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<魔術の塔>のアリエス   作者: なぎさん
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<魔剣士シルベール編>第8話「ハーピー」

本編アリエス王と盗賊姫エディの子、”魔剣士”シルベールの物語。特化した魔力の使い方しかできない、「無敵じゃない」彼の恋と冒険。

 ハーピーの歌声に、耳を貸すな。それに心奪われるのは、美しいからじゃない。


ハーピーを女だと思うな。その姿の中に、女の心なんてない。


―――冒険者の酒場に貼られた奇妙な羊皮紙―――




 「アンタらに頼みたいのは、あの岩山に住むハーピーをブッ倒すことだ。」


シルベールとフェイトは、オトコの家のテーブルで、何やら話を聞いている。


男の名はスカールという。この辺りで果物などを作っている男だ。


「どうぞ…。」


男の妻らしき女が、薄い色の付いた水を持って来た。



「前までは、こっちまで降りては来なかったんだ。でもオレが森の入り口まで、畑を広げようと切り広げたからだろうか…襲って来たらしい。」


フェイトが反応する。


「らしい?」


「ま、見たくもねえだろが、見てくれ。」


スカールはシャツを脱ぎ、背中を見せた。


首の下から肩口に向かって、並ぶ3つの傷跡。


「ハーピーの爪痕さ。」


「……」


「妙な歌が聞こえて来たと思うと、突然襲われた。女房が近くに居たからか判らんが、この傷をつけて飛び去って行ったらしい。情けない話だが、オレは気を失っていてね。」


「なるほど。広げた所が縄張りだった可能性もあるのか?」


「さぁな。だが、これじゃあまた森には入れん。そこで、冒険者にお願いしたいという訳だ。」


「良いだろう。俺たちが引き受ける。前金で100G貰う。後から100。早速、森に案内してくれ。」


「…待って。シルベール。」と、フェイト。


「スカールさん。ハーピーには突然襲われたの?」


「そうだが?」


「ああ、気を付けろ。アイツらの歌は魔力がある。朦朧としたよ。」


「何故、奥様には効かなかったの?」


「知らん。多分、ハーピーが襲うのは男らしいから、その関係だろう。そっちの兄ちゃんは大層イイ男だ。攫われないようにな。」


「………。」


「じゃぁ、案内してくれ。とっとと終わらせる。」


スカールは、2人を森まで連れて行った。


――――――――――


 鬱蒼とした森がこの先に広がっている。


エルフや精霊術師、自然魔法の使い手。そう言った一部の“専門家”以外にとっては、夜の墓場並みに危険に満ちている。


オオカミ、クマ、コヨーテ、虎。ジャガー。まだ、野生動物なら、冒険者は戦える。


当然、森を住処にする魔物も居る。なんなら、人を喰う木まで存在する。


ここは、確かに、そう云ったものが居てもおかしくない、古き森に見える。



 先に広がる深い緑を見ながら、シルベールが言う。


「…ココを切り広げて畑にしようっていうわけだ。逞しいな。」


スカールが引き返した後だ。2人は此処に野営の準備を始める。太めの枝と枝の間に革布を張る。


フェイトは、考え事をしているのか、いつもより無口だ。


…こういう時のフェイトには触れないでおく。



 森の奥には、切り立った岩山が見える。


話し通りなら、あそこにハーピーが居るのだろう。



「ねえ、シルベール。」


「なんだ?」


「ハーピーは、何故男ばかり襲うの?」


「あー。なんだ。」


シルベールは知っているようだが、言いあぐねる。


「聞いた話だし、お前が嫌がるかもな話だが…。」


「うん…。」


「ハーピーという魔物は、雌しか居ない。若い男を攫って、魔法で魅了し…その、なんだ…子を為すらしい。」


「…そ、そう。」


「そ、そうだ。ちなみにその後、食われるんだそうだが。」


「…蜘蛛みたい。たしかそういう蜘蛛が。」


「………。」


「………。」


この2人は、性的な話を好まない。


「じゃあ、わたしが守ってあげるね。シルベール。」


精一杯の背伸びジョーク。


シルベールは少し笑った。


――――――――――


 朝。鳥の声で目を醒ます。


畑にしようってだけあって、近くには小さなせせらぎ。朝の支度には十分な環境だ。



ハーピーは一切、襲って来なかった。



2人で煮戻した豆を食べ、干し肉をかじった後、フェイトは周囲の様子を見て回る。


周囲と言っても、シルベールの視界内。



やがて、戻り、シルベールの横に座る。


「何かあったか?」


「うーん。耕した後だけ。」


「…それにしては、昨日から考えている。」


「バレちゃった?」


「…まぁな。」


「…ご夫婦の幸せって、何なんだろうね…。例えば、一緒に居るだけで幸せって言うのは、100年経っても色あせないモノ?」


「…オレは今、お前の口からそういった話題が出ていることに奇跡を感じているよ。」


…睨まれた。


「…ま、まぁ。夫婦の幸せなんて、想像もつかないな。結婚なんてしたことないしな。」


「そりゃそうね。」


「あまり考えたこともないな…。フェイトはよく考えるのか?」


「………。」


「な、なんだよ…。」


…睨まれた。




 しばし、静かな時間を過ごしていると、森の奥から何やら、鳴き声が近づいて来る…。


「ハーピーか…?」


近づいて来る。


鳥の声。金切声。バサバサと、何かが羽ばたく大きな音。


「フェイト。行くぞ。」


2人は、武器を持つ。


「待った方がいいよ…。」


ここから先は、深い森。だが、今居るここは、少なくとも地面が見え、開かれている。


「そうだな。」


シルベールは足を止めた。


しかし。


「うあああ!畜生!」


人の声が聞こえたのだ。しかも、何処かで聞いた声が。


2人は、駆け出す。待つ作戦は吹き飛んだ。


見知らぬ森の中へ。



 声と鳴き声に導かれ、2人が出くわした場面は、男が、スカールがハーピーに襲われている場面。


ハーピーには何種類かが居て、我々人間の目には麗しい者も、怖ろしい者も居るという。


目の前で、スカールを追って羽ばたくソレは、顔は醜く、くちばしがある魔物。しかし、腕が翼であることを除けば、上半身から腰までは美しく若い女のそれであり、太ももから下は短く、鳥の脚である。人の足ほどもある鳥の足。鉤爪がある…。


3匹だ。2匹がスカールを飛びながら襲い、大きなくちばしで突く。


1匹は、太い枝に止まり、歌いだす。


「シルベール!耳を塞いで!」


もう少し、相棒の声が遅かったら、シルベールは歌を聞いていたに違いない。


シルベールは両の手で耳を塞ぐ。だが、それでは当然、戦えない。


勿論、こちらへ走り逃げるスカールも同様だ。耳を塞ぎ、故にハーピーの鋭いくちばしから身を守る術は何一つない。



「“サイレント!”」


フェイトが唱える、沈黙の呪文。周囲一帯が、無音の状態に。


フェイトは、一応、僧侶である。僧侶呪文はちょっぴり使える。



シルベールがフッと笑ってフェイトを見る。全く、この女には恐れ入る。


剣を抜く―――。


剣に魔力を流すだけで効果を発動する魔剣士に、“沈黙“は関係なかった。


――――――――――


 「ありがとうございます。夫を救ってくれて、本当にありがとう…。」


スカールの妻ナイカは、夫に代わり100Gの大金を2人に手渡した。


体中に深い切り傷を負ったスカールだが、フェイトの呪文で軽傷に済んでいる。


今は、隣の寝室で寝ている。



「…まったく、あの人は何で、あなた方に頼んでおきながら、ハーピーの居る方へわざわざ、行ったんでしょう。バカとしか言いようがないわ。」


「さぁなあ。」


「…あなたを、守る為です。ナイカさん。」



「…は?」


ナイカは?判らぬと言った顔をする。


「…何を?」



「私達がハーピーを退治することで、スカールさんがハーピーに襲われたのは本当だったと、物語を作るため。」


「…なにを言っているの?」


「スカールさんの肩の傷、貴女ですよね、ナイカさん…。」


「……え?」


「ハーピーは、くちばしで襲ってきました。」


「…それが何だというの?」


「鉤爪はあったけど、小さかった。旦那さんの傷跡は、3又の、“くわ”の傷です。」


フェイトは、棚に並ぶ小さな傷薬や調味料の小瓶を見ながら言う。


「…薬、飲ませたんでしょ。幻惑するような薬を。それが効いて来たのを待って、貴女はスカールさんにクワを振り下ろした。」


「…何を言ってるの!?」


「…事実を。初めに傷を見た時から、思ってました…。クワの傷って。」


「さ、最近の冒険者さんは、審議官の真似事もするのかしら?、はは。」


フェイトは首を振る。


フェイトにとって、謎解きでも何でもない。幼い頃から、寺院で子供達と畑を作っていたフェイトにとって。


気付かない者が居るとしたら、農具に触れたことも無い上流階級の人間や、傷をあまり見もせず、スカールの言葉で<思い込んだ>者だけだろう。思い込みというものは時に強力な魔法だ。


…王子シルベールが気付かなかった様に。


「ナイカさん。スカールさんも、気付いてますよね。当然ですよね。良く知っているはずの農具だもの。でも、スカールさんは、貴女のハーピーの話に合わせたかったんでしょう。」


「………。」


「貴方が、とどめを刺さなかったから。殺せなかったから。自分はまだ愛されているって、思いたかったんじゃないですか?」


「だから、私達にわざわざ依頼して、しかもそれが正しくなるように、山まで近寄って。本物のハーピーをおびき出した。私達の所まで。命がけで!」



ナイカは、立ったまま、震えて、涙を流し始める。


「もう、嫌だった…こんな村の外れで、まだ畑を広げる夢を見て…。10年…何も変わらない!」


「…言えば良かったじゃないですか…ご夫婦なんだから…」


「貴方みたいな小娘に何が判るの?その男とはまだ恋人なんでしょ?暮らして見なさいよ!言えないことだってあるのよ!バカな夢を、バカって言えない!飲み込むことだってあるのよ!」


「…わかんないです…。でも、間違いないのは、スカールさん、貴女の嘘の為に、命を賭けたってことです。アナタの嘘を、嘘でなくするために。そして…まだ好きだって…ことです…。」



「出て行って!」


ナイカはもう一度、大きく叫ぶ。


「出て行って!!」



「…フェイト。行こう。俺たちの仕事は終わった。」


「…う、うん。」


2人は、木造りの、手作りの家の…無骨な扉を潜った。この扉1つにも、男の夢が詰まっているのだろう。


男が。スカールが自分の意志で彼女と居るのだ。その先に起きることが何であっても、それがスカールの意志だ。もはや、何もできない。


警備兵に通報する意味も…無いだろう。



「…待って!」


後ろから、声。ナイカの、声。



何も言わず、こぶしを握り締め。ただ、泣きながら、時間が過ぎる。


「…ごめんなさ…い」


「ごめんなさいー!」


「…許してー!!」



フェイトは、振り返って、祈りを捧げる。


「この家に、幸せを。暖かな未来を。」


だって、その言葉。


彼に言ってるんでしょう?彼に叫んでいるんでしょう?


―――――――――


 2人は、西日を受けながら、小道を歩く。


「お前が”夫婦の幸せ”なんて、ガラでもない事考えてた理由は、そういうことか…。」


「うん。ガラでもないは余計だけど…やり直せるかな、お2人。」


「多分な。これから子供も出来るかもだし。スカールさんは、まだ惚れてるんだろうし。」


「シルベールなら許す?」


「…心から信頼したヤツに裏切られるなら。相手以上に、オレはオレを許せないと思う。だから、スカールさんの気持ちも、少し判る。」


「…ふうん。」


「なんだよ?」



「シルベールのお嫁さんになる人は、大変かもね。」


「なんだそれ。」


フェイトの唇は、悪戯っぽく、笑った。


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