第72話 「建国の姫」
王道?のハイファンタジーです。
最終回まで、あと10話ほど。
宜しければ、お付き合いくださいませ。
…げほ。
「目が覚めたか。囚われ人。」
「ディヴァか。僕の後宮に来る?」
「お前は少し、女に対して落ち着け!」
「ごもっとも。で、どれくらい経ったかな。」
「ああ。5時間ほど。」
「僕を守ってくれたみたいだね。」
「我が主に感謝せよ。」
「さて、イイ眺めだ。」
2人…1人と1匹を囲む数10名の近衛兵…即ち、精鋭魔術師。
周囲にはアンチマジックの光を発する彫像が置かれ、この結界の外に出れば魔法が飛んで来る、という訳だ。
「僕が結界を出た瞬間、あっさり30人を返り討ちにするとは思わないんだろうか。」
周囲の近衛兵がざわつく。
「…皇太子に魔力を吸われた者が、2,3日で魔力を取り戻せるわけが無いでしょう。」
澄んだ声が。
皇太子妃フランジが、重い椅子を息を切らせ運んできた。侍女も一緒だ。
「こちらにお座りください。軟禁とは言え、むき出しのフロアでは休めません。」
彼女らは。小さ目のテーブルと、3つの椅子を、向かい合わせにセットする。
魔法を使えば簡単なのだが。無論、彼女らも魔法結界の中では使えない。
フランジはアリエスに肩を貸し、椅子に座らせた。
「助かるよ。」
周囲の近衛兵たちも、結界を出なければ口出しできないと見え、皇太子妃の行動を訝しい目で見てはいたが、行動は起こさない。
「美しい羽の神獣よ。貴女もどうぞ。お座りになって。」
「我は椅子など使わないが。」
「その姿では、でしょう。ディヴァ様。」
「…覚えていたのか。」
「声と、お話の口調で…。」
ディヴァは白い光に包まれ、もう一つの美しい姿に変わる。
鍛えられた体、堂々たる美貌。美しい羽。この姿ではまさに、天の使いに相応しい。
近衛兵たちも、暫し呆気にとられ、天の使いに見とれた。
「おや、お2人が知り合いとは意外だよ。」
2人の美女はクスクスと笑った。
侍女が、温かなお茶を用意してくれた。
「ふー、生き返るよ。ところで、皇太子は何処に。」
「存じません。しかし、あの人は既に、重要な駒どころかキングを手に入れたわけですから。」
「何をする気だい?」
「各国に威厳を知らしめるのでしょう。」
「…腹が減った。肉をくれないか?肉を。」
と、ディヴァ。
フランジは、侍女ネリオとマリッサに目配せする。
「フランジ姫。“魔素薬”って何だい?」
アリエスは、ど真ん中の疑問を素直に投げかけた。
周囲の反応が、怒気が、機密に触れることだと教えてくれた。
「…よくもまぁ、近衛兵の視線を浴びながら聞こうと思うモノです…良い意味で感心します。」
「そりゃどうも。だた黙って回復に努めるのも、なんだし。近衛兵の皆さんも暇でしょ。僕らの会話を演劇だとでも思ってみてもらいましょう。」
「…そのような…恥ずかしい考えは持てません。視線を感じながらお茶を飲むだけでも嫌なのに。」
侍女が、調理を運んできた。匂いが鼻をくすぐる。
ディヴァは途端に元気になった。
アリエスとディヴァの前に食事が置かれる。2人は遠慮なく食べ始めた。
食いっぷりに、母親の様にフランジは目を細める。
当然のことながら、周囲の近衛兵は表情を殺しながらも、羨望の眼差しで見ている。彼らは交代しながら見張りを続けているので、まだ耐えられるが…。
「…魔素薬は、魔素を取り込む薬…薬ですわ。」
突然、皇太子妃はそう呟いた。
「王家の者しか効き目はありません。使おうなどと考えない事です。」
細いロープを渡るような、ギリギリの回答であったのだろう。それは、やはり近衛兵の反応から知れる。
しかし、恐れを知らない馬鹿者は続けた。
「どうして、王家にしか効果が無いのさ?」
「そ、それは…」
暫し、沈黙が続く。
「皇太子がアレを飲んだ時、感じたんだよ。うーん。強いて言えば、魔界のエナジーとでも言うか、空気を。」
フランジは硬直した。
「僕、魔界に潜ったことあるんだよねえ。」
フランジに、周囲に動揺が走る。
言ってはいけなかったのだ。この様な男相手に、僅かな手掛かりすら与えてはならなかったのだ。
「彼が飲み下したのは魔界のエナジーか。どやって凝縮したのかは分からないけど…。そう。魔界に行ったとき、違和感を感じたんだ。まるで、自分の魔力が膨れ上がる様だった。」
アリエスは、あごに指を添え、推論を続ける。
「魔界は、魔法と親和性が在るのかも知れないなぁ…。」
フランジは息をのむ。だが、この時、アリエスの言葉には重要な秘密が隠されて居るのを、フランジも、アリエス本人も、気が付かなかった。
アリエスは、お茶をゆらゆら揺らしながら。更に付け加えた。
「…キミ達さぁ」アリエスは近衛兵を見た。
「その服装…方々で、悪魔とかを狩っていた…”魔族狩り”だよね…。その亡骸を、城に運んでいた。でしょ?」
近衛兵がざわつく。
侍女が、ネリオが叫んだ。
「そ、その話はもう良いでは無いですか!ね、アリエス様!ね!?」
これ以上、フランジ様を困らせるなよコラ。
アリエスにはそう聞こえた。
「ハイ。ワカリマシタ。お食事をいただきまっす。」
「…判ればいい…。」
………暫し、静かな時間。
ディヴァは、満足して椅子にもたれる。
アリエスはというと。
「皇太子とは、どの様な馴れ初めで婚姻を?」
どっかーん。
フランジは、余りの事に笑い出した。
このヒト、デリカシーとか気遣いとか、なんかもう、色々、初の体験!
「あはは、良いでしょう。どうせ、その話なら近衛兵も興味なしです。」
「はぁ。」
「政略結婚ですよ。」
「…ふうん。」
「年頃の娘は、私と、従妹のディム姫だけでした。当初は、そのディムが皇太子の許嫁でしたが…。」
「ディム…?」
「ええ、先王の弟君、大賢者マーリーン様の孫娘。でもディムは…」
「逃げ出したんでしょ?マーリーン様と一緒に?」
「…どうしてそれを?」
「…昔話で。伝説で伝わっていますよ。」
「そう。私達にとってはつい最近の事だけど。そうなのね…。」
「ええ。」
「…ディムが居なくなって、私が嫁ぐことになった。16だったわ。それはそれ、半ば、当たり前のことの様に覚悟していました。王家の血筋に生まれた、宿命。」
「受け入れた、と。」
「ええ。それでも、結婚当初は…あの人の野心的なところ、一途に力を求める姿はキライじゃなかった。」
「…望まぬ婚姻は辞めろと言っていたじゃないか。フランジ姫。」
ディヴァが、目をつむりながら言う。
「…皇太子の誇りか…エレジエドの重圧か…あの人は、日に日に、強さに固執するようになった。その頃かしら。私達は…。」
「フランジ姫。肉のお代わりをくれ。数があるなら、近衛兵にもくれてやったらどうだ。アリエスも、女性にそれ以上言わせるな。此処までだ。」
アリエスは、お茶を掲げて、それに答えた。
――食事は再びディヴァの前に並べられ、アリエスは少々目を瞑り、うたた寝する。
この食事は、近衛兵にも配られた。
さて、食事が終わると、虎が言った。
「さて、我も満たされた。アリエスを癒すとしよう。」
「癒す?外的な怪我はありませんよ。精神力でしょう。だからこそ。私も薬草のハーブティーを。」
「…姫。侍女たち。恥ずかしいから、むこうを向いていろ。」
「?」
「…おい、アリエス。起きろ。立て。やりにくい。」
アリエスを半ば無理やり立たせる。
そしてその上で、20秒くらい、ディヴァは悩み続けていた。かなり、しかめっ面だった。
立ちながら寝ているアリエスをしばらく眺め、ディヴァは意を決する。
そして、唇を重ねた。
んー?夢かなー。夢じゃないなー。イタダキマス。
長く。いわば性的な、キスにすら思える。
周囲の兵は、まさか、始める気か、と覗き見た。
虎は、唇を離して、目を見ながら言った。
「気付いているな…?」
「…何を?君が僕を好きな事?」
「違う!大っ嫌いオマエ!」
虎はプイと後ろを向き、「では脱出するぞ。」
と言った。そして、残念なことに、虎へ変貌する。
アリエスは、姫と侍女に言う。
「キミ達の優しさに感謝を。」
近衛兵が、対魔結界を取り囲む。
「何をする気だ!それより一歩でも出れば、殺す!」
窓から見える空。黒雲が渦巻いている。さっきまでは晴れて居た筈だ。
黒雲が、太陽を隠す。大雨を呼ぶ。
これなら、アンデッドでも活動できそうだ。
これなら、多少の物音でも気付かれ無いだろう。
近衛兵の見守るここにも、伝令が飛んできた。
「し、侵入者が!」
「何処の軍だ!アリエス王の国か!?」
「いえ、数名の女が!」
「はぁ?数名の女が暴れたところで、魔法警護団に敵うわけあるか!」
「それが!馬鹿みたいに強い!」
アリエスは吹き出した。
吸血姫の魅了に、魔法警護団の数十人が暴れ出していた。
城下は瞬く間に、大混乱に陥った。
その混乱の張本人は、あっという間に、煙になって、1人の妃の持つ、壺に逃げる。
「…大活躍のあたし、すげー。」
その中で、街中に吹き荒れる暴風雨は、通常のレベルではない。呪文を唱えようにも、体を支えるのがやっとだ。
「この自然魔法は解除できない。呼び寄せたものだ。オレの怒りを受けろ!」
その強風の中。人の姿を纏った竜巻の精霊が暴れ狂う。豪雨の中を、水の大精霊が暴れる。
「頼むわね、ウィンディーネ!目を引き付けて!」
同時に城へ向かう数名が居る。
1人の女に、強い魔法が飛んだが、彼女の持つ盾はことごとくそれを跳ね返した。
「私に個別魔法が効くもんですか。べー。」
横に居た部下ラシュラが言う。
「こ、子供!母親になっても子供!?」
紅い髪の妖艶な魔女が通り過ぎる。彼女は僅かに膨らんだお腹を大切に守っている様に見えるが、ただすれ違っただけで、呪文を掛けた様子も無いのに…男達は狂ったように踊り出した。
城の強固な結界を、ほんの一言で破壊する―――緑色の、猫。
猫は、誰かに合図を出した。
アリエスを取り囲む近衛兵の10名ほどが、剣を抜き、アンチマジックの結界内に入って来た。
座っているアリエスに剣を突き付ける。アリエスは平然としている。
「貴様!侵入者を止めろ!お前の差し金だろう!?」
「いや。彼女らは僕の命令で動くような、ヤワな姫じゃないよ。多分、独断。」
「ならば、この剣が喉元に在れば、手出しできまい。」
アリエスを軟禁する部屋の窓がさらに大きくぶち破られる。
予想通り、現状最も戦闘力のある姫が入って来た。
アテンドル皇女アルティオラ。そしてその妹、薔薇のガーレル。(と従者ラシュラ)。
入るなり、呪文が飛び、近衛兵はバタバタと意識を失う。
「アリエス様!」「アリエス!」
アルティオラは、剣を突き立てられたオトコより、近くに立つ美女を見て言った。
「…その美しい姫君たちは、誰かしら…パパ。」
「後で話は聞かせてもらうからな。アリエス…。」
「貴様ら!近寄るな!この剣が見えんのか!」
「アルティオラ。ガーレル。僕なら大丈夫だ。じゃぁ、逃げるとしよう。」
「貴様!喉元切り裂いてくれる!」
「無理だね…“バンパイア・ケープ”」
アリエスの姿が、獣に変わる。
それは、目の前に居る、白い虎そのものだ!
「アイテムだと!?アンチマジックの中でアイテムだと!?」
本物の虎が言う。
「それは、“アーティファクト”。邪悪な神の作りし本物の神具。結界ごときで力を失うわけがない。」
2匹の虎が笑う。
「神族を、魔力のない剣で斬れるとでも思うのか?最初から、この者はこのケープを巻いていた。先ほどのキスの間に、血を沁み込ませたがね。」
アリエスの変化した虎は、アンチマジックを駆け抜ける。
「し、しまった!しかし、魔力はまだ…!」
「いや。十分だ。」
アリエスは、結界の外に出た。
「“デストロイ”」
6体の彫像を一瞬で破壊する。
「ディヴァのお蔭だね。すっかり回復したよ。」
近衛兵たちが何かしようとしたが、それが何であれ、無駄に終わった。
あっという間に、沈黙した。
「アリエス!」
2人の妃を追って、次々と妃達が乗り込んでくる。
シャルロナが。キャステラが。メイフェアが。イアが。見知らぬ猫が。
「ありがとう。流石、僕のお妃達。まるで言うこと聞かない。言ったじゃないか、捕まりに行くって。」
「あれがワザとに見えるかー。アホだなー。お前。」
城に、重たいものが動くような、音が聞こえた。
「…アリエス様。何か、マズイ。」アルティオラが言う。
「…うん。感じる…怖ろしい魔力が、近づいて来る。皇太子の比じゃないな。逃げよう。策を考えなきゃね。」
猫が、魔方陣を創り出した。「此処から飛べ!」
「キミは?緑の猫さん?」
「皇帝にご挨拶してから逃げよう。先に行け。」
「…やはり、これがエレジエドの王か。」
アリエスは、呆気に取られているフランジを見た。
「姫。1つ、僕からも貴女に秘密をお伝えする。ディム。それは現在の首都の名前。そして、建国の真祖、レテネージ・メイフィールドの王妃。その名前。」
フランジは、信じられないと言った顔で、アリエスを見る。
「真祖の師の名は、マーリーン。そして僕は、真祖と王妃ディムの…子孫だ。」
「嘘…。」
消えようとするアリエスへ、フランジ姫は、ありったけの声で叫んだ。
「それでは!ツァルト王族は、エレジエドの血を持つ者では無いですか!!」
「ツァルト国は!”古代魔法王国”、そのものでは無いですかー!!」
「フランジ姫。僕は貴女を、助けに来る。例え望まなくとも。」
フランジ姫は、その場でうずくまり、小さく、言葉を紡ぐ。
「大賢者マーリーン様。何故、ディムと一緒に私も連れて行ってくれなかったの? 本当は、行きたかった…ディムと一緒に…!」
猫が、フランジの横に立つ。
そして、たった今まで開いていた、ツァルトへの扉を消滅させた。
部屋の近くまで強大な魔力が近づいている。
猫は、その者に、挑戦状の様に己の持つ魔力を込めて、念を送った。
「私は、お前が眠っている間に、この大陸を守護した男の使い魔。我が主は消えたが、主の戦い方はお前達の“始祖魔法”を打ち破る為に確立された。」
巨大な魔力から、怒気が伝わってくる。
「先ほど逃げ出したアリエスに、それを伝授しよう。次に会いし時、決めようではないか。大陸の覇者を。」
鳴り響くほどにの、破壊の意図が、今いる場所を覆った。
猫はニヤッと笑った。
「“時間停止” “転移拡大” “転移”」
猫が消える。
同時に、此処に居ては命の危ういフランジと2人の侍女も、消えた。猫が逃がした。
エレジエドの、偉大で、壮大な城。
治まっている嵐、突如消えた魅了。何事も無かったように、街に平和が戻る。
次の瞬間、人々は、その城の中腹が一瞬で吹き飛んだのを見た。
――――――――――
城に戻ったアリエスに、アネモネが駆け寄る。
「アリエス様!」
「只今、アネモネ。ただいま。ティアナ。ノエル。エディ。子ども達。」
アネモネの反応だけが、他の姫とは違う。
また、その理由を皆、知っているらしい。
「アリエス様!どうか、お力を!」
「どうしたんだい、アネモネ…。」
「エレジエド軍が、バルスタッドへ向けて、進軍を!」
「何だって!皇太子か!?」
「わ、私は以前、バルスタッド王家など無くなってしまえと、の、呪った…。」
「でもそれは、死んでほしいと願ったわけじゃないの!!」
アリエスはアネモネを抱きしめると、妃達に向かって言った。
「今度は、勝ってくる。僕を信じてくれ。」
――続く。




