第71話 「宿敵」
宴の間。
細長い、会食用のテーブルの両端に、アリエスとメルヴァは座る。
互いの前に、ワインが用意された。
メルヴァによって、真ん中に皇太子妃フランジが座らせられる。
彼女の定位置だ。
「2000千年の時を超えた出会いに乾杯。」
「乾杯。」
「…して、わざわざ単身乗り込んだ理由を聞かせて頂いてよいかな?魔道国の王。」
「此処で、王の前では無く、皇太子の前で話すわけだけど。代理と考えてよいのかい?」
「無論だ。我は国を継ぐ者だ。」
「では、先日の王の演説の中で、平伏せよと仰っていた。国々は、それを不安視している。」
「そうか。父王は率直な人でね。かつて部下だったものに、臣下に戻れと言うのがそんなに不自然だろうか?」
「2000年、大陸に覇王は居ない。それぞれが苦労して、嘆きの中で喜びを分かち合って、ようやくここまで来た。そもそも、何故エレジエドは姿を消したのかな?」
「黒炎の魔神を知っているな?」
「まぁ、“そこそこ”、ね。あ、このワイン美味しいねえ。僕はワイン苦手なんだけども、これはイイよ。」
「ふ。気に入って何よりだよ。さて、お前が尋ねた内容は、誰もが想像できることに過ぎない。黒炎の魔神は、エレジエドに迫っていた。魔族と共にだ。お前ならどうした?王としてどうするね?」
「戦うねえ。」
「戦えぬ相手なら?」
「“みんな”で逃げるよ。この世の果てまで。」
「そうだ。同じことを我らもしたのだ。城に住まうもの達を、城ごと裏次元に運んだ。素晴らしいだろう。城の城壁まで全て運んだのだ。我が父の魔力の恐るべきことよ。」
「“民”はどうしたのかな?」
「無論、導いた。彼らは森に隠した。」
「“石”にして、でしょ?」
「…フランジから聞いたのか?」
「いや。知ってた。」
「ほう。」
少し沈黙が流れる。
「その民も目覚め、我が城下へ帰還を果たした。これを王の恩寵と言わず何という。」
「そう。城と、城を支える人々と。城下の豊かな人しか僕は見ていない。居た筈だね、もっと沢山の人々が。万の人々が。億の人々が。世界中にあの隠された森をバラ撒いても、そんな人数が居るわけないよ。」
「奴隷や下級市民か?彼らは生き延び、この世界を支えたではないか。賞賛に値する。」
「…見捨てられ逃げ惑い、落ち延びた人々が感謝するとでも思うのか!」
「自らの犠牲で、我ら神の民を救ったのだ。誇りであろうよ?」
「本気か?傲慢にも程がある。」
「魔道。我らは魔法を使えぬものより生き物として優れている。優れた生き物である。そして、我らはその力を持って、大陸を統べた者!」
「古き知恵。古の力。長い年月が生む研鑽。どれも素晴らしい。でも、古きものを改善し、洗練させてきた未来も素晴らしい。その価値は等価だ。そして、人の価値も!」
「自身が魔法を使いながら、誰も見下したことが無いと言うのかね?偽善者。」
「ああ。思ったことはあるよ。幼い頃にね!」
「エレジエドを愚弄するか?」
「いや。尊敬する。だが、その考えは否定する。もし大陸の盟主たらんと考えるならば、全ての国を同等に扱え!」
メルヴァは、ワインをあおった。
アリエスも、一気に流し込んだ。
「我にほど近い魔力の王。臣下になれば、高い地位を与えたものを。必要なら、そこのフランジをくれてやっても良い程にな。」
「あ、アナタは…。」フランジが震える声で皇太子を睨む。
「こんなに素敵な妃を随分、ひどい扱いするもんだねえ。離縁しなよ。僕が連れて行く。」
「さて、交渉決裂だろうか?ツァルト王。いや、“魔術の塔”アークマスター。」
「さて、考えの相違は確認できたけど。決裂かどうかは判らないな。そちらが進軍するのでないなら、長い時間を掛けて説得しよう。」
「ふ、ふはははは。わざわざ単身乗り込んでそれか?」
メルヴァは立ち上がった。
「オレが、お前なら、わざと捕まって見せて、内部から一人で城を崩壊させて見せるがね。」
「ギクリ。」
「ふはは、気に入ったよ。強く、野心的。男はそうでなければな。」
アリエスは両手を広げる。
「内側を食い破るのは最後の手段だよ。まずは、そちらの本音を知りたかっただけさ。」
「まぁ、帰れたら帰るがいい。食後の余興をどうだ?力試しの余興など。」
「余興だと?」
「“我らの姿は蜃気楼となって映し出る”」
宴の間に、小さな鏡のような歪みが、多数現れる。こちらからは、街々の様子、人々の姿が見える。
あー。僕も前に、ノエルんとこでやったっけ。“ビジョン”か。さぞ自信がおありのようで。
「どうだ?力比べと行こうか。何、殺し合いではなく、試技でどうだ。だが、力の差を知ってもらうには良かろう?」
「スゴイ自信だねえ。良いけど。」
メルヴァは短い杖を出した。指揮棒のような短さだ。
「お前は何も使わないのか?」
「僕にはこれがある。」
アリエスは、指輪を口に近づける。
フランジが口を挿む。
「い、一国の王と皇太子が魔法比べなど…!」
「お前は黙って居ろ…“汝は息苦しくなり、気を失う”」
フランジは首を抑える…。そしてテーブルに伏した。
「キミは女性の扱いを覚えた方がいい!」
ビジョンを見ている世界の人々のうち、アリエスを良く知る数名は、お前が言うか…と呟いた。
「“汝は自らの首を絞め、苦痛にもだえる”」
「“テレキネシス”」
互いの腕が、少しずつ、首に近づいていく。
「き、貴様…。」
「はは。やるねえ。」
互いの手が、下がる。ぷるぷる震えながら、テーブルの上に押し付けられる。
「このメルヴァに張り合うとは、大したもの!」
「でしょ。良いのかい?その、使い魔の体で。」
「ははは、お前もだろう。食わせ物が。」
2人の姿は、一瞬、データのズレの様に歪み、戻る。
使い魔から、本体に、入れ替わる。
此処では狭い。広げようではないか!!
メルヴァが両手を押し出すように広げると、幾つもの部屋の壁が吹き飛んで消えた。
まるで廃墟のホールの様。
次女ネリオは、一瞬のスキを突いて主を抱きかかえ、端の方へ引き摺って行く。
アリエスは、横目にそれを確認した。フランジは、激しくせき込んでいる。
メルヴァは、自分の真横に。宙に、先ほどと同じワインのグラスを呼び寄せた。
中身は、不思議な、蒼く光る、ゆらゆらした光に見えた。
「何の準備やら?」
「…見せよう。“始祖魔法”!」
「…来い!」
「“汝に冷気が巻き付く。されど汝の口は抗う事を忘れる”」
「“バリ……あ”!」
アリエスの周囲に、強い対魔法円が浮かび上がる。氷の衝撃を弾く。
だが、その呪文は、明らかに遅い発動だった。
何だ!? 2つの効果が飛んできた!
「“汝の魔術が打ち壊される。そして、熱さに呻く。”」
なん…だと!?
アリエスは硬質化のパッシブを発動し、呪文を唱える。
「“アンチ…ファイあ”!」
同時に、同時に2つ!馬鹿な!
炎を防げたのは、パッシブの発動を一瞬で出来たからだ。
本気の敵。本気で戦うしかない相手だ!!
今、この瞬間を、大陸中の、街の広場と映像の呪文が繋がっている。
<あり得ん…アリエスが押されている?>
ファルトラント女王の夫、”銀”のレオが言う。
<我らのマスターが…>
”魔術の塔”の庭で、アリーナで。ギルドの修行者たちが。
<アリエス!身代わり人形はどうしたんだ!>
盗賊姫エディが叫ぶ。
<見てられない!い、行こう!姉さまも!>
薔薇のガーレルが駆け出す。
「“汝の魔力は弱まり、鋼の体も生身に戻る”」
「“ミラー・エフェ…クト”! 古の呪文には最新…のじゅ…もんでいこうか!」
アリエスの周りに浮かぶ鏡。
そう。フラウレ…アルティオラに教えてもらった呪文。反射の呪文。
魔法はメルヴァに戻っていく。
「…く、何だこれは!貴様…」
「“ディ…スペル!”」アリエスは動きにくい唇を元に戻した。
「キミの知らない、最新の呪文さぁ!」
…呪文の魔力が弱まっている筈だな…。
アリエスは、決して爪が甘い男ではない。だが。これはルールのある戦い。
メルヴァは、呪文ではなく、先程呼び寄せ、宙に浮いていた蒼い光のグラスを手に取り、一気にあおった。
アリエスには見える。しぼんだはずの魔力が異常に膨れ上がるのを。
「なんかズルいことしたかい!」
「“鏡は割れる。汝の魔力は我に吸われる!!”」
強大な魔力…僕を超える…!?
鏡が割れる。
アリエスは、小さく呻き、その場にうずくまる…。
魔力が…魔力が吸われて行く…。
「終わりだな…我の勝利。見たか。見ているか。大陸の者どもよ。これが。エレジエドの皇太子の力。汝らの盟主とやらも、この有様。」
「アリエス様―!」誰かの悲鳴が上がった。
「行くぞ!」そう声を掛け得た魔女を、威厳のある女の声が止めた。
「ダメだ。行くな。お前達では勝てぬ。私に委ねよ。」
「アリエス王。アークマスター。負けを認めろ。もう、何も出来まい。」
「そうだねえ、この条件では負けだ。」
「はぁ?別な条件なら勝ったとでも?その無様な姿で強がろうとも。世界が見ているだろう。かえって惨めだと思わんかね?」
「うーん、余計な一言を言ってしまったかな。」
「情けない。気が変わった。暫し、惨めな姿を晒せ。」
先程目を醒ましたフランジが再び大きな声で口を挟んだ。
「あなたこそ!魔素薬を使ったでは無いですか!」
魔素薬?
「魔素薬が無ければ、鏡の魔法を受けたアナタは負けていた!」
「黙れ!!」
フランジは遠くへ押し出された。悲鳴を上げながら。
「賢者アルボウ!コイツを退魔の石で囲め。」
メルヴァの背後から現れた男が、周囲に命じる。
膝をつき荒い息のアリエスを、近衛兵が取り囲み、そして、高さ50cm程、6体の石像で、封じた。
アリエスは既にふらついていた。
「おやおや、これじゃぁ、キミの魔法も届かないけど良いのかなぁ?」
「減らず口を…。」
賢者と言われた男が近衛兵に命じる。
「弓を構えよ。」
この時だ。
窓を突き破り、四つ足の獣が現れた。
一瞬で駆け抜け、アリエスの前に立つ。
白い虎。美しい3対の羽を持つ虎だった。
「…神獣!?」
「我は、神族ディヴァ。この者を守護する!エレジエドの皇太子よ。民よ。大陸の民よ。聞け!この者のいう事は事実!勝つだけなら、この者は勝てた!」
「おい、神獣。何故この者を守るのか知らないが、ひいきも程がある。どうやって、その者が我に勝つと言うのか。」
「この者には、あの時、勝つ手段が残されていた。だが、しなかった!殺し合いではないという、お前との約束を守って敗れたのだ!」
「は。戯言を。負け犬の言い訳をだれが信じるかね。しばし、醜態を晒せ。虎。神獣の力とは言え、お前の力では、守ることも出来ん。」
「それはどうか。我は、眷属。この力は、魔法ではない。近衛兵の弓が届くと思うか?それとも、このアンチマジックの光の中で、我と戦うか?」
「ほう。上手く逆手にとったな。良かろう。確かに、命は取らぬ戦いという約束だった。そのアンチマジックに囲まれた中で、お前達を軟禁しよう。一歩でもそこから出るならば、話は別だ。」
立ち去ろうとして、メルヴァは思い出したように足を止める。
「そうだ、白き虎。お前も一歩でもそこから出たら、魔法が効くのだろう?その陣を囲む精鋭を30名つけよう。ははは、面白い。その中でだけは、良い守護獣だ。」
ははははははは。
皇太子の姿は消える。続いて、世界に伝える揺らぐビジョンも消える…。
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抑えろ。妃達よ。軟禁だ。ディヴァも付いている。まだ、打つ手はある。
…抑えろ?
そうだ、誰に言っているのだ。真祖の使い魔とやら。女が、黙って見ている訳が無いだろう。
この恐怖の魔女が、古代の亡霊を祓ってくれる。
魔法騎士団フラウレが、救って見せる。
私の精霊魔法が。
私の自然魔法が。
はぁ。気の強い姫どもだ。一国を敵に回すより怖ろしいかも知れないな。
良かろう。ついて来い。お前達に勝機を与えよう。
猫は、手招きした。




