<魔剣士シルベール編>第9話「絶対に解けない暗号」
大陸の中央、西への入り口。エレゲート公国の東端に2人はたどり着いた。
西に直進すると砂漠地域が広がるらしい。古代の戦争で砂漠になったのだとか…。どこまで本当か判らないが。
魔剣士シルベールと、僧侶フェイトの2人は南へ下る。
砂漠を通る旅の経験値は無いし、安全志向のフェイトが望むはずもない。
多くの旅人や商人の中継地として名高いワディ・カルバの街に立ち寄る。
建物の様相が変わる。奇妙で色気のあるカーブを持つ、高い尖塔を持つ建物が増える。
白い漆喰の壁が増える。2人は、まるで普通の旅人の様に、目をキョロキョロと動かして街並みを見る。
古のドワーフ達が作った芸術を継いだ人間たちの国。悲しい史実と、古の技術、芸術が融合した国。ほんの数年前までは東側の国への防波堤の役を担い、名高い軍隊を持っていた。
ワディ・カルバの街は、大きな3つの道を持つ。
まだまだ遠いが、エレゲート首都方面へ向かう道、砂漠の中にある街々への道、東へ戻る道だ。
街に入って2人がキョロキョロと見渡しているのはまさにその中央付近。交通手段を売ることも重要な商売なのだろう、ラクダと、デザートホース、ライディングホース。戻ってこない事を予想しているんだろう、貸し出しは500Gという法外な値段、ただし、無事に戻すと金が8割戻るという。尚、1Gは現在価格で約1万円である。
一体なぜ、砂漠へ行く必要が在るのだろう。その答えは、宿を見つけ、2人がこの地方の食材を腹に入れている時に、簡単に見つかった。
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冒険者だけではなく、護衛や砂漠の道案内を専門にしている者達が、酒場に多く集まっていた。らしい。
どいつもこいつも、砂とホコリをまき散らす。2人は少々顔をしかめた。だが、他の客でそれを気にする者は居ない様だった。
此処は、冒険者が仕事を受けるだけではない。冒険者を相手に商売する連中のたまり場でもあるのだ。
「北へ行く勇者はおられませんかな?今なら、乗り心地の良いラクダが4頭揃えられる。オアシスへはどうだ。遺跡だらけの、ドワーブン・ヘルへは行かないのか?」
ほう。シルベールは思う。
悲劇のドワーフの国。恐るべき古代魔法王国エレジエドが滅ぼした遺跡。
シルベールは、この話題にはあまり触れたくない。
話せば長いが、父アリエス王はエレジエドの末裔である。妃の1人フランジ妃も、そのエレジエドの血を引くという。
…つまりは、シルベールもエレジエド王族の末裔という事だ。
幾人かの冒険者は、北へ向かうらしい。一獲千金を狙うには、良い仕事もあろう。
聞いただけでは、まるでドワーフの墓荒らしのようで、シルベールは引かれないのだが。
…そんな気持ちを察してか、知ってか知らずか、フェイトは別の話題、特にこの国に来て初めて食べた果物についての話しばかりする。
勿論、シルベールもその話に付き合った。
傍から見れば、恋人か若い夫婦以外の何者でもない。
そんな折。
別の男達が入って来た。
執事風の男。それに使える小間使い風の男2名。
冒険者たちを見分する。
そして。
「冒険者の皆さま、賢者様はおられるだろうか。又は、見識深き魔術師様など。」
近くの冒険者が反応する。モヒカンの良い意味で似合う、酒に酔った槍使いだ。
「賢者だと?鑑定でもさせたいのか?」
「いや、金庫を開けて貰いたい。」
「盗賊に頼め。」
「いや、知恵が欲しいのだ。盗賊は誰も開けられなかった。」
「ならば魔法使いの“解錠”呪文で開けちまえよ。一発だ。」
「いや、魔法は弾かれる。継ぎ目のないミスリルで覆われている。」
「…ふざけてんのか。その箱がお宝じゃねえか。」
話しを聞いていたシルベールとフェイトは、もっともだと頷いた。
「我が主の遺した、金庫の<決して解けぬ暗号>、その数字を探って貰いたいのだ。」
フェイトは、それほど興味無さそうだった。
シルベールは、興味が湧いた。
何故なら、此処に、自分が知る限り賢者より面白い女が居る。
「話しを、聞かせてもらえないか?俺たちに。」
へ?
シルベールの表情はいたずら好きの男の子のようで、ちょっとムカついた。
いつものクールなイケメンに徹していた方がモテると思う。
…いや、モテられても…困るけど…。
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テーブルに並んで座るシルベールとフェイトの向かいに執事風の男は座り、すぐ近くには小間使いの男が立っている。
「始めに、条件を確認しましょう。願いは、暗号…解錠のナンバーを導き出し、鍵を開けること。それだけです。」
「…つまり?」シルベールが訊く。
「中身に興味を持つな。ですか?」フェイトが言う。
「…賢者様でしょうかな、麗しいお嬢さん。」
「え、うるわいいい?」
ボサボサ娘のフェイトは、この様な言葉を掛けられたことは無いのだった。
その顔を隠す無駄に長い髪の下が美しい事を、シルベールだけは知っているが。
その照れくさそうな反応に、シルベールはフッと笑い。
…睨まれた。
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王侯貴族の屋敷、そう言っても誰も疑わない、豪華な屋敷。
2人が連れて来られたのはそんな所だ。
先程の街からほんの少し砂漠側に馬車で揺られた。
馬車から降りた時、2人を最初に出迎えたのは、強い砂交じりの風。
館の全景は砂に霞み、館がまるで2人を拒んでいるが如く。
シルベールはそんな中を飄々と、フェイトはおずおずと不安げに歩く。
館の入り口、執事は大きなその扉を開けた。
すれ違う使用人たちは無口で、頭を軽く下げるだけ。執事の後ろを歩き、地下へ。
通り抜ける通路、部屋。絵画やタペストリ、高価そうなガラス細工、そんなものばかりが目に付く。
最期に、鍵のついた扉を3重に開け、大きな部屋に着いた。
そこには、銀色に光る、直方体があった。底面は1m×1m、高さ2m00cm程。
その正面は何やら数字が並んでいる。ダイヤルの数字の様だった。
「さて、シルベール殿、フェイト殿。“決して解けぬ暗号”、見事解いて頂きたい。」
「ああ、見事解ければ残りの700Gだな。」
そう言いながら、シルベールは壁にもたれ、剣を手に座った。
「…何をされておる?」
「俺たちは役割分担が決まっていてね…。」
「勝手に決めないで手伝って…。」フェイトは不満げだ。
渋々、シルベールは立ち上がって、無駄な会議に出席する社員の様に大きな塊をグルグル回った。
「ミスリルまで使って開けさせないとは、よほど重要な物か?」
「どうだろう…。」
フェイトは、執事に尋ねた。
「なぜドワーフの宝と?」
「…ダイヤルの上に刻まれた文字が、彼らの使うルーン語です。また、ダイヤルの下には、古代の一般言語で書いてあります。」
執事は軽くため息をつく。
上の碑文は、「“強欲なる人間ども。お前達にこの暗号は絶対に解けない”。そう書いてあります。」
「暗号は?」
「ダイヤルの下にある言葉は、古代標準語で、<オマエ タチヲ ノロウ>と。」
強欲なる人間ども…。古代ドワーフの国が滅んだのは2000年前のはず。古代魔法王国エレジエドの手によって…。
成程、ドワーフ達が人間に…古代魔法王国に向けた暗号としては相応しい言葉。
扉が開き、若い女性が中にズカズカと入って来た。
「あいたぁ?ロベルトお?」
「…お嬢様。慎みを。まだ、冒険者たちが見分を始めたばかり。」
声を掛けたのは、前も後ろも、その長い緑の髪をきっちり切りそろえた若い女。
しかし、服装はまるで盗賊の様。とは言え、欠片も薄汚れておらず、綺麗な召し物であることに変わりはない。
「冒険者ねえ。どうせ今回も無駄でしょう。いいじゃん、まだ館に在るお宝売るだけで暫くは安泰なんでしょ。」
「いえいえ、ラトーア家に更なる繁栄を、栄光をもたらす家宝。開けねばなりません。」
「まあ、いいわ。どうせ私はもう旅に出るわ。砂に埋もれた街でおしゃれしても何の意味もないし。アテンドルで働くわ。私なら売れっ子のサーバに成れるでしょ。」
「フィランサお嬢様。召使を2人は連れて行ってください。ボディーガードを兼ねての話しです。」
―――この館の主は、遺跡で宝の一山を掘り当てた金持ち、という事か。ヤレヤレだ。
シルベールはこれでも真面目に調査していたので、少々イラつきを覚えた。
それにしても、見事な仕上げだ。金庫というが、銀色の柱。底辺1m×1m、高さ2m。正面のダイヤルだって、そのダイヤルを埋め込んだ別パーツの痕跡すらない。角に隙間もない。一体どういう理屈なのか。どういう技術なのか。
「ミスリルじゃ、魔法も大概弾かれるな。オープンの魔法もダイヤル式じゃ開かない。」
それを聞いていた執事が言う。
「先代の主は、生前アークマスターに見分をお願いしたそうですが…。取り合ってもらえなかったそうで。」
…だろうな。父上が興味を持つ仕事では無いな。良くて“赤”の術師を派遣する程度。
フェイトは、ついさっきからダイヤルを回すことを辞めている。
ダイヤルのナンバーは1から9。
そして、その数は…20。数学的にパターンを考えると……やめよう。
「ロベルトさん、期限は2日でしたよね。今日はここで休ませてください。」
フェイトの提案だ。信頼する女の提案に、既に投げ出しているシルベールは即、乗った。
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2人は、あてがわれた部屋で食事を出される。
「豪勢だな…」
「…びっくり。」
「シルベールでもビックリなの?」
「ああ。豪勢なのはたまに、だ。特に母親は料理が苦手でね。」
シルベールは美しい母の調理風景を思います。
クールビューティーな母のイメージを粉砕できる場面だった。
「謎解きなんだけど。」
「目途でも?」
「いや、全然。私は賢者じゃないんだから、そんな当てにしないで。」
シルベールはフッと笑った。
「お前達には絶対に解けない、か。随分と煽ってるよな。」
「ふふ、まったく。」
「…ってことは、解けるやつが居るんだな。」
「言葉通りならね…ん?言葉通りなら、だけど。」
「絶対解けない暗号って、あると思う?」
「さぁ。あんな長い数字の組み合わせじゃ、神の奇跡でも起きなきゃ無理だろ。」
「どれだけ小さな確立でも、<絶対解けない>じゃないと思わない?」
「…まぁ。そう言えば。」
「大体、絶対開かない、とは言ってない。」
「じゃぁ、解けないけど開くんだろ。はは。」
「それ!」フェイトは立ち上がる。
…が、目の前の食事がもう一つの現実に引き戻す。
お腹がすいていた…。てへ。
「私、もしかしたら解けるかも…明日、試して見る。」
「おう。当てにしないで、期待してるよ。」
「…馬鹿にして…。」
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翌朝。2人は、もう一度ミスリルの間に戻った。
今度は、執事、小間使いだけではなく、ボディーガードも入ってくる。
続いて、優美なドレスの女性が入って来た。
「まったく。本当にアテンドルへ旅に出てしまうなんて…。じゃじゃ馬だこと。」
身なりの良い、貴族風の男が次に入って来た。長い口髭を生やし、髪は馬の油でも塗っているのかテカリがある。
「まぁ、あの2人を目付け役につけてある。大丈夫だろう…。」
フェイトは、長らく<オマエ タチヲ ノロウ>の碑文を見ていたが、くるりと振り返り言う。
「これはドワーフ達が人間に向けた言葉ですよね、ロベルトさん。これ、開けちゃいけないんじゃ、ないでしょうか?」
「なにを仰る。今はありませんが、この柱の上部には幾つも宝石が貼られていました。この中が、古代ドワーフ王家ゆかりの品がある事は間違いないのです。でなければ、表に宝石を貼り飾る意味がないでしょう。」
そうかなぁ。
「…私が、世界で一番大切な物を、侵略者に盗られそうだと思ったら、どうするだろう?」
「お前なら上手く隠すんじゃないか?」
「シルベール。私、そんなにできた子じゃないよ。誰にも渡したくなければ、きっと壊しちゃう。」
「意外だな。」
「…そう?ゴメン。」
そうだ。本当の私は。嫉妬深くて、欲しいモノを盗られたくない醜い心を持ってる。
恋も…。
「開けた瞬間に爆発したり、病気をまき散らしたり、するかもしれませんよ?」
「ま!?」身なりの良い女性が一歩後ずさった。
「毒だろうと、そちらは僧侶なのだろう。解毒も解呪もできよう?」と、身なりの良い男。
「我が主、このもの達の契約は暗号を解く所まで。」
「では追加料金を払おう。何かあれば、治療せよ。」
偉そうな態度に、反発心が動く。
「いえ、いつもの治癒師を待機させましょう。よそ者に、中を見せるべきではありません。」
「まぁ、開かなければ心配しようもないわ。頑張ってね。」
当主の2人は、何が可笑しいのか判らないが、笑った。
勿論、シルベールは腹を立てていた。
「あの、わたしの考えがもし合っていて、この金庫を開けられることになったら、もう一度言いますが、危険な気がします。<呪う>って言ってるんですよ?」
「冒険者殿。それは素晴らしい。初めて開けられる者が出たか。さぁ、教えてくれ!」
「で、ですから中は…!」
「中は詮索せぬ。その契約で既に300Gお支払いしましたな!」
悔しいが、契約は確かにそうだった…。
「フェイト。話を。」とシルベール。
「…うん…。まず、<お前達>、というのが人間だとして、絶対に開かない数字の暗号って言うのは有り得ないと思うんです。答えが本当に数字の羅列なら、どれか一つ正解があるから、絶対じゃないです。」
「ほお。」
「つまり、この数字はダミーです。」
「こ、これだけ精巧なカラクリが!?」
「はい。だから、絶対に暗号は破れない。下の呪いの碑文が上の数字のヒントなんて何処にも書いてないです。」
「何だと…?ではどうやって開ける?」
「お前達には、と言っているのだから、ドワーフなら、可能性があるのではないでしょうか。または、人間でも、子供とか…。」
「ま、待て!」執事は、膝立ちで何もない銀色の面を手探りでまさぐる。
すると、ある面に触れた瞬間、すっと面の一部が中へ凹み、代わりに小さなダイヤルがせり出して来る。
傍目から見て、まるで接合面の判らない、究極の技術力。
上とは違う、5文字を、10個程のルーン文字から選ぶダイヤルが現れる。
「おおおー!」
部屋の者は誰も感嘆の声を上げる。
「2mの上部に在ったという宝石。ミスリルの表面。人の目の高さにあるダイヤル。碑文。どれも、謎を解きたいという欲望をあざ笑う為のものでしょう。」
「決して解けない暗号の数字に踊らされ、蠢くあなた方を笑うため。」
「…おい。小娘、口が過ぎるぞ。」
用心棒がフェイトに近づこうとする。
シルベールは剣に触れながらすっと割って入った。用心棒如きと、実際に戦い続けている剣士では、格の違いは明らかだ。用心棒は、それ以上前には進めなかった。
「そんな目的で作られたこのミスリルの箱の中、宝などきっと無いです。あるのは呪いです!やめてください!これを造った主は、宝を隠すのではなく、復讐することを選んだんです!」
「娘。そちらのダイヤルを教えてから立ち去れ。」当主が言った。
「いや、断る。俺たちが言われたのは、解けない謎を解くまでだ。残り700G。貰おうか。」
「貴様…!」
「いえいえ、お待ちください主。確かに契約はその通り。それに、そのダイヤルこそ、碑文がヒントの様ですな。私が試しましょう。」
執事はシルベールに金貨の入った袋を雑に投げ渡すと、再び自らダイヤルに向かう。
「ダイヤルは文字記号で5文字。丁度ありますな、5文字の言葉が。」
シルベールは、フェイトの手を引きながら、その場を去る。
「ああ、頭の悪い俺でも<それ>だと思うよ。そして、それを撃ち込むという事は、受け入れるということだと思えるな。」
「皆さん、やめてください!それ以上はー!」
シルベールは、フェイトの手を取って、首を振る。
もう、憑り付かれている。欲望に。好奇心に。謎を解いた成功体験に。
「…フェイト。中を見ていないのは俺たちも同じ。本物のお宝が在るのかも知れないし、無いのかも知れない。俺たちは、見ないで去ろう。」
「…うん…。」
2人は、誰にも見送られる事無く、館の門を潜った。
多分、少なくとも、あの部屋の中に居た者達とは、2度と逢わないのだろう。
今朝か昨夜に家を出た娘がアテンドル皇国に着いた頃。最早帰る家は無いのかも知れない。
そう思えた。
同時刻。
執事は、ダイヤルを C・U・R・S・E と合わせた。
静かに、自動ドアの様に、銀の扉は真横にスライドした。
次の瞬間、<棺の>中を見た者達の、悲鳴と叫びが響き渡る。
やがてそれは静かになり、銀の扉も再び閉じて行った。
下部の真ダイヤルも閉じてしまった。つまりは、全て元通りだ。
そうして、いつか再び、この館を買い取った誰かが、開けようとするのを待つのだ。
自分達を滅ぼした者の末裔が、欲望に絡めとられ、無様にあがくさまを。
銀の箱は、笑い続けるのだ。




