<魔剣士シルベール編>第5話「怖いもの同士」
<本編の外伝です。アリエス王と王妃エディの子、王子シルベールの恋と冒険>
とは言え、今回のシルベールの冒険は、冒険要素少な目。ほぼ彼を巡る、恋のお話一辺倒です…スミマセン。しかもやや重め。
ある晴れた日。
ツァルト王国、王妃エディは、侍女の1人カレンティを連れて、ダッカーヴァの王城に来ていた。
ダッカーヴァの女王ノエルと話もあったし、最近心配そうな顔で日々を過ごすカレンティに、気分転換をさせたいとも思った。
親心と言うヤツだ。
…カレンティは、息子シルベールの初恋の相手。
シルベールより3つ年上。美しく活発で男勝りで、その辺は誰かさんに似ている。
…エディ妃は、シルベールが旅立ちの朝に、カレンティの許を訪れたのを知っている。
覗くつもりは無かったのだが。2人がキスして別れたのを知っている。
…という訳で、オヤゴコロと言うのもあながち間違いではなく。シルベールが城へ帰還した後は、娘になるかも知れない女性である。
―――だが、オヤゴコロは、最悪の展開を迎えた。
ダッカーヴァの皇太子アゼル。シルベールの異母兄であり、アリエス王の最初の子。
会食で、ノエル妃も居る中、さらっとアゼルは、シルベールの話題に触れた。
いや。ダッカーヴァからあまり出ないアゼル王子は、知らなかったのだ。
此処に居るカレンティは、エディ妃の侍女としか思ってなかったのだ。だから、不運だったのだ。
「…ええ、大活躍しているようで僕も鼻が高い。その、孤児院出身の女性…僧侶らしいですが、その方と一緒に旅をしているようです。はは、恋人なのかな。シルベールは格好いいから。」
カレンティがフォークを落した。
エディ妃の顔から血の気が引いた。
王家の男たちは恋愛に疎いヤツばかりなのか?父親以外!
ノエル妃は、やば!って顔をした。何かを察した。
「え、エディ、お話はまたにしましょう。今日は、お帰りになった方が。ほほほ…。」
「そ、そうねノエル。また来るわ。ほほほ…。」
エディは世のめぐりあわせの不運を嘆いた。
――――――――――
ノック。体調のすぐれないカレンティは、ベッドで寝込んでいる。
食事もロクにとっていない。
さすがにノエル妃には顔を見せるが、その泣きはらした目。エディは、緊急事態を悟った。
「私だ。黒のエディだ。久しいな。――――頼みがある。兄さんに繋いでほしい。うちのバカ息子の――――――6時間以内に。出来るな?…夫?アリエスに?出来るけど夫には別なことをお願いするつもりだ。頼んだ。」
「アリエス。私。お願いがある。―――――そう言わないでやって。――――うん。ゴメンね。アリエスが、子供の旅に手を出したくないのは知ってる。でも――――――。ホント?ありがとう。じゃぁ、今夜届けに来て。」
――――――――――
この家の主が、冒険者の宿に首を捻りながら依頼に来たのは、約10日前の事。
「狙われている気がするんだ。」
と言っても、何に?判らない。
「何かあったのか?」
「いや、何もない。いや、1週間前ぐらいに、朝日が虹色で綺麗な日があったように思う。キラキラと…。寝てて、窓越しだが。」
「寝ぼけたんじゃないのか?」
「いや、そうかも知れんが、それ以来、なんかこう、狙われているような、じっと見られてるような気がするんだ。」
「そうかいそうかい。(ダメだなこりゃ)」
「俺たちの代わりに、1週間住み込んで、何かを退治してくれ。毎日2回、ヤギに水と草やってくれ。家の中の食い物飲み物、全て飲んでイイ。金は、全部で60G。これが精一杯だ。」
そう言って、酒場のマスターに金を渡し、依頼書を書いたらしい。さて、こんな依頼を引き受けるバカはそうは居ない。
安い。破格に安い。しかも一週間とか長い。敵も判らない。いや、敵が居るのかも不明。
こんな案件、引き受けるとしたら、よほど貧乏な冒険者くらいだ。
「俺たちが受けよう。安全そうだしな。」
フェイトも難しい顔で頷いている。フェイトは安全志向である。
「ちょい待った。アタシも混ぜてくれ。カップルにゃ悪いがアタシも貧乏で、ガキの為に金が要る。かと言って、1人じゃ暇すぎる。」
そう言って、依頼書に同時に手を伸ばしたのは、30半ばから40位の女性。ショートカット。鍛えた体。正直シルベールより強そうだ。手にはナックルを嵌めている。このガタイの女性に殴られたくはない。
…実に珍しい事だが、今回は、3人で依頼を受ける。1人20G。破格の安さである。
――――――――――
「シルベール、お茶をドウゾ。」
エプロンを付けたフェイト。なかなか似合う。本人は恥ずかしがるが、家事の為に髪を上げ、後ろでまとめる…ポニーテール気味の彼女。
本来はこうであるはずの、美貌。何故普段は髪を長く前に下ろし、その顔を隠してしまうのか。
「ああ、ありがとう。」
薪を割り終え、汗を流したシルベールには、このお茶が身に染みる。乾いた喉を潤す。
ヤギの世話を終えたミックというモンクの?女性も座る。小さな丸いテーブル。3人で囲み、保存食を煮戻した肉やパン、ドライフルーツを齧る。酒だけは結構ある。家主の趣味らしい。
「家族っぽいな…。」
シルベールの一言にフェイトが赤くなる。
「やめておくれよシルベール。それじゃアタシがママかバアサン役だ。」
1日目。今日の情報を3人で共有する。ハッキリ言って、何もない。
「あの、邪悪は感じないです。今の所。」
「俺も、魔力らしきものは特に思い当たらない。まぁ、感じる範囲だが。」
「アタシも、殺気は何処からも。」
「…気のせいで、無事一週間だと良いですね!」
3人はやや気の抜けたように笑う。
「じゃぁ、寝るとするか。暇だしな。」シルベールが立ち上がる。
「ああ、ハッキリ言っておくけどさぁ、アタシにゃ夫も子も居るから、気をつかわんでいいよ。アンタらの夜の声が聞こえても気にしないから。ドゾドゾ。」
「…ち、違います!」
「俺たちは相棒だ。カップルじゃない。余計な気遣いは無用だ。」
追撃でキッパリハッキリ否定したシルベールを見て、一瞬フェイトは残念そうな顔をした。
「そうなん?じゃぁ、フェイト嬢ちゃんはちょっとだけアタシの酒に付き合いな。」
フェイトはえ、っと思ったが、このミックが悪人にも思えないし。いざとなったら、シルベールは助けに来てくれるだろう。
酒に少々、付き合うことにした。何と言っても、わたし、シルベールよりオネエサンの17歳だし。あ、シルベール16歳になったんだっけ。
どうってことは無い、世間話と家庭の苦労な話で、夜は過ぎていく。
―――2日目。今日も、いい天気だ。
今日のヤギ当番はフェイト。まず、朝に水と草をやり、その後ミルクを絞り少々頂く。
孤児院でもヤギは数頭飼われていた。そこは手慣れたものだ。
「…いいこいいこ…。」
ヤギは、周囲を見渡している。
やっとエサと水に口を付けるが、再び周囲を見渡す。
「…警戒している…?あなた、何が怖いの?ワタシ達がよそ者だから?」
ヤギは、周囲を見渡している。
近くに居るフェイトの事など、気に留めている様子はない。
…あっと言う間に、夜。
3人は再び情報を共有する。
「家の中隅々見てみたが、隠し扉や落とし扉、俺には見つけられなかった。明日はフェイトが見てみてほしい。俺より鋭いからな。」
「へえ、嬢ちゃん、シーフも出来るのかい?」
「いや、コイツは僧侶だけど、すっげえ鋭い勘がある。頭の回転も速い。」
「…そ、そんなことないよ?」
ミックは2人の顔を見比べた。
「アンタら本当に付き合ってないの?」
「ないです。」「ないが?」
ミックは呆れたような顔で酒を飲む。
「…嬢ちゃん、今日もちょっと付き合いなよ、酒。」
飲まないシルベールは、とっとと部屋に向かった。
―――3日目。今日もいい天気だ。
ヤギの水を汲みに井戸へ来たシルベール。
「ん?…これは…随分と…。」
井戸の水は、まだ枯れてはいないが、結構減っていた。
「そりゃそうか。此処に来てから雨は降っていないな。」
シルベールは1人で問題の答えを見つけると、組み直した水をヤギに与え、さらに家の中にも持ち込んだ。
…夜。3人は、3度の情報共有をした。
「水が減って来た。当たり前だけどな。」
「雨降ってないからね。」
「ヤギが怖がってる気がします。本当に、何か居るのかも。」
しかし、なんの気配もない。
まあいいか。最後はやはりそうなる。
「嬢ちゃん、付き合いなよ。」
…3日も付き合うと、ちょっとは飲めるようになって来た。
ミックは、フェイトに酒を注ぎながら小声で言った。
「…でさぁ。シルベール君。イケメンだねえ。驚きだよ。役者の様じゃないか。いや、それ以上。美しい、ってレベルだね。」
「はい、そう思います。」
「ぶっきらぼうだけど。口下手だけど。真っすぐなオトコだね。」
「…はい。優しくて、でも口にしない。紳士で、ちょっと子供っぽいの。」
「………好きなんだろ?」
「……私みたいな色気ないオンナの出る幕じゃないです。貴族みたいだし。」
「…でも、好きなんだろ?」
「…故郷に好きな子が居るみたい。いつも手紙書いてますよ。この間なんか…」
「この間なんか?」
「お金なくて、一緒の部屋で寝たんです。でも、何も無いです。姉弟みたいでしょ?わたし、恋の相手では無いんです…」
「その故郷のオンナから奪っちまう気はないのかい?」
「…きっと無理。それに、その娘、きっと泣く。」
ミックは、席の隣から手を伸ばして、子供をあやすみたいにフェイトの頭を撫でた。
「…済まない事を聞いた。ごめんよ、フェイト。アンタ、優しい、いい子なんだね。」
「やだ、やめてくださいよ。子供じゃないんだから。」
そう言ったフェイトの瞳に溜まった涙を、ミックは見ないふりをした。
―――4日目。
井戸水が随分減ってしまった。まだ、何とかなるが。
…夜、酒盛りは開かれなかった。
しかし、その夜。確かに、フェイトは感じた。
「…見られている…ような気がする。」
―――5日目。
井戸の水は、もうヤギの分しか無くなった。
シルベールとフェイトは、近くの川へ向かう事にした。
…川も、もうちょろちょろと水が所々。
「この辺は、乾季のある地域なのか?」
この辺りはパナティモア公爵領国境近く。この先、北の国となる。北の国の多くは、冬の雪が大切な貯水の役目を果たす為、滅多に水不足にはならない。
「うーん。分からないけど、そうなのかも。草も木も、水を待ちわびている感じだよね。」
手桶2つを持つシルベール。手桶を1つのフェイト。合わせて3つ。2日分くらいにはなるだろうか?
―――6日目。
最早、飢えではなく渇きとの戦いになって来た。
今日は、もう一度、川へ行こう。前より上流へ歩いてみよう。
今回も、シルベールとフェイトで手桶を持って行く。
ああ、ここ、水がある!!
水?
虹色の水?
2人は、おかしな光景に走り寄る。
どうやら、僅かながら水の沁みだす場所であるらしい。
虹色だった。
虹色の、蝶の群れが、僅かな水面に浮いていた。
無数の死骸だった。
「こ、この蝶、何!?」
「何だろうな。綺麗だが…。」
フェイトは、周囲を見渡す。
「どうした。フェイト?」
…蝶。虹色の朝。水。乾季。
この周りにある白いものは何?
骨。骨。骨。
何かに襲われた、動物の骨。
「…シルベール…この蝶、タマゴを産んだのかも。」
「タマゴ?」
「虹色の朝に、あの家に。」
「そりゃあ、あの家の周りぐらいだが?草原ポイ部分。」
「この蝶、肉食。」
シルベールの表情が硬くなる。
「雨を待っていたのは、私たちだけじゃない!」
「シルベール!卵が孵るとしたら!雨で孵るとしたら!?」
2人は、走り出した。
息も切れ切れに、走り出した。手桶は捨てた。
「…ミック!荷を持って!早く逃げるの!!」
「あ?シルベールはどしたい?」
「ヤギを連れに行ってる!」
雲が、集まって来た。
待ちにまった、雲が。
3人は、走り出した。ヤギと共に、走り出した。
そして。
遠くに、遠くにあの家が見える頃、雨は降り出した。恵みの雨。
雨に煙り、家の輪郭も良く見えないが、3人は確かに見た。
雨も上がらぬのに、家の周囲が虹に包まれるのを。
恐ろしい肉食の蝶が、無数に孵るのを。
そして、走って逃げた。ヤギと共に。
―――後日。
例の如く、シルベールから通報を受けた<魔術の塔>魔道師団により、蝶はほぼ退治できたらしい。
意図的な攻撃意志は持っておらず、また邪悪でもないが…。魔の蝶として怖れられるモノであったらしい。
それはそうだ。自然にある生き物は、食べるべくして食べるのであって、邪悪な意志で襲ってくるわけでは無いのだ。それが、人にとっては最悪の行為で在ろうとも。
故に、自然は恩恵で在り、畏怖でもある。
――数日を共に過ごした仲間との別れに。
フェイトは、今一度、まるで実の娘の様に、ミックに抱きしめられた。
「アタシは、アンタも好きだよ。フェイト嬢ちゃん。全て悪いのはオトコだ。アンタのせいじゃない。いつか、アンタ“も”泣かない結末を祈ってる。心からだ。」
「うん、ありがとう、ミックさん。」
――――――――
ここは、魔道国ツァルト、エディ王妃離宮。
その、一室。客間。
カレンティは、ミックの進めるとおりに、初めてのミルク酒を一口だけ飲んでみた。
甘い。これなら飲めそう。もっと気持ちが落ち着いている時なら、だけど。
ミックは、カレンティに勧めるというより、自分でガツガツ飲んでいる。
まるで酔いの力でも借りたいみたいな…。
大体、初対面のこの女性と何を話せ言うのだろう。私は、それどころじゃないのに。死にたいくらい。この数日、自分が何をやっているのか分からない。
エディ様の指示じゃ無ければ、最初から断ってる。
「羨ましい女の話を、愚痴だと思って聞いておくれよ。嬢ちゃん。嫌な言い方もするカモだけど、酒のせいだと思って聞き流してほしい。」
「はぁ。」
こんな時に、愚痴聞くの?わたし?
「ある女冒険者はさぁ、不遇な生い立ちだったらしいんだけど、最近、相棒を見つけたんだ。」
「はぁ。」
「エラくイケメンで、クールで優しく。気は効かないけど真っすぐな目の剣士だ。」
「はぁ。」
「命を賭けた旅の数々で、2人はすっかり相棒。女が惚れるのにそう時間はかからなかったらしい。」
「でしょうね。」
「ところが、幾晩2人っきりで過ごしても、男は女に触れもしない。女の心も気が付かない。筋金入りの朴念仁。」
「…ふうん…。」
「オマケに、男には、故郷に思い人が居るらしくてね。毎日のように手紙を書いては、大半は千切って捨ててるとか。」
「!?」
カレンティの鼓動が早まる。
「当然、女にもその姿は見えていて。恋してるのに伝えられない。でも、今の距離を失いたくなくて、男の前ではいつも笑顔だ。そんな子さ。」
「もう一人の羨ましい子。」
「…はい。」
「王子の侍女に収まり、何とその王子に想われて。どうしようと悩んでる。」
「…悩んでなんか…。」
「気に入らなきゃとっとと振れば良いのにねえ。」
「…そうね。」
「その王子は何と、世を知り、自分を鍛える為に、旅に出ちまった。でもいつも故郷の女が気になって、男はしばしば手紙を送ってくる。健気なこった。」
「…うん。」
「でもその子は、その旅に置いていかれたのが気に入らない。本当は一緒に冒険に出たかったのかな?オマケに…。」
「……。」
「どうやら、男の旅には女が同行しているらしい。そりゃあ気が気じゃない。ま、分かる。裏切りじゃ無いだろうか。当然、そう思う。」
「うん…うん。」
「でも男は、旅の女に指一本触れちゃ居なかった。健気に、今夜も女に手紙を書いている。」
「だれがそんな確認をし…」
ミックは自分を指さした。
「…今はそうでも、いつ…」
「可愛い女、2人。いや。馬鹿な女2人。」
「……ば……」
「1人は、チャンスなんだから自分から行けよ。何で顔も知らねえ女に遠慮してんだよ!って思う。他人の幸せを遠くから見て、無理に微笑んでさ。」
「もう1人は?」
「自分の幸せが見えてないのかい?今すぐ幸せじゃなきゃイヤなのかいって言いたいね。待てなくて、今言い寄ってくる宮廷の適当なオトコの許に嫁いだら、いつか後悔するんじゃないのかい?」
「…ヒドイ言われよう。」
「そんな、2人の、素敵な子さ。正直、どちらにも傷ついてほしくないって思った。どちらも、いい子だった。」
カレンティは、いつしか下を向いて、何も言わず。ただ、小刻みに震え、机を涙で濡らしている。
「ヤレヤレ、泣かしちまった。だからこんな役、嫌だったのに。」
ミックは酒を煽った。
「苦くて、聞いてるだけで羨ましい、恋。アタシが欲しいくらい。ガキ共捨てて良いならね。」
「…不安なんだもん!死にかねないような冒険して!オマケに相棒が女性で!私を忘れたらどうしよう!?私を裏切ったらどうしよう!?私が毎日こんなに待ってるの!きっと知らない!!馬鹿だもん、アイツ!わたしが誰の為にメイクを覚えたのかも知らない馬鹿だもん!」
ミックは立ち上がって、ボロボロ涙を流す侍女を抱きしめた。
「これは王家的には大層なルール違反らしいが…。いいか。これをやろう。嬢ちゃん。」
ミックは、カレンティの前に指輪を置いた。ハトの模様が刻まれている。
「これは…シルベールと同じ…。」
「エディ様から預かっている。“私の大切な娘”が必要なら渡せってさ。」
「エディ様が、私に!?」
「…魔法の指輪らしい。詳しくは知らないよ。じゃぁ、頑張んな。いつか、“誰も泣かない”いい知らせを待ってるよ。」
「ミックさんは、エディ様の…?」
「古株の護衛だ。外に出るときのね…。覚えてないよね。アンタが3歳くらいの時、エディ様が家に行っただろ?そん時から、エディ様がアンタに会う時はいっつもアタシ、嬢ちゃんに会ってたよ。だから、アンタの事も良く知ってる。困ったもんだよ。」
3、4歳の記憶では顔まではあいまいだ。確かに、居た。鍛えた体の女性が。言われてみれば、見覚えのある、優しい顔。
「じゃぁね…。」
ミックは、後ろ手に手を振りながら出て行く。
「ありがとう…ミックさん…。」
その背には、そんな言葉が聞こえて来た。
――――――――――
シルベールが、フェイトと別れ、宿の部屋に入ろうとした時。勿論、夜だ。
光の鳩が、シルベールに向かって飛んできた。
腕に止まり、その姿は手紙に変わる。
“郵便屋さん”だ…。母上か?
シルベールは手紙を取り、目にして。何やら困惑している。
それを見ていたフェイトは、ついつい声を掛ける。
「…何かありました?」
「いや、侍女からの手紙なんだ。ただ、訳が分からない。」
「あ、あの、どんな…?」
ああ、バカなこと聞いちゃった。彼女からの手紙に何言ってんのわたし!
…てか侍女なんだ。ふうん…。
「…なんか腹立つことでもあったかな。バカバカバカ連発で書いているだけだ。」
シルベールへ。
気を付けてね。ケガしないでね、するだろうけど。
シルベール。バーカ。バーカ。バーカ。バカバカバカバカバカバカバカバカバカ
バカバカバカバカバカバカバカ! カレンティ
「まぁいいや。お休み。」
シルベールは、扉の向こうへ。
フェイトも、自分の部屋に入り。明かりもつけずにベッドに倒れ込んだ。
シルベールが不用意に仕舞う前に、フェイトはその言葉を覗き見てしまった。
それを一瞬で読んでしまう天の才は、ここでは仇となった。
そうなんだ。羨ましいお姫様。シルベールに想われているお姫様。
アナタも苦しいんだ。はは。苦しいんだ。ははは。泣ける。
バカバカバカバカ。
わたしには、バカの一言一言が、好き、好き、好き、に読める。
知らない姫様。アナタも苦しいんだね?もしかして、私の存在を知ってる?
待つのが辛い?私が居るのも怖いんでしょ?怖くてどうにかなりそうに怖いんでしょ?
そして私は、気持ちを打ち明けるのが怖い。きっと振られるし。逆に何もしなくても、いつかシルベールは貴女の所に還る。
私は、未来が怖い。アナタは、今が怖い。
怖いもの同士だね。
フェイトは仰向けになって、その右腕で両目を隠した。




