第32話 「セイレーン」
(テキトウ加減で有名な)若き国王アリエス、海難事故の謎に挑む。
ハイファンタジーです。TRPG、RPG、リプレイ等お好きな方ぜひ。今回は、何というか、R15。
セイレーン。海の魔女。歌声で魅了し、船乗りを呼び寄せ、座礁させて命を奪うという。
ツァルトの北、様々な産物を運ぶ重要な航路に、その岩は在った。
比較的穏やかな内海だが、この辺りには鋭く尖った岩が点在し、難所の1つだった。
特に大型船には危険で、その塔のようにそびえ立つ岩は、何時からかセイレーンの噂が立ち、船乗りたちを内心怖がらせていた。
これが<セイレーン塔>という岩だ。
<魔術の塔>による調査で、セイレーンは存在していない、そう公言された。
更には岩の頂点に永遠の光を灯した。灯台のようなものだ。
結果から言えば、これが今回の事件の原因とも言える。
只でさえ魚の寄り付きやすい岩場に、夜うっすらと光を灯した。
…魚影は益々、濃くなって、危険な岩場ではあったが、絶好のポイントともなった。
命知らずの男たちがコッソリと禁漁区域、セイレーン塔を目指す。
…そして時にまた事故に遭う。事故防止のための灯りが藪蛇。
このように、事故を防ぎたい国の意向と、一獲千金を狙う地元漁師は何年も、いたちごっこを続けているのだ。
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「マスター、連続2日目。セイレーン塔のあたりですな。」
<銀>のハイメルは、魔法で手を使わず書類をめくりながら言う。
「船が沈んだと。」
「消えたのはどちらもスモール・セイリングシップ。近海用の小型輸送船。」
「大型のガレーやラージシップは無事?」
「今のところは。」
「沈んだと判ったのはどうして?」
「生存者が1名。」
「うん。」
「飛行の呪文が使えたようですな。駆け出しの冒険者。護衛についた4名のうち1人。」
「仲間は?」
「海の底でしょう。」
「沈んだ理由は?」
「判らぬと。船底から、無数の叩くような、破壊音が聞こえて沈み始めたと。」
「岩のある場所だよ?浅めだよね?」
「岩の真横ならいざ知らず、水深2、30mはあるでしょうな。」
「<魔術の塔>出撃。ハイメル。」
「行ってらっしゃいませ、マスター。」
「何で僕!?一応王様で、アークマスターの僕!?」
「海の魔物と思われますな。海で戦うには、高い魔力が必要ですな。」
「なんで!」
「ついでに、沈んだ船は貴石を運んでましたな。このままでは大損害。国王?」
「…行けばいいんでしょ~!行きますよー!」
この日の昼、アリエスは王家所有の、小さめのセイリングシップを借り受け(母に)。
自然魔法の使い手、キャステラ姫を連れて、たった2人で出航した。
漕ぎ手は居ない。魔法で動かす。
風は常に吹く。キャステラの魔法で。
最悪、2人なら一瞬でテレポートできる。
勿論、そういった理由だ。
キャステラは危険は承知の上。
久しぶりの2人っきりの旅に笑顔を隠せなかった。
亡くなった方もいるらしいし、不謹慎と自分に言い聞かせながらも。
―――――――――
船は勝手に進む。
「“ソウル・アニメイト!”疑似生命付与! 岩を避けて北へ進め!」
2人は甲板で暫くは海の風景を楽しんだ。ツァルトの海は美しい青。
普段は見た事のない景色に、時間を忘れる。
休憩に船室へ戻っては、お茶を飲み。
また2人で、海をと空の美しさを眺めていた。
そんな事を繰り返し、夕刻。
船は目的地にたどり着いて、止まった。
右手にそびえ立つ高い岩。頂点に魔法の光があるせいもあって、まるでローソク。
「あれがセイレーン塔かぁ」
「奇岩だらけだ。これは絶景だね、アリエス。」
因みに、キャステラはアリエスを名で呼ぶようになった。
「波も静か。悪意は今の所…」
意識を集中する。
ある…下の方にある…海の底から来る!
「キャステラ!来る!」
「判った!“ウォーター。ブリーズ!”」水中呼吸の魔法。自然魔法にもある。
「“ウォーター・ブリーズ”…結構な数が来るな…。」
船底に、細かく多数の打撃音。
悪意の数…多数…100の単位だ。
「やはり沈める気か!?キャステラ、“アンチ・ライトニング”」
自分とキャステラに、耐雷の魔法を掛ける。
「船に引っ付いている奴、根こそぎ引き離す!」
「“ライトニング・バリア!!”」
いつかのジャガーノートより小さい船など、簡単に雷で囲める。
船底の音が止んだ。
「倒したかなぁ…」
船が、突然勢いよく動き始めた。
疑似生命はもう止まっている。魔法で漕いでも居ない。
「お、押されている!?しまった!」
「キャステラ!!」
アリエスは大切な姫を抱きかかえ、バリアを張る。
船に酷い衝撃が走った。とてつもなく固い何かに、叩きつけられたような衝撃。
座礁した!?
「岩にぶつけたな!?」
角度的に、僅かに上向きになった気がする。同時に、後方の船底からまた、不快な打撃音が聞こえて来た。
「キャステラ、飛ぶよ!ここでは不利だ!」
「判った!」
「いいね!?絶対にキミは海の中へ来るな!空中で待つんだ!」
2人は空へ。
そして、自分たちの船がどうなっているかを見た。
セイレーン塔ではない。比較的、近くの岩に座礁している。それは判る。
船の周りの、無数の顔は何だ。
大きな、魚の顔だ。三又の槍を持ち、肩が見える。人間のような肩が。
「キャステラ、こいつ等、マーマンだ。」
海には、2種類の人魚がいると云われる。
1つは、伝承の通り美しい男女で、下半身が魚。こちらは、マーメイド、と呼ぶ。
もう一つは、魚の顔、人の体、魚の下半身。マーマンと呼ばれる。
どちらも知恵を持つが、マーメイドが全般に温和なのに対し、マーマンは、人を襲い、財宝を奪うことさえすると云う。双方共に、主食は魚だ。
船の周りにピクピクと浮いているのは僅か30体程だった。アリエスの雷が。たった30体。
<海で戦うには、高い魔力が必要ですな>
そういうことか。
確かに水は雷を通す。しかし、水の中では、すぐに拡散してしまう。
火炎魔法は最早、使いようもない。氷?つららを飛ばすぐらいだろう。
こいつ等!どうやって倒せば!?
「“サモン・ウェポン!”」
アリエスは鉄の槍を、数十本呼び出した。
海面に向かってザクザクと降らせる。
数体を倒したが、すぐに海に潜ってしまった。
…やはり、無理か。
こうしている間に、船底が食い破られてしまう。奴らの斧か、槍で。
「飛び込む!キャステラ、待っていてよ!?」
「“ブレイド・バリア!”」
何本もの刃が、アリエスの周りを高速で回転する。
アリエスは海へ飛び込んだ。船底に張り付いた魔物を振り払うためだ。
…刃は、確かに水中に鮮血をまき散らした。
しかし、飛行の呪文も水中では遅い。
刃の回転すら鈍い。
数体を倒したのみで、船底から引き離すことにだけは成功したが…。
アリエスの周りには依然、多数のマーマンが武器を持って囲んで居るらしかった。
…見えない。魔法の目で20mは見えているが、先は見えていない。
夕刻を過ぎたのは失敗だった。
仕方ない。
アリエスはこいつらを強敵と認めた。
水の中というだけで、これほどまでに魔術師は無力になるのか。
一気に海底深くへ潜る!
奴らの方が悔しいが遥かに早い。バリアの外側で何度もトライデントが襲って来る。
地下に行けば行くほど、大勢が取り囲み、周囲が見えない程になって来た。
「アタリかな。巣があるな?」
水中で効く呪文は少ない。だが、僕は使える。
「“マス・ワイア・ネット!”」
周囲のマーマンを、鋼のワイアで包んだ。動けば、切れる。そして、それは酷い選択なのだ。奴らは、魚の下半身なのだから。泳いでいる…動いている最中なのだから。
直径40m以内のマーマンを、切り刻む。
あまり、使いたい呪文では無かった…。余りに、残虐で。
水中は真っ赤な煙で染まった。
大勢でアリエスを囲っていたのがアダになった。
ほとんどが…切り刻まれた。
それでもやがて、潮の流れで、血の色が消えて行く。
下には、うっすらと、沈没船の残骸と、底に巣くう、女性のマーマン、子供と思しきマーマンが見えた。
アリエスは、死神のように、ゆっくり沈んでいく…。
「待って。アリエス!」
「キャステラ!空に居るように言ったじゃないか!?」
「オレにキミの使い魔が居るの忘れたの?」
「それはそうだけど…。」
「アリエス、見て、怯えてる。アイツらは人間にとって魔物だけど、これ以上はいけない。」
「今、この瞬間まで、キミは守る戦いをしたんだ。罪に怯えなくていいと思う。でも、ここから先は違う気がする…。任せて…。」
「自然魔法、“アニマ・テレパス”」
「人魚よ、この海域から去れ。二度と人を襲うな。人間から奪った財宝は置いて行け。去らぬならば、まだ戦わねばならなくなる。去ってほしい。 海は広い。キミ達は此処でなくとも幸せに暮らせる。悪いが、此処はすでに人の生活がある場所なんだ。去ってくれ。此処へは二度と来てはいけないよ。」
少々の時間が必要だったが、やがて、マーマンたちは、北へ…。
ツァルトの海から遠くへ向かって消えて行った。
セイレーン塔の濃い魚影は、マーマンにとっても魅力だったのだろう…。
既に日が落ち暗い海で。寒い海の底で。
「ありがとう、キャステラ。助かったよ。」
「助かった?オレは何とも戦っていない。」
「僕を守ってくれた。僕の手が…必要以上に穢れないように」
水の中で、アリエスは妃と長く口付けした。
――――――――――
アリエスは、マーマンが残していったチェストを3つほど引き上げた。
「宝箱?置いていったんだ?」
「まぁ戦利品という事で頂く。」
アリエスは、今なお、冒険者だった。
船はすでに前方だけを残して半分以上海に浸かっている。
アリエスは、何を思ったか、船室から濡れていないベッドや毛布を持ってきた。
魔法でベッドの足を片側だけなくし、斜めになった甲板にバランスよく固定する。
「? 帰らないの? アリエスなら、船ごとテレポートできるんじゃ?」
「うん。できる。でも。この真下に船が沈んでるんだよねえ…。正直、似たような岩が幾つもあって、今帰っちゃうと、どの岩の下に船が沈んでるか判らなくなりそうで…。」
「あ、なるほど…」
「キャステラの自然魔法でマッピングとか?」
「そんな魔法ないよ。」
「はは、僕は今日、月を見上げて、海の上で過ごすよ。ハイメルにはもう、明日の朝に増員を寄越してほしいとお願いしてある。姫たちにも伝えたよ。キャステラはお帰り。テレポートで送るよ。」
キャステラは、一瞬考えてから、アリエスの持ってきたベッドに寝転がり、月を見上げる。
「美しい…。野宿は慣れてるけど、海の上で月を見上げるなんて考えたこと無かった。一緒に残るよ…オレはキミの妻だもの。」
「ありがとう。キャステラ。じゃぁ、夜通し、母上への言い訳を一緒に考えよう。」
2人は寝転がって、暫く美しい月を眺めていた。
…そのうち、こんな会話になったけど。
え、ちょっと…近くに船とか来たら…見られちゃったら…嫌
明日の朝までは出港停止。誰も来ないです。
…寒くない…?
“エターナルファイア”
甲板に、フラフラ浮きながら、幾つもの炎が揺れる。
暖かく、妖しく。炎が揺れていた。
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―――セイレーンは、やっぱり居るのさ。
船乗りたちの間で、再び、そんなウワサが上ったのは少し後の話。
アリエスは王になって、国内情勢にも詳しくなっていたし、彼なりに学んではいた。
しかし、船乗りの、密漁などに関してまで、詳しいはずもない。
だから、知らなかった。
セイレーン塔に、今夜も、密漁者の男たちが小舟を出していたことなど。
男たちは、最初は助けを呼んでいる灯りかと、親切にも近づいた。
そして、見た。
座礁したらしい船の甲板にゆらゆら蠢く、この世のものと思えない鬼火を。
そして、聞いた。
美しい、女の歌声を…。まぁとにかく、歌声…を。
彼らは”魔女”に悟られぬよう、声を殺して逃げ出した。
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「セイレーンは、妖しい歌声で男を呼び寄せるのさ。
呼び寄せられたらどうなるんだい?
そりゃもう、船は座礁して。
ほう、座礁して?
船乗りは、どうなるんだ?やっぱ溺れ死ぬのか?
いや、惚れられるとイイことがあるらしいぜ…?
…ならいいか。俺なら寄ってくわ。」
以前ほど怖くない、新たなセイレーン伝承の事は誰にも秘密だ。
アリエスも知らない。キャステラも知らない。
特に、王妃キャステラには、100年位は伏せておいた方が良いだろう。




