第73話 「防衛」
この大陸の東の盟主はツァルトの宗主国、ファルトラント。戦闘力においてツァルトが突出しているとはいえ、人口、規模、歴史。どれをとっても、ファルトラントが盟主であるのは変わらない。
とは言え、ファルトラント王は、女王ユレニナ。彼女の夫はツァルト王子レオ。魔術の塔の猛者、“銀”のレオ。人格者であり、実力者。
故に、ファルトラントとツァルトの繋がりは、ツァルトがこれだけ名実ともに成り上がろうと、強固である。
それに対し、西の盟主はアテンドル皇国。
しかし、ここでもまた、今や全権を任せられている皇女アルティオラはツァルト王アリエスの子を産んでおり、その子は皇太子である。
当初はライバル関係であった“魔法騎士団フラウレ”は魔術の塔に寄り添う集団となった。
アリエスは、軍事同盟の如く、魔術の塔を各国に建てた。
賛同する国には魔術の塔の圧倒的な力を持って、平和を為す。そう約束している。
――では、バルスタッドへ魔道師団を派遣したいと?
――しかし、バルスタッドへ魔道師団が派遣されることは盟約上難しい。バルスタッドとエレゲート公爵領は、お前の作り上げた同盟に入って居ない。それでは、他国が納得しない。
―――我が皇国が動きます。アテンドルは西の覇者。アテンドルが動かねば、むしろ西の諸国に対して恥となりましょう。
―――それは道義上正しかろうが、アテンドルの正規軍では戦えまい。勿論、魔法騎士団フラウレなら、戦えるだろうが。しかし、規模が違う。
―――あー、皆さん。皆さん。僕が独断で動けば良いのですよ~。個人として。
―――なりませんな。
―――えー。
―――アリエス様は、確かに一軍を壊滅させられましょう。しかし、貴方が提唱したシステムは、アリエス様が居なかろうと、引退されようと、成り立たねばならぬのです。マスターは、動いてはなりませんな。唯一、他の者が立ち行かぬ個人が相手の時のみ、大義名分は立つでしょう。
―――つまり、皇太子が出て来るまでは僕にも出るなと。
―――その、古代魔法王国の皇太子は、エレジエドの国威を示したいのでしょう?個人の強さを示すだけならば、それは既に成し遂げられました。
―――スミマセン。
―――マスター。お妃の家族を守る名目で、バルスタッド城に常駐されるが良い。…守ろうとするモノに寝首をかかれぬよう注意されよ。ここは、フラウレが魔術の塔と盟約を結んでいることを盾に取るのです。最初は、フラウレの軍に動いていただきましょう。盟約を守り、あくまでもフラウレを援護するために、我が“魔術の塔”は動くのです。いかが。
―――了解した。だが知りたいこともある。エレジエドに最も近く、侵略に怯えるべきはエリゴールとエルフの森だったはずだが。何故、エレジエドはバルスタッドに攻撃をするのだ?
―――兄上。それは、2000年前にバルスタッドで侵攻が止まったから。では無いですかね。実質上、敗走したのはエレジエド。バルスタッドは追い返した。
―――今となっては、信じられない話だ。狂戦士がそれほどの者か?
―――多分、“巨神の骨”を使ったのでしょう。
―――報告にあった奴か。もう1つ。エレジエド国王がその皇太子より強大だと言うなら。アリエスが西へ出向いている間に、ツァルトに攻め入る可能性は?
―――ないと思いマス。
―――理由は?
―――エレジエドは、個として強大。でも、民の数は、少ないのです。地位の低い者は見捨てられたのです。2000年前、“黒炎の魔神”が闊歩したときに。
―――なるほど。では、単身乗り込んでくる位だな。お前がやった様に。
―――私ならやりませんな。格下と思っていようともリスクは高すぎる。
―――では、各自、準備を。
―――わかったよ。ハイメル。兄上。アルティオラ。ありがとう。
アリエスは、アネモネの離宮に行き、これからバルスタッドへ出向くと告げた。
「キミは母上と…ルピナスと一緒に待っていてくれ。流石に、危なすぎる。」
アネモネはすぐに返答せず考えたようだが、「はい…。」と素直に答えた。
「心離れていても…父は父。兄は兄…お願いします。アリエス様。」
そして、アリエスは西へ飛んだ。
――――――――――
バルスタッド王城、”パントハイム”
「貴様!アリエス王!捕縛する!大人しくしろ!」
アリエスが城に現れると、案の定、警備兵が走り寄って来た。
言葉の威勢は良いが、まるで近寄っては来ない。
「バルスタッド王!しばし、こちらでお世話になりたいが如何?」
城ではもう、大罪人扱いであるようだが。
「現アリーナチャンピオンとして、ご挨拶に参った!」
この言葉に、衛兵たちは渋々槍を下げた。
本来、アリエスに構っている余裕は無いのだ。
エレジエドの軍は、隣国エレゲート公爵領の上空まで来ていると言う。
西の門。エレ“ゲート”。なるほど。そうやって考えれば、当時のエレジエドの大きさが判る。偶然かも知れないが。
エレゲートは素通しするだろう。逆らうとは思えない。
暫くして、執事と思しき男がやってくる。
一応、臣下の礼をし…。
「アリエス王、現在、我が国は知っての通り非常事態。他国の王を歓待する余裕はありませぬ。お引き取りを。」
「いやいや、これでも、王家のボディーガードに来たのさ。僕が城に居るだけで万の軍にも等しいと思わないかい?」
「ぼ、ディーガード?」
執事は走り、中へ消えて行った。
すぐに戻り、「迎賓室“ボアステップ”をアリエス様に開放いたしまする。王は多忙故、使いの者が案内いたします。」と言った。
「ハイハイ。では案内を。ああ、兵たちには言っておいてほしい。僕に立ち向かわない事。宜しく。」
「…チャンピオンに、勝目もなく立ち向かえる者はおりませんな。ご心配無用。」
そうかなー。まぁ、様子見ようか。
アリエスは、案内を受けた。
迎賓室であることは間違いないようだ。豪華な部屋だ。ベッドからテーブルから、ドレッサーから、贅の極み。
お茶が出て。目の前に食事が積まれ。酒が置かれ。
…そしてそのまま、2時間ほど、ほったらかし。
アリエスはベッドに転がる。とは言え…この有意義な時間に本当に何もしない程、アリエスは抜けてはいない。
様々な魔法であっという間にこの部屋を強化した。この城の中で、この部屋だけは、例えメテオが降っても潰れない。
近くを見張っている兵が居るだろうが、この部屋から物音は漏れない。外側から合鍵で入ることも出来ない。ま、今は開けてあるけど。
コンコン。ノック。
「どうぞ?」
「お邪魔いたします。」
煌びやかなドレスの、綺麗な女性が入って来た。
「アス=ヤの姉、メルト=ラと申します。」
アス=ヤ…アネモネの姉と言うだけあり、美女。
「…初めまして。姫。」
「暫し、お話でも如何?」
「光栄です。姫。」
メルト=ラ姫は、アリエスの横へ座った。
アネモネと同じく、やや褐色の肌。長い黒髪。アネモネの話しからすれば、異母姉妹なのだろう。
「…お噂は、かねがね。」
「それは怖いなぁ。悪口が多そうだ。」
「ほほ、城内ではそうでしょうが。城下では、英雄。」
「そう?」
「バルスタッドは、強さこそ誇り。女は、殿方の力を我が力の様に誇ります。アネモネも、さぞ鼻が高い。」
「…いや、全然誇ってないと思うなぁ。」
「ほほ、単身此処へ乗り込む度胸。魅力的ですわ。なんでしたら、妹に次いで私も口説いてみます?」
「…王様にもっと嫌われそうだから、やめとくよ。」
「あら残念。」
本心の読めない女だ…。
「戦争になりそうなのに、キミこそ落ち着き払って良い度胸じゃない?」
「バルスタッドは戦士の国。戦を怖れるものなど、居ません。」
そうかな。上辺ではそうだろうけど。
「まして、遥か昔。一度追い払った敵。」
それは…多分、巨神の力だ。今回もそれを使えるのだろうか。
そもそも、巨神の事を知っているのだろうか。
「巨神…。」
「は?巨神?何の話しです?ああ、伝説の神々の話?ええ、ええ。バルスタッドがその古戦場であるとか。聞いた事はありますよ?」
………この子は、知らない。
「キミも武器が使えるのかな?」
「カトラスか、女の武器でしたら、それなりに。」
「…それは、怖ろしい。」
「でしょ?」
目の前の空気が歪み始めた。
「お客みたい。」
「え?」
そこに現れたのは、虎だ。
「ひ!」
「心配なく。神獣様だよ。僕の友人だ。」
「かか、帰ります。ま、また…。」
メルト=ラ姫は、慌てて部屋を出て行った。
「………」
「………」
「お邪魔だったか?ん?」
「どうかなぁ。助かったのかも知れないなぁ。」
「…まぁ、良いがね。王に付かなくて良いのか?アネモネ妃との約束があるのでは?」
「使い魔を忍ばせているよ。エレゲートも広い。前線が交差するには、まだ半日から一日かかるでしょ。バルスタッドの皆さんも、士気を高める宴の真っ最中。」
「…そうか。では、本題に入ってイイかな。」
「じゃぁ人の姿で…。」
「…オマエいい加減にしろ。」
言いながら、ディヴァは美しい姿に変わる。
「…最後の、アーティファクト回収だ。バルスタッド地方で“時の転輪”を回収せよ。」
「ナニそれ。」
「…知らん。」
「無責任な。」
「…時を操るんだろうさ。」
「…神具ではそんなことが出来ると?そんな呪文は聞いた事無い。」
「だろうな。神ですら…難しい。」
「へえ。で、どんな形?指輪?」
「…さぁ…?」
「あてにならないなぁ」
「…全くだ。」
「…ディヴァは、どうやって生まれたんだい?」
話しの流れをぶった切るアリエスに、ディヴァは顔をしかめた。
「お前って本当にデリカシー無いな。」
「失礼にあたるのかい?」
「…我は最初からこの形で、生まれた。虎でもあり、人でもある。判らん。」
「神族仲間は?」
「姉と呼べる存在は居る。そうよな、我らは…詳しくは言えないが…神族として生まれた命。しかし、人を眷属として祝福することもある。長き時を経て、神族に連なった者も居る。ああ、そう。眷属は勇者とか聖女とか、その辺だ。名乗っている者の大半は、思い込みや只の特殊な血筋だがね。」
「…タダの人間の僕がキミの加護を得たのは、聖女のようなモノかな?」
「そこ、普通、勇者、って言わないか?」
「そうともいう。」
「…お前は人間だが、最も“初期の血が濃い”人間の1人。もう、気が付いているのだろう?」
気が付いているだろう?ディヴァの唇は、あの時そう言った。
「もう一度、確かめてもいいかな?」
「本当にすぐ図に乗るな。オトコは。」
アリエスは、ディヴァの肩を抱く。
「神族が人間と恋するなんてのは、神話の世界だけだ。図に乗るな。」
そういうディヴァは、離れようとは、していない。
「もし、幾つかの神話が本当なら。キミをお妃に迎えるのは、許されるのかな。」
「いつもの“後宮に来い”は、お断りする。」
「後宮じゃない。妃だ。」
「我が知る神話で、ずっと人間と暮らせた神族は、居ない。大半は悲劇で…。」
「…じゃぁ、キミが歴史上初、幸せになる姫だ。そちらの神話に名を刻んでくれ。」
「わ、我が人とむむむすばれるには様々な障害が…」
お前、変わったな?
ミルキシュが、そう言った。
そうだ。ミルキシュの存在が。きっと、この変化の切っ掛けだったんだろう。
変わったのはミルキシュじゃなかった。この僕だ。
―――暫くして。
そこへ、もう一人。いや、もう一匹。この客間にテレポートしてくる者が居る。
緑がかった美しい猫。緑猫。
無論この場所は知らないが、アリエスの指輪をトレースして、登場。
「ここか、アリエス坊や。神祖の戦い方をレクチャーしに来たぞ………」
・・・・・・・・
「……人間の交尾に興味はない。早く服を着ろ。」
ディヴァは、何事も無かったような顔をして、シーツを奪い取り、アリエスから距離を取った。
何も在りません。ええ。何も。そうだろう?猫。
――――――――――
バルスタッドの軍は、あの日1000人程の狂戦士を失ってなお、数万の軍勢を従えている。
大半は、ハルバードと弓持つ狂戦士。
魔術師も居る。正確には呪術師だが。彼らは狂戦士に呪力のあるタトゥーとペイントを施し、強烈な魔法耐性を与える。
勿論、彼らに回復魔法も効かなくなるのだが、承知の上。
大きな馬による移動が多いが、今は馬車も使われる。
後方に控える国王ザルムグ。そして、長男にして勇猛な闘士であるヨル・ジ将軍。
弟たちは、それぞれの軍の先頭に。妹や妃達は城にある。
「父上。バルスタッド狂戦士の力、魔法国に見せてやりましょう。」
アネモネに去られた、あのザルムグ王も、元々はアリーナのチャンピオンである。
勇猛であることだけは、間違いない事実であった。
「エレゲートも腰抜けで困る。自慢の3軍も、動きもせぬ。我らの蛮勇、世界に知らしめん。」
…まだ、この前線が衝突するまで、半日以上はあるだろう。魔法王国エレジエドの浮遊揚陸艇は、飛行すると言っても、現代の旅客機までは早くない。
その浮遊揚陸艇は、アリエスが先日見た遺物に…とても良く似ていた。
――――――――――
もう一方、新しき国が生まれようとしていた、バルスタッドの南。
彼らにとっても、エレジエドのバルスタッド侵攻は他人ごとではない。
次に襲われるのは、この南なのか、西のアテンドルなのか。
「長老。」
「おお。バシルバットか。バルスタッドの滅びを見に来たか?できればこの手でザルムグめを絞め殺したいが…。」
バシルバッドと呼ばれた青年は、以前、たった1人アリーナに乗り込み、奴隷解放を目指して勇敢に戦った闘士である。
最終的にアリエスに救われるまで、卑怯な扱いを受けながらも、決勝までたどり着いた英雄。
「…バルスタッドと共闘せずとも良いのでしょうか…?」
「…何を情に駆られている?バルスタッドは、同じ種族である筈の我らに何をした?」
「…それは…。」
「まさに天誅と言うモノよ。エレジエドが天であればだが。」
「…古代魔法王国は、我らの様に魔法を使えないものは奴隷と扱うとか。バルスタッドより更に見下される事でしょう。」
「くどい。バシルバッド。若き英雄よ。お前は、我らの用意する平和に君臨すればよい!」
「…古代魔法王国を滅ぼし、その上で、正々堂々と、バルスタッドの暴君を討ち果たす。それこそが王道では!?」
「バシルバッド。お主の清らかさは、民の誇りである。だからこそ、我らバラバラのクランも手を組むことが出来た。お前は、“後”を清くせよ。醜さは、我らが請け負う。これから為す、罪も、だ。」
「…巨神は、本当に、本当に我らの、味方でしょうか!?」
「…“スリープ”」
「連れて行け。しばし軟禁せよ。」
我らの神よ。巨神よ。
今一度、奇跡を賜らん。バルスタッドとエレジエド!この2国を!怨み重なる2国を踏みつぶしたまえ!
「受け取られるよ、女王“タイム”! 時そのものを冠する、巨神の女王!!」
「この”時の転輪“を!持ち主である女神に還す!」
血の底で、巨大な頭部が、目を見開いた。
巨大な、人の首だ。額に銀色の、見たことも無いような。複雑に編み込まれた飾りをつけた圧倒的に美しい貴婦人の首だ。
その頭部だけで、30mはある。長い、ストレートの髪。色の変化する、螺鈿のような銀の髪。
首から下は血の池に浸かっていて見えないが、まだ、”存在しない”。




