第9話 「北方の準男爵」後編
第9話後編です。短め。
あれから数日。周囲からほぼ敵意の視線を浴びながらも、アリエスはダッカーヴァの歴史を調べ、ノエル姫の言っていた遺跡にも足を延ばし、正体不明の女について探った。
勿論、これと言って成果は無かったが、この国が竜と繋がり深い事だけは判った。いや、もっと言えば。竜を神と信仰する、ドラゴンプリーストの一団は此処を発症にしているらしい。
それぐらいだ。あの女に勝つ方法もまるで見えなかった。
そんなある夜だが。
アリエスの部屋を真夜中に訪れたのは、麗しいノエル姫。
「まったく、貴方と言う人は諦めの速いこと。もう少し、女心を考えて行動すれば良いものを。」
姫は、ベッドに腰を下ろす。アリエスと見つめ合う。
「ノエル姫…。どうして君は、ノエル姫の格好をしているの?」
ノエルの表情が変わり、彼女の右手がアリエスの喉を横薙ぎに切る。
――固い音。ナイフは弾かれる。
「<テレキネシス!>」
ナイフを吹き飛ばし、ノエル姫は見えない怪力で身動きできなくなった。
「<ディスペル>」
そして、変身の呪文を解かれた彼女…リリュジュは、微笑んで言った。
「残念。暗殺、失敗ですね。」
「うん、思ったより早かった。行動力あるね、ダッカーヴァ。」
「仕方ありません、受け入れましょう。殺しなさいな。」
「そうだねえ。殺すね。」
リリュジュは目を閉じた。
「情けがあるなら。楽な方法でお願い。」
「殺す前に聞きたいんだけど。誰の命令なのかを。」
「殺し屋が依頼主の事を話すわけ、ないではないですか。」
「うん。そうだね。でも、僕には真実を話させる呪文がある。でも、女の子に心の呪文をかけるのは好きじゃない。うーん。でも、まぁいいか。じゃぁ、一つだけ!<スピーク・トゥルース!>真実を。キミの名を。」
「な!?く…あたしは…リ、リロウズ・ベルマ…くっ!」
アリエスは、テレキネシスを解除した。
急に自由になったリロウズは前につんのめりそうになる。
「じゃぁ、気をつけて。雇い主も、もう敵だろうし。元気でね。リロウズ。」
「は!?あ? アタシを自由にするっていうの?」
「綺麗な子は大切に。です。」
「本当に…お気楽なことで!」
本当に、良いのか。リロウズは何度も後ろを振り返りながら、衣服を整え扉まで歩く。
「アリエス王子。お気楽な貴方に一つだけ、情報を。」
「うん。何?」
「今ごろ、ノエル姫は攫われていますよ。城の最奥でそんなことできるのは誰か判りますよねえ。」
「!?」
アリエスの表情が変わる。
「何処に向かうつもりかは判りません。本当に。行方不明にして、死んだ貴方のせいにして、何処かで幽閉して、お子でも産ませる気でしょ?多分。」
「ありがとう。キミを殺さなくて本当に良かった。」
「…ふん。」
「ご心配なく。あっという間に連れ戻す。」
「…どうやって?」
「フツー出来ないことを出来るから、魔法って言うんだよ?」
…たとえ。不可能なことが、どうしようもないことが在ったとしても。
――――――――――
ノエル姫を乗せた馬車が走る。
真夜中の道を、首都を抜け伯爵の領地に向け走る。
馬車には、数名の護衛が付いている。
馬車が、急に遅くなった。馬車だけではない。護衛の騎士の馬も、護衛の騎士そのものも。
スローモーションの映像のように、ゆっくり動く。
「な、何が起きたのだ!」
言葉もスローではあったが、伯爵の執事ヘイグマンはそう叫んだ。
前方から、刃のような風が吹き、馬車の屋根部分を切り取った。
…首をはねられた騎士たちが、馬をヨタヨタ走らせ、やがて崩れ落ちた。
上空の、やや明るい夜空を背に宙に佇む魔術師が、怒りの声で言う。
「ノエルには、スリープやチャームが効かない様に指輪をあげていた。その彼女が苦しそうな顔で気絶しているという事は…。殴ったな?」
「ち、違う!私はそんなことはしていない!」
「…だろうね、警備厳重なあの部屋に入れるヤツはそうは居ない。部屋の中を知っている…テレポートで入れる魔術師でも居れば別だけど?」
馬車の中に居た兵は弓を番えた。勿論、意味のない事だった。当たるわけがない。
「<メタライズ>」
ノエル姫の体が硬質化したことに驚き、執事は人質に取ろうとしていた手を放す。
もう、人質は意味をなさない。怯えていた。兵も、執事も。
ああ、そうか。僕は間違っていた。
怯えてしまっていたんだ…。見逃していた…。
あの女は、アンチマジックを唱えたじゃないか。
僕を、怖れたんじゃないか…。僕の呪文の中に、彼女が嫌な呪文があるという事だ…。
戦えたんじゃないか…?冷静であれば…。愚かだった。
「<テレキネシス>」
兵たちは、互いに向けて弓を引き絞り、指を放した。
「お前は、今は、殺さない。話してもらわなきゃね。事のあらましを。」
執事を魔法の糸でグルグル巻きにした後、アリエスは馬車事、城の前にテレポートし、ノエル姫を起こした。そして、アリエスを見て泣きじゃくる姫を優しく抱きしめた。
―――その数刻後、伯爵親子と執事は謹慎となる。当然。爵位は剥奪されることになるだろう…命があればだが。勿論、何食わぬ顔をしていた、実行犯の宮廷魔術師も捕らえられた。
アリエスはノエルの部屋で、彼女に、ティアナやエディ、メイフェアと同じ指輪を渡した。様々な防御魔法を常に発動している。さらに、アリエスを呼ぶことも出来る。
恋人だけではない。苦楽を共にした友、<ユ=メ>と、<シャリー>にも渡している。
家族を除き、彼にとって、命を懸けるに値する人たちに。
今夜、この部屋では、信頼のおける侍女たちが寝ずの番をするだろう。
「アリエス様、アリエス様。感謝しきれませんわ。どうやってわたくしの居場所を?」
「以前渡した指輪を着けていてくれてありがとう。自分の魔力ぐらい、追えるさ。」
「今度は、もっと強い指輪を渡した。もう何も怖くないよ?。僕がついている。強大な魔術師の加護をキミは手にしているんだ。」
「お休み、ノエル姫。怖い思いをさせて、ゴメンね。」
「お休みなさいませ。アリエス様。……の王子様。」
ノエル姫とアリエスは、侍女が見ている前で何度かキスをした。
――――――――――
これで、ダッカーヴァに巣くう闇は少しは減ったのだろうか。
様子見の一週間は終わった。2,3日ノエル姫を元気付けたらツァルトへ帰ろう。
アリエスは疲れ、あてがわれた部屋へ戻った。
「あれ?」
リロウズが部屋に居た。ベッドに座っていた。
「…首尾がどうだったかくらいは聞きたくて、待っていました。で、あたしの雇い主はギャラを払うこともなく死んだのでしょうか?」
「少なくとも、もう二度とキミに会うことはないだろうね。」
「そう。待ってて良かった。次のお仕事考えなきゃいけないですね。」
「…雇い主を探してるなら、僕なんてどう?」
「…よく、自分をマジで殺そうとした女にそんなこと言えますね?」
「この城にこのまま潜り込んで、ノエルを守る役目なんてどう?幾多の暗殺方法を知るものが護衛と言うのは頼もしいじゃない?」
「…もらった命。良いでしょう。ノエル姫が良いならですけどね。」
「よろしく。」
こうして、この潜在的な敵国の城の中で。アリエスの味方は2人になった。




