第8話 「北へ。二度目の敗北と。」その②
北の国、ダッカーヴァ公爵領に赴き、事態の収拾に向かうアリエス。そこに居るのは、己の秩序と法に従う、邪悪。
第8話その②。(第8話終了。後編です。)
―――再び、ダッカーヴァ公爵領。
…何が、起きた?
砦の大きな城門はぶち壊されていた。冬の冷たい空気を全身で受け止めていた。
建物は古くないが、異様な静けさが廃墟の様。
しかし、これが、人々の噂に上がって僅か一日の事なのだ。
ダッカーヴァの主力部隊から増援が来たと言うが…。
あの、公爵付きの賢者は大した力では無かった。お抱えの魔術師も同様だ。ダッカーヴァの魔法的な戦力は乏しい。だが、それを差っ引いて余りある物理的な攻撃力がある。砦には、何台ものバリスタが供えられ、一部には最新の砲台がある。火薬を用いた画期的なモノだ。
勿論、アリエスはそれを否定しようとは思わない。現に、友でありパーティーの仲間である剣士ム=ラなどは、アリエスが手を抜こうものなら切り捨てられる化け物。魔術は最強ではなく、剣も最強でもなく。強いものが、強いのだ。
そして。援軍が来たはずなのに、砦は壊滅していた。
鷹の姿で上空を旋回し、次に黒猫になって門をくぐったアリエスが見たのもがそれ。
城門は破壊されている…。焦げ付いている。分厚い「金属の補強材」が入った板が。
…そして。死体。死体が転がっている…凍り付いている。剣で切られた傷ではない。
引きちぎられたような死体。焦げた死体。溶けた死体。死体。死体…。
ダッカーヴァの兵だけではない。盗賊団の死体もだ。確かに、盗賊団はここへ逃げ伸びた。そして、少なからず兵たちとの戦闘もあったのだろう。しかし…。
何が。何が。何が。その答えは、いともたやすくわかる。
城門をくぐって、大きなホールに出るまでなく。見えるのだ。ゆっくりと蠢く、巨大な影が。複数の影が。
竜だった。竜に似たものだった。
人間と竜の混ざったような醜い何かだった。体長は2m50~3mだろうか。言ってしまえば、首と顔が竜にすげ変わり、竜の逞しい筋肉と翼、尾を持った人間たち…が徘徊していた。
目に、知性の光はなく。うろつき、何かを探す。何かを。動く何かを。多くの者は、衣服を…衣服であったであろう、布を所々に身につけていた。
キメラより、酷い。アリエスは吐き気を感じた。生かしておく必要は無さそうだった。
人間の姿に戻る。
「<ブレイド・バリア!>」先日、赤の魔術師が使った呪文。アリエスの周囲を100を超える剣が浮遊し、驚異的な速度で回転する。
竜もどきたちは、人間の香りを感じ取ると一直線に向かってきた。
…そして、次々に回転する刃の餌食になっていく。
これは戦いでは無かった。ただの処分だ…。
火を噴くものが居た。酸を吐くものも居た。酸は<フィールド>で防いだが、火は<メタライズ>で十分。苦戦することはない。だが、それは自分だからだ。これだけの数の異形。砦があっという間に陥落して何の不思議もない。まして、剣に重きを置くこの国の部隊では相性が悪すぎる。
多分…内部にいきなり現れたか…入られたのだ。外のバリスタや大砲は無事だった。
恐らく一通り、無表情に、無慈悲に処分を終えたアリエスの前に、一際小さな、竜もどきが現れた。
走り寄ってくる。
「子ども…?」
アリエスはブレードを解除してしまった。
相手は逡巡なく、アリエスに嚙みついた。メタライズで、歯は通らなかったが。
小さな竜もどきは何度かアリエスを噛み砕こうとして、出来なかった。その内、何故か苦しみだした。
「あああああぁぁぁあ」
竜もどきの姿が。首と、顔が。人間に戻っていく。目に、知性の光が戻った。
幼い、少女に。
「あぁぁあ、あ、人、人…たすけああああ」
首が、再び伸びて、縮んで、顔は竜に、人に。
「誰だ…誰がこんな酷いことを!何の実験を!こんな、幼い子にまで…何故!」
「それは、公平だから。」
背後から聞こえた落ち着いた女性の声には、自身に満ちた艶やかさがあった。。
振り返るー。
「…悪意は、感じなかった…何者だ?」
「それは、悪意が無いから。当然の事を普通にしているから。」
その女は、20代前半に見える。強いウェーブの、膝まで届きそうな長い赤い髪。異様に白い肌。美しいと思う。だが、美しいと思ったら死ぬ気がする。
「なあ、魂の尊さは、誰もが公平だろう?悪の限りを尽くした盗賊も。無垢な少女も。」
「違うね。命の重さが同じでも、魂の重さは違うんだよ。汚れない魂と、汚れた魂とではね!」
「ほう、言うね、紫髪。」
「では、救ってみたら?その汚れなき魂。」
「<ストーンシェイプ!>石化!!」アリエスは、小さき竜もどきを石に変えた。
「お前を倒してから…!な!」
「<アンチマジック…>」女は、対魔法の呪文を唱えた。
アリエスは、特に驚かず、次の呪文を唱えた。
「<タイム・フリーズ>」
女が、次に息をした時。
視界が無くなるほど、周り中を、鋼のワイヤーが取り囲んでいた。
アンチマジックは自分の周りに張る範囲魔法だが、既にある存在を消すわけでは無い。だから、この状態では進めない。アンチマジックが切れた瞬間に、ワイヤは縮むだろう。積みだ…。
だが、女も、驚きもせず言った。
「そう。それが魔術師の限界。その驚くべき魔力もその程度。時を止めても、倒せなければそこまで。」
「…でも、動けないでしょ?」
女は、前に歩み出した。
容赦なく、体が寸断される。鮮血が床を濡らす。だが―――。
細切れになっても、女は再生していった。笑いながら。苦しみながら。
「!!」
女は、アリエスに近づいて来た。
負ける。多分。負ける。今すべきことは、もう一度時間を止めて。
逃げるべきなのだろう…。この、正体不明の美女から。
「オマエ、良いね。抱いてあげてもいい。」
「…遠慮しとく。」
「なぁ、質問に応えられたら今回は見逃してあげてもいい。可愛いらしい。」
「それはどうも。」
「…私は、真の邪悪で在りたいのだ。美しい悪に。どう思う?この哀れな竜の少女はどうなるべきだ?」
「………」
「盗賊団から逃げ隠れていた幼子の額に<竜の丸薬>を押し付けてみた。結果は見ての通り。大変美しかったが、不完全だった。ま、キメラだ。盗賊団の連中には<飲ませて>見た。期待通りの活躍だった…さて、私のヒントは終わりだ。どうだ?答えられるか?それとも。死ぬか?」
アリエスは、竜の少女を見た。
ずっと、見た。
「<分解…ディスアセンブル>」
竜の少女の石像は、粉になった。
―――王子。世の中には、あるんだよ。どんな力でも、取り戻せないものが。悲しいことに、あるんだよ。
「ほう、素晴らしい答え。」
「…お前を倒す…必ず…」
「ふふ、逃げ出す男が言うセリフ?」
「私は忙しい。次は北へ行く。だが、また南へ下がってくる。この国へ。それまでに、いい男になっているといい。」
「<テレポート!>」アリエスは逃げ出す。それしか、出来なかった。
「期待しているよ、才気ある魔術師。ははは」
――――――――――
魔術の塔。真。
テレポートで飛んできたアリエスを、エディは可愛らしい笑顔で迎えた。
珍しくアリエスは無口で、軽口を叩かなかった。
………夜。深夜。
エディは、隣にアリエスが居ないことに気が付いく。
部屋を見渡すと、階下に連なる階段から光。魔法の光。
エディは、そっとベッドから降りて、下を覗き込む。
肉眼で表情が見えるぎりぎり、下の方で。
アリエスが書物を読み漁っているのが判る。
アイツ、あんなに一生懸命に。ぷ、初めて見た。揶揄おうか。
だが、エディには出来なかった。
アリエスの苦しい声が聞こえて来たから。
「無いじゃないか…やっぱり、無いじゃないか!キメラを戻す方法なんて無いじゃないか!何が、古代の魔法!何が、無敵の魔法!何が、大陸の守護者!」
「何が…アークマスター!」
エディは、足音を殺すではなく。でも静かに、螺旋階段を降りて。
アリエスの背中を抱きしめた。
「…いつもより荒々しかったのはそういう事?ひどい男。女に当たらないで。」
「…ごめん。カッコ悪いね僕…」
「嘘。本当は嬉しいんだ。私に甘えてくれて、ようやく対等になれた気がする。」
「何を…守れなかった?何を失った?。言わなくてもいい。でも、お前に助けられて、今幸せな女なら此処に居る。お前が守れた女は此処にいる。」
「今さら、守れないからサヨナラ、は聞く気無い。責任とれ。死ぬまで守れ。私を。ティアナを。」
…自分でも驚くほどに、エディは守られることが嫌じゃなくなっていた。
「…うん、悪い女に捕まった。」
「諦めろ。」
2人は、笑った。
―――明け方。いつしか、近いうちに。
妃になってほしいというアリエスの言葉に、エディは恥じらいながら頷いた。
「妃の1人なんだろう?知っているぞ。」
…続く。




