第35話 「狂戦士」前編
アリエスは大陸西側へ。魔女と秘密と、吸血姫の解呪、ダッカーヴァの安定を探して。
そこでたどり着いた荒野の国には、彼が許せないものが在った。
退魔のタトゥーを纏った狂戦士に、魔術師アリエスは戦いを挑む。
ハイファンタジーです。TRPG、RPG、リプレイ等お好きな方ぜひ。
前編です。
バルスタッド公爵領。エレゲート公爵領の南東にある国。
この辺りまで来ると、ツァルトに比べると、建物に丸みのある部分が多くなるように思う。
通路も狭く、石畳の敷かれた味わいある古都。白漆喰の壁、多くの建物の色は鮮やかに白い。
言葉は同じだが、ツァルト出身のアリエスにはやや、ナマリが在る様に聞こえる。という事は、逆もまた。
緯度はほぼダッカーヴァ公爵領に近く、冬が判りやすく存在する。四季がある。
荒野が多く、農作物には向かないが、豊富な鉱物が在る。至る所に採掘場や洞窟が掘られ、時にそれはモンスターたちの住処にもなる。危険と一獲千金が隣り合わせ。
魔道の力はあまり活用していないが、バーサーカーと名乗る、凶暴な戦士たちが栄誉を競っている。鉄の肉体と呪術を誇る。かつて栄華を誇った古代の魔法王国は、西の丁度この辺りまで勢力圏内で在ったという。
バーサーカーの戦い方は、魔法に精通した軍勢に対する、肉体で魔法に抵抗した名残と言われている。歴史はあるが、文化ではなく蛮勇と武勇を伝統とする国。
故に、近隣諸国と大きな価値観の違いがある。
――――――――――
アリエスが公ではなく、内密に個人行動する時は、空を飛んで移動することが多い。
しかし、王を継いだ今、流石に一人では許されなくなった。
彼が今連れているのは、丁度40歳になろうかという、実力派の賢者、ローファ。
お供が男性であることは。妃たちを安心させる要素の一つである。
また、魔法ギルドと神官連合の両方に属する彼は、テレポートと蘇生が使える。
アリエスの個人行動への保険としては申し分なかった。
バルスタッドの近くまで上空を飛び、近隣で地面に降りる。
呪文でゴーレムの馬を呼び出し、騎乗する。
ま、流石に街中まで空を飛ぶのはまずいだろうし。
バルスタッドについてノエルに聞いた時、彼女は、「嫌いな国」と言って嫌悪感を露にした。理由は教えてくれなかった。「アリエス様ならすぐに気が付くでしょう。貴方は皇帝になる方なのですから、その時好きにされると良いのです。」
アリエスの馬が地上に降りて間もなく、南から来ていた2台の馬車と並走となった。
質素な、まるで牢屋のような鉄の骨組みがある馬車の周りには、皮鎧程度しかつけていない、斧の戦士たちが20名ほどいた。もう一つは、豪華な馬車。
バーサーカー…バルスタッドの戦士は自らをそう名乗る。特異な戦力を持つもの達。
アリエスは、粗末な方の馬車を見た。
一瞬で、心が沸騰した。
そこに居るもの達は、鎖でつながれ、皆悲しい顔をしていた。
若い男女、子供。一部屈強な男性も。
みな、鎖でつながれていた。
…東の盗賊ギルドには、人買いから全て撤退させたのになぁ…
「行って来る。止める?」
「止めてもきかんでしょうに。」
賢者は首を振った。
「私は、“消えて”上空から見守りましょう。」
アリエスは笑った。
「行ってくる。あの頃の…無力な僕とは。違うんでね。」
あの時の、オークションに引き出されたティアナの悲しい顔を今でも覚えている。
アリエスは、左の馬車を軽く追い抜き、前方に止まった。
簡単に言えば、道を塞いだ。
「“マス・テレパシー”」
“全員、止まれ。”
豪華な馬車から、顔だけ出して、髭の長い丸顔に、丸い柔らかそうな帽子を被った男が文句を言ってきた。
「なんだ、小僧。ワシらの馬車を塞ぐとは、命知らずも良い所だな。いや、その服装。東の旅人か。さっさとどけ。どかんなら、お前達も奴隷にしてやってもいい。良い男娼になりそうではないか。」
“聞きたいことを言ってくれてありがとう。逆に言おう。その奴隷たちを解放するか、戦って死ぬか、選べ”
「頭に響く…魔法使いか。バーサーカーに魔法が効くと思うなよ。クラドア!任せる!殺して構わん!」
馬車から。リーダーらしき戦士が降りて来た。
モヒカンのヘッドに好戦的なタトゥー。巨大な両手斧。
男は周りのバーサーカー達に合図した。四の騎馬が走り寄って来た。
残りの男たちは馬を降り、駆け出す。
アリエスは銀の馬の上で呪文を唱える。
「“サモン・ゴーレム。ストナ”」
銀の馬の前に、巨大な石のゴーレムを5体呼び出す。
これだけでも、破壊的な戦力だ。
「ご、ゴーレムだと!?砕け!壊しちまえ!」
商人崩れらしい男の隣に、急に人の気配がした。
先程まで、銀の馬の上に居た男がいつの間にか隣の座席に居る。
「石のゴーレム、簡単に砕けるかな?」
青年は、商人の肩にぽん、と触れ、“テレポート”と唱えた。
次の瞬間、鉄の牢になっているむき出しの馬車、その牢の中に、2人は居た。
中のもの達は驚愕したが、青年の一言で、戸惑いを捨てた。
「助けに来たよ、皆さん。もう、鍵は外した。外せるでしょ?」
喜びと、怒りが渦まく。
「この商人の処遇は任せるよ。“テレポート”」
青年は消えてしまった。
あとに残された商人に、男たちが近づく。
鎖を持って、近づく。
さて、どうなっているかな?
アリエスは上空に移動し、戦いを見る。
半数以上のバーサーカーは倒れていたが、残り半分は、ゴーレムと熾烈な戦いを繰り広げていた。
同様に、ゴーレムも2体、砕けていた。
「へえ。」
アリエスは、指を鳴らし、ゴーレムを消す。
「人さらいども。此処からは僕が相手をしよう。アリエスは地面に降り立った。」
…しばし、時間を置いて。
アリエスはゆっくりと空を飛び、牢の馬車に戻った。
ボコボコに殴られ、骨を何か所も折られた商人崩れは、
牢馬車の骨組みに吊るされて殺されていた。
「…キミ達は攫われたんだろう…僕が護衛しよう。故郷は近いのかな?」
…集落は、ほぼ壊滅的な被害を受けていた。
多くのものが勇敢に戦い、家族を守ろうとした。そして、死んだ。
彼らを助け出しはしたものの、この集落はもう、多分、終わりだ。
もっとも体格良く若い戦士が、仲間を集めて言った。
「家族を、仲間を弔い、後に此処を離れよう。東のミスカラに行けば、きっと我らを受け入れてくれるだろう。」
バルスタッドの南は大きな国を持たず、点在する部族が時に競い、時に協力し生活している。主な生活基盤は採掘と狩猟。
だが、何時からだろう。北側のバルスタッドがメルカーナ連合国に加わり、急速に国力を拡大した。彼らは、南の民を襲撃するようになった。
――奴隷として連れ去るために。
南の民も、北に劣らず勇猛だ。
若きもの達は、北を滅ぼすべきと怒りに燃える。
だが、現実には、南の名も無き民の、北、東、西すべてメルカーナ連合国の構成国であり、南は海だ。生活に困窮し、南の民の中には海へ、海賊に成り下がる者も居る。
南の民は、服従か、死か。徐々に追い詰められていた。
考え得る最後の手段は、たった一つ。
たった一つ。そのチャンスは3年に一度。
――――――――――
バルスタッド。
アリエスは、巨大なアリーナの貴賓席に居た。後ろには賢者が立っている。
アリエスが、身分を明かしわざわざ城に入り込んだのは訳がある。
…危険は承知。東の王だ。ダッカーヴァとツァルトのことぐらい、この王も知っているだろう。まして、武勇の国ならば、この場で捕らえ、殺すことぐらいするかもしれない。
…捕らえられれば、だが。
アリエスは、ある若者の挑戦を見守るつもりなのだ。
南の部族から単身、このアリーナに乗り込んできた勇敢なる者を。勇者を。
アリーナの勝者には、王が何でも願いを叶える。
王になりたいなどはムリだが。
しかし、王の娘を嫁にしたいと願い、叶ったものも居るという。
…現在の王のように。
願いを叶える事もまた、王の度量の見せ所なのだ。民集へのアピールなのだ。
バーサーカーのチャンピオンで在った国王、ザルムグが両足を広げ、アリーナを見下ろす。
「客人、東の国王アリエス殿。今日はじっくりと、3年に一度の宴をご覧になるがいい。」
王の近くには4人の妃が並び、さらに後ろには、6人の王子と思われる男たち、姫と思われる4人の美しい姫が居た。そして、その周りに、10名は居るだろう。鎖を付けられた女性たちが居た。
「アス・ヤ、ちゃんと民が見える場所へ座りなさい…」
「興味ありません。何が楽しいのです。」
「お前は初めて此処に立つ。チャンピオンがお前を所望するかもしれません。名誉な事。」
「どこが?野蛮な人殺しの妻のどこが」
「オルトア! アス・ヤ! 静かにせよ。王の宣言である。」
アリーナの出場に、決まりはない。
男女、誰でも出ることが出来る。
だが、魔法であろうが呪術を活用しようが、剣か拳で勝たねばならない、という決まりがある。
王が、バルコニーに姿を見せる。
アリーナの民衆が沸いた。
王は両手を使い、民衆の声を抑える。
「血に飢えた民よ、獰猛、勇猛なる我が子らよ!3年ぶりのアリーナを此処に開く!今宵は、東の国ツァルトより客人も来ておる。この者は、魔道においてチャンピオンであるという。」
民集が、せせら笑う。
魔道だと。バーサーカーに効きはしない。笑わせる。
再び、王が民を制する。
「客人に、我らの勇猛を知らしめよ。我が属国になってくれるやも知れぬ!」
民の笑い。嘲り。罵り。嘲笑。
あー、王様になって以来、こう言うの多いなぁ~。
「始めい!」
アリーナ最前列、宣誓士が読み上げる。
「今宵の大いなる牙、闘士、マグルカルス。挑むは、若き虎、ヘルガティモス。いざ、戦えい!」
アリーナの両側の、鉄の扉が開く。
ユ=メにこれまた引けを取らぬ2mを超える筋骨隆々の男が、両手にヘビーモールを持って入って来た。反対側からは、若い男。勿論、負けぬ体格ではあるが身の丈は180程。やや見劣りするが、盾とメイスを持ち、ギラギラした目で立ち向かう。
双方ともに、体中にマジックルーンをタトゥーにして刻んでいる。
アリエスの目には。それが本当に魔力を放っているのが判る。
これが、バーサーカーの強さの秘密。退魔のルーンだ。魔法を、吸収または地面へ流して威力を弱める。同時に、彼らは呪術師の怪しげな煙を吸い、痛みに耐える体となるのだ。
さて、戦いは5分ほどでケリがついた。
盾の若者は、素早い立ち回りで背後や側面を狙ったが、両手モールの巨漢は、盾の上から気にせず衝撃を与えて来た。盾の若者は、防戦一方になり、最期には盾を弾き飛ばされた。
盾の男が、武器を捨て、両手を横に開く。
多分、降参の合図なのだろう。
その瞬間、民衆が。アリーナの観客たちが。
叫んだ。
殺せ、殺せ、敗者に死を。弱者に死を。
巨漢が動き出す前に、アリエスの背後で声が聞こえた。
「私は、もう結構です。宮殿に戻ります。」
「ならぬ。お前も王族なれば、アリーナの意義を知れ。」
さっきの姫か。多分だけど。
そのころ、盾の若者の頭蓋に獰猛なモールが振り下ろされた。
若者は、間違いなく、死んだ。
血に興奮し、湧き上がるアリーナの観客たち。
大半は男である。バーサーカーの服装をしている。
2階層のアリーナ。上段は貴族や富豪と見られ、ほぼ例外なく、鎖の足かせが付いた奴隷を連れていた。
「次の挑戦者を、これへ!」
アリエスが見守りに来た青年。バシルバット。
あの、救い出した中で最も体格に恵まれた青年だ。
「続いて、凶暴なるマグルカルスに挑むは、南の蛮族からの挑戦者。南の匂いの染み付いた腰抜け、バシルバット。」
バシルバットが、覚悟の表情で入ってくる。
盾は持っていない。小振りの剣一本。
彼は、大声で叫んだ。
「俺は優勝する!優勝の暁には、王!全ての奴隷を開放しろ!奴隷狩りをやめろ!」
観衆から、罵声が飛んだ。
「無駄だろうが…始めい!」
宣誓士の声に、双方が弾けるように駆け出す。
巨大なモールが振り下ろされる。間合いをあらかじめ予測したバシルバットは、バックステップで地面を叩かせる。だが、相手は2刀モール。次の一撃は横薙ぎに来た。
バシルバットが屈みながら、正確には地面を転がる様に避けながら、小ぶりの剣を天空に向けて切り上げる。
巨漢、マグルカルスの腕から鮮血が飛ぶ。狙い通りに。
そのまま体制を整え、次に膝を切った。
巨漢が崩れ落ちる。
何をやってる!マグルカルス!
恥だ!南の軟弱な男に!
死ね。死ね。殺されていい!
殺せ。殺せ。殺せ!
「殺さぬ!!常に相手に死を求めるバルスタッドのバーサーカー共!お前達は真のバーサーカーではない!断じて違う!バーサーカーは誇りに生きる者!」
観衆からの罵声が頂点に達する。
宣誓士がちらりと王を見る。そして告げる。
「勝って証明せよ。闘士ならば!」
「次の剣闘士、出でよ!」
…バシルバットは、次の戦いに勝ち、また、命を奪わなかった。
その次の戦いにも勝ち、観客は益々怒りを募らせた。
そして、戦いの休息は、殆どなかった。
最初の戦いには、30分もの休息が在ったのに。
アリエスは、近くの王族たちに聞こえるように、声を初めて出した。
「何故、あの闘士の戦いに休息時間が無いのでしょうか。」
王が笑って言った。
「あの者は相手を殺さぬ故、死体を片付ける時間が不要なだけ。次々、試合は行われるものだ。アリエス殿。」
また、背後で呟きが聞こえた。
「白々しい…」
先程の姫は、よほどこのアリーナが嫌いらしい。
アリエスは、後ろに向けて、振り返らず声を掛けた。
本人に伝わることを、僅かに期待して。
「血を嫌う可憐な姫よ。先に謝っておく。ごめんね。」
バシルバットは、もう、肩で息を切らせながらも、既に満身創痍でありながらも。勝ち進んだ。
「何という事だ…アリーナに在ってはならぬことが起きている。こうなれば、そして、これこそが、アリーナの醍醐味。チャンピオン、ウゾルフマシュ!!ついに、今宵の挑戦者が決まった。さぁ、前回の覇王、凶暴なるチャンピオン、無敗の王者よ、ウゾルフマシュ
よ!!姿を見せたまえ!」
鉄の扉から、ユ=メより確実に大きな、化け物のような男が現れた。
両手に斧。思ったより小ぶりに見えるのだが、その男が、ウゾルフマシュが大きすぎるのだ。
「おおおー おおおー おおおー」
雄たけびを上げる。
観衆が叫ぶ。殺せ。生意気な、南の軟弱者を潰せ、叩き壊せ!
ウゾルフマシュが、バシルバットに駆け寄る。
フラフラだが、バシルバットの目にはまだホ炎があった。
「勝って、奴隷を開放する!」
アリエスが立ち上がった。
「待て!その斧、魔剣じゃないか!」
王の側近が言う。
「直接魔法でなければ良いのですよ。武器は全て自由。ウゾルフマシュは、3年前のアリーナで対戦者を皆殺しにし、栄光を手に入れた。彼が褒賞に望んだのは、国宝、雷の斧。何と高貴な、強さを求めるその意思に王は報いたのです。」
「まぁ、そうして毎回勝てば、毎回願いが叶う訳ですからな…今年は、姫を1人娶りたいと申しておりましたな…」
王は笑った。
「良い良い。野心家でなくては、男は務まらぬ。そうであろう、アリエス殿。単身、この部の国に乗り込んできたお主も確かに蛮勇。狙いは何かね?」
続く―




