、ご随意に。」
覚悟は決めている。殺す覚悟も。死ぬ覚悟も。私は、狂戦士の王の娘。
「確かに、キミは綺麗だね。ガーレルが薔薇なら、キミはアネモネかなぁ。」
「アネモネ?」
アリエスは、姫の横に横たわると、そのまま。
「疲れたでしょ?お休み。」
そう言った。
自分の横に転がった男は、すでにウトウトしていた。
自分には手を出さないらしい…少なくとも今宵は。
今なら、そのまま殺せる? こ、殺せる?
アリエスは、背を向けながら、眠気と戦いながら、言う。
「逃げて良いんだよ?城門を出たら、厩へ行くといい。キミの馬を用意してある。」
え?
「キミは、生贄に差し出された可哀そうな姫。言ったでしょ、泣いている女を抱く趣味は無いって。」
「または、刺し違えてでも殺して来いという意味か…まぁ、殺されるのは困るけど…」
アリエスは、くるっと振り返って手を伸ばし、彼女の涙を拭いた。
「さぁ。僕の気が変わる前に。君は魅力的すぎるんで…あまり横に居られると困る。アネモネ。」
「“アネモネ”が、私の新しい名なの?」
「ゴメン、何となく言っただけだ。」
振り返ったアリエスから、ふっと香水の匂いが香る。
どの姫だろう、この香水をつけていたのは。
自分の中に、何か湧き出るものがある。
ああ、きっと…。
「私は、軽い女じゃない。戦士よ。」
「知ってるよ。」
「貴方が思っているより、あの野蛮なアリーナの勝者は羨望と称賛を浴びるのもの。実際にその強さは女たちを引き付ける。チャンピオンの求婚を断る女なんて知らない。ライオンのハーレムみたいに。」
「ふうん」
「私は違った。嫌だった。平気で人を殺し、ガサツなチャンピオンの物になるなんて。」
「うん」
「でも、私を得た男は、もっと残忍で、凶悪で、怖ろしく強く、オマケに多情で女の心をもてあそぶ、魔王だった。」
「うん。なんかヒドイ。」
「今夜から、私は、アネモネになる…。」
アス・ヤ姫は、自分から衣を脱いだ。
「私の使命は、貴方を誘惑し、この身にその血を引く子を宿すこと。貴方を骨抜きにして、私なしでは居られなくしてやる。どの姫より愛されてやる。」
「アネモネ…良いのかい?逃げなくて?僕から逃げなくて。」
彼女は答えず、逆に聞いてきた。
「私の所に来る前に、他の姫の所に居たんでしょう?」
「…うん」
「では、この後は行かせない。」
私は、貴方の子を宿す。私の魅力で引き付け、バルスタッドと貴方を結ぶ。
怖くなんてない。戦いの勝者は私。貴方は、私に心ごと喰われるんだ。
…愛するもんか。貴方なんて。
…愛したり、するもんか。貴方なんて。
貴方みたいに、怖ろしい人を。貴方みたいに、誰より強い人を。
あ、 ナイフに手を 伸ばすなら 今だ…
迷いと裏腹に、彼女の手が選んだのは、アリエスの背中だった。
続く―。




