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<魔術の塔>のアリエス   作者: なぎさん
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<皇太子セティス編>第10話「琴線」

徐々に、セティスは綺麗じゃない心も、世界も知っていく。知識ではなく、身を持って知っていく。

そして、急速に、変わっていく。


悪意の中で垣間見る、ウィッグの過去。

 「このデカいだけの、女らしさの欠片も身につけない土臭いゴボウ女!」


「へえそうですか!アンタみたいなのよりいいじゃん!さぞ女の経験豊かなことでしょうねー!盗賊ギルド上りのビッチ女!」


…ケンカはいつものことだ。言葉も遠慮ない。


しかし、この日は違った。


この日、ユシカが使った言葉は、ウィッグの何かに、触れたのだ。


ユシカは当然、次の罵倒が返ってくると思っていたのだ。だが実際は…。


ウィッグは、目に涙をいっぱいに溜めて、唇を震わせて、プイと横を向き、何も言わなくなった。


「な、ナンダヨ…。」


ユシカは何時もの喧嘩のつもりだったので、その反応に何か、失敗したと思った。


「おい…。」


ウィッグは少し離れて歩き、涙をぬぐって、暫し黙っていた。



 これは2日前の事。表面上、いつも通り話すようになったが、ウィッグは今日になっても、前みたいに喧嘩は振って来ず、2人の中が完全に元通りとはなっていない。


 そんな中だが、3人は新しい町に入る。


3人は今、フォルトラント北東に辿り着いている。此処からはまだまだ北だが、大陸最北の都市ルランタンは港町。そこから、大陸を渡る。見知らぬ国を、旅してみたい。セティスはそんなことを夢見ている。


この街に来るまで1週間ほど野宿で過ごした為、3人は落ち着いた宿を探した。


北西の3連砦も近いため、武装した冒険者も多い。


永遠の脅威である“奈落”。所謂地獄の釜の大穴がある、魔族の支配地域。そこが近いからだ。


とは言え、東の盟主ファルトラントの街である。決して物々しい感じはしない。



 3人は、テーブルの一席を陣取り、1週間ぶりの落ち着いた食事を取る。


なんせ、肉不足だ。獲物を取るのはイイが、捌くのは苦手なのだ。


だから、3人の主食は木の実と川魚。栄養分的には不足ないし、セティスも調理を頑張っているのだが、やはりたまには肉が欲しい。従って、テーブルは肉料理が並んでいる。



 ―――そんな折。珍しく、荒々しく扉が開いた。


此処は冒険者の宿。数人は、一斉に剣に手をかける。


冒険者の宿。命をリスクにかけた事のあるヤツしか居ない。街のゴロツキや輩でどうこうできる連中ではない。1人で街を滅ぼせる者だっているかも知れない。


5,6名の輩が、扉をカラカラ云わせ、中をジロジロ見渡した、如何にも、人を威圧するのに慣れたような男達。


目当てとなる者が無いのを確認したのか、立ち去ろうとする。



 だが、うち一人が、セティスたちのテーブルを見て表情を変え、近づいて来た。


ユシカが腰の担当に手をかける。背の大剣ではなく、腰のショートソードに。


「オマエ、ユリメリゼだな?久しぶりじゃねえか。あぁ?随分とやらかしてくれたな。」


声を掛けたのは、ウィッグに。


メリゼ?


セリスが立ち上がる。


「友達が困った顔をしています。辞めてください。」


ユシカも立ち上がった。


「帰れよ。兄ちゃん。」


オトコは、両手を上げ、言った。


「おお。おっかねえ。良いんだな?お前が此処に居たって伝えても良いんだぜ?はは、また会おうぜ。メリゼ。」


オトコは、入り口に居る仲間と合流する。


そして、何か言いながら、派手に自分達だけを見てはしゃぎながら、出て行った。



 暫く、3人は押し黙ったまま、食事をした。


「…2人とも。良ければ、明日の朝には次の街、向かわない?」


ウィッグは、つまらなそうにそう言った。


セティスとユシカは、黙ってうなずいた。


――――――――――


 更に北の小さな町、デルダ。


門を潜ってすぐ、冒険者の宿が目に留まる。


3人はすぐさま、宿の扉を開けた。正直、ここらで一仕事ほしい。



 席をキープし、注文をして、それからすぐに依頼書に目を通す。


と、背後から声を掛けられた。


振り返ると、若く背の高い、イカシた男が居る。


「ナンパはパス。悪いね。」ユシカが言った。


「ナンパ?ああ、似たようなもんだけど、モデルを頼みたい。アンタらみたいな粒ぞろいは滅多にお目にかかれない。オレは絵描きだ。1人30G。2時間ほど。絵のモデルだ。」


「ユシカ。脱げって言うに決まってる。辞めときな。」


「はは、言わない言わない。言いたいけど言わない。3人ともだ。組ポーズってヤツだ。どうだ?今日の日銭を稼ぐには良いだろう?」


「…言っとくけど。アタシは剣を置かないぜ?」


「ああ、いいぜ。部分鎧くらいは外してほしいが。」


「アタシ達を騙すのは辞めておけよ?」


「ああ。OKOK。食い終わったら、オレの仕事場まで案内する。」


―――3人は、肉を食いながら、念のための、安全策を話し合っておく。


出されたものを口にするな。


武器は離すな。


トイレは3人で。(笑)


――――――――


 さて、オトコに案内された小屋へ入る。


母屋に取り付けられた、粗末なガレージだ。


油臭い。確かに、描きかけの絵が飾られているし、あまり見たことも無い絵の具が転がっている。顔料を、何らかの油で練り固めたものだろうか。



中央に2m四方、板組の台がある。椅子が置いてある。


「ようこそ。オレの城へ。まぁ、2時間ってとこだな。1時間で休憩を挟もう。」


「手早く頼むよ。」


「じゃぁ、まずは一番手前に、一番背の低い可愛いキミ。斜め気味に、椅子に座ってくれ…。そうだな、もうちょいナナメ。」


「こうか?」


「いいね。じゃぁ、次にキミ。キミも可愛いねえ。こっちの子の肩に手を添えて、前を向いてくれ。」


「じゃぁ最後に綺麗なキミ、背が高いから立ち絵がイイ。こっちを向いて、足を少し前に

たのむ。OKOK。」



 ―――3人は、黙って立っている。


モデルは意外と辛い仕事みたいだ。同じポーズで黙っているキツさよ。


「う、動いてイイか?」


「またか。頑張ってくれ。」


オトコは、粉を何かで固めたらしい、パステルで絵を描いている。油でなくて良かった。日がくれる。



少々時間が経って。


「…よし、ここで休憩と行こう。水でもどうだい?」


差し出されたのは、銅のコップだ。ひんやりとした水がゆらゆらと誘っている。


はぁ。


3人はコップを手に取って、意外とキツイ仕事について笑いながらブツブツ話す。


セティスは水を口に含み。


…いつかと同じように叫んだ。



「飲んじゃダメだ!」


口の中で気づき吐き出したセティス。


しっかり飲んでしまったユシカ。


ぎりぎり飲まなかったウィッグ。


ガレージの両側に、弓を構えた男達が姿を現す。



「“ホリー・フィールド!”」


ユシカがうずくまって居るそこを中心に、3角形のピラミッドの様に光の壁を張る。


セティスが無事なため、なんとか、そこまでは間に合った。



「へえ。いい判断だなぁ。」画家の男は感心したように言う。


取り囲んだ男たちの中から、1人前に出て来た。


「ユリメリゼ。それとも、ウィッグかな。オレをコケにしてくれたお礼に来たぜ。」


フィールドのバリアの中、セティスはウィッグを見た。


「そりゃ、アンタに魅力がないからでしょ。逆恨みもイイ所じゃん。」


「ほうほう、相変わらず気の強いこって。その魔法が切れ次第、お前らは足を撃ちぬかれる。足の痛みはあるだろうが、まぁそれ以上にイイ思いを出来るから我慢しろ。」


画家の男が割り込む。


「おいおい、1人は俺にくれる約束だ。」


「ああ、いいぜ。粒ぞろいだが、そのチビはオレがヤる。好きな方を持って行けよ。」


「ああ、背の高いのにしようかな。」



「“リムーブ・ポイゾン”」


セティスの魔法がユシカを癒す。


ユシカは麻痺の毒液を吐いた後、苛つきMAXで言う。


「…セティス。ブーストを。10人くらい、ブッ倒してやるぜ。」


「同感だね。こんな奴らの餌食になってたまるか。例え矢が何本か刺さろうと嫌だね。」



 2人の言葉を聞いて、セティスは光のバリアの中を立ち上がる。


「…蛇と竜の紋章を持つ盗賊団か?そうならば、婦女子を襲うような真似はしないはず!」


男達は少し驚いたようだが、ニヤニヤ笑った。


「はは、東のギルドは義賊を語っているが…要するに悪党になり切れない半端なワルってやつだよ。はは。」


「そうだ。やりたいことをやって死ぬのは最高じゃねえか。生き様さ。」


「そ、そんなのが生き様の筈があるか!それは只の我儘だろう!身勝手を都合よく言い換えるな!」


「俺らのギルドは、獣さ。そう、美しい獣さ。獣は何時でも自由。なぁ。」


「狼の群れでも、彼らにとっての理を乱せば殺される。追放される。僕は、認めない。何がギルドだ!お前達は卑怯者の互助会だ!」



 ツァルトのギルドで無いことはハッキリした。セティスの怒りが、ユシカとウィッグに伝わってくる。


かといって、犠牲無しにこの事態を納められるとは思えない。


飛び道具を、既に構えられているのだ。弓矢は、甘い武器ではない。即死の武器だ。



バリアの中で準備はできる。だが、如何にセティスの神速のブーストを受けようと、無傷で済むはずが無い。約束通り剣は離さなかったが、鎧は無いのだ。


仮に、初撃を躱せば、至近距離の戦いにしてしまえば、勝てるだろうか?


一番危ないのは、中央で棒立ちになるセティス…。



 ウィッグは、武器を下にブラリと下げ、目の前の男に言った。


「…ナバル、アタシが全員相手にするから、この2人見逃してくんない?」


「へええ?」


「ダメだ!」セティスが叫んだ。


「無理すんな。お前がそんなんじゃない事、アタシも知ってる。悪党の言いなりで生きるか、アタシ等らしく暴れて死ぬか。どっちがイイか、選べよビッチ!」ユシカが言った。


「2人とも!僕は、守ると誓った!守って見せる!プリーストにだって、戦い方はあるんだ!」



 セティスは、祈りの言葉を紡いだ。


「“マス・ダークネス!”」


光源の魔法、その正反対。呪文のリバース型応用。


母屋どころか、周囲まで囲む規模で、暗闇が覆う。


「“ホリー・ブースト!”」セティスの手から2人に光が伸びる。


驚異の身体ブースト。魔法による完全な暗闇の中、ウィッグとユシカは僅かに視力を得た。


…十分だった。3人以外は、敵なのだから。


「てめえ!この野郎!」



 ここでセティスは、その中性的な声を最大限低く操って、こう叫んだ。


「弓を撃て!」


約10名の盗賊の中で、理性ある者はそれがあり得ない指示であると理解できる。


暗闇の中、弓を撃つ?


だが、1人、既に狙いは付けていたのだからと、弓を放ってしまった。


ぐあ!あぶねえ!!


誰かの叫び声。


本来撃つはずは無いのだ。同士討ちするに決まっている。


「や、やめろ!撃つんじゃねえ!剣を抜け!」



セティスはそのセリフを待っていた。向けられてた飛び道具は、封じた。


「今だ!」


セティスはフィールドを解除する。同時に、2人が神速で飛び出す。


こちらからは、僅かに見えている。一方的だ。


当然の様に、盗賊たちは、暗闇から抜ける事を選択する。後ろへ駆けだそうとする。


「“ホリーフィールド!”」


バリアを、ガレージの入り口に張った。


逃げ場を失った盗賊たちは、半狂乱に剣を振り回す。


「ちくしょう!このクソがぁー!」


最早ただ振り回すだけの剣は、互いを切り、最期には、2人にとどめを刺される。


ザク 鈍い音がして、ナバルが血を吐く。


この剣、チ、くしょう、メリゼか!こ、この裏切者…が!死ねよ…!


暗闇の中、3人以外に動くモノは居なくなった。



セティスは、闇の中、それでも祈りを捧げる。


「貴方たちの魂が、罪を償い、美しく生まれ変わらんことを。」



―――――――――


 極悪人であろうと、やはり、人を斬ることは嬉しい事ではない。


冒険者である以上、相手がモンスターではない事もある。判っていることだが。



 3人は、さすがにトボトボ歩く。


「そういや、セティス。なんで、この間使ったスゴイ魔法使わなかったのさぁ?」


ユシカの問いは当然だ。


「うん…人間自体は、邪悪な存在じゃないから、使えなかった。多分、効かないんだ。」


「はぁ。凄いけど万能じゃないんだ。」



 少し後ろを歩いていたウィッグが、小さく、話しだす。


「…あたしさ。」


セティスも、ユシカも。2人は、今日の盗賊の事には何一つ触れなかった。メリゼという名前の事も。


「古の英雄サマの血筋ってのはホントらしいんだけど。大盗賊で大商人のシオン様ね。」


「でも、シオン様の孫の代くらいまでは良かったらしいんだけど、大きすぎる商人の家らしく分裂しちゃって。足を引っ張り合って。」


「アタシの家は、もう名ばかりの貧しい家。家族で行商して暮らしてた。」


「でも、アタシが5歳の頃に、親2人は、仲良く落石で死んじゃった。頼れる親族なんて知らなかったから、アタシは近くの街で、ゴミを拾ってた。」


「んなもんだから、すぐにそこの盗賊団に捕まって。」


「最初はすぐ売られるハズだったらしい。小さい子好きのヘンタイ貴族の奴隷か、なんかに。」


「でも、団の中の、1人のネエサンが、アタシを何故か守ってくれた。アタシはネエサンの手伝いをしながら、モノを盗んだりしてた。」


「居場所が必要だった。弓を覚えて、盗みを覚えて、変装して聞き込みをして。アタシの価値を高めないといけなかった。」


「…その団ではさぁ、オンナは上のヤツの自由にできる持ち物でさ。そんなのずっと見て来て…そのうちアタシもって思うと、吐き気がするほどイヤだった。」


「でもある時、ネエサンはうまい誤魔化し方を教えてくれた。12の頃、すぐに役立った。アタシを欲しがったヤツの、上のヤツの名前を出すのさ。悪いね、あたしもうアニキのモンだから勝手に手を出すと死ぬよ。って。」


「その上のヤツに求められたら、さらに上のヤツの名前を出して、ホントに上のヤツに狙われた時は、仕事にかこつけて逃げて。2度と帰らなかった。」


ウィッグは、あの時の様に涙を浮かべて、セティスの前に立った。


「汚い奴らの中で、綺麗で居ることがどんなに厳しいか、わかる?」


「アジトに居るのはイヤだから、外の仕事ばかり受けてた。盗みも、脅しも…した。」


「アタシは、セティスみたいに綺麗な生き方してない。でも、アタシは、ビッチじゃないよ!アタシは!アタシは!」


ウィッグはセティスのベストを掴む。すがりつくように掴む。


「芯から優しい誰かに、出会いたかった…!」


セティスは、自分より少し背の小さな少女を、愛おしく抱きしめた。


「セティス…。」


ウィッグが顔を上げる。


「…おぶっ!!」


「ハイそこまでー!」


ユシカがズリズリと、まさに首根っこを捕まえてウィッグを引きずる。



「てめこの野郎!今ちゅーするところ…!」


「うっせえ!させるか!この、“ちびっち”!!」


「あー!?なんだこの、頭の養分胸に盗られてるカボチャ女!」


セティスは呆気にとられながらも、少し微笑んだ。



ユシカは喧嘩時の呼び方を変えたみたいだ。


…その呼び方もどうかと思うけど…。


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