第76話 「花束」
その操り人形のような動きからか、人々は、3体の巨神を、人形、そう呼んだ。
バルスタッド軍の撤退が完了すると、その巨大な人形たちは動きを止め、南を揃って向いた。
まるで、何かを待つ様に。
そう、南からゆっくりやってくる、女王の首を待つ様に。
それが出会った時、何が起きるのか誰も知らない。
だが、「知らない」と、「予想もつかない」、は別だ。
アリエスは、皇太子メルヴァの言葉を伝え聞いた。そしてそれを信じる。
「元の体を求めて、吸収する」
ならば、3体の人形は、きっと…。
神官たちは、あらゆる神に仕える神官たちは、神託を求めて祈る。
その幾人かは、僅かな手掛かりを得たが、誰も信じなかった。
多くの神託は無視された。
誰が、信じると言うのだろう。<魔界の力を借りろ>などと。
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巨神との戦いが余りに衝撃ではあったが、人々はもう一つの、より身近な脅威を忘れはしない。
だが、古代魔法王国の軍は、敗走し、皇太子は行方不明となった。その事実は周辺国家を勇気づけた。
今こそ、他国に牙をむいたエレジエドを攻撃すべき時である―――。
そんな、強硬派が居たのは事実だ。だが、最早全権を握るに等しいツァルト王アリエスは、それを良しとはしなかった。
無血開城して見せる。いや、最低限の犠牲で、エレジエドの牙を抜いて見せる。
そう言って、大陸の諸侯を説得したのだ。
だから、アリエスは、再び、単身。城下へ乗り込む。
ああ、単身ではない。虎が同行している。
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アリエスが、城下の街並みに降り立った時、周囲の者達は既に攻撃の意思を持っていなかった。
いや、むしろ、若き王が単身乗り込んできたことで、思い知らされたのだ。
皇太子の敗北を。エレジエド軍の敗北を。
高貴なる血筋を自負していたエレジエドの民は、今度は自分達が追い詰められるのだと、恐怖した。
目覚めなければ良かった。石のまま、眠っていれば。
この、空気が揺らぐほど魔力の溢れ出る他国の王に逆らえば、どうなるか…。
その怯える彼らに向けて、アリエスは言う。
「皆さーん!ツァルトの王、アリエスでーす!」
「怖がらないで下さい。戦争、やめましょう。我々と同じ、1つの国として暮らしませんかー!?」
「僕はそれを、国王に申し立てようと思うんですよ~!」
「協力してくださいなー!」
素直に受け取った者は、もしや安寧が得られるのかと感じた。
大半の、疑うモノにとっては、ずる賢い罠にしか見えなかった。
アリエスは、城には入らず、周り中に聞こえる、いや、聞こえるように、王に言葉を投げかける。
「エレジエドの王!マーガノハよ!大賢者マーリーンの子孫たるこの僕、アリエスがお願いに参りました。戦を辞めましょう。目覚めたばかりの民に、平穏を。我ら大陸の国々、エレジエドを仲間として受け入れる!如何!」
返答は無い。
「…て言うかですね!一緒に巨神を倒す方法を探さないと!手に負えないですよ!」
「あなたなら、知ってるんじゃないですかー!?太古の歴史を知る、エレジエドの国王よ!」
返答は無い。
虎は、人に戻って、アリエスに耳打ちする。
「アリエス。説得を続けてくれ。我は、フランジ姫に会おうと思うのだが。」
判った。頼む。話には…聞いている。様子を見てあげてくれ。僕も後で行くよ。
――――――――――
廃墟の様に、城の中はシンとしている。
虎が、人の姿で歩いても、誰も止めはしない。
落城寸前。そんな雰囲気だ。
魔神と呼ばれる国王マーガノハは、まだ健在である。魔力は、アリエスより上だという。
なのに、何故だろう。
―――それだけ、皇太子が前面に居た国だったという事か?
年齢的にも、国王はかなりの高齢と聞く。
ディヴァは、誰にも邪魔されず、妃の部屋にたどり着いた。
部屋は二重の四角構造。妃の生活空間が中央、その周りを、従者が暮らす。
ディヴァが入ってくると、ネリオとマリッサは礼をした。
「姫はこちらに?」
「ハイ。ですが…私達にも心開いてはくれません。」
さすがのディヴァも、アリエスへの伝言以外は、聞こえくる程度しか知らない。
「皇太子は、首だけの巨神に吸収された。本当にそうか?」
「はい。見ました。この目で。」
「姫もか…?」
「…はい。共に。」
「お茶を出してくれるか?ネリオ殿?」
「…はい。こちらへ。」
ネリオは、ディヴァと、マリッサ、自分の分のお茶を入れて、座る。
「詳しく聞かせてくれるか?」
「…はい。」
ネリオとマリッサは、皇太子の最後を事細かく告げた。
最期の最後に、フランジ姫に心の内を明かしたことも。
死を悟った時に離縁を告げたことも。
…最後に、夫の愛に触れて。夫を失ったか。
辛かろう。辛かろうな。
ディヴァは、お茶を飲み終えるまで、一言も言わなくなった。
どうにも、ヒトの姿で居ると心まで弱くなるな。
虎の姿なら、きっとこんなに 涙は出ないのに。
――――――――――
一方。アリエス。
「返答はいかに~!国王!返事しないと、民の皆さんに移民募っちゃいますよー!」
「エレジエド国の皆さん他国に興味ない?だってその街並みも、つい最近、魔法で仮創りしただけでしょ!?魔法じゃなく、建築で本当の街並みを作りたくないのかい!?」
民に動揺が走る。
この、他国の王は、何処まで知っているのだろう?
「あー、返答なしですか国王!?いいですよー!?僕は酒場に入って一晩中おしゃべりしますよー!」
アリエスは、広場の宙から、地面へ。
すぐ近くに居た娘に、「近くに酒場はあるよね?案内してくれないかな!お礼に奢るよ!」
ほぼナンパなのだが。娘は酒場の方向を指さし、一緒に足を向けた。
が、アリエスの背後に居る虎を見て仰天し、走り去った。
「…お邪魔だったか?」
無論、確信犯。
「すこし。」
「なに!?」
「嘘です!一緒に飲もう、ディヴァ。と言うか、僕が居ないと暴れたキミを止められないでしょ!?」
2人は、何か言い合いながら、酒場に消えた。
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酒場では、恐る恐る話しかけて来た者も居た。
実は暗殺しようとしていたが、バレて目の前に座らされて、話して、酒を飲まされて帰った者も居た。
奢りまくって、皆に料理も振舞って、宴の会場と化した酒場に響く、声。声。声。
アリエスは吟遊詩人である。上げて行くのは大得意で、大好物だ。
真夜中になって、ようやく、待っていた声が響いた。
「儂は、国王、マーガノハ。ツァルト国の王よ、儂に会いに来い。結界は、開けておく。」
アリエスはグラスを揺らす。
「行って来る。ディヴァ。」
「…待っている。迎えに来い。我が暴れ出す前に。我はな、今日…飲みたいのだ。」
アリエスは、酒場のマスターに1000Gもの大金を預けて、外に出る。この後の迷惑料だった。
ふらりと、空へ飛ぶ。
――――――――――
なるほど。先日自分で拭き飛ばしたそうだけど、城がかなり手薄…。
いや、廃墟の様。人気を失った寂しい公園の様。
これだけ大きいのに、必要最低限の人数しか居ない。少なくとも、王家の居城である、この中央の城には。
いや、何故居ない?いくら国民の数が少ないと言っても…。
アリエスは、勝手に開いていく扉の動きに従って、歩みを進める。
タペストリーが美しい。ドレッサーが華やかだ。鏡が滑らかで美しい。2000年前の技術とは思えない。
最期に、豪勢な両開きの巨大な扉の前に立つ。
この向こうに、国王マーガノハが、間違いなく、居る。
扉が開く。
「“我が前の敵に雷が飛び、敵は足元より腐りゆく。”」
アリエスは手を前に伸ばした。
「 “bar” “dis” “tur” 」
…そして、何事も無いように、歩みを進めた。
「凄いですね。恐ろしい魔力。正直、僕より上だ。」
「では、何故逃げん?」
眼前には、王の玉座が在るのだろうが、薄いレースが重なった“御簾”が、その姿を隠している。
「今、対処できたので。」
「ほう。」
「真祖レテネージ、という人が僕の先代のアークマスターなわけですが。言ってたらしいです。自分は、師のマーリーンに、魔力において及ばない。だが、もし戦かったならば、自分が勝つだろう。って。」
「ほう。マーリーンか。」
「僕ね、最近まで、これ真祖の負け惜しみだと思ってたんですよ。でも。違うらしい。」
「聞かせてみよ。」
「1つの事象に1000の答えを用意せよ。その答えを誰より多く、早く選べ。その真祖の教えです。アナタに対抗するために。10個だけ“圧縮呪文”身につけてきました。」
「…それが、我が始祖魔法に対する答えか?」
「ええ。今3つ使いました。いや、正直、10使いこなす自信ないですね!100年位修行が必要!死んじゃうけど!」
「…先日、暴れるお前達を亡き者にせんと思い、体を動かしたら、随分と“取れて”しまってな。」
国王が呪文を唱える。
「“我が念により幕は消滅する“」
御簾は燃え。中の姿を露にする。
…なるほど。夜に呼びだす訳だ。
そこには、王の装束を見に纏い、壮大な魔力を揺らす、髑髏がいた。
――リッチ。アンデッドの王。膨大な魔力を誇る、最悪の吸血鬼。
しかし、その姿は、既にボロボロで所々欠け落ち、滅びかけている様にすら見える。
豪華な椅子が、宙に浮いて、アリエスの為に用意された。
「座るが良い。我と違い、疲れるだろうからな。」
「ご丁寧に。」
「知っておるか。アンデッドを司るのは邪神や魔神だが、魂を司るは死神だそうだ。」
「…へえ。悪魔じゃなく。いや、違い知らんけど。」
「だが、我らは魔族を、悪魔を狩り、その力を吸収して力為した一族だ。神の加護はおろか、魔界の加護すら、得られなかった。」
「…でしょうと言ってよいのやら。でも魔族にそんな組織だった指示や、感情があるのやら。」
「其方が神族の加護を得ているのが、この上なく口惜しい。いや、羨望する。」
「はぁ。それほどでも。」
「儂は、この城を、2000年守る必要があったのだ。非道であろうが無かろうが、関係ない。黒炎の魔神が眠る時まで、世界の裏に、この城を隠し続けた。」
「それでその姿に?」
「そうだ。この様な姿にならねば、無理な話だった。」
「邪神の加護無しでその姿を得る?書のみで?相当な生贄が必要であったはず。」
「1万人だ。1万の奴隷を捧げた。国の礎だ。止むを得まい?」
「賛同できないね。」
「この姿を保つのに。年に1人ずつ。城の中から、選んで血を吸った。この100年では、50人程。我ながら、耐え忍んだものだ。」
「城の人数が少ないのは、王のエサとして消えたから、か。」
「許しは請わぬ。儂は王ぞ。」
「一緒に、逃げたら良かったでは無いですか。マーリーン様と一緒に。」
「マーリーン叔父は、先王の弟君であった。その神の如き才に、父は嫉妬していたものよ。国のありようについて、魔素の摂取について。2人はことごとく対立した。だが先王が、マーリーンの息子夫婦を葬った時に、孫娘だけを連れて、大陸のどこぞへ去った。」
「………」
「儂が、この姿となり、醜く滅びを迎えながらも耐え忍んだのは。2000年の孤独に耐えたのは、眠る我が息子に、行く末を預ける為。」
「…そうか。それでもやはり、アナタは間違っている。」
「2000年!1万2千の魂を犠牲にして得た2000年。価値が在るのかい?任せれば良かったじゃないか!子孫に。代々行く末を委ねれば良かったじゃないか。そうすれば!まだ、まだこの国は、“国”であったものを!」
「滅ぼすか?この国を。今の主ならば、出来よう。」
「アンタは、そのまま、もう誰1人の血も吸わず、砕け滅びるべきだ。でも、民は別だ。選民思想は残っているかもしれないが、変われるだろう。」
「言いたいことはそれでよいか?若き王。」
「…結局こうなるか。でも、その姿を持つ者を、世に放つわけには行かないな!」
「良かろう。」
巨大な魔力が、渦巻く。
「アンタには、巨神の対処を聞きたかったんだけどな。」
「それは、先程、教えた。若造。」
「なに?」
「行くぞ!若造!」
「来い!エレジエドの亡霊!」
渦巻く、魔力。そして、迸る、光の渦。
対、吸血鬼。アリエスは、その全力の魔法に、太陽の光を選んだ。
…仮に世界を二分する力同士の戦いにしては、静かに、静かに戦いは始まり、終わる。
いや、戦いは、起きなかったに等しい。
「…何故、魔力差を出しやすい範囲攻撃を使わなかった?国王マーガノハ。それに、真祖の”圧縮魔法”が仮に天敵だったとしても、アンタは、リッチとしての能力でも戦えたはず。」
「皇太子亡き今、王家直系の子孫をこの手で引き裂くわけにもゆかぬ。それこそ、この2000年の意味が無かろう…?」
「殺意の薄さに気付かない程、僕は間抜けじゃない…。マーガノハ、その心を、アンタが2000年前に持っていれば…。」
「“我が心を伝心す”。民よ。エレジエドの民よ。儂はマーガノハ。この国を。若き王に委ねる。新しき王アリエスは、かの大賢者マーリーンの子孫である。その血筋において申し分ない。」
「民よ、儂は今、堂々たる決闘において敗れた。これより、息子の許へ行こう。我が国の復活を。復興を、新しき王と共に為せ。我はそれを地獄から、願い見ている。さらば。」
死人の王は、太陽光の呪文に、崩れ消えゆく。
「重い宿題を勝手に押し付けてくれる…。」
ツァルト国の他にも、愛さなければならない人々が増える。それは容易い事ではない。
だが、彼は、昔の様に「面倒だぁ」とは言わない。
悔しいが、民が憎しみを向けない様にすら、敷いて行ったレール。
それを継ぐべきものは、自分だけだと。そう、知っているから。
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アリエスはまたまた広場に現れ、多くの民の前で語る。
皇太子を失い、王を失い、歴史の中で常に支配者であった座を失った国。
だから、アリエスはこう言うのだ。
「エレジエドの民よ。人類が滅びかけた2000年前からの帰還者よ。周囲の国々は、その2000年の時をかけて、焼き払われた荒れ地を国にしてきた。僕たちも、そうしよう。今から2000年かけて、エレジエドを新しく生み出そう。」
「覚悟を決めてくれ。エレジエドは、2000年前に一度滅んだんだ。それはキミ達にとって僅か昨日の事かも知れないが、確かに滅んだんだ。今、此処に居るあなた方は、新しい国を生み出すために居るんだ。」
「…僕たちって言い方嫌だった?言ったじゃないか。僕は、エレジエドの末裔だ。」
戸惑いを隠せない、エレジエドの民。
だが、半数の民からは拍手が、確かに起こった。
まだそれは、全員に祝福されるものでは無かっただろうが。それでも、前を向く者達からの信頼を、アリエスは確かに得たのだ。
僅か、第一歩で在ろうと。
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アリエスは、最期に、皇太子妃の部屋に向かった。2人の侍女に秘密のジェスチャーをして、それからフランジ姫の部屋、その扉の前に立つ。
しかし、彼にしては珍しく言葉が思いつかないのか、しばしその場で扉を見つめていた。
そして、小さく呪文を唱え、花束を壁の向こうに投げ込んで、去って行った。
侍女ネリオは、そのアリエスの無駄な努力より、小さなオレンジの花をじっと見ていた。
その時は、ただ、小さく美しい花を、素敵と思った。




