<皇太子セティス編>第6話「アタシの嫁」
3人娘?は今、大きな池のほとりで釣りをしている。
かれこれ、2時間になるが、全然釣れない。
勿論、竿などと言う本格的なモノは無いので、細い枝にツル系の植物を縛りつけ、針金の先に餌を付けたものだ。
水辺の背が高く太い野草を斬ると、節々に虫が居る。こいつを針金に刺すのだ。
皇太子セティスは、初めてその不気味な虫を見たし、茎の中に巣くってるのを見てうぎゃーっと思ったし、まして、2人に「針に付けてね♡」と言われ倒れそうになった。
必死に頑張って付けたのに釣れない。
「あのさぁ…神聖魔法でなんか出来ないの?サカナ呼び寄せるとか…」
女剣士ユシカが言う。竿になる木を切ったのは彼女。
「気が短いねえデカ女。サカナとオトコは焦るな。」
女盗賊ウィッグ。虫の居場所を教えてくれたのは彼女。教えただけ。
「…お!」
ユシカの竿がしなる。
「慌てんなよー!力入れ過ぎんなよー!」
「うるせええ!黙って見てろー!」
傍から見ると、こんなことで何故ここまで騒げるのかというレベル。
女装の皇太子セティスと、少女剣士ユシカ、少女盗賊ウィッグの旅は相変わらず続いている。
砂漠のオアシス地域をさっさと超え、再び東のファルトラントへ向かうところだ。
その北は城塞都市群エリゴールと、魔法国エレジエド。
その幾つかには、父王と共に訪れたことがあるが、自分の足で行くのは勿論初めてだ。
―――――――――
やっと釣り上げたマス系の魚は、お腹にオレンジのラインが入った、ぷくぷくとしたサカナ。いつもの如くセティスの調理により美味しく美味しく味付けされた。
火を消し、野営をたたむ。この大きな池から流れ出る大き目の川に沿って、東へ進む。
3人が歩き始めたところで、にわかに天候が崩れ出した。
雨脚はあっという間に激しくなった。雨宿りできる場所を探す。
意外と、こういう時の雨宿りは難しい。
精霊使いか魔術師が居れば、簡単なのに。
崖下では、崩れる可能性が否定できない。頑丈な洞窟はイイが、魔物や熊の先客がいると厄介だ。
3人は、結局大きな木が密集する場所に布を張り、その下で火を焚くしかなかった。この状態で濡れてない枝など無いので、ダンジョンで使う松明用の棒と油を使う。早く止んでくれと願うばかりだ。
勿論、その間にも退屈などはしない。
放っておいても、ユシカとウィッグは賑やかだし。2人にとって最高のおもちゃも此処に在る。
雨音に負けない賑やかさで、3人は日が差す時間を待った。
――――――――――
雨は感覚的には長く振った。流石に、翌朝には日差しが戻り、再び足取り軽く、ファルトラントを目指す。
川にそって出来ていた道がある。氾濫までは行かないので道はともかく、川は見事な増水で濁り、元の美しい透明感は跡形もない。
激しい水の音を聞きながら、3人は川沿いをひたすら下って行く。東へ。
―――さて、夕刻には小さな街道へたどり着いた。ファルトラントが如何に治水的に整っていると言っても、全ての要所に橋があるわけでは無い。
こういった小さな街道沿いでは、流れの緩やかな場所に舟渡しが居る。良い稼ぎになる。中には暴利を得ようとする者も居るが、相手が常に一般人とは限らないこの世では、余り偉そうに出来ないのも確かだ。
客がアサシンかもしれないし、冒険者かも知れないし、魔術師かも知れない。
何事も“そこそこ”が大事というものだ…。
3人がその舟渡場に着いた頃、まだ水量はまるで引く様子を見せて居なかった。
…しかし、実はセティスたちは渡る必要が無く。そっちに言っては故郷に戻る方だ。カクンと90度に曲がり、街道沿いに進むだけ。街道に入れば、モンスターの襲撃などは少し確率が減る。
「あっちは大渋滞だねえ。川が落ち着くまであの小屋で待機か。ゴクローサン。」
ウィッグの軽口。
「アイツらには悪いがこっちはラッキーだったなぁ。ま、時間が経てば解決するこった。」
と、ユシカ。
人助けを心掛ける、慈愛の神に仕えるセティスも、これは流石にどうしようもない。
自然の恩恵に与かるものは、自然の試練には耐えるのみだ。
3人は、東へ。そして北へ。
そしてついに、東の盟主、ファルトラント国の首都へ入った。
――――――――――
早速、冒険者の宿へ入った3人は、貼りだされた依頼書に喰いつく。
…実はもう、金がない。宿代厳しい。このままだと3人1部屋か、最悪10人大部屋雑魚寝になる。流石に、麗しい乙女3人?には危険すぎる。
「…うう。さすがファルトラント首都ラーガスタ。モンスター退治とか無いじゃん…。」
「え、まさかまた隊商護衛?また街出んの?いやだぁ。」
「うん、遠くの街まで行けばあるけどな。”奈落”方面な。」
”奈落”、とは、ファルトラントの北東深くにあると云われる、魔界へ繋がる大穴である。
「やだよ!」
セティスが意見を挟む隙間もなく、そっちのけでぎゃーすかやっている。
そこへ、先程から困った顔で酒場のマスターと話し込んでいた、身なりの良い男が、小走りに駆け寄ってくる。
「おおお!お嬢さんたち!さ、最高!」
と言われた瞬間、ユシカとウィッグは剣の柄に手を添えた。
「おっさん。アタシらは激烈美少女だが冒険者だ。女買いたきゃ娼館へ行け。」
「ちちち、違う!アンタら1日でイイから働いてくれ!水商売じゃない!1人200G出す!」
ユシカとウィッグの目が揃って輝いた…。
「「1人200う!?」」
しつこいが、1Gは1万円である。
――――――――――
スポットライトの様に、光が館長を照らす。
いや、スポットライトである。ただし、この光源は恒久化した“ライト”の呪文。
バケツの様に造形された軟鉄の底にライトストーンが埋め込まれ、赤や黄色のガラスを通し、光を当てるのである。
魔法と言えば簡単そうに思えるが、この様な恒久化を使える魔術師は高位術師のみ。
<魔術の塔>で言えば<赤>以上の称号を持っている。という訳で、魔法を依頼すると500G位取られる。500万円。
―――と、そのような魔法まで駆使した華やかな舞台。
ここは、大きさこそツァルト国の演劇場に劣るが、その歴史と名声において比類なき、ファルトラントの演劇場、<ラーガスタ・ホール>。
「皆さま、今宵の演目は麗しき王家の、恋の物語でございます。淑女の皆様におかれましては涙のご用意を、紳士の皆様におかれましては、淑女の涙拭くハンカチの御準備を。」
「尚、本日は初出演となる初々しい乙女が演じさせていただきます。どうぞ暖かいご声援を頂きたく存じます。」
太古を叩く音。館長の退場と共に、幕が開く。
街の路地裏と言ったところか。古びれている。荒れた感じがする。
<ハイ、王子。袖から出て来る。周囲を見渡しながら、キっとした顔だぞ。>
“腹話術”の魔法。館長が、ド素人俳優に指示を出す。
スタスタ…。キリッ。
ユシカが、観客の方を見ながら言う。
「この辺りに、王国の転覆を謀る賊が潜むというが。さて。」
肩に少々詰め物を入れ、布で胸のふくらみを隠し、髪を帽子の中に押し込んだイケメン剣士。
ホールに、この段階で悲鳴が上がった。
背の高いユシカの男装は、それだけで女性たちを圧倒してしまった。
――あれ?アタシ、イケてんじゃね?
「女は何処だ!逃がすな!追え!」
はぁ、はぁ、息を切らせて純白のドレスを着た美少女登場。
「た、助けて…!」
会場からため息が漏れる。何と透明感に溢れた美少女だろう。
…セティスである。
剣士は、見事な剣さばきでイカツイ男どもを打ち負かし、追い払った。
「こうして、2人は出会った…突然の出会い。見つめ合う2人。しかし、王子は、自分が王子であることを言いませんでした。また、少女は、自分の出自を言えませんでした。」
これは、ナレーション女性のセリフ。絶えず舞台の端に立ち、大きく、澄んだ声をホールに響かせる。
…舞台チェンジ…王子の私室。
「1人、物思いにふける王子。その心は、昨日出会った乙女の事で一杯でした。」
左から、赤いドレスの少女登場。
緩やかなウェーブを描く長い金髪、背は小さめ。非常にカワイイ。
再び会場にどよめきが。
「お兄様。どうしたの。まるで恋でもしたようなお顔。」
<はい、ここで王子、照れ隠ししながら、愛おし気に妹の頭をなでる。>
えー、ヤダ。
「ウルサイ。お前は少し黙ってろチビ助。」
ぐりぐり。
<そこ、撫でるだっての!>
「こんのヤロー、デカいからって図に乗んなよ!?アタシが先に賊の場所みっけて退治しちゃうからな!」
<チガウ!妹姫そんなにワイルドじゃない!>
…舞台チェンジ、再び路地裏。
花を売る美少女。
「お花はいかがですか?美しい花をベランダにいかがですか?」
駆け寄る王子。
「全部、オレが貰おう。」
「今日のノルマを売り切り、王子と少女は寄り添って話をします。」
「何故、キミのような美しい人がこんなところで働いているんだ?」
「この近くに、母と住んでおります。この辺りの家でないと、借りられないので…。」
「王子は、今すぐにでも彼女と母親を城に連れて行きたくなりました。しかし、その為には父王を説得しなければなりません。明日も必ず来ると約束し、王子は帰りました。」
舞台端、酒樽の影。
「ふふふ、王子め。すっかりあの女に夢中のようだな。あの女を使えば、楽に倒せようと言うモノ。ふふふ。」
立ち去る盗賊風のオトコ。
更にその後ろ、酒樽の影。
<妹姫セリフ!お兄様に知らせなくては!危険だわ!>
「ふふふ、後を付ければボスの場所が判るぜエ?」
<違えんだよおお~!アドリブやめて頼むから!>
…舞台チェンジ。王と王子。お城の玉座。
「父上!折り入ってお願いがございます!」
「王子は、あの少女との婚姻を、王に認めてもらおうとしていました。」
<レスタル地区に住む娘、麗しいセリスを妃に迎えたいのです!父上!お許しを!と、熱く!ドンと!>
「父上!麗しいセリスを…せ、セリス…はその…カワイイけどカッコいい時もあって、け、け、けけけけけけケッコン…」
きゃー!王子カワイイ!ピュア―!!
客席、無駄に沸騰。
「…つ、つまり、婚姻をしたいという訳だな!?王子!待てよ?レスタル地区に住むセリスだと…(言って無い)。ならぬ。許さぬ。認めぬ!」
「な、何故ですか!父上!お待ちください!父上!」
…舞台、暗転。
――――――――――
酒場のセット。2階で、男達が小声で悪だくみをしている。
「その頃、盗賊団の酒場にマントを羽織って侵入していたウィッグ姫は、賊の正体を知るのでした」
ナレーションを担う女性のアドリブと対応力が光っている。勿論内心はドキドキだ。
「…何故か、話は聞いてしまった。何てこと。族の首謀者が公爵の息子だなんて!」
<それまだ言わないでー!>
「…言ってしまったものは仕方ない…」
バっ。マントを脱ぎ捨てる妹姫。
「…お前達の企みは聞かせてもらった!」
「き、貴様!ウィッグ姫!なぜ此処に!…捕まえろ!」
「ふん、捕まってたまるか!」
ウィッグはベランダに駆ける。
<ちょっと!何すんの!?>
ウィッグは、ベランダの手すりに飛び乗り、そのまま飛び降りた。
高さ、約3m。
クルクル。スタ。ウィッグは身軽な少女盗賊である。
客席から悲鳴が上がったが、何事も無いように着地。
勿論、ドレス。めくれ上がったドレスで、当然の様に、紳士?たちの目は釘付けになった。
またまた沸く観客。
<スゲエ…。なにキミ。>
「すげえ。なにキミ。」
<今のセリフじゃねえ!なんでこういう時だけ素直なの!?>
「と、とにかく兄様に伝えなければ!」
舞台袖に駆け込むウィッグ。
…舞台チェンジ。路地裏。
「妹姫から族の正体を聞いた王子は、数名ながら優秀な近衛兵を連れて、酒場に向かいます。ところが…。」
「ははは、来たなユシカ王子!だが残念だったな!動くなよ!お前の恋する姫の命はないぞ!」
公爵の息子は、捕らえたセリスに刃を向けていました。
「せ、セリス!貴様!セリスを離せ!」
「貴様こそ、剣を捨てろ!近衛兵ども、お前達もだ!」
「悪党どもが、王子たちを囲みました。」
「王子!良いのか!惚れた女が死ぬぞ!さぁ、武器を捨てろ!」
「く!判った!その代わり、セリスは放せ!」
「ダメですー!そんなことをしたら、あなたが殺されてしまう!」
セリスは、公爵息子の剣に自分から向かった。
「ぐっ…」倒れるセリス。
「あ、ああああ、セリス!セリス―!」
<王子、剣を抜く!…いや、何で妹姫も剣を持ってんの!?>
「貴様ら!貴様ら許さん!」
王子は、目にも止まらぬ剣さばきで、公爵の息子を切り倒す。
妹姫も、何故か見事な剣さばきで、盗賊たちを打ち倒す。
…からん。王子は、力なく剣を落とす。
「セリス!セリス―!!」
王子は、膝をつき、横たわるセリスの上半身を抱き起す。
「…ああ…無事で良かった…。」
「お、オレの事より、お前は!お前は!」
うつぶせに倒れた公爵の息子。最後に、顔だけ持ち上げセリフ。
「はは、良かったな。所詮叶わぬ恋よ。その女!その女の母親は、捨てられた王の妾だ!お前らは、きょ、兄妹だ!あはは…ぐふっ。」
悲劇的なBGM(生演奏)
「…お兄様…愛しています、お兄様…手を繋いでいて…。」
「セリス、お前は知っていたのか!?」
<ハイ、大事なトコね!悲恋を乗り越えて、明日を向く王子!>
…セティス、演技うめえな…。
ていうか、あれかな、前に腹貫かれた時を思い出してんのかな。表情リアル。可哀そうになって来た。
あれ?セティス、マジ可愛くない?
息子でコレだもんなー。あの綺麗な王妃サマ、若い時の破壊力もっと凄かったんだろなー。そりゃ、抱きしめたくなるわー。オレがずっと守る!とか言いたくなるわー。
え?なにコレ。こんな生物居るの?オレのセリス。なんて儚げで、可憐な…。
<もうすぐ暗転!キスのふりして。それから王子立ち上がる!>
「い、嫌だ!お前じゃなきゃ嫌だ!お前が、オレの妃だ!」
涙声で叫ぶ王子。
会場が静まり返る。至る所から、すすり泣きが聞こえる。
王子は、腰の短剣を取り出して、自分に向けた。
「こちらで結ばれないなら、あちらで、オマエを妃に迎える…。愛してる。セティス…。」
ザクっ。
悲鳴。泣き声。
暗転。
唇を重ねる2人のシルエット。
「お兄様―!!な」(にやってんの!!、は館長の“サイレント”の呪文に寄り消された。)
…幕が閉じる。
ぱっ。と再びライトの呪文。
幕に並ぶ役者たち。会場は圧倒的な拍手に包まれた。割れんばかりとはこういう事か。
中央には、我らが3人娘。
1人ずつ、前に出て礼をする。
ウィッグ、バク転+ポーズ+お辞儀。
会場の男達から凄まじい勢いの拍手!もはや、アクションの出来るアイドル。
セリスは、静かに、王族(女性)の礼をする。
その圧倒的な可憐さに、会場が湧き上がる。ため息しか出ない。
最期に、主役、ユシカ。
ここの拍手と声援は、何かが違った…。声援が、圧倒的な黄色感。もう、会場中の女性がユシカに恋をしたのかと思えるレベル。沸騰どころか、蒸発している。
…こうして、伝説の幕は閉じたのだった。
――――――――――
再び、3人娘?は、北へ向かった。
首都に泊まったのは、疲れ切ったあの夜だけ。逃げるように、ホールを後にした。
館長は、本格的な契約を持ちかけて来たが、3人とも慌てて断った。
だって、あの後の花束の数やら、贈り物の数。常軌を逸した数。最低限、冒険に持って行ける分だけ頂いて、逃げ出すしか無かった。
まぁ、後の事は、増水で川を渡れなかった本物の役者が何とかするだろう。
今回が冒険であったかどうかは別として。面白い経験ではあった。
3人は、いつもの調子に戻り、陽気の中を北へ向かう。ファルトラント国はデカい。次の街が、きっとすぐ在るだろう。
…だが、ウィッグには、1つだけ確認すべき疑念がある。
「あのさあ。ユシカ。」
「なんだよ。」
「まさかさぁ、キス、ホントにした?」
一瞬、ユシカとセティスが凍り付いたように思…うような思わないような。
「まさかぁ!結構距離あったよ!」
「!!……うん。」
「ホントか??」
「当たり前でしょ!」
「ホントか!?」
「しつけえ!」
ウィッグは、今度は、セティスの横に来て、じっとその唇を見つめた。
そして、ユシカにも聞こえないような小声で言う。
「…もししたんなら、アタシにもしないと殺す。」
慈愛の神マグリテアよ。僕はどうすれば…。
…返答はない。もし、聞こえて居たとしても、<知るか。>としか言わないだろう。




