第19話 「悪意、芽吹く。」前編
魔術師ギルドを継いだ、だらだら好き・女の子好きの王子、また一つ、新しいものを背負っていく。
ばら撒かれた悪意があっという間に芽を出す。第19話、前編です。
お時間のある方、TRPG、RPG好きな方ぜひ。
善意より、悪意の方が効果は早い。残念ながら。
ある家族にとって地獄となったそれは、アリエスと、1人の姫にとっても悲しい選択をさせた。
だが同時に、誰かの強さを引き出すこともある。
でも、だから良かったなどど誰が言うのか。そんなもの、外から見た慰めでしかない。
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ある日。王宮に、皇太子レオは弟妹を呼びつけた。
勿論、アリエスも嫌々参加した。
「聞いてくれ、弟よ、妹よ。俺は、近々婚姻する。俺の妻は、ファルトラントの公女、ユレニナ姫。」
兄弟たちは一様に驚いた。ツァルトはファルトラントから独立した国。つまり、ファルトラントが格上。
「…兄上がファルトラントの姫と恋仲とは知らなんだが…兄上が嫁ぐという訳だな?」
「…そう棘のある言い方をするな。トーラス。」
兄は次男に優しく言う。
「詩のように言えば、俺もまた、権力より愛を取るという訳だ。王の座、お前達に任せる。
叔父上の所のウィンダルとアケロニオ、お前達の誰かが、次の王だ。」
「…俺は武人だ。玉座に興味はない。」次男トーラス。
「わたくしは既にファルトラントに嫁いだ身。見守りましょう。」長女リブラ。
「アタシが権力握ったら贅沢しかしないわよ?やめとくわ。」次女パイシーズ。
「第3王子の僕は論外で良いですよね?」これはアリエス。
異国の星座から名付けたという、5人の異母兄弟。
この後、兄から告げられた一言で、アリエスは苦悩することになる――。
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ダッカーヴァ公爵領。ここの盗賊ギルドは、既にツァルトの手中にある。
既に数か月経ち、ツァルト盗賊ギルドマスター<黒のK>の信頼厚き副官、<白金のリオンズ>の支配下にある。
アリエスはこの日、<K>の紹介で、<白金のリオンズ>の潜むダッカーヴァ城下町地下に。
やぁどうも。僕がアリエスですよ~!
目つきが当然のように鋭く、額に真横に走る傷がある。髪は白く、通り名はココから来ているのだろう。そんな男が、アリエスをじっと見つめた。年は20代後半だろうか。
「…<K>のお気に入りで<盗賊姫>のオトコだという若者…ねぇ。」
「そうですよ~!<K>がお気に入りって言ってたの?照れるなぁ。」
「…アークマスターねえ。」
「そうですよ~。お気楽にね~。宜しくねえ。」
「…本題に入ろうか。それほど、無駄話をしている余裕はないと思うぜ?」
「おや。」
「先日、女子供を買いたがるヤツが来た。」
アリエスの目が少し厳しくなったのを、リオンズは見逃さなかった。
「勿論、今ここでそんな商売はやってねえ。誰かさんのご命令で出来なくなった。だから断った。」
「ふむ。ありがたいね」
「…ところで王子、ここ数日、子供が行方不明になっている。女もだ。」
「…ふむ。」
「そこで、その男をつけてみた。ど素人で簡単すぎる仕事だったよ…そいつ、何処へ入ったと思う?」
アリエスは首を振る。
「ダッカーヴァ侯爵、カフカル殿のお屋敷ってぇアツイ所さ。」
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事件としては、余りに稚拙で。
容易く足が付くほど幼稚で。焦りすら感じられる。
カフカル侯爵の館へ、一人の少女、エスティが訪ねた。勿論、入り口を屈強な門番に止められたが、「ここで、私のような者でも働けると聞き参りました」と言うと、すんなり通された。
普通は有り得ないことだ。
侯爵家の門は今、それほど緩かった。
執事がエスティに幾つか質問をし、働き口の希望を取る。
「食事でも、お洗濯でも。」
「では、皇太子のお守り、遊び役などは出来るかね?」
痩せた、豪華な燕尾服に隙間を感じる程痩せた初老の男は、エスティに皇太子のお守りと言う大役を告げた。
あり得ない。どこの誰とも、馬の骨とも判らぬ小娘に。敵かも知れない、命を狙うかもしれない小娘に皇太子のお守り?
「え!?そんな大役をわたしがいいんでしょうか!?」
「良い良い、遊び相手は多い方が、良い。」
地下へ降りる。地下?皇太子が?
奥まで進み、分厚い鉄の扉。嫌な音を立てて、うす暗い部屋が開く。
…突然、背中を強く押され、転げる。
左右から、兵が両手を押さえて来た。
「な、何をするんですか!?」
2人の屈強な兵は、エスティの片手を鉄の枷で捕らえた。
「大人しくしろ!死ぬわけでは無い!」
「は、はなせえ!!」
暴れるエスティの前に、奥から貴婦人がやって来た。
首に。手首に。体中に、包帯を巻いていた。赤子を抱いていた。
「暴れないで。ごめんなさいね。殺しはしない。でも、エサになって。許して。」
赤子の目は赤く、赤く。首を振り暴れている。赤子の泣き声ではない。うめき声をあげる。
「ううう、ごめんなさい…うう…」
貴婦人は涙を流していた。
エスティは、急に。大人しくなり、男の声になり、言った。
「侯爵夫人…あのパーティーでお披露目された赤子が…なんという事…」
アリエスは、変身を解き、「“アンロック”」解除の呪文で手枷を外す。
2人の兵が、剣を抜いた。
「僕にかなうわけが無いでしょ。剣を仕舞え。」
男たちはたじろがなかった。至近距離なのだ。魔術師がどうだと言うのか。
2人は迷わず剣を振るった。
ガギッと嫌な音がして、剣はアリエスの“メタライズ”された硬身に弾かれる。
「“テレキネシス”」
2人の兵士を壁に叩きつける。殺さない。情けだ。
アリエスの目の前に、四つん這いの赤子が…牙を立てに来ていた。
…吸血鬼…赤子の吸血鬼…。
シャルロナとは違う、知の光を持たない赤い目。…獣の目。
アリエスは、触れることなく、赤子を宙に持ち上げる。
母親が、侯爵夫人が叫ぶ。
「やめて!その子は被害者でしかないの!やめてー!殺さないでー!!」
奥から、走り寄る別な足音。
大きな剣を抜いた、侯爵本人。ノエルの、叔父。この国の、第2位の権力者。
「やめろ!ツァルトの悪魔道士が!皇太子を襲うとは許しがたい暴挙!ノエルも悲しもうぞ!」
「ノエルの名を利用するな!何人の人間を犠牲にした!?」
アリエスの怒りに火が付いた。姫の名を出すことは許さない。
「こ、殺しては居ません!みな、血を吸って衰弱した後は別の部屋に移しているのですー!」
「言わんで良い!!ツァルトの魔道士などに!!」
夫人が、アリエスに跪いて懇願する。
「殺さないで下さい!息子は吸血鬼に襲われたのです!ある日突然に、呪われた存在になった可哀そうな子なのです!」
「初めは私たちの血だけで何とかしようと思いました!夫も血をくれた!でも、もう足りなかった!僧侶も無理だと言った!死霊術死すら無理と言った!」
「貴方はツァルトの実力者なのでしょう!お助け下さい!お助け…ください…どうか!どうかぁぁぁ」
若い夫人は、嗚咽を零しながらアリエスを見つめる。吸血の赤子を抱きしめる。
赤子は、そんな母の思いなど知らぬがごとく、肩口に噛みつき血を吸い始めた。
侯爵が、呟く。
「一瞬で、終わったのだ…我が子が玉座に座る夢も…家族で笑う日常も…一瞬で…。とうに、この地位など…諦めた…でも、我が子は、諦めきれぬ…」
アリエスは、我が塔にかくまう、可憐な吸血姫の顔を思い出す。
僕は、彼女を破壊しなかった。今も、匿っている。まるで、隠した恋人のように。
彼女は、人を襲わないじゃないか…。
――でも何が違う?殺して、良いのか?この赤子は、被害者だ。シャルロナと同じ。
<王子。世の中には、あるんだよ。どんな力でも、取り戻せないものが。悲しいことに、あるんだよ>
「…夫人、このままでは貴方は血を吸いつくされて死ぬ。そして、吸血鬼になる。」
「…かまいません…」
「そしてあなたも、誰かを襲う。」
「…うぅ…」
「…あなた方家族を。石にする。何百年先でも…いつか。」
「吸血鬼の呪いを解く方法が見つかったら、ノエルの子孫がこの石化を解くだろう。」
アリエスは、返事を待たず。石化の呪文を唱えた。
3人が抱き合う悲しい像を作るために。
「ありがとう…」
…小さく、夫人が言った。
続くー




