第2話 「サボるな!」
ハイファンタジー作品です。
魔法ギルドマスターを強制的に継承させられた、だらだら好き、面倒くさがり王子様の物語。
お気楽に、お暇な方どうそ…。
「アリエス様、朝です。たまにはシャキッとして下さい。」
「ん~、おはようティアナ。今日も可愛いね。」
「そういう適当な発言が誤解を多々生むのです。はい、朝食をお持ちしました。」
金の髪の、アリエスより年下に見える少女は、当たり前の様にテーブルに食事を置く。
「ん~置いといて~もっかい寝るんだ~。」
「ダメです。10の刻です。今日は魔術の塔へ出勤では?」
「え~サボるよ~」
「複数回サボると給付金引かれるのでは?」
「いいよ~僕は一応王子だし食べていけるよ~」
「そのような立場を利用した傲慢さが国を堕落させるのでは?」
アリエスはむくっと起き上がる。
「ティアナはキツイな~。じゃぁ、一緒にご飯食べよう。なら起きる。」
「なんでそうなるかなぁ…いま持ってきます。お待ちを。」
ティアナは、アリエス付きのメイドだ。アリエスがどうやって彼女を人買いから救ったのか彼は誰にも言わないが、その時から、彼女はずっと城に居る。13の時から。
日の差し込む白い部屋で一緒に食事する2人は、恋人にも見えるし、兄妹にも見えるし、ただの上下関係にも見ようと思えば見えた。
―――魔術の塔、1F。最も広く、凹の字型の校舎のよう。大陸中から多くの魔術師の卵が集う。
最低ランクの<灰色>は10歳から学べる、まだ呪文を使えない者。アリエスの属する<白>が次、<黄>がその次。与えられた試練を超えてのみ、昇格が認められる。
「さて、<白>の第10~15部隊の諸君、本日は青磁堂の中で修練を行う。」
えー、面倒だなぁ…。真祖も面倒くさいシステム作ったなぁ。
基本、下の階級の修練は2つ上の階級が行う。この場合、<緑>。既に飛行やファイアボールなどが使え、実践に出て遜色ない者。
円形の体育館のような大ホールに向かって25名が歩いている時。
アリエスは、小さな人影がすっと物陰に潜むのを感じた。
だが、殺意や悪意は感じられない。アリエスは一度、すっと気づかぬふりで通り過ぎた後、僅かに顔を出して様子を窺った。
再び、人影のある方へ近づく。黒い人影は、気配を殺し、上の階を伺う。すっと動き出し、学舎ではなく塔の入り口に入っていった。
(ん~、お手並み拝見だなぁ。僕に見つかってるようじゃ、この塔の3階にもたどり着けないよ?)
アリエスは修練を無視して、影を追って本塔へ入る。
そしてあっという間に。
「待て!侵入者だ!捕まえろ!」前方から小柄な黒い人影は走り降りて来た。
(まぁ、そりゃそうだ。ムリムリ。)
追っているのは<緑>の魔術師。
(あ、殺されるかも。余裕ないだろうし。)
「”インビジブル”」黒い人影の姿が消える。
その影も何が起きたか判らないだろうが、魔術師達は人影を何故か完全に見失った。
魔法の目には、人影が両手を広げて「?」のジェスチャーをしているのがわかる。面白くて、アリエスはすぐに声を掛けた。
「今、君は消えているから見えていないのさ。話を聞いても良いかな?一応、僕、命の恩人。ね?」
―――魔術の塔、学舎の裏庭。素直に消えたままついて来た人影の魔法を解く。
黒い影は、観念したように、覆面を取った。長めの黒髪の、瞳の大きな美しい少女だった。
「捕まったら、この手紙をすぐ見せるように言われている。言っておくけど、私に危害を加えようと思わない方がいい。私は盗賊ギルドの者だ。この魔術の塔と盗賊ギルドの繋がりは知っているな?」
少女はツァルトのギルドの証たる”喰いあう竜と蛇”の柄を持つダガーを取り出す。国民の間でも有名な話だ。
<アークマスターへ問う。我らの結束は永劫か否か。
************************************************************************************************* K ギルドマスター >
「ふうん、判った。アークマスターへ伝えれば良いんだね? 僕に任せなよ。代わりに、君の名を聞こうかな。勿論、通り名でもいいよ。」
「…黒のエディ。」
「そっか。綺麗な黒髪のエディ。気をつけて帰ってね。それと、塔の上階は魔法のトラップだらけだよ。侵入できるのは2階まで。一般にも開放しているからね!」
薄皮の黒いレザー服を脱ぎ、町娘のような格好になり、黒髪の少女は足早に去って行った。
ギルドの通信は、魔法の聖水を手紙にかける。たしか、そのはず。どれどれ…。
<アークマスターへ問う。我らの結束は永劫か否か。
盗賊ギルド謁見の間へ、今宵独りで来られたし。新たなるアークマスターが先代同様に賢きものであることを期待する。尚、この手紙を持っているのは我が妹。妹に手出しするようであれば当然我らの契約は破棄される。 K ギルドマスター >
うん、夜まで暇。メイフェアのとこ行こ。
アリエスに、修練に戻るという殊勝な心は無かった。
―――――――――――
「はい、今日も来ちゃった。ミルク酒とスモークチーズね!」
アリエスは、空いている席を探しながら、常連たちに手を振る。
昼間っから皆さん僕と同じ暇人ね。
メイフェアは、アリエスの席にいつも通り、ミルク酒とチーズを置くと、そのまま向かいの席に座る。
「今日はこれ奢るから、頼みがあるんだけど。」
「何?」
「部屋に来てくれる?」
「何、やっとその気になったの?」
「いっぺん死になさい。」
「えー、つまんない。」
「たまに真面目にお願い。困ってるんだから。」
アリエスは渋々ついて行き、酒場の裏手の屋敷に入った。意外なことに、メイフェアの家系は伯爵家だ。爵位を持ちながら、酒場を営み冒険や仕事の手配を請け負っている。簡単な理屈だ。祖先が建国王の友であり兄弟だった。
メイフェアは扉を開ける。年頃の女の子らしく整った部屋の壁に、一本のダガーが嫌でもわかる場所に刺してあった。柄には、喰いあう竜と蛇。
「あー!めんどくさい!」アリエスはベッドに頭から突っ込んだ。
「ちょっと!ひとのベットに突っ込むのやめて!」
メイフェアはアリエスを引きずり下ろしたあと、落ち着いてダガーを指さし、
「って訳なのね。助けて。」と言った。
「やだ。めんどくさい。怖かったら僕の部屋で寝泊まりすれば?」
「…まだそんな怖いことできません。」
「窓、埋めちゃえば~?」
「いいから合言葉付きの”エバー・ロック”の魔法かけて!”エターナライズ”して!」
「あーもう仕方ないなあ!」
アリエスは防犯対策に上級魔法を使う羽目になった。
「今夜、僕がちゃんと取引したらもう来ることは無いと思うなあ。」
「ナニそれ?」
「まあ、帰ってきたら教えるよ。」
―――――――――――
さて、アリエスは。盗賊ギルドの隠された扉に近づく。
完全に黒いフードで顔を覆い、我ながら明確に怪しい姿と思っていた。
入口の近くには、何の関係も無いように振舞いながら見張る2名の男。
「眠れ。”スリープ”」
2人の男は壁にもたれたまま、動かなくなった。
さて、中には入ったこともない。無駄に迷うのも間抜けだ。僕を値踏みするつもりなのだろうが。
「”スルービジョン” 透視…普通の壁ならぼんやりは見えるでしょ…あれかなぁ、広いとこ。<謁見の間>。」
悪いね、値踏みされる程の駆け引きパスだよ。面倒だから。
”テレポート”できるんだよ。見えてるから。
<謁見の間>には、玉座の様に大きな革張りの椅子と、その前に酒や地図、金貨を積んだテーブルがある。盗賊ギルドマスターの部屋だ。
その中央に、突然の人影が現れる。
黒いローブを深々と被っているが、静かにフードを外した。
紫に金の刺し色の髪、青い瞳、細い体。柔らかく、精悍さはないが美しい顔立ち。
何より、若い。
「僕が、新しいアークマスター。アリエス・メイフィールド」
左手を、口の前に寄せ、何かを呟いた。
革の椅子にどかっと座っている男の横に立っていた少女が驚きの声を上げる。
「あ、あんたは…私を助けてくれた…!?」
男は、妹の顔を見て へえ、っと呟いた。
「もう何代も前のマスターから、この盗賊ギルドと魔術師ギルド…ひいては国との盟約は続いている。いや、はっきり俺の感想を言うと、一人の怖ろしい男に数百年支配されてきた。先のアークマスター、魔王レテネージ・メイフィールドに。」
男は、ダガーではなく剣を抜き、切っ先をアリエスに向けた。
「お前は、俺たちに何を与えられる?どんなに豊かになっても落ちこぼれるヤツは居るし、不幸な生い立ちのヤツは居て、ここに来る。オレと妹の様に。」
物陰から、数人の男たちが飛び出し、アリエスの喉元にナイフを当てる。
「おまけに、突如現れたかと思ったら、普通にナイフを当てられて殺せるでやんの。」
「いや?殺せないよ?」
「はぁ?」
「女の部屋に置いた、俺の警告の意味も判らなかったか?少なくとも俺はお前の正体を知っていたし、お前の交友関係も調べた。」
「お前の大事なものは、何時でも手に収めることが出来る。そう言いたいんでしょ?」
「判ってて来たなら、下剋上の時だろうかな?間抜けなアークマスター。」
「めんどくさいなぁ…。いいじゃない、別に試さなくたって。今まで平和だったでしょ?」
「平和?貧しさも不幸も必ずあるから俺たちが生まれるんだろうが?」
「でも、あなたは努力してそこに座ってる。綺麗なエディもそこに居る。この周りの仲間も今、僕を捕らえて笑えている。楽しく笑う事ならできてるじゃない?」
「オマエ、うぜぇ。…切れ。」
「ちょ!ちょっと兄さん!?」
アリエスの喉元のナイフが滑る様に横に動く。
ガギ、っと硬い音がした。
「壊せるかな、僕の<メタライズ…硬質化>した体。面倒だけど、力を見せることが望みなら、良いよ?」
「この野郎!?」
硬く、硬質化した体のまま、アリエスは呪文を唱える。
「究極魔法、”タイム・フリーズ”」
次に盗賊ギルドマスターが部屋の中央を見た時、そこには光の糸でグルグル巻きにされた部下たちの姿しか見えなかった。
「ど、何処へ!?」
「後ろ。」
剣を抜いて振り返る。
宙に浮いて、大切な妹を抱きかかえた魔術師が居た。
「今、10秒時を止めた。疲れた。もう使わない。」
「てめえ、妹を離せ。」
「勿論だよ。わが国で婦女暴行は死罪だよ。でもその前に。」
アリエスは腕の中のエディを優しく下ろし、言う。
「僕のチーム、盗賊居ないんだよ。武闘派ばっかで。今度一緒に組まない?」
「…考えとく。」エディはそっぽ向きながら答えた。
アリエスは、剣を持つギルドマスターにゆっくり近づく。
「先代にこう言われたんだよ、面倒なことに。<手に負えぬ魔神を私と共に異界の狭間に落とす。今後、お前達の前に何が現れようと、それは手に負えるモノ。怖れるな。大陸を頼む。私と違う暖かい世界を創れ>って。」
「どう? 君にはこの<世界>は広すぎて手に負えない?」
アリエスは右手を差し出す。
「世界…だと?魔王を継ぐ奴は、大風呂敷のお気楽王子か…。」
ギルドマスターはため息をついて、剣を収めた。
「だがまぁ、面白い。そこまで言われちゃあ、男が廃るな。良かろう。契約は更新だ。」
そっかー助かるよお~。アリエスは元気よく手を握る。
「ただし、妹に手を出したらコロス。俺の名は<K>。黒のカルロス。」
「わかった、ちゃんと許可取る。」アリエスはテレポートで消えた。
「てめえこの野郎…」
「アイツ、危害加える気無いのにどうして私をとらえたんだろ?」
妹の問いに、<K>はヤレヤレと言う口調で答えた。
「お前の大事なものは何時でも奪えるってよ。」
「あ、そう…。」
「オマエ。もう少し驚け。冷静過ぎて可愛げねえ…。」
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メイフェアを安心させてから、ギルドマスターとの交渉が無事終えたことを報告しに、アークマスターの間に飛ぶ。
<銀>のハイメルがすぐに声を掛けてくる。
「……ほう。流石流石。先代も喜ばれるでしょう。ところで、もう一つ対処すべき案件がありましてな…。」
ん?何か忘れてた??僕?
「修練を逃げ出した<怠惰な白の魔術師>に対する、追加懲罰修練でして…。」
あああーいやだああー!
面倒だぁあ!!