第3話 「塔を継げ!」
魔法ギルドを継いだのは、驚異的な魔力を持ち、しかし、それを台無しにする怠惰な言動が目立つ残念な王子。今日もギルドの為に渋々働きます。
「あの~ハイメル?この部屋にある魔術書は全部理解したと思うんだけど~」
アークマスターの間。その外側から、<銀のハイメル>の笑い声。
「ほっほっほ…判っておられぬようですな。もう少し、頑張りましょう。」
えー、この魔術の塔10階。書庫に置かれる最上級呪文は一通り覚えたけどな~。
背面。扉。左側面、書架。右。机。袖机。魔法の燭台。大陸地図。正面。質素なベッド。鏡。鏡台。
しかし、大陸地図には魔力を感じないし。裏をみても…じーっ。特に隠された部分は無し。隠し書庫もなし。
鏡。魔力を感じるけど、特に反応なし。ていうか、魔力の理由は壊れにくくするためでは。多分、割れない。
「鑑よ鏡よ鏡~?」呼びかけてもダメ。
と言うわけで、アリエスは宿題を置いて逃げることにした。今日は~やめ!
――――――――――
「…んで、逃げて来た。」
「うん、すがすがしい程、根性無し。」
アリエスの向かいに座っているのは、幼馴染のメイフェアではない。冒険グループの仲間、シャリー。
バトル・プリースト。大型のヘビーモールを腰に引っ提げ、実際アリエスより背が高く屈強だ。筋力もそこらの男どもに負けない。だが、にもかかわらず、非常に人目を引く、俗にいうワガママなボディーラインの持ち主である。
「認めます。僕に根性は要りません。常に明るく、適切に手を抜く。それがモットーです。」
「シャリー、少し<色>を上げる努力させて。説得して。」
スモークチキンを運んできたメイフェアが、そのままシャリーの横に座る。
「ムリムリ。根性の無さだけは世界一だよ~。強いことは強いんだから冒険だけで稼げばいいじゃん。」
シャリーは既に諦めている。
「わかってらっしゃる…で、冒険も面白い内容じゃないと嫌だけど。」
「とことん腐ってるなぁ。」心からのメイフェアの感想。
「それはそうと、シャリー、また、おムネ大きくなったのでは?」
「ほう、判るかねアリエス君。ドキドキしちゃうかね?」
「女の人はそれ何歳まで成長を続けるんだい?一生?」
「あるわけないじゃん。オトコノコはどうなの~?一生成長して大きくなるの?育つの?」
「えーそれもないでしょう~?でも育ってるよ~僕だって~。毎日栄養あげてるよ~?」
「ほんとか~見せろ~?あたしのと違って見せてくんないと判んないからね~。」
「えー、見たい?」
「ちょっと!あんたたち!どうして2人揃うとえっちな話になっていくの!やめて!」
メイフェアは本気で嫌がっている。それがまた2人には面白いので更に揶揄われるのだが。
そんな折。アリエス達のテーブル横、細身の黒い影がすっと立つ。
「やぁ、来たね。エディ。」
「あ、話してたコだね?」
アリエスは、新しい<仲間>を紹介した。
「…私はまだ、仲間とは言っていない。依頼で来たまでの事。」
「そう?良かったら仲間になってよ。握手!」
半ば無理に手を取り、シャリーが硬く手を取る。
「初対面の相手を容易く信用するのはどうかな。お互いに。」
やや長めの黒髪をフードに隠したエディは、冷静な瞳で言う。
「いや。わかるから、大丈夫。」
シャリーはニッと笑ってもう一度強く手を握る。
「わたしもよろしくね。わたしはメイフェア。」
メイフェアは優しく手を取る。
「…女ばっかりか。オマエの仲間は。」
「いや?もう一人、力強い男が居るよ。でも、今日はキミと僕だけで遺跡の謎解きに。危ないようなら、仲間全員を呼ぶ。」
謎解きに私の力が必要か?盗賊の娘エディには不服な部分もあったが、ギルドが援助を決めた以上は、<アークマスター>の要望に応えない訳にも行かなかった。
「アリエス、危険だと思ったらすぐ知らせてね?」
「うん、行ってくる。メイフェア。シャリー。」
酒場を出たアリエスとエディは、建物の裏手に回るとテレポートで消えた。
テレポートする瞬間、エディの「さ、触るなっ」という声が聞こえたが、相手を送るには基本「接触」が必要なので、今回に限り、アリエスにも言い訳の余地はあった。何処に触れたのかは知らないが。
――――――――――
国の西端と南はまだまだ未開地だ。300年、魔道国ツァルトはその強大な力にも関わらず、領地をむやみに広げようとはしなかった。新しい村が出来れば、その村に常駐する兵士と魔術士が必ず派遣された。この300年、ツァルトの端であろうと、野党に襲われ壊滅された村は1つも無い。
そして、いずれの土地であろうと、その多くはかつては古代の魔法王国の影響下にあったため、開拓は遺跡と出会いに溢れていた。魔物も、見た事のない文化も。
その東端の村から、2人で空を飛んで小一時間。
この遺跡も探索済みだ。最後の部屋以外は。
最早、入り口に警備も付かず、天然と見間違う洞窟が続く。明かりもないので、<ライト>の呪文で手の平に明かりを載せる。
「声も響くねえ。」
「そうだな。」
「エディは普段から出歩きはしないの?」
「私は冒険者じゃないから。街を出歩くことは少ない。」
「勿体ないね。そんなに綺麗なのに。」
エディは。プイと顔を逸らした。
「軽くておしゃべりな男は軽蔑する。大抵、無責任で自分勝手だ。」
「わー、厳しい。でも大丈夫、僕は女の子にはいつも真面目。」
「かえってタチが悪いな。」
「えー。」
「いつでも今日の酒場に…おっと、到着だね。」
突然ひらける円形の間。正確には6角形の間。足元に砕け散った鏡。下から20cmほど宙に浮き、天井すれすれまで伸びた鏡に各面は覆いつくされている。中央に6角形の柱。正面の1面のみに鏡。同じく下から20cmは浮いている。部屋の天井には6つの光源となる魔法の水晶が埋まっており、この部屋に<ライト>の呪文は完全に不要。
「へええ、これはスゴイ。合わせ鏡みたいになって無限の部屋にいるようだねえ。」
「そうだな。不可思議な間だ。」
「…冷静だねえ、もう少しきゃあ~とか素敵~とか言っても?」
「兄さんみたいなこと言わないで。」
「…ぷ、初めて感情的になった。かわいい所あるね~。」
「うるさい。」
「まぁ、とりあえず盗賊の目で改めて調べてほしいんだけど。ちなみに、正面の鏡以外は魔法の鏡ではないよ。正面の鏡に魔力はあるけど、触ってもテレポートしない、光りもしない。中にも入れない。」
そう。何のためにあるのか、判らない。勿論、先遣隊がとうに調べている。ちなみに今回も、<銀のハイメル>の指令よる強制労働だ。
―――エディが調べ始めて、少し時間が経った頃。
「アリエス。何か匂う。スモークみたいな。」
「はい。コレ。」
アリエスはエディの口に干し肉を突っ込んだ。
「はひをふふ!?」
アリエスは笑い出す。
文句言いながら干し肉をそのまま噛んでいるエディに、ミルク酒の入った瓶を渡した。
「のんびり行こう。なんの成果が無くても怒られない依頼だから。」
「まっはふ…へきほうなほトコだな…。」
アリエスはエディの近くでマントを敷いて横になった。
「キミも疲れたら隣においでよ~。」
「オマエの横に寝転がるなど自殺行為だ…ついでに言うと人が働いているというのに。」
その後も暫く、エディは丁寧に鏡を調べ上げていたが、手掛かりは見つからない。
アリエスは、既にマントから外れ、冷たい石の上で大の字になって転がっていた。
…寝ていた。
エディは思う。
良く寝ていられる。この間の安全が確認されたわけでも無かろうに。子供みたいだな。
この男の戦闘力は身をもって知っているが、こんな寝込みを襲われたら終わりじゃないか?
…私を信用しているのか?
エディは、アリエスのマントの上に横になった。少し。疲れた。
…へんなヤツ。
「ねぇ、エディ。」
「ん?すまない、私も寝てしまったようだ…」
「うん、可愛い寝顔だったよ。」
エディはプイと横を向いた。
「エディ、もしかしたら。」
大の字になったまま、アリエスは呟いた。
「この部屋、<上下、逆さま>なんじゃないかなぁ?」
―――――――――――
飛行の呪文を再びエディにかけ、天井に張り付く。逆さに立ってみる。エディの長めの髪が逆立ってアリエスはプッと吹き、エディは真っ赤になって睨みつけた。
光源の根元に古代の文字がある。
「この光に触れると、中央の柱が回る。鏡の向いた方に恐らく。」
「恐らく?」
「扉が開くんじゃないかなぁ。」
「最初は行ってきた時に鏡は正面を向いていた。」
「そう、盗掘に入った者たちか遺跡の探検か…何にせよ、<裏から>、鏡を割ってしまった。」
アリエスは、下の文字を見て、一つの光に手をかざした。
<ドワーフの名高き芸術家ドトムによる、金細工の虎>
中央の柱が動く。鏡の向いた方向の、外周の鏡へ光が伸びる。
外周の鏡は白くすすけたガラスに変わり、中には豪華な飾り台と、その上に純金の虎の像が。
アリエスとエディは顔を見合わせてニヤッと笑った。
<エルフの音楽家マニフェスキロスによる、水晶の弦楽器>
<行方をくらませた某国の王、ライドシアニの白金の王冠>
<風の精霊王ブリュフフナによる、風纏う宝剣>
<白竜王ホルツァニゴスによる、解けぬ氷とプラチナの指輪>
「古代の…宝物庫じゃなく…展示室。又は装飾の間、だね。」
2人は文字通り、宝を手に入れた大泥棒の様に大笑いしながら、宝物を回収する。勿論、ギルドへ送るのだが。
「エディ、どれか一つ、君に捧げる。好きなものを。」
「え?本気で…?」
「アークマスターは、僕。」
エディは、困った素振りながら、微笑んで
「じゃ、じゃぁこの白竜王の指輪を…もらっていいか?」
「多分、氷の魔法が封じられている。人気のない所で試して見るんだね…。はい。」
「じゃぁ、残りは送るよ。<テレポート…銀の間へ>」
「ふふ、鏡が1つ壊れていたのが惜しいな。」
「さっすが盗賊。」
「当然だ。」
「エディ。キミをテレポートで、盗賊ギルドの<謁見の間>に送る。次に来るときは<雇う>ことはしないけど。いいかな?」
「………」
「仲間は、雇わないでしょ。逆にキミが僕を必要な時も、依頼じゃなく。呼んでいい。」
「後悔するぞ、きっと。」
「するのは、君の方…<テレポート!>」
「ちょ!触るな!」
また怒られたヤツが居るようだが、よくわからない。
――――――――――
「お見事でございます。マスター。宝物庫にすでに移動して御座います。」
「でしょー、今日は疲れたからねる!」
「今日の所は、ご活躍に免じ、お休みいただいて結構。では、ごゆるりと。」
といっても、城に帰ってから寝るわけで。その前に、メイフェアのとこ顔だしてから行くか…。
アリエスは、アークマスターの間の鏡を見る。
魔法の鏡。…鏡。
この塔が作られたのは300年前。しかし、真祖は古代魔法を継いでいる。そして、僕に塔を継げと言った。
机の上の、魔法の燭台を灯す。
もし、あの遺跡と同じ方法だとするなら…。
アリエスは、熱さを恐れず、勇気を出して燭台の炎に手を近づける。
鏡は、白く渦巻く光になった。
アリエスは、渦に向かってみた。引き込まれていく。ゲートだ。
景色が、一瞬で変わった。
アークマスターの間と同じ広さ。円に沿って豪華な生活空間が並び、大きなベランダがある。夕日の景色が飛び込んでくる。暖炉が、永久に燃える炎を揺らめかせる。
アリエスは、ベランダに立った。
「これが真の、魔術の塔…」
10階。その眺めは童話にあるような美しさで、周囲は落ち着いた背の低い緑に溢れ、小魚が立てる揺らぎの他はさざ波しかない、鏡のような湖の中央に塔は立っていた。僅かな僅かな陸地の上に立っていた。視界の端には濃い霧が立ち込め、まるで、この世界が外界から遮断されている様に見える。
部屋の中へ目線を戻す。部屋の端には、下への階段が見える。アリエスはそちらも覗き込んで、息をのみ込んだ。螺旋階段が、部屋の端からすぐに塔の中央へと移動し、その下は…。
見えなくなるほど、ずっと。ずっと。下まで。
全ての面に、書架が並んでいた。
「古代の…魔導書!? まさか、全部! 全部!!読めと!?」
アリエスは、深く息を吸い込んで。
「パス!!」と言ってテレポートで逃げた。
でも、きっとすぐにまた来るだろう。
綺麗な景色が好きなメイフェアやティアナに見せたいな。エディは喜ぶかな?
9階から下は…とりあえず忘れよう。 うん、僕は何も見ていないよ、真祖!!
アリエスは、逃げることにおいて、真祖より早く、そして潔かった。