第79話 「きみへ、この勝利を捧げる」
王道?ハイファンタジーです。この話を含め、本編完結まであと5話。宜しくお願いします。
古代魔法王国エレジエド。
王族は最早、皇太子の妃であったフランジ姫、只一人。
皇太子は戦死。先王も、決闘の末、亡くなった。
亡くなる前に、新たな国王と名指しされた男はまだこの国で戴冠式を行っていない。
戴冠式もそうだが、皇太子や国王の葬儀もまだ行われない。
辛うじて国政を動かしている賢者たちが話を進めようとしているが、新国王は相手にしてくれないのだ。
「今、僕は世界をかけて戦っているんで、全てはその後。今、ここでゆっくり偲んでたら皇太子が怒りそうなものだよ。」
今日もまた広場でひと演説を打ったアリエスは、そのまま、フランジの許へまた、花束を届ける。
部屋の扉の前で、呼びかける。
「フランジ姫。行ってきます。大げさではなく、世界の存亡をかけた最後の戦いでしょう。魔族の協力は得られなかったんですけど、まぁ、勝ってきます!」
反応は無い。
「戻ってきたら、またご一緒に歌劇を観に行きましょう!」
アリエスは、部屋の前で、あと何を言えばよいのか。少々迷った。
今から、戦いに赴く。相手は、神。仲間と、友と、妃と共に挑む。
その前に言うべき言葉が、あるのに。まとまらない。
そのアリエスに、侍女ネリオが静かに声を掛ける。
「アリエス王。今日の花は、それですか。」
「そそ。かわいいでしょ?」
「…本気ですよね。ただの贖罪じゃないですよね?憐みじゃないですよね?」
アリエスは、腕を組んで上を見上げた。
「…ちょっと…考え込むトコ?それ?」
「…いやいや。改めて思うに。」
「思うに。」
「…フランジ姫は、素敵なヒトだなと。」
アリエスは、姫の閉ざされた扉に向き直る。
「フランジ姫、この戦いは、神に挑む戦い。勝ってきます。じゃぁ、今日はこの花を貴女に。また、帰ってきたら別な花をお届けしますよ!」
そう言って、花束を魔法で飛ばした。
「アリエス王。ご武運を。」自然と、ネリオは声を掛ける。
「…ありがとう。じゃぁ、皇太子の仇うち、してこよう。」
ネリオは、不思議そうに見る。
「皇太子の?」
「…僕は皇太子の考え方、フランジ姫の扱い、民の扱い、魔素の扱い。全て嫌いだ。でも、何ていうかな、彼自身はキライじゃなかった。好敵手として、強さに己を捧げた彼を尊敬する。」
「…少しだけ判る。」
「女王の動向を教えてくれたのは助かった。おかげで準備できた。この勝利は彼に捧げよう。慰霊は多くの人だけど。」
アリエスは2人の従者に礼をする。
テレポート!
静けさを取り戻した妃の部屋。
侍女ネリオは、フランジの部屋をノックする。
「我らが姫…今日の花は…8つ目の花。サンビタリアだと思います。」
返事は無い。
「…フランジ様。フランジ様が、ツァルトでアネモネ様に花束を贈った時。姫はどうして、花束を渡したいと思ったんですか?」
「見返りが欲しかったですか?違いますよね?気持ちを届けただけですよね?」
返事は無い。僅かな物音はする。
「花言葉、知ってますか?」
ネリオは、よく知ったフランジ姫の寝室へ、本を一冊、送る。
”壁抜け”程度、親衛隊の彼女に使えないはずもない。
「貴方の痛みを共に」
「あなたと共に悲しみましょう」
「時間が貴方を癒す。」
「傷が癒えたら」
「…続きは、恥ずかしいからご自分で見てくださいよ。…捨てて無いでしょう?お花?捨ててる訳ないですよね、だって、あの人から貰ったんだもの。」
ネリオは少しだけ思い出した。冷え切った皇太子は、知る限りもう3年も姫の寝所を訪れていない。でも、だからといって、女遊びをしたと聞いたことも無い。
アリエス様と、何処か、似ているのかもね。正反対だけど。
「そんな意味だったんだ…。」マリッサが言う。
「余計だった?未亡人の恋愛にさぁ。」
「あの花の花言葉は?」
「…“私を思ってください”」
「…やだ照れる…。」
「あんたが聞いたんでしょ!」
「あ~あ。やり過ぎたかなぁ。あたし、クビになる?」
「なったら、一緒にこの2000年後の世界、見て回ろっか?」
「ちょっと。冗談で言ったんだけど…。」
「え?クビじゃん? まず、今ので怒らせてもクビ、アリエス様が上手く姫をオトしてもアタシら不要になるからクビ。」
「まじか!?」
「覚悟しとけー?」
――――――――――
バルスタッドの砂漠。
古の名は、バイアルスタッドであるらしい。
そこでは、太古の昔に、神々の戦いがあった。多くの神々が滅び、体を失った。または、その存在を失った。
そして今、その神々を破滅させた巨神と、こともあろうに人間如きが、戦いを始めようとしている。
人間側は、唯一の力は本来、その数を持って他にない…はずだったが、此処に集ったのは少数精鋭。
前線は作らない。時を操る女王に対し、接近戦は限定されるからだ。
文明の知恵、移動式の土台に据えられた、火薬を用いた大砲。ロングバリスタに、投石器。疑似生命を与えてオート戦力。
そして、グリフォンに乗る、魔法騎士団。単独に浮遊している、ツァルト魔道師団。
総勢を合わせ、2000人ほど。僅かにそれだけ。
その代わり、個別の戦闘力として、大陸中の猛者が集う。
神官連合の英雄たち、各国の、俗に言うSランク冒険者たち。
そして、<魔術の塔>称号を持つ者たち。
惜しみなく、世界の強豪が集う。
アリエスの近くには、妃達も戦いに参加している。
皇女アルティオラ。魔女イア。薔薇のガーレル。エルフのキャステラ。精霊魔法の使い手、メイフェア。
更に、“真祖”の使い魔である、緑色の猫。
<勇者たちへ。お集まりいただき感謝する。僕が魔術の塔アークマスター、アリエス・メイフィールド。この戦いに生き残り、祝杯をあげよう!>
<最低限必要な事実だけ、お伝えする。敵は、時を操る巨神。神すら滅ぼす巨神。ヤツの炎に巻かれれば、一気に時を流されて、砂に帰る。従って、この戦いの最中、けが人を救う方法は無い。また、死者を甦らすこともできない。>
<故に、時が来るまでは、超遠距離攻撃で戦う。目標は、女王の額にある“時の転輪”!それを我らの誰かが手中にし、発動する。時の流れを中和するんだ。近距離戦はその時まで、ない。また、それを持ってようやくの互角。倒し方は不明だ。全く持って、手探りの最悪な戦いだ!でも、勝たねばならない!>
<さぁ、戦いの火蓋はこの僕が切ろう。北と南から、女王の配下と思われるデカい人形が迫っている。待つ必要はない。目標は、巨神の女王“タイム”!攻撃開始!>
アリエスは、呪文を唱え始めた。
“メテオ!”
女王の頭上に、巨大な隕石が現れる。
良いのだろうか。巨神と共に、この大地を砕かないだろうか。そんな大きさだ。
仲間は、敵からおよそ1kmの遠距離で時を待っているが、この時アリエスが呼んだ隕石は直径300m。
爆裂で我々が全滅しないだろうか。大陸が崩壊しないだろうか。そんな気がする。
アリエスは。防護壁をぐるりと回した。爆裂に備えたものだ。
隕石は確かに女王に近づいた。
だが、爆発は起きない。
女王の手前で、100mは手前で…黒い粉に帰って行く。
<やっぱだめかぁ!皆さん、見ての通り。物質召喚系は無意味。純魔法で行くよ!>
前回の教訓を意識すれば、女王の“時の輪”の範囲には入るべきではない。
人形3体を吸収した女王の“時の輪”。30mほどだったはずが、今のメテオ消滅を見れば、最低100m!
通常の魔法の射程が30mから50mであることを考えれば、術者は数倍の魔力を消費して安全距離から戦わねば。
如何に、此処に居るのが猛者たちとは言え、負担は大きい。
…だからと言って、更なる人形の吸収を許すわけには行かないのだ。
遠距離の純魔法に対しては、時間の膜は影響していない。どんな内規が在るのかは知らないが。
火炎を撃つ。女王の表面を燃やす。冷気を撃つ。雷を撃つ。女王を砕く。
衝撃! 疾風撃! 雷槍!
確実にダメージを与えているはず!
<額に集中を!時の転輪を落す!大丈夫!壊れない!>
そう。壊れるはずがない。女王の“時の攻撃”ですら壊れないのだから。
女王は、次々再生していく。
壊れた先から、再生していく。その速度は、<一瞬>という言葉が相応しい。
<巻き戻されている>。そんな感じだ。
でも、効いていない訳じゃない。無駄な筈はない!!
女王は、額を守る様に手を挙げながら、いつかの様に、甲高い機械のような音を発し始めた。
何か、来る!
<みんな!下がって!下がるんだ!何か来る!!>
女王が、両手を広げる。
世界をいつくしむ様にすら見える所作で。
同時に、何かが、広がって来た。
!!
それに一瞬で気が付いた者は、一流の中でも視野の広い者達であっただろう。
女王の足元。遠くに在った岩が、突如崩れ落ちた。
戦いと関係ない、150mぐらい先の岩が。乾季に強い樹木が、崩れ落ちた。
<離れろー!>
次々に風化していく。砂に。粉に。
時の輪が。全てを無に帰す時間の輪が、広がった。
いや、広がっている!進行形だ!
何名か。10数名は、飲まれた…。一流の猛者たちが、悲鳴を上げる時間もなく。
人間たちは、下がり続ける。
いや、下がる以外に、何もできない。
既に、女王を守る時の輪は、500mに達した。
<アリエス王、どうするのだ!こんな超遠距離になっては、魔法も…届かん!いや、一撃届いた程度でどうなる!?>
500mであれば、精神を20倍近く、消費する。
このまま、下手をすれば。下手をしなくても。
更に呼び寄せている人形。それを吸い込めば。女王の操る風化範囲は広がるのではないのか!?
いや、単純に仲間を増やすであっても最悪だが。
この災厄が近づいた国は、亡ぶしかないのだ。
唯一の救いは、現時点では動きが遅い事か。
ゆっくりと、女王の向かっていない場所にのみ人は逃れ逃れて、やがて滅ぶのか?
作物も草原もない、砂に追い詰められ、処刑が執行されるのを待つのか?
<皆。距離を。時間の輪が広がらないように見張りながら。少し、時間をくれ!>
アリエスの許へ、妃達が。
魔術の塔、頂点の者達が。伝説の英雄たちが集う。
「アリエス坊や、策はあるのかい?」 300年生きている緑の猫が訊く。
「あると言えばあるし、無いと言えば無いんだけど…。」
「みんな、聞いてほしい。僕は先日、魔界へ潜って。罠を仕掛けて来た。判ったことは、やはり魔界では魔法の威力が格段に上がる。でも、怖ろしい代償があってね。魔界の瘴気を吸ってしまう事。で、最悪魔物に近づいてしまうってことだ。」
「…でも僕は、やはり魔界の力を借りて、ヤツを倒す。再生することが出来ないように、骨ごと塵に還す!」
<だから、それはどうやってだ?>
<魔族魔族と。神族はどうした?ましてオマエには、神族の娘が同行しているじゃないか!?>
仲間達は、ディヴァを見た。
「ディヴァのせいじゃない。神々に願うのは当然の気持ちだろうけど、神々の神聖魔法では、時の女王を倒せないんだ。倒せるのは、魔の力。そう、魔法だ。」
「僕の最後の賭けは、いや。戦いに賭けなどあってはいけないんだけど、“アーティファクト”を使う。」
「…ただ。もし僕が、正気を失っていたら。その時は、任せた。もし、もし死ななきゃならない時は、妃達の手で死にたい。」
妃達の反論を背に、アリエスは、少々、南へ飛んだ。
ヤツはもう、それなりに西へ移動して来た。時の輪の範囲に入らぬよう、近づく。
ヤツは、小川の様に、ポタポタ、血を流す。
あれは、ヤツの血なんだろうか。吸収した何かの、血なんだろうか?
それすら、賭けだ。
アリエスは、首の、純白のケープを外す。
アリエスにとって、1kmは許容範囲だ。時の中を、小さな小さな美しいケープが、ふらふら舞う。
これはアーティファクト。時の果てまで存在し続ける。
…どのくらいまで?
ケープは、その中を…。時間の輪の中を、消えずに進んでいく。
そして、女王の下へ、潜り込んだ。
ポタポタと滴る、血。
ケープは、その血を吸った。真紅に、染まった。
アリエスはそれを手元に呼び寄せた。
「みんな。離れてくれ…。1kmぐらい。」
「アリエス!向こうから!北と南から!でっかい人形が来る!!」
「迷っている時間はないかぁ。」
怖い。恐ろしい。このケープに触れた瞬間に、僕は砂と崩れてしまわないのか?
「ヴァンパイア・ケープよ。邪神の作った神具よ。お前は、成れるのか?相手が神でも?」
ああ、そうか。なんか、記憶にモヤが掛かるんだけど…この神具を生み出した邪神…あなたは、死神か?
古に、神々と唯一共闘した、死の神。死神。そうなのか?
「“変化せよ!”」




