第25話 「弱さと奇跡」
蜘蛛の網が完成する前に、叩き壊す。自らの役目を果たす為、アリエスが奔走する。
ハイファンタジーです。TRPG・RPG。リプレイなどお好きな方ぜひ。
第25話です。
アリエスは、アークマスターとして初めて命を下した。
ツァルト、ファルトラント、連合都市国家エリゴール、ダッカーヴァ公爵領、パナティモア公爵領。東側全ての国に、相次いで魔術師を派遣し、常時、国内の異変をを見張らせた。
「“ディテクション・エビル”」を唱えた魔道師団に、一定の時間で上空から偵察させる。
各国の王にも内密の動きだ…父は別として…。<魔術の塔>=ツァルトと捉えている国は少なくない。
同時に、魔術の塔本部では、アリーナを使い、巨大なゴーレム兵器を製造する。
先だって、魔族との戦いで有効だったゴキブリ型の陸上船。恒久化魔法で組み立てて行く。ドワーフの工房からも力を借りる。
…まるで、戦争の準備だ。勿論、戦争の相手は<奈落>側の魔族なのだが…。
そもそも。なぜ、魔法を使えるヤツが多い魔族が、国に単体で攻め入らないのか。
それは、人間側にも、「見破る魔法」があるからだ。しかも、初級魔道士から使える。
壁越しは無理でも、目の前に居れば気付く。上級魔道士には、パッシブにしている者も居る。
だからこそ、仮に魔族が単体で侵入するならば、そいつは、狡猾で、知恵があり、強い。
間違いなく。
ただし、郊外となれば別。
視界に居なければバレないのだから。郊外にまで目が届くわけもない。
ムリなのだ。全てカバーするなど無理。
理性では判っている。でも、動かずに居られない。誰も、理解はしてはくれまい。
――アイツの恐ろしさを、身を持って知っているのは、僕だけだ。
アリエスは、この行動には闇の相棒を選んだ。
吸血の姫、シャルロナを。
<銀>のハイメルが危惧した通りに、アリエスは動き出していた。
――――――――――
その石橋には、つい最近、魔物が住み着いた。夜になると、網を張る。
真に、網を張る。巨大な、蜘蛛だった
長い手足。黄色と黒の縞がある、ひし形の体。
橋の裏側にぺったりと引っ付いて、夜を待つのだ。
まれに、キャラバンでも通れば、餌食だ。
多すぎる敵ならば、素通りさせることもある。狡猾に。闇の中から、獲物を伺う。
約4mもある巨大な体。並の冒険者ならば、恐怖に動けまい。
――この日は―――向こうから、2人の人影が近づいて来た。
若い男と、若い女だ。
男の背中に寄り添う女からは、風に乗って、魔物の香りがした。
魔族か 魔物か オマエのエサか そうであっても 奪う
男が、橋の上に。中央に差し掛かったっところで、蜘蛛は表に躍り出た。その長い脚で、男を捉えようとした。
何故だ なぜこの男の周りに見えない障壁がある おのれ 魔術師か
女が、走り寄って来た。男を奪われまいとするのか。一緒に食らいたいのか。
女は、迷う事なく、蜘蛛の足を一本、不格好な蹴りでへし折った。
何を 何をする 愚か者め
女の目は赤く光り、牙が見えた。
ああ 吸血鬼ではないか 魔族ではない アンデッド だが 同じ 闇の魔物 なぜ
その瞬間に、男の頭上には、冗談かと思う様な、巨大な炎の塊が浮かび上がっていた。
直径20mは有ろうかという炎の塊。赤々と周囲の全てを照らし、ここは灼熱の魔界なのかと錯覚する。
人間なのか いや 何であれ 化け物で 敵
蜘蛛は、素早く逃げようと思った。
吸血姫が凄まじい力で長い足を掴んで、離さない。
「むふー、力持ちのあたしー。」
なんだ この馬鹿 は。
巨大な炎が、蜘蛛を焼いた。
不思議なことに、吸血姫は燃えない。
まるで、その魔から何かが逃げ出すことを怖れるように、完全に包み込む。
蜘蛛は、苦痛の絶叫の中で、その男を見た。
男に叫びたかった。
「俺は、人間だー! いや 人間だった! 魔族に誓うまでは!」
炎は全てかき消した。無慈悲にかき消した。
否、アリエスに慈悲をかけたのだろう。アリエスには聞こえなかった。
魔物になった男の後悔など。
――――――――――
森が腐ったニオイを発している。
エルフのキャステラには見せられない。精霊術師メイフェアにも見せたくない。
エリゴール郊外の森。
森の奥に、屋敷があった。
屋敷の扉を、2人の人影が遠慮なくこじ開ける。
立派なガウンローブを纏った骨ばった顔の男が、らせん状になった階段の上、二階から怒鳴った。
貴様ら!何者だ!ワシがエリゴールマテッサの伯爵と知って来たのかぁ?
兵ども、処刑せよ。処刑以外にない。
生気のない兵たちが剣を抜く。
女に切りかかろうとした男は、女の瞳を見て、ピタリと動きを止めた。まるで魅了された様に。
男に切りかかろうとした兵士は、男が何かを呟いたと同時に足元に崩れ落ちた。まるで眠りに落ちたように。
続いて男が唱えた呪文で、周囲の人間たちがパタパタと倒れて行った。
ガウンローブの辺境伯は怒り狂い、怒り狂って、怒り狂って、自分の顔を引き裂いた。皮をはぎ取った。その下には、蟲の顔があった。
「腐った森の主、か。食われた辺境伯に代わり、お前に処罰を。」
「処罰だと? 魔術師、魔術師、ははは、魔術師! “アンチ・マジック!”」
蟲は、対魔法の呪文を唱え、背中に固く黒い羽を生やし、2階から飛び降りて来た。
カウンターで、少しサマになったケリを蟲の腹に決める少女。
蟲は、壁に吹き飛ぶ。
「何故、邪魔をする!吸血鬼!」
「むふー、かっくいいあたしー」
なんだ、この馬鹿は。
「アンチマジックを使えるとは、すごいね、素直に感心するよ。」
若い男が呪文を唱えた。無駄なことだ。
「“究極呪文、ゲートブリンク・スペル・ライトニングジェム”」
対魔法の球状防護円。その内側に呪文を飛ばす。ただ飛ばすだけでは、アンチマジックを超えられない。だから、空間を跳躍させる。呪文を物質化して放り込む。ただし、時間停止と同じランクの究極呪文。
「馬鹿なー!対魔法を抜けてくる!?」
まずい、まずい、まずい、まずいー!
防護円の内側で、宝石が破裂し、ライトニングが激しく輝く。
アンチマジックはその通りに機能し、外側へ一切雷を漏らさない。
…辺境伯の皮を被った蟲は焦げ付いて、動かなくなった。
――――――――――
こんな日々を続け――。
この3週間、アリエスは姫たちの元をあまり訪れていない。
連絡は入れているが、姫たちの元には行っていない。
代わりに、様々な町で村で、辺境で、魔物を打ち倒す2人組の噂が広まっていった…。
アークマスターと、その恋人であるらしい…。
アークマスター? ツァルト魔法ギルドの長が? 直々に? 冗談だろう。
しかもそんなに若いのか?
歳をとらんのだろう? きっと本当は200歳とか500歳とかだろうよ?
ああ、なるほどね まるで 化け物だな アークマスターか
ようやく、一度、塔へ帰った。
シャルロナを小屋へ送り。
アリエスはそのまま、魔術の塔10階(真)のベッドで。
倒れた。
アリエス!アリエス!しっかりしろ!何があった!?
当然、このアリエスを発見するのは、この部屋の主を自称するエディ。盗賊姫エディ。
バルコニーに、人影が立ち、エディはハッとする。
「シャルロナ?吸血姫、シャルロナ?」
「そう、カワイイあたし。人呼んで、あたし。」
「……何か知っているのか?」
「冗談はさておき、ここはカワイイあたしに任せるといい。」
「……」
シャルロナは、エディに、影に隠れている様に言った。
「たまには真面目なあたし~」
―――――――――
「アリエス、起きろ。起きろ。」
シャルロナは、棚にあった酒を勝手に持ち出し、アリエスの口にがぶがぶと注ぎ込んだ。
<何やってんのあいつ…>エディは影で呟いた。
「ぶは…、ああ、寝てたのか…」
アリエスはキョロキョロと周囲を見渡し。
「エディは離宮なのかな」
「そうらしい。オマエ―、気絶してたぞ。」
「気絶?はは、そう?」
「何笑ってんだよー。と怒るあたし。」
「ちょっと疲れただけだよ」
「この3週間。ロクに休まず、世界中で化け物退治。お前~えらい~えろい~」
「なんで!?」
「東の救世主~えろい~!」
「なんでえ?」
「でも、ありえす。それは。」
「ん?」
「オマエの姫たちが喜ぶことなのか?」
「カワイイあたしが、何も考えないで手伝ってたと思うのか?」
「キツメの綺麗な盗賊オンナは何ていうんだ?」
「オマエの館のカワイイ侍女は?」
「エルフの物知り娘は?」
「アークマスターって、1人で命を張る仕事なのか?」
「何で言わないんだ~?助けてくれって」
「はは、大丈夫、ちゃんと言ったよ。塔の実力者、ハイメルに。」
「違うぞ。オマエを好きな子達に、だぞ」
エディは、物陰で、壁にもたれながら、すっと涙を流した。
ああ、このヘンテコ吸血姫、一生懸命説明してくれてるんだな。このバカのことを。
違うんだ、アリエス。私がお前に欲しい優しさは、私達の為に犠牲になる事じゃないんだ。
「オマエ、本に出て来た“神祖”に似て来たぞ~。オマエの御先祖なんだろ~。」
「なぜその名を?」
「“マーリーン伝”に出て来たぞ~」
「あ…なるほど…」
「…強すぎて、誰も信じて無くて、全ての敵に一人で向かって一人で勝って。マーリーンは、そんな風に背負わせたことを後悔してたんだってさー。」
「なー、ありえすー。カワイイあたしも、オマエが好きだぞ。」
「も?」
アリエスの背後から、良く知った暖かさが、背中を抱きしめる。
…何も責めず。何も言わず。強く。
「そうしないと勝てない敵なら、辺境に逃げてもいい。私は、ついて行く。」
「でも、戦わないといけない敵なら、一緒に戦う…足手まといは知ってる。そうじゃない。一緒に考えて、出来ることをしたい。」
そんなことを、前にメイフェアにも言われたっけ。
でも、今までの戦いとは違うんだ。前みたいに、何でも抱えようとしたわけじゃないんだ。
先日、盗賊ギルドが丸ごと吸血鬼化していた時に、確信に変わったんだ。
後ろにアイツが居る。予想でしかない。だけど、多分それは事実だ!
あの女が!怖ろしい女が!命を奪うより怖ろしい、魂を汚し食らう女が。
そいつがキミ達に触れたらと思うと、怖ろしいんだ!
これ以上、アイツの網が広がる前に、潰す!僕がやらなきゃ!
アイツの恐ろしさを知っているのは、僕だけじゃないか!
まだ見えていない危機に対応できるのは、僕だけじゃないか?
網を潰すんだ。引き摺り出せ。アイツを表に。戦いの場に。
…こんな、アリエスの為に。
数日前、アリエスに慈悲を掛けた女神は、シャルロナを通じて、もう一度、小さな奇跡を…。
もう一度、ほんの、ほんの少しの小さな奇跡を起こしたらしい。
「おまえー。何がそんなに怖いんだ。オマエは強いのに。あんまり怖がってると、バルザ・ヤガに魂食われるぞ~」
「はは、それも、この前の本?」
「そ~。あたし、こえー。突っ返そうかと思ったあたし。」
アリエスの中で、何かが弾けた。
「…魂を…? シャルロナ! その本、持ってきて!!見せて!!」
「えー?怖いよ?」
「いいから!!」
吸血姫は渋々、煙になって小屋に向かう。
―――2人が心配そうに見ている前で、アリエスは素早く、本に目を通した。
「ありがとう、シャルロナ。ありがとう、エディ。」
その笑顔は、アリエスらしい笑顔だったように思う。
2人は、そう思う。
「この本、実在する魔女について書いた本だ…」
なんの根拠も無いけど。それでも、確信できる。
「…コイツが、僕の敵だ。」
姿の見えない敵は、自分の中で膨れ上がって、どうしようもなく大きくなっていた。
焦りが、判っていても自分を駆り立てる。判っていても。
アリエスは、深く息を吸った。
忘れてたな。僕。お気楽王子で通ってたんだった。
だれも、僕に期待してないでしょ。僕にしかできない事なんて、そんなに無いでしょ?
アリエスは2人を一緒に抱きしめた。
シャルロナは屈託のない笑顔で。エディはシャルロナを見て、やや複雑な笑顔だった。
――私は、純粋なる邪悪でありたい。美しい悪で。
本の中で。 魔女は、そう言って、妖艶に微笑んでいた。




