第82話 最終話「愛しき呪いを共に」前編
―エピローグ―
<魔術の塔、9階>
「さて、マスターはどうなりましたかな?緑猫殿。」
「ああ。アリエス坊やなら、先日、目を醒ました…やれやれだ。」
「ほほ、実に。」
「妃達に散々怒られた様子。しかし、早速、懲りもせず、エレジエドの姫の所へ向かったらしい。」
「ほう。我らに挨拶にも来ず。口説きに。まぁ、それが政略結婚を意味するのであれば、マスターにしてはうまい考えですな。」
「ほう?」
「ただ一人のエレジエド王族とエレジエドの末裔の婚姻。まして、皇太子を破った魔術の王。エレジエドの民の誇りは保たれる。そのお子でも授かれば、疑いようのない皇太子。」
「ヒトの世は複雑なようだが、あの坊やがそんなことを考えるかね?」
「しかも、マスターの子がエレジエドを継げば、周辺諸国もエレジエドを受け入れざるを得ない。エレジエドを救おうと思うならば実に妙案。」
「益々持って、あの子が考えるとは思えないねえ。」
「…でしょうな。ただの、惚れっぽさ故。」
「…だろうねえ。」
「猫殿は、この後どうされます?」
「私は、うろつくだけだよ。主の愛したこの大陸をうろついて、守る。ま、この辺りは、坊やに任せとけば良さそうだしね。主の帰還を待ちながら、うろつくだけ。」
「冷たいようだが、真祖は、戻られぬよ、猫殿。」
「先日、アリエス坊やが魔界へあのように繋いで見せた。絆や想いと言うモノがゲートを繋ぎえるなら、いつか。いつか、真祖と繋がることも、有り得るだろう。」
「…そうですか、猫殿。ではもしも、真祖に言葉を伝えられる時があったなら。」
「あったなら?」
「新しきマスターには手を焼いております。お早いお帰りを。そう伝えてくだされ。」
猫は、大笑いした。
――――――――――
<エレジエドの姫>
ここは、エレジエドの広場だ。2か月ぶりに降り立つ。
「やぁ、エレジエドの皆さん!今日も、フランジ姫の所へ行ってきます!応援よろしくね!」
既に、人々は驚かなくなっていたし、復興に忙しい。
ツァルトやファルトラントからやって来た人間とドワーフの職人たちは、格安で家を建てくれる。街並みのデザインに関しては、エレジエドの技術者たちとファルトラントの技術者が協議の上、整備を始めている。
何であれ、その全ての工程で魔法が使われるので、街をビルドアップするゲームとまでは行かないが、早い早い。
現実に、アリエスの指揮のもと、エレジエドは国として造りなおされている。
彼を認める者は確実に増えて来ていた。
もう慣れっこになったアリエスの宣言を、毎度此処で散歩している老夫婦が拍手する。
「頑張れや。新国王。」
アリエスは飛んでいった。
そして、フランジ姫の居住区へ入り、ネリオとマリッサに軽く手を振り、寝室をノックする。
ネリオは今日の花を一瞥…。今日の花はバラか。一目で判る花。
…まじ?薔薇?本気!?ガンバレ!
「アリエスです。フランジ姫。2か月ぶりです。ちょっと仮死状態だったんで遅れました。薔薇の花。送りますね…。」
アリエスは、呪文で壁の向こうに、送ろうとした。
その時、静かに。扉が開く。
その隙間から、フランジ姫が怒った顔で、覗いている。
ソファで転がっていたマリッサが跳ね起きる。
アリエスは、静かに、彼女の手を取って、中に入った。
――ネリオとマリッサは、寝室の扉にへばりついた。
妃の部屋は、逆さに吊るされたドライフラワーで一杯だった。
アリエスが送った花だ。
疲れた顔のフランジ。薄着が目に悪いが、それよりも、怒っているのが問題だ。
「身勝手な人…。」
「良く言われる。」
「魔物になりかけて、仮死状態にされていたとか?」
「みたい。記憶にないけど。」
「“お妃達は”、さぞ心配されたことでしょうね…少しは、女や子供のことを考えて行動すべきです。戦う事より、威厳より。傍に居てほしい者もいるのです。」
「…妃達、みーんなに怒られました。すっごく怒ってました。」
「でしょうね。」
アリエスは、薔薇を差し出す。
「怒ってました。貴女と同じように。」
フランジは、その薔薇を見つめながら、それでも手には出来ない。
「僕のお妃に。フランジ姫。」
「わ、私は…まだ…。」
「今回の敵は、“時間”を操る女王で。恐ろしい敵で。僕らにとって“時間”は、老いを運んできて、家族を奪っていく。悲しみでしかないのかなって思いました。でもね。」
アリエスは、花束を、フランジの胸に。
「そんなことも、無いのかなって、思うんですよ。時に、時間だけが、悲しみを癒したり。新しい誰かを連れてくる。」
フランジは、恐る恐る、花束に触れる。
「先王と皇太子を偲ぶ儀を、すぐに行いましょう。上手く説明できないんだけど。僕と皇太子には戦いを通した絆があった。何て言うかな、年の近い兄弟の喧嘩のような。だから、きちんと偲んであげたい。」
「…そして半年後、僕と婚姻を。例え貴方の傷がずっと消えないとしても、その傷を少しづつ薄めるだけの幸せをあげる。」
「貴女は、皇太子と、僕。2人の男に愛された女性。それではダメですか?」
優しくフランジの髪を撫でていたアリエスの手。その手を姫はそっと取り、涙に濡れた自分の頬に添えた。
―――慌てて、ネリオとマリッサは扉を離れた。
咳払いをして、給仕たちを追い払った。
…そしてそのあと、目配せして、再びこっそり近づいて行った…。
――――――――――
<姫たちの選択>
―――少し前の、話だ。
悪魔化が進まぬよう、仮死状態に処置された状態で、アリエスは癒されていた。
そこは、神マテリアの祠から入る、暖かな、不思議な草原。
草原の草花は柔らかく生命力に溢れ、ベッドの様に優しくアリエスを包む。
ミルキシュは、魔族でありながら、その場に居る事を許された。毎日、口付けして、瘴気を吸いだす。
もう1人、横に居る神族ディヴァ。同じように口付けして、神気を吹き込む。
本人に意識があればさぞ嬉しい状況だろうが、欠片も意識は無く。
そして2か月近く。ようやく、目を醒ます。その瞳の色が蒼で在ったのを見て、ミルキシュは泣いた。
その後、アリエスは、ようやく自力で回復の道をたどる。
回復して間もなく、エレジエドの姫と婚約して来たのは誰もが呆れたが…。
そして、ある日、女神マテリアと神獣ディヴァに、あの祠へ呼び出された。
曰く、妃全員を連れて来い。道を選ぶ時が来た。
…こうして、アリエスと妃達は、一堂に集められた。
ダッカーヴァ女王ノエル。ノエルには、アゼルという息子が居る。アリエスにとって最初の子。
侍女姫ティアナ。その子はツァルトの皇太子セティス。
盗賊姫エディ。その子、王子シルベール。
ハーフエルフの姫、キャステラ。
酒場の薔薇、メイフェア。
吸血姫、シャルロナ。(昼間のため、壺の中。)
歌姫、アネモネ。息子は、ルピナス王子。
アテンドル皇女、アルティオラ。その子は、アテンドルの皇太子アウリアス。
薔薇のガーレル。子は、王女アルフィア。
魔女、イア妃。
まだ妃ではないが…エレジエドのフランジ姫。
同じく妃ではないが…サキュバスの、ミルキシュ。
未だに迷いながら此処に居る、神族ディヴァ。
「母上。女神マテリア。アリエス王とその妃を、連れて参りました。」
―――良かろう。我が声を聞け。
この時、妃達は遠くに…金色の光が在るのを理解する。
姿は見えないが――。間違いなく、何かが、在る。
フツーの生活では触れることも無かったはずの、大いなる何か。それが、心を圧倒する。
言葉すら、出ない。本当に、心から畏怖した時とはこう言うモノか。
―――畏れずとも良い。我と話したことは、やがて、心より薄れる。
―――というか…我が娘を入れて13人か。アリエス王。調子に乗り過ぎではあるまいか…。
「いや、本気なんでほっといて下さいよ~。」
…はぁ。
アリエスは、神のため息と言うのを、初めて聞いた気がする。
―――では、他でもない。アリエス王に。褒美を取らせる。
―――其方の願いは2つ。それなる、吸血の姫、そして、ダッカーヴァに石と化して眠る幼き吸血鬼を、人に戻す。それで良いな。
「さすがお見通し。お願いします。」
アリエスは、こればかりは神妙に、頭を下げた。
「え!?」
ダッカーヴァのノエル妃が驚きの声を上げる。
「お、叔父上たちの為に願いを…!?アリエス様!?」
アリエスは頷く。
「うん。その上で、アゼルとキミがダッカーヴァに残るも、僕の城へ来るも。決めていい。いや、オイデ。僕の城へおいで。」
ノエルは、涙を流してアリエスに抱き付く。
―――では、叶えよう。我は約束を守る。
―――だが、お前も約束を守らねばならぬ。人の時間を巻き戻す。それ以外に、吸血鬼を人に戻す術はない。それは、もっとも強大な存在である<時>に干渉することである。まして、そこなる娘に必要な時間は300年。
―――取引だ。アリエス王。願い2つとあらば、我が眷属として、ディヴァと共に我に仕えよ。その期間を1000年とする。
…その瞬間に、誰もが息をのんだ。
続く―




