第74話 「1000の答えを」前編
アリエスの使い魔は、バルスタッド王ザルムグの周辺を飛んでいる。
見えて来た。遠くに。飛行揚陸艇とでも言おうか、魔法王国エレジエドの軍が。
法螺貝が鳴る。
バルスタッド8千の軍勢。その上空には、グリフォンに乗った、アテンドル皇国の魔法騎士団フラウレの戦士たちが居る。
一様に、鏡の様に磨かれた魔法の盾と、剣を持つ。ただし、その人数は約200名。
エレジエド軍から、戦端を開く言葉が聞こえて来た。
「我らは、其方らの言う古代魔法王国、エレジエドの魔術軍。戦いを求める猛者に、最期の機会を与えよう。恭順せよ。魔法も使えぬ蛮族ども。」
バルスタッドには、彼らの様に言葉を拡散する術はない。
従って、勇猛な太鼓とラッパで、国王の意思を伝えた。
…最初に、僕なら火炎を撃たせるかねえ。フラウレの呪文反射はバレてるでしょ。範囲魔法使うに決まってる。
本当はメテオがイイけど。流石に、エレジエドも皇太子以外にそれ程の術者は…多くないと思うんだよねえ。
フラウレの指揮は、“薔薇”のカリファ。1年程前に、ガーレルの地位に就いた者。
「フラウレ!瑠璃のサヴァ!高さ300fにフィールドを平面展開せよ!蓮華のミリア、前方300fに垂直フィールド!」
「…キミ、切れ者だね~。やるう。」
「…お褒めにあずかり光栄。アリエス様は王家の警護を。」
最前列の飛行揚陸艇。その前方に炎が見えた。来る。
一般の魔法であれば、ファイアボールの射程は30m程であり、爆発範囲は10m程。
弓も届かぬ200m程の高さにある飛行揚陸艇から魔法を撃つ。その術者は、数倍の魔力を消費する。
今、火炎を撃った魔術師が中級であれば、あとはもう、ポンコツかも知れない。
火炎球が飛んで来る。大きい。流石、古代魔法王国の術者達だ。
「…しかし。予想通り直線的に撃ってくるものだ。」
火炎は、バルスタッド・アテンドル連合軍の前に張られたフィールドに次々ぶち当たる。
僅かにフィールドの隙間から炎は来たが、退魔ルーンを纏った狂戦士たちには痒い程度。
続いて、恐怖の流星が降ってくる。
薔薇のカリファは、グリフォンを駆って、メテオの下へ潜り込む。
“フィールド!”
最初に上空に張ったバリアがメテオに砕かれ、カリファの魔力でもう一枚張る。
そのまま、グリフォンで駆け抜ける。
数個の隕石は、2つのバリアを砕いて後、地上へ。
かなり相殺したが、さすがに無傷とはいかない。
対策されていたとはいえ、メテオが降って来て無事なはずは無いのだ。
前線に居た飛行揚陸艇が妙な動きを見せる。かの軍は3列、並列で陣を引いているが、前線列と2列目の船が入れ替わる動きを始める。
「奴らは、メテオを使える術者の居る船を前に出すつもりだ!あくまでも遠距離か!」
薔薇のカリファは、バルスタッド軍に合図を送った。
200のグリフォン騎士団が、地上へ。
ある者はグリフォンの背に。ある者は、グリフォンの足にハルバードを掴ませ、舞い上がる。
「ロングレンジで我らに勝機は無い。行け!」
反射魔法を張りながら、グリフォンが、飛行揚陸艇に狂戦士を投げ込んでいく。
勿論、魔法で撃ち落される者。孤立し焼かれる者…犠牲は出る。
だが、グリフォンに乗るフラウレは、狂戦士を運んだ後、援護などしない。
即座に引き返し、再び狂戦士を乗せるのだ。
<そうだ。今のエレジエド軍に、最初から勝目など無い。どうして、それが判らない?皇太子。下層の国民を見捨てた2000年前に、もう、国じゃなかったんだよ。民のいない国など、無力だ。>
空中で、大混戦が起きている。
上空から落下する飛行揚陸艇。即ち、狂戦士も共に落ちる。いや、エレジエドの魔道軍は飛行呪文が使えるのだから、落ちて行くのは、狂戦士と、ハルバードで切り裂かれた亡骸だけだ。
飛行揚陸艇は、徐々に役割を失っていく。
エレジエドの魔道軍は、個別に宙に留まり、呪文を撃つ。
狂戦士の退魔ルーンは効力を発し、かなりのダメージを減らす。だが、減らすに過ぎない。
喇叭が鳴り響く。
狂戦士たちは退却をはじめ、代わりに、前に出て来る兵。
…弓兵だ。揚陸艇が無くなり。むき出しで宙に浮いている魔術師を、狙う。
魔術師達は当然の様にバリアを張り巡らす。
狂戦士たちは、退魔ルーンで魔法ダメージを減らし。
エレジエド魔道軍はバリアで物理ダメージを減らす。共に、消耗戦。
しかし、勝負は見え始めていた。
人数が違い過ぎる。軍勢の数が違う。魔術に頼り高貴なエレジエドの軍は、総勢ではバルスタッドの4分の1。
決定的な要素がもう1つ、加わる。
「魔法騎士団フラウレへ。我ら“魔術の塔”。銀のユタチェルティ、助力する。」
“銀”の登場だ。魔術の塔アテンドル支部、300の魔道士団が戦線に加わる。
空中を主戦場にした魔法合戦でも、エレジエドは押され始めた。
―――その頃、皇太子は、今まさに、出撃の準備をしていた。
「ふむ。危惧した通りではあるが、失態だな。戦いも進化したものだ。2000年前に我らが圧倒的であったのは、魔道に何処より秀でていたからだ。同等に使いこなす者が敵では、こうなるか。」
「め、メルヴァ様!」
「案ずるな。我が出る。終わらせてやる。良く戦った。」
皇太子が、単身飛び出す。
短めの杖を振りかざし。混戦のはるか上空に留まる。
薔薇のカリファが、空を見上げた。
銀のユタチェルティが、見ただけで、仲間を後退させた。
「“流星が降る、汝らを破滅へ導く”」
皇太子は、短く、呪文を唱えた。
人々は見た。巨大な流星が空を覆ったのを。
フィールドで止める?無理に決まっている。
流星は、真っすぐに、バルスタッド国王を捉えている。
国王は、悲鳴を上げた。
「“フィールド・マス”」
あり得ない大きさのメテオを、有り得ない大きさの壁が受け止める。
「来たか…アリエス王。しかも、魔力が…増している。」
アリエスは宙に舞った。
「やぁ、皇太子。」
皇太子は、蒼い酒をあおった。炎が勢いを増すように、魔力が暴れる。
「お前は、飲まなくていいのかね?」
「王家以外には効かないんでしょ?」
周りを圧倒する魔力を放ちながら、両雄は向かい合う。
――――――――――
「…メルヴァ様とアリエス様が、戦いを…!」
「判りました。すぐに出ましょう。無駄な争いを、何が何でも止めます!」
いつもの男装に身を包み、フランジ姫が杖を持つ。
そこに現れる、虎。
「ディヴァ様?」
「早くしろ。3人とも背に乗れ。我なら、すぐ戦場に行けるぞ。エレゲートからフライで飛んでは日が暮れる。」
「我は、行く先を選んでみた。アナタも見せてくれ。いや、見届けたい。女の選択と言うモノを。」
「…そしてまた、我の愚痴を聞いてくれ。ズルいんだ、アイツ。」
――――――――――
「では、何故先日より、魔力が遥かに高まっているのか。貴様も、魔素薬を使えたのだろう?」
「何が薬だ。魔族の亡骸を食べているだけじゃないか!」
「それの、何が悪い!魔族だ!悪魔だぞ!」
皇太子は、杖を構えた。
アリエスは、指輪を口に添えた。
「僕たちは、命を奪わなくても、魔力を吸える。魔族どうこうじゃない。生き方の問題!」
「アリエス王。では、殺し合おう。」
「ああ。殺し合おう。」
「“汝の時は止まり、我が時は加速する”」「“タイム・フリーズ“」
―――始祖魔法は、一種の言霊による魔法。もっとも原始的な、呪い。願いと言える。
「…ほらね。僕の方が長く止められる。なら、2つ唱えても変わんないな!“ヘイスト”!」
「それで五分とは言えぬな。」
―――王家は、同時に2文、3文の魔法を発動できる方法を編み出した。だが、エリエス坊や。粘土をちぎって2つにしても、粘土の大きさは変わらないと思わないか?
「今度は僕から行こう。“インパクト”!」
「“我が前に壁が…壁が弾く!”」
「はは!ちぎった粘土を1つにしたのかい!?」
―――真祖は、魔術を体系的にまとめて、瞬時に、強く発動する鍛錬をしていた。それこそ、300年。そうだね、イメージとしては、呪文を“圧縮”してしまえ。
「“BLS” “BLS” “ブラス…と”!」
皇太子の体を、強烈な衝撃が2度揺らす。無論、硬質化が無ければ既に砕けている。
「貴様ぁ!」
「これ、消費ヒドイ!しかも瞬時にマナを練り上げるって無理!3発無理!」
―――とはいえ、例え坊やが天才であろうとも、すぐに真祖のマネは出来ない。だから、今回は、相手の呪文を<一瞬で解析する>ことに集中する。
「“汝の魔力は我に乗り移り、汝の意識は途絶える!”」
「“スペルターン!”」
「“我に精神魔法は通じず”」
「“タイム・フリーズ”」「“汝の時は止まり、目覚めれば酸の霧”!」
アリエスの周りに、酸の霧が立ち込めている。
しかし彼には、もう呪文一つ分の時間が残されている。
―――奴が、ダメージ魔法を使った時が勝負だろう。お前が、適切に対応できるかどうか。
<1の事象に対して1000の答えを用意せよ。それを持って、魔術師の位とする。これぞ、魔術師の力と知れ。そして、誰よりも多い答えを持つ者こそ。アークマスター。>
「“チェンジ・プレイス”!」強制相転移の呪文。
時が動き出す。メルヴァの周囲を、酸の霧が囲う。
酸の魔法は、硬質化の上からダメージを与える数少ない呪文。
皇太子が痛みに叫ぶ。
「“わが身は回復し”」
アリエスは、手のひらで握る様に皇太子の体を捉える
「“アンチマジック・コフィン”!」
皇太子の体を、球形の、対魔法の膜が覆う。本来、使わない呪文の筈なのだ。相手に、自分の魔法から守る壁を作ってやったのだから。
しかし、この場合は嫌になるほど有効だ。酸の霧ごと包んで、隔離した。硬質化の体は回復しつつも、同時に酸に寄りダメージを受け続けている。
そして、アンチマジックは、そう簡単に消せない。互いに、消せない。
皇太子の選択は限られる。酸の呪文を、アンチマジックの内側で消す。又は、この壁を脱出するか、だ。
アリエスが使った相転移は、相手に影響を及ぼす呪文。アンチマジック越しには出来ない。
「“我が体は次元の壁を跳…”」
「“ゲート・ブリンク”!」
断層の内側に、宝石。これは、次元をショートジャンプする為に、手りゅう弾の様に宝石化した爆撃。これまで、アンチマジックを使った敵と戦った、濃密な経験値。”ブリンク・スペル・ジェム”を事前に宝石化、恒久化した超絶技量必須の飛び道具だ…。
硬質化した体は、次々衝撃を叩きつけられ、歪む。曲がる。
「おのれ!アリエス王!!生かしておくのでは無かったわ!」
アリエスは詰めの甘い男ではない。敵に対して、容赦などしない。まして、命のやり取りを甘く見る男ではない。そう、あの時、も。宝石魔法を、持っては いた…。
殺す為の戦いならば、他にも手段はあったのだ。例えば、木箱で封じたあの、ドワーフのアーティファクトを箱ごと呼びだせば、魔力を持つ者ばかりが住むエレジエドの城は死で覆いつくされただろう…。
―――宝石化呪文を、次々と、次元断層に放り込む。
「”ゲート・ブリンク・スペルジェム・ブレード・ワイア”!」硬く薄いブレードが硬質化の体を囲う。今なら鋼であろうと。斬って見せる!
「おやめくださいー!」
最早、誰も手出しできない魔力の迸りに、1人の女が飛び込んで来る。
2人の間に入り、叫ぶ。
「王族同士!互いにエレジエドの王族が、何故殺し合うのですかー!」
「狂ったかフランジ!この者は蛮族の魔術師!」
「違います!ツァルト国の開祖王妃の名はディム!覚えておいででしょう、アナタの元の婚約者!」
「ディム、だと!?」
「アリエス様はその子孫です!云わば、エレジエドの王家そのもの!!」
「嘘をつくなぁー!」
「本当は気付いているでしょう!アリエス様にも、“吸収”の力がある!」
「くっ!!」
「フランジ姫。引いてくれるかな。今、とどめを刺す所だ。これは、殺し合いの約束だ。」
フランジは、アリエスの前に立ちはだかった。
「いやです!」
そして、アリエスに飛びつき、呪文を封じた。
…無論、それで封じられる筈もないが…。
「逃げてください!メルヴァ様!あなたに死んでほしく無いー!」
「“我が体は次元の歪を超え、霧は消え去る!”」
メルヴァは、その場を離れた。フランジと共に、南へ、飛び去って行く。
当然、その際にブレードをくぐり、右手と両足を失った。
そのままでは、硬質化を解いた瞬間に、出血で死ぬだろう。
東へ、ではない。軍に合流するのではなく、羽の痛んだ蛾の様に、フラフラと南へ飛び去る。
…侍女ネリオとマリッサと思われる魔術師の姿も、それを追う。
アリエスは追わなかった。
背後から、虎の声がする。
「“勝負に勝って戦いに負けた”か?フラれたな。」
「うん。これで彼女を救えるなら仕方ない。損な役だなぁ、僕。」
「…想定内か…?」
「…政略結婚ったって、まるで愛が無かったら、とっくに逃げ出してたんじゃない?」
我には、立場が逆なら彼女は逆の選択をしたと思えるのだが…。
言わずにおこう。我も女ゆえ。
「帰ったら頭を撫でてやろう。」
「いや、昨日の続きで。」
「…1度許したからって図に乗るなよ?」
アリエスは、バルスタッド・アテンドル連合軍の前に。
そして、共に、大きく、勝ち名乗りを上げた。
まぁ、あのザルムグ国王に勝利をあげるのは癪だけど。アネモネの父を守れたという事にしておこう。




