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<魔術の塔>のアリエス   作者: なぎさん
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第78話 「大魔界グリーティング」

 アリエスは、ミルキシュと共に、東の果ての、異界の門へ近づいた。


奈落。開きっぱなしの、地獄の釜。魔界へつながる門。


これがある限り、人間の世界が真に平和になることは無い。


そう言われてきた。



 だが、そうでは無いらしい。知らんけど。


存在する確かな理由があるらしい。理解できないけど。



 アリエスの親友でもある大神官、シャーリー。


彼は、彼女が伝えに来た言葉を信じてみた。


「<魔族の力を借りるべし>。どういうことかわかんないけどね!」


いや、判る。


エレジエドの王、マーガノハのアドバイスと一致する。


神の言葉…いや、そこは記憶があいまいだ。自信がない。



 だから、奈落へ飛んでみた。ミルキシュと一緒に。


 サキュバスの亜種と思われるミルキシュは、人の知識を元に成長してしまった希少種だ。


心は人、体は悪魔と言うような存在になってしまった。



 でも彼女は今、結構満ち足りていて。


普段は、エリゴール城塞都市群、ガランサンにほど近い、小さな農園に潜り込んでいる。


一般の人間の記憶を操るなど彼女にとっては楽勝。


そこで、年頃の姉妹を相手に、本当の姉妹の様に過ごしている。


そうかと思えば、時々、ツァルトの城に来て、恋人として夜を過ごしている。



 言う間でもない事だが、そして深くは言わないが、アリエスは彼女をも妃にしようと思った。


でも、ミルキシュは断ったのだ。彼女の手には指環が光っているが、断ったのだ。


「あたしが、城で清楚な生活できる訳、ないじゃんね。他の妃と共同生活?子供たちの母として優しく微笑む?ムリに決まってんでしょ?城は恋をしに行くところ。」


いつかみたいに、アリエスの唇を指でなぞりながら。


「まだ、お城はあたしの家じゃなくてイイ。あたしは妃じゃなくて、恋人。それがいい。」そう言った。




 「…じゃぁ、先に行く。打ち合わせ通り、キミはごく普通の魔族として、動いてほしい。例の件は宜しく。あと、予定外の動きがあれば指輪で。」


アリエスは、飛び去ってゆく。


ミルキシュは少々時間を置いてから出立だ。体を、溶岩のような皮膚で覆う。戦闘モード。


「魔界へ里帰り。ぷっ。」


ミルキシュは1人で微笑む。こんな運命になろうとは思っていなかったから。



 まさか、人間を好きになるとは。求婚されるとは。


ミルキシュは、コウモリの羽を広げ、羽ばたかせる。


遥か向こうでは、誰かがまき散らしているであろう蒼い雷が踊り狂っていた。


蚊柱の様に、夕方山へ帰るカラスの膨大な群れの様に、1人の黒い点を追いかけて、魔族が小さな門へ雪崩打つ。



 …いや、言ってること違くない?交渉するんじゃなかったっけ?


バルスタットの“人形”たちを倒すのに、魔族に取引を持ちかけるんじゃなかったっけ?


…勿論、悪魔と取引して無事な奴は限られるけど…。



 ミルキシュは、毒の泉にある、空間の渦へ。生まれ故郷の、魔界の門を潜った。


揺らぐ、空気。血の匂い。死の匂い。


永遠の薄暮。漆黒の闇夜じゃないのは、何故だろう。


魔界は100を超える階層と言う説もあるけど、此処は何処なのだろう。



 ミルキシュは飛び回りながら、目立つ何かを探した。


蠢く骨、昆虫のような生き物、蛇のような生き物、実態を持たぬ何か。血を振りまく壁、内臓の様に動く大地。


急に低くなる歪んだ天井に、脈絡なく切り替わる上下の肉の通路。


カオス。決まりなど不要。



 そんな中を、高速で飛び回りながら、呪文で次々に下級悪魔を蹴散らしながら、叫んでいる人間が居る。


「この間、僕を殺そうとした悪魔!お前ぐらいの実力者が必要だ!出て来い!取引しようじゃないか!」


ミルキシュは半ば呆れながらそれを見る。


とか言いながら次々悪魔を撃ち落とし、汚らしい大地をより汚らわしく染めている汚らわしいヤツが取引しようぜとか。汚らわしいにも程がある。


相手に人間の知識があれば、「どの口が言ってんだ!?」って感じ。



 いつかの魔法の翼だって、改良してるし。


雷だけじゃダメだったから?前より遥かに短いけど、雷、炎、冷気。3種6枚の羽根を生やして。まるで悪魔じゃないの。


…て、まぁ。そんなバカみたい強いヤツがあたしのオトコってのは、ちょっとイイ気持ちではあるんだけど。



 ミルキシュは、ほんの少し記憶にある場所へやって来た。


周囲を眺め。大きな骨に近づいていく。


「ただ今。お母さん?」


確かに、これ、からアタシは生まれた。


別に、母としての感慨はない。大体、父が居るのかどうか。人の知識としては、なんでアンタはデカいのか。人間のオトコがお相手ってわけないよね、そのデカさで。単体生殖?


ミルキシュはそれ、に触れてみる。巨大な骨に。



 長い年月の旅をした、終焉。


何だろう、それだけは感じるし、敬意を感じるのだ。お疲れ様。お母さん。



 ふと、頭をよぎる、何処かで聞いた、おとぎ話。


<世界で最初の魔法使いは、太古に人間の子を宿した魔族、その子供だとか?>


ミルキシュは、はるか遠くで魔術による暴力を振るいまくる荒くれた男の顔を思い出しながら、ちょっぴり思うのだ。


…古代魔法王国の先祖が、魔族の血を引いた人間である可能性。



 アタシと抱き合っても、魔力を吸いつくされるどころか、下手したら、いや、下手しなくてもアタシの魔力を吸ってくるアイツ。


…まぁ、関係ないことだけど。


ミルキシュは、母の骨をその鋭い爪で1つ。砕いて、手にする。


貰っていこう。邪悪を振りまくモノでも無さそうだし。



<アリエス。終わったよ。>


<ミルキシュ!丁度いい。退却するよ!ヤバいの出て来たし!敵の数、膨れ上がって来たしマズイマズイ!>


ミルキシュはため息をつく。



 アリエスの目の前に、ついに、ついに、お目当ての魔族が姿を現す。


「アリエエエス!メイフィイイルドォォオ!」


アリエスの背から、声が響く。数千の魔族の、甲高い蟲のような異音に混ざって、悪魔言語でそう呼ばれた。


アリエスは振り返る。


振り返ったアリエスは、欠片の疲労も感じさせない魔力を迸らせる。


「来たか。待っていたよ。力ある魔族!共闘しないか!西の巨神を共に倒さないか!?アイツは、ヒトも神も魔も滅ぼすぞ!」



 竜の羽に狼の顔、6本の腕にそれぞれ魔法の触媒武器を持ち、下半身はヘビ。服装や装飾品で、高位である事は間違いないだろう。


 狼の表情を読み取るのは難しいが、何かを“得たり”とした表情で。


「それがお前の真の姿か。そうであれば、話を聞く価値があるかもな。殺す前に。」


と言った。



 アリエスにはその時、その意味は判らなかった。だが、まずは飛び去る。


ちゃーんす。そうとも思う。



「は!共闘は無理かい?じゃぁ、倒すのみだ!魔族!!」


倒すとか挑発しておいて、飛び去る。


アリエスを追って、千を超す飛行魔族が追いすがる。


急上昇―――。



 アリエスは、黒雲のような数を引き連れて、ついにゲートを抜ける。


はは。魔界の魔力、無尽蔵吸収タイムは終わりか~!惜しい惜しい!



 アリエスは抜け出て、それでも尚、膨大な数のマモノが追ってくるのを確認する。


そして、同じ速度を保って北へ。北西へ進路を取る。


「あはははは!追って来い!」


魔力によるハイを感じる。我ながら余り図に乗るのは良くない。



 背後から、あの強烈な魔力も追ってくる。


そうだ。アンタの力を貸して欲しい。行こうじゃない?


「貴様、逃げるか!逃げられると思うか!?」


魔族は、アリエスを追い始めて、ふと止まる。



 いや、待て。


あの男が、無意味に魔族を挑発するか?


飛行魔を引き連れて何処へ向かう?



…西の巨神との戦いに巻き込む気か!?ニヤリと振り返り、マステレポートに巻き込むってところか?


<全軍、止まれい!!>


アリエスを追いかけていた魔族たちが即座に止まる。


「何!?」


<貴様の企みは理解した。その様な判り易い誘いに乗るほど愚かではない。随分と、人間は焦っているようだな。残念だが。巨神とは、お前らだけで遊べ。>


「ちぇ。ケチだなー!1万ぐらい貸してくれてもいいだろう!」


アリエスに対して返答はなく、ただ勝ち誇ったような、嘲るような笑いだけ聞こえて来た。


魔族は、奈落の穴へ引き返してしまった…。



むがー。腹立つー!



 渋々、アリエスは、ミルキシュとの合流地点に戻る。


前に一度来た、立ち並ぶ岩山の尖塔、その奥だ。



 ――ミルキシュは、岩の頂上で休む男を見つけた。


「残念だけど、うまく行かなかったねえ。」


声を掛ける。


アリエスは振り返ると、「そっちの首尾はどうだい?」と言いながら、ミルキシュを抱き寄せる。



 全身の鎧を解き、本来の姿…セクシーな姿のミルキシュは、アリエスの手の中で、彼にこう言った。


「アリエス。この作戦、間違っていたんだと思うよ。初めて魔界に入った時とは違うんだよ。今のアリエスは、魔界に何て入るべきじゃ無かったんだ。それが、作戦で在ったとしても。」


「…何を言っているんだい…ミルキシュ。」


「お前は、あの優しいアリエス?お馬鹿で女好きなアリエス?」


「…人違いだ。何時でもキミだけを見て優しく真面目な僕だよ。」


「良かった…まだアホなアリエスだった…。」


ミルキシュは、強く抱き着いた。


「半分本気だったのにヒドイ…。」



「…アリエス。お前の瞳は、銀色だったか?」



アリエスは、鏡を取り出して、震えながら自分を見た。


「魔力と共に…魔界の瘴気まで…僕は吸い込んでいたのか。」



ミルキシュは、そんなアリエスに優しく、手を伸ばす。



 ふふ、大丈夫。助けてあげるよ。アリエス。


あたしの部屋に行こうよ。あたしが、“吸ってあげる”。


意識してみて。あたしからは何も吸おうとしちゃ駄目。


―――――――――――


 その朝の事だ。アリエスの許に、聞きたくは無かった報告が入ったのは。


誰も、手出しできなかったし、手を出したところで、誰かが消滅しただけだろう。


その朝、女王の首は、3体の人形と合流を果たした。



出来ればそうなる前に、手を打てれば良かったが…。誰もが、探したが、太古の神話はあれど、その詳細まで。ましてその倒し方など、何処にも書いていない。



巨人の女神”タイム”の首が、人形と呼んでいた3体の巨神と出会う。


女神タイムは、その口を大きく開く。


3体の人形は、自分から、自分を粉にしているような従順さで、女王の口に吸い込まれて行く。


それに反して同時に、女王の体が、出来上がっていく。


黒い、ビニールのような体表。唯一違うのは、女性的なフォルムであること…。


女王タイムは、腹のあたりまで、復活を遂げた。



相変らず、血が滴っているが、随分と減った。


女王の目は、何かを探す。



この地から一番近い街は、バルスタッドの街、ホルディナー。


次は…首都。



ゆっくりと、ゆっくりと。西を向く。


仮に意識や感情が在るのなら、焦ってなど居ないのだろう。女王には、永遠ともいえる時間があるのだから。



―――アリエスの瞳が青に戻った、その朝の事だ。


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