第30話 「父の嘆きと、娘の思い」(第2部 西方編)
第2章、「西方編」スタートです。宜しくお願いします。
ハイファンタジーです。TRPG、RPG、リプレイ等お好きな方ぜひ。第30話。
アリエスの即位から10か月。
「皇帝を目指す」の宣言通りと言えるのか言えないのか…。
東の国々と同盟を次々結び、魔法ギルド<魔術の塔>の武力を基軸に、互いの国が互いを守る…現代の軍事条約機構の様な形を呼びかけた。
ダッカーヴァ、ファルトラント、エリゴール、東のエルフ。この4国が名を連ねた。
4国に、新しい<魔術の塔>が建てられ、それぞれの国を守る魔術師を育て始めたり、その力を防衛に役立てていった。
そのギルド、<魔術の塔>の頂点は当然、アークマスターであるアリエス。彼の発言力は日増しに強くなっていく。とは言え、何も言わないし、求めもしないのだが。それは、少なくとも民の信頼を得た。
尚、この中で、一番難航したのはダッカーヴァ公爵領。
しかし、長年の遺恨があったダッカーヴァそのものは、意外な形で同盟への垣根を超える。
…ノエル姫が、アリエスの子を産んだからだ。
男子だった。皇太子の誕生に、ダッカーヴァは沸いた。
しかし、両国が思う。アリエス王の最初の子。即ち皇太子。ダッカーヴァにとっては、女王ノエルの子。同じく、皇太子。どちらの皇太子として、育てられるのか!?
でも、答えは、あっさりと決まった。
「跡継ぎの居ない、ダッカーヴァの皇太子として育ててほしい。」
当のアリエスがそう言ったのだ。家族親族の異議はあったが、これにダッカーヴァの民は感謝したし、喜んで迎えた。
「僕、皇帝になるし。ツァルトとダッカーヴァもそのうち1つになるでしょ!」
まあ、この一言はあまり誰も本気にしなかった。
そして、もう1つ大きな理由がある。
アリエスの6人の妃のうち、盗賊姫エディと、侍女姫ティアナが、ノエルに次いで、ほぼ同時に子を宿したからだ…。
ツァルトには、世継ぎの心配は無さそうだった…。
姫たちの近況はと言えば。
ノエル姫は、ダッカーヴァの玉座に居るが、ダッカーヴァの女王の私室とツァルトの城は<名を刻まれた>者しか入れないテレポートの魔方陣でつながっており、隣の部屋に行くように、アリエスの許に来ることが出来る。生まれたての皇太子は、<アゼル>と名付けられ、勿論2人に愛されて、厳重に守り育てられている。ノエルの最大の悩みは、ツァルトとの同盟を本国…メルカーナ連合国が非常に快く思っていないことだ。「夫の国と同盟を組むことに何の問題が?」ノエルは気丈に突っぱねたが、ダッカーヴァにはそのような火種が残っている。
盗賊姫エディ。ノエルの妊娠を知り、自分も子供が欲しいとねだっていたが、その願いは比較的早く叶ったことになる。エディは当初ライバル的だったティアナと一番仲良くなり、2人がほぼ同時に身籠ったこともあり、助け合っている。尚、兄である盗賊ギルドマスターの<K>からは、常にからかわれている。
酒場の薔薇、メイフェア。妃となってなお、時折、父の酒場を手伝いに街へ降りている。
彼女が城から“降りてくる”日は決まって大繁盛だ。王妃になった酒場の薔薇を拝もうと来る者、王家の話を聞きたくて来る者、からかいに来る幼馴染…などの相手で忙しいが、非常に楽しそうだ。
ハーフエルフの姫、キャステラ。相変わらずの好奇心で、男に変身しては、方々へ外出している。また、エルフの森とは、ダッカーヴァと同じくテレポート魔方陣が置かれ、家族も元へも気楽に帰っている。彼女はエリゴールに顔が効くので、アリエスの代わりにエリゴールへの使者として良く出向いている。
赤目の姫、吸血姫シャルロナ。アリエスのかつて用意した家畜吸血用の草原と、城を行ったり来たり。彼女をお世話することになった侍女には何故だか、アリエスから防御用の指輪が配られた。勿論、耐・魅了の指輪…。夜に元気に動くので、ツァルト城の<夜の女王>などと、臣下からは言われたりしている…。
――――――――――
そして、侍女姫ティアナは、ほんの少しふくらみが判るお腹になっていたが、にも関わらず、今日も、街へ降りて食材を選びに来た。
前と違うのは、数人の侍女を彼女自身が引き連れていることだ。
実に、不思議な感覚。
「侍女だった私に侍女が居るのって、なんか変。」
今は仮にも王妃。当然と言えば当然。その侍女たちも、内2名はSP。回復魔法の使える者、魔法の盾を瞬時に構えられる者。
実は、ティアナは買い物が好きだった。
贅沢はまるでしない。みんなの為の、アリエスの為の、姫たちの為の食材を選ぶのが好きなのだ。
身重になりつつあるのに、今日も来てしまった。止められたけど。
そんな、ある日のことだ。
17歳のお妃の、ある買い物の日の事だ。
エリゴール様式の、華やかな絵皿が目に留まった。
「こ、これは美しいのでは?」
食事をこの上に盛りつけたら、みんな驚くのでは?
王妃だからと言って無謀な買い物はしない。お値段、お値段…。
…良さそうなのでは…?
ティアナは、侍女たちに絵皿の買い物を頼み、それに合わせたカップを探そうと思った。
ふと、刺さる様に、悪意を感じる。
アリエスの魔法の指輪が、悪意に反応して自動的に魔法を展開する…誰に見えずとも。
ティアナは、お腹をさすって言い聞かせた。
「大丈夫よ、怖くない。怖くない。アリエス様が守ってくれているのよ。」
「動くな…お前が、アリエス王の妃か…若いんだな…」
ティアナに向かって、ライトボーガンを構えた40ほどの男。
髭はぼさぼさで、服はボロボロで、死んだ目の奥には深い憎しみの光を持ち、まっすぐにティアナを睨みつけていた。
周囲の侍女たちもすぐに気づく。
そもそも、真昼間だ。街中の、市だ。
白昼の奇行。いや、自殺行為。
侍女が叫ぶ。
「貴様!ティアナ姫に何たる無礼!武器を降ろせ!その引き金を引けば確実に貴様の命はないぞ!」
剣を抜く侍女。神聖魔法の準備をする侍女。
ティアナが手で制した。周囲も騒然としていたが、「皆さん。冷静に。この方は、いきなり撃って来ませんでした。私を殺したいより、したいことがあるのでしょう。落ち着いて。」
その一言で静寂をもたらした。周囲の者の中には、静かに弓を構え始めるものも、後ろ手に投げナイフを持つ者も、複数居た。
ティアナは、ライトボーガンの真正面に、1歩、2歩とゆっくり進んだ。
…まるで、その男を周囲の攻撃から守る様にも見える行為だった。
「私に、何の用ですか。できれば、そのボーガンを降ろして話を聞かせてください。」
「…はは、降ろした瞬間に殺されるだろ。俺は今、王妃に向かって弓を構えているんだからな」
「私は、貴方を存じません。恨みを買った覚えもありません。何故ですか?」
「何故?ああ、アンタには関係ないことなんだよ。可哀そうにな。王家の姫なんかになるからだよ。」
「私は、アリエス様の妃になれてとても幸せですが。アークマスターのアリエス様。強く、優しいアリエス様。例え、何の地位も無くなっても、私は一緒にいます。」
「その、アークマスターが!!俺の家族を見殺しにしたんだよ!」
「…それは、アリエス様の事ですか?」
「4年前だ…<魔王>って言われてたやつさ…」
「それはアリエス様では無いのでは?」
「<黒炎戦争>だ…魔族最大の侵攻さ…。強大な溶岩の魔神を先頭に、ファルトラントに迫っていたんだ。」
「名前だけ、存じています。」
「<神祖>はその時、自分を犠牲にする大魔法を使って、黒炎の魔神と数万の魔族を道連れに死んだそうだ…そこまでは、ご立派なことよな。」
「………」
「生き残りの英雄サマたちは!魔族を追って奥に進撃した!左右に逃げ伸びた、散り散りになった魔族たちは放っておいてだ!」
「放って?」
「どうなったと思う?英雄サマたちが来なかった方の村々は?」
「それは…」
「俺は、その時、屋根裏に居たんだ…。雨漏りを直すためさ…。その時だ。押し入って来たよ。トロールが!3匹も!!3匹もだ!!」
トロール。灰色の、巨大な人食い鬼。再生力を持ち、中級の冒険者では勝てるとは言い難い、鬼の魔族。オーガより巨大で…人を喰らう…。それくらい、ティアナも知っている。
「家族が、助けを呼んで泣き叫んでいたよ…オレの目の前で、バラバラにされて、食われたよ…喰われた!食われたんだよ! 何故、黒炎戦争の英雄たちはこっちに誰も寄越さなかった!?何故だ!?何故!? アークマスター!!全部を仕切っていたのはお前だ!!何故!」
「俺は…屋根裏から…動けなかったんだよ…悲鳴だけ…耳を塞いでも聞こえる悲鳴だけ…聞いて…一歩も動けなかったんだよ……あああ…お前のせいだ、アークマスター…お前が、魔神と一緒に消えて無かったら…!オレの村に、部隊を割いていたら……アークマスターが漏らさず差配していたら!!」
男は、ティアナに改めてボーガンを向けた。
「お前が!アークマスターの!妃!その腹に居るのは!アークマスターの子!!」
再び、侍女が叫んだ。
「何を…何を逆恨みを…!全方向に戦力をバラス馬鹿が何処にいる!各都市ではそれぞれの軍や冒険者、騎士団が精一杯動いていただろう!確かにお前は不幸だが…逆恨みも大概にしろ!!」
「お、お前に…何が判る…!」
「待って。聞いて下さい。」
静かに、ティアナが言った。
「あまり思い出したくないことだけど…貴方には伝えたいです。 私は、13の時に盗賊団に攫われました。売るために。」
男は、ティアナを見た。
「両親は、私を守ろうとして、戦って…殺されました。私の目の前で。私は、盗賊団にそのまま捕まりました。アリエス様に救われたのは、その後の事。」
「私の両親は、私を守ろうとして、勇敢に戦って、死にました。」
男の目には、ハッキリとした殺意が宿った。
「…俺には、勇気が無かった、そう言いたいんだな?小娘!?」
「いいえ…私は、確かに勇敢に戦ってくれた両親を誇りに思います。でも、死んでしまいました…。目の前で、死んじゃった…。」
「いっそ、誰も居ない留守番の時に攫えば良かったのに!いっそ、逃げて助けを呼んでくれたら良かったのに!隠れてたら良かったのに!!」
「貴方は…隠れていた自分を恥じてるんでしょう? それが悔しくて、悔しくて、自分が許せなくて仕方ないんでしょう? でも、でも、きっと、きっと、貴方の家族の魂はこう思ってる。」
「…あなただけでも、生きててくれて、良かった…。おとうさん…。」
男が膝をついた。一瞬、自分にボーガンを向けたが、それすら、出来なくされてしまった。
彼はボーガンを地面に落として。
そして、周りに誰が居ようと 構わず
大声で、ただ、 泣いた。
周囲の静寂の中を、ただ、泣き続けた。
――――――――――
男は、警備兵に連れていかれるとき、一言、
「…怖い思いをさせて、済まなかった…」
そういった。
ティアナは、自分のお腹をさすりながら、
「ね、大丈夫だったでしょ?」と言った。
勿論、仮に矢が飛んできても、触れもしなかっただろう。
傷ひとつ、つかなかっただろう。
ティアナの胸元に咲いている薔薇のブローチから、囁くように、言葉が聞こえて来た。
アリエスの使い魔が変身し、ティアナを守護しているブローチから。
アリエスと“感覚を共有”できる、ブローチから。
「ティアナ…キミは凄いね。自慢しちゃうよ、僕。」
「アリエス様、あの方を許してあげて下さいね…?」
「僕のティアナに弓を向けた奴を許せと?」
「私に被害はありませんでした。私が気にしないのですから。それに…あの人はもう、悪いことはしないでしょ…きっと。」
「可愛いティアナ。君は本当に…うん、可愛い。大好きだよ、ティアナ。」
「…そんなんだから、呪文を間違えるのでは。帰ったら、もっとちゃんと褒めて。」
「まだ、お腹ちょっとだし大丈夫だよね…?」
「そういうことじゃありません!」
周囲のもの達や、侍女たちは―。
ティアナをじっと、見つめていた。しかし、拍手をしたりはしなかった。
皆、ただ、彼女を、まるで聖女を見るように、祈りの手を組んで見つめた。
やめてください!それはなにか違うのでは!?
彼女ら姫たちは、少しづつ、大人になって、強くなっていく。
アホな若き王様を、時に追い越して。




