<魔剣士シルベール編>第7話「手紙にて失礼」
アリエスの息子、シルベール王子の恋と冒険。父と違い、特化した魔力の使い方しかできない王子の、「最強じゃない」魔剣士の冒険譚。
<シルベール。エディ様が昨日、カリュノ王子の為に裁縫を頑張ってたの。勿論、手を刺してたけどね。あんなに素敵な王妃様なのに、出来ない事はあるんだなぁ。昔からだから知ってるけど。わたし、針の穴をねらう時は片目を瞑るんだよね。何故かそうすると、上手く入るんだよね。シルベール。私は、此処に居るよ。はは、何言ってるか判んないよね。 カレンティ>
シルベールの避けた地面を、大きな鋼の腕が轟音を立てて砕いた。
「冗談じゃないな!火も雷も衝撃も無理か!?」
距離をとる訳には行かない。自分が纏わりついているから、フェイトに攻撃は行かないのだ。
シルバーゴーレム。魔術師殺しで有名なゴーレムの一種。
人間並みに早く、ミスリルゴーレムに次いで硬いと言われる。
ゴーレムの創造は千差万別、魔術師次第なので、その作り方で弱点も異なる。
ただし、全てに無敵なゴーレムなど無い。加工も出来ないのは困る。
「シルベール!背中に、穴がある!10cm位の穴が!」
「判った!そこが弱点なのか!?やってみる!」
彼は、相棒の観察眼を信じている。見知らぬ僧侶の神託より、この女の勘を信じる。
―――針の穴をねらう時は片目を瞑るんだよね。
シルベールは、もう一人の、信じる女の言葉を試した。
大体、この剣は斬撃用だ!魔力で大きく見えるが、本体はショートソードだ!
…おかげで、ギリ、狙える幅だがな!
攻撃を待つ。その鋼の拳をギリギリで躱し、背後を取る。
雄たけびを上げて、シルベールはシルバーゴーレムの背中を突き刺した。
<シルベール。黄色いドレスを、王妃様から貰っちゃった。お下がりじゃないよ、私の為に用意してくれた。エディ様、私まで家族みたいに、大切にしてくれる。黄色いドレスを着たわたしは、もしかしたら綺麗かもよ。シルベールも見た瞬間に綺麗って言っちゃうかもだよ? カレンティ>
目の前で宙に浮く半透明の女性。
古の霊廟なのだから、アンデッドが居ること自体に驚きはしない。
だが、よりによってゴーストとは。
ゴーストは、上級アンデッドだ。呪いと念動を使う厄介な相手だが、意思が残っていることがあり、交渉の余地がある。事もある。
青白い顔をして、寂しそうに佇んでいる。若い女性だ。20代前半だろうか。
ここは、彼女の部屋だったのだろうか。ドレッサーの前で、ボロボロの黄色いドレスを着た恐ろしいゴーストが佇んでいる。…襲って来ない。交渉の余地があるタイプなのか?
「あ、あの、私達はあなたを苦しめに来たのではありません…。」
フェイトは優しく、礼儀正しく言った。
だが、反応はない。
むしろ、シルベールを見ている様に思う。
―――シルベールも見た瞬間に綺麗って言っちゃうかもだよ?
…カレンティ。綺麗って言え。と言われている様に聞こえるのは、オレの気のせいか?
シルベールは、ゴーストに向き直った。
「あの、なんだ、その、アンタ、綺麗だな…。ドレスも、似合っていると思う。」
嘘では無かった。女性は綺麗だったし、ドレスはボロボロなことを除けば、作り込まれ細かな所まで織り込まれ縫い込まれ、名品で在ったのだろう。そして、彼女はそれに負けていない。
…美しいのは、本当だ…。この女性に何が起きたのかは判らないが、その冥福を祈らずに居られない。
ゴーストは、静かに微笑んで。いや、見ようによっては、そうでしょと自慢げに微笑んで、消えて行った。
フェイトはシルベールを、極レアな珍生物でも見るように目を見開いた。
「…何だよ。」
「…シルベールが女心を…うそ。」
「余計なお世話だ。」
<カレンティ。まぁ言っても信じないだろうが、カレンティのお蔭で乗り越えた冒険がある。
いつか、詳しく教えるよ。 シルベール>
<へえ、そうなんだ。わたしの言葉がどう冒険に繋がったのか興味があるよ。どうせ、赤と黄色どっちのカード引くかとかでしょ?そうそう、ウワサだけど、アリエス様とガーレル王妃が、出先で山みたいに大きなヒドラを退治したとか?嘘って思うけど、お2人ならやりかねない…噂だけど。でも、無理して国王様に対抗意識とか燃やしちゃ駄目だよ?シルベールは、シルベールだよ。無理をしないでね。するだろうけど。 カレンティ。>
「まさか、ヒドラは出て来ないだろうな…。」
シルベールはベッドで手紙を読みながら、呟いた。
―――数日後。
魔道国ツァルト、エディ王妃離宮。
「姉さま。退屈だわ。お庭で遊びましょう。」
「マリシア様。今、この紅茶を運びましたら、すぐに参りますわ。」
「早くね!」
13歳の可憐な王女は跳ねるように中庭へ向かう。
マリシアと呼ばれたこの少女は、シルベールの妹。つまり王女だ。間違いなく、美しく成長するだろう。どちらかというと、アリエス王に似ている。黒髪の長いツインテール。
さて、程なくして、美しい侍女は中庭へ。
「やっと来た、姉さま。ボールでも蹴る?」
2人共、ドレスである。
「マリシア。宮廷内で姉さまは辞めてね。私、職を失うわ。」
「何言ってんの。兄様が帰ってきたら、ケッコンするんでしょ?そしたら本当に姉さまじゃない。」
真っ赤になりながら蹴ったボールは、かなり外れて飛んで行った。
「ままま、まだそんなこと判んないし!」
「わたし、カレンティ以外の姉さまなんて認めないわ。カレンティ以外の人が兄様の横に居るなんて想像できないもの。」
「え?…あ…うん。頑張る。」
想い自体は公然の秘密なので、妹には筒抜けである。
2人は、王女と侍女とは思えないワイルドな遊びに疲れ、シルベールがよく休んでいた、大きな栗の木の横で寝転がる。
何となく、カレンティは空に手を伸ばした。
――帰って来て。シルベール。
すぐ横で、王女の元気な声。
「姉さま。ヘンな瓶見つけたわ。」
「は?」
「瓶の中に、船の模型が入ってるの。おもしろ。」
「!だめ!それ!触っちゃ駄目!」
カレンティは、王女に向かって手を伸ばした。
「ふ~ん。中に入りたければ唱えよ、ハッピー、ハーピー、ハンディ。出たければとな…」
2人は、ブンっという音と共に、姿を消した。
…2人が瓶に消えたのを確かめて、別の人影が、瓶を手に取る。
「この間抜けなコマンドが、アリエスらしいんだけど…。“出たければ”を最初に書いとかないと、読んじゃうよねえ…。」
――――――――――
幽霊船の甲板では、半透明のスケルトンたちが、ふらふら立っている。
が、珍客が現れた瞬間、奥に居る王冠を被ったスケルトンが、「かかれい!」と叫んだ。
「きゃぁぁぁぁぁ!」王女の悲鳴。
「大丈夫、こいつら幻影です!」カレンティは、すぐ横に在った武器棚から、銅の剣を持った。
「え!幻影!?」
スケルトンが駆け寄ってくる。
「アリエス王の作ったオモチャですー!」
「はぁ!?何作ってるのパパ!?」
「シルベールの遊び兼、稽古用!倒すまで出られません!あいつらの攻撃はすり抜けるんだけど、何故かすっごく腹立つの!」
「…つまり、兄様と2人で入ってたのね!?」
「そう!」
ナンダヨ。2人でデートしてたんじゃん。
活発な王女は、小さな弓を手にした。勿論、本当のスケルトン相手なら誤った選択だ。
カレンティが、スケルトンに切りかかる。入口に陣取り、マリシア王女が弓を引く。
尚、幻影スケルトンの数は、31体。なかなかの数。
「くっ!まだ魔法使えないから私!」
カレンティは長いスカートを邪魔くさそうにしながら、回る様に剣を振るう。
「本気でママに魔法教わってるの!?」
「そう!」
「魔法なら、私が教えてあげるのに!カレンティ!」
「そうだけど!」
カレンティは、最近、本気で王妃エディに頼み込み、魔法を教わっている。
…しかし、魔法は、そんなにアッサリ身に付くものではない。
「…ファイア!」
王女の手から、小さな火の玉がスケルトンに飛んでいく。あっさりと一体を消した。
「あ、魔法でも良いんだ。」
王女は、シルベールの妹である。魔術の王、アリエス王の娘である。
彼女は7歳で魔法を使えるようになった…。
「いいなあー!」カレンティが剣を振りながら言う。
「何がいいなぁ、よ。わたしだって、兄様みたいな超イケメンと恋がしたいわ!」
ここで、2人は31体を倒した。
…はずだった。
だが、幻影は、再び湧き上がった。
――カレンティ、もう一本剣を持ちなさい。
誰かの声が、響く。
「ママ!?」
「エディ様!?」
カレンティは、その言葉に従った。
「先の方に重さのある剣を。両手の剣の、その重さを使いなさい。剣の重さの流れを、敵にむける。剣が行きたい方へ、流す。」
一瞬、王女マリシアは手を止めた。
舞うような剣さばきで、カレンティは美しかった。
うん、やっぱ、カレンティしか認めないんだから。
「舞うように、踊る様に。そう…。」
カレンティは、幻影とは言え、周囲の数体を一気に切り伏せた。
「…とは言え、隙を見て脱出の呪文を唱えないと出られないわよ。じゃぁ、外で待ってるから。お早いお帰りを。」
王妃の声は消えた。
「え、ママ。脱出の呪文って!?カレンティ、知ってる?」
解答の書いてある瓶は、庭で、王妃の手にある。
「え!?いつもシルベールが使ってたから!」
「えー!?」
…尚、王妃は、お茶を取りに、優雅に立ち去って行った。
「し、シルベールなら!」
「んなこと言ったって兄様は!」
「あ、こ、これだわ!マリシア、少し時間を稼いで!」
「え!?わ、判った!」
「“郵便屋さん”!」カレンティの手に、光る手紙と羽ペン。
手紙を手に取り、焦り、カレンティはペンを走らせる。
――――――――――
荒野を、シルベールとフェイトは歩いている。遂に、西へと歩みを進めた。この先は、荒野。そしてその先は、北には砂漠、南には未開地だとか。
不意に、シルベールに向かい、光の鳥が飛んで来る。
「ん?“郵便屋さん”か。昼間っから、珍しいな。」
フェイトは、この手紙には無反応を装う。
<ボトルシップの脱出合言葉!何だっけ!今すぐ教えて!今!>
何だろう、この切迫感は。
アイツ、まさか一人で入ったのか。あの船に。
…相変わらず、暴れてんなぁ。訓練してんのか。
シルベールは、指輪から光の手紙と羽ペンを出して。
光の鳥はすぐに飛び立った。
――――――――――
カレンティの許に、光の鳥が飛んで来た。即レスだ。それは嬉しい。
<オレが、覚えてるわけ無いだろう。しかし、ヒュルリラ、とか、そんな感じだったな。諦めて、310体倒せば出られるぜ。>
「役立たずー!」
「………;」
――――――――――
シルベールの許に、速攻、手紙が帰って来た。
<思い出して!今すぐ!私との思い出でしょ!怒る!私怒る!>
シルベールは目を伏せ、腕を組んで、難しい顔で悩んでいた。
――――――――――
またまた、光の鳥が、カレンティの腕に止まる。
<お前の手紙で思い出した!“ヒドラ、ヒュードラ、ハイドラ”だ。全部同じじゃんって、2人で笑ったな。そ >
…続きは後で読む。
カレンティは、大きな声で、脱出の呪文を唱えた。
…310体?いつ誰がそんなんで修行したの!バカー!
――――――――――
エディ妃離宮。庭の見えるバルコニー。
王妃エディ、王女マリシア、侍女カレンティが紅茶とパンケーキで緩やかな時間を過ごしている。
エディ妃は、事の顛末を聞いて大笑いしている。
「あのまま310体なんてやってたら死んじゃいます。」
「行けたかも?幻影だし。」
「シルベールがパパに頼んで、強化してたのね。知らなかった。私は、カレンティに剣を教えようと思って瓶を置いといたんだけど。」
「私が入ると思ったんですか?エディ様ぁ?」
「思ってた。マリシアが読んじゃったけど。」
「てへ。」
「…もう。」
「で、判ったかしら。まぁ、昔のシルベールと同じね。カレンティ。」
「はい?」
「魔法を覚えたかったのは、シルベールに近づくためでしょ。まさかとは思うけど、旅に追いつきたかったの?」
「それは…。」
「姉さま、追っかけるの?ひゅうひゅう!」
「黙りなさい。」
「ハイ。」
「カレンティ。魔法より、剣に才能があるわ。私と同じように、小柄な剣を、2刀で使うのが向いているでしょうね。云わば、ソードダンサー。」
「ソードダンサー…。」
「…と言っても。」
「はい。」
「本気で修行しても、身に着くころには、あの子が帰ってくるわ。役立つとしたら、あの子が王国の役職について、支えるとき。でもね、もしかしたら、だけど。」
「もしかしたら?」
「貴女は先に、王家の妻として、覚えるべき事が山ほどあるんじゃないかしら。家庭を築くことも、立派な戦いだと思うけど。」
カレンティは、紅潮したまま、下を向いてしまった。
「まぁ、盗賊あがりの私に出来たんだから、カレンティは余裕よね…。」
「ママは、裁縫と料理をカレンティ姉さまから教わるべきだわ…。」
――――――――――
シルベールは、荒野を抜け、小さな町に入った。
…結局、何だったんだ。アイツ。
「ま、ヒドラは戦わずに済んだな。アイツの方に行ったらしい。」
「何を言ってるの?」と、フェイト。
「ここらでまた仕事もらえると良いね。今日は、もう宿に入りましょ。」
フェイトの言う通りだ。荒野を抜けたこともあり、疲れも出ている。
宿は、どの町でも大抵はすぐ目に付くようになっている。それが商売だ。
宿の前に立ち、その看板を見上げて、シルベールは苦笑いする。
「酩酊のヒュドラ亭」
―――その背に向けて丁度、今。光の鳥が手紙を運んできたところだ。




