第70話 「穏やかな日」
新しい街並みの匂いがする。
古めかしい感じはしない、どれも美しい、何処も美しい。
でも、人々は、まだ落ち着いていない感じがする。
この街に馴染んで居ないのだろう。
アリエスは城を見上げた。
大きな城だ。
ウチの倍はある。城だけで街の様だ。
城下と違い、石そのものが古く、趣ある。ああ、歴史の街並みよ。
アリエスは、正面から向かって来る男達を見る。
あれ 真っすぐ向かって来るなぁ。僕に用かなぁ。
敵意と戸惑いが伝わってくる。
何か、儀式用のような剣を持っているが、そのエルフの様に細い体格では威力は心もとない。
勿論、魔剣の可能性はあるけど。
「何者か。貴族とお見受けするが、その異装。説明を頂きたい。」
「僕かい?」
「その方は、私の客人です。魔道国の使者。宜しいかしら。」
男達は、また周囲の者達は驚き、1,2歩下がって、跪いた。
「皇太子妃フランジ様、ご機嫌麗しゅう。」
「この方は我が国にとって重要な方で在りましょう。見えるのでしょう。魔力の程。」
「は、はい!」
「無論、警戒は重要なこと。貴方たちの忠誠に感謝を。王の加護を。」
「有難きお言葉に御座います!」
男達は下がった。周囲の者達も、距離を取った。
「ありがとう。この間の美しい人さん。」
「今日はお子は連れていないのね。歌姫も。残念だわ。あの姫とはまたお話したい。」
「はは、アネモネも喜ぶよ。素敵なファンが出来て。」
「…それにしても、この間お会いした時より…この間は魔力を隠していたのかしら。」
「ん?いや?」
「そう…。ですか。此処では強き魔力を持つ者は優遇されます。例え、異国の者でも。」
「ふうん。覚えておくよ。それよりも、美しい人さん。案内して貰えないだろうか。この遺跡。特に、中央近辺で断層の如く街の様子が変わる辺りを!」
「……そちらは…城近辺は、立ち入りできませんので。」
「そ、そう?」
「え、っと、フランジ様。お客様のいらっしゃる時間です。この者は私がつなぎでご案内いたしますので、先にそのご対応を。」
「え、そうだったかしら?」
「そうです、お急ぎください。」
…2人はテレポートで消えていく。
「んじゃ、頼める?ショートカットの可愛いキミ。」
「…そちらの国は、まず女性をおだてる所から始めるのが礼儀なのか?」
「いや?素直に思っただけで。」
「美しいとか言うのは、其方のお妃や、わが主を指すべきなのであって、私ではない…いや、そんなことはどうでも良い。其方、姫様の人の好さに甘え過ぎだ。夫のある女性が他の男性と2人きりなど、誤解を招く。」
「え、キミら居たから4人では?」
「…我々は影。空気。ゴミだ。」
「それは勿体ない可愛いゴミだね。拾っていこうか?」
「…もう一度聞くが、そちらの国では……もう良い。さらばだ。」
「え、案内は自分がするって姫様に言ってたよね。嘘?姫に嘘?」
「…あーもう!其方は人を苛つかせる天才か!?」
「えー。」
「わかった。少しだけ付き合ってやろう!聞け。何なりと聞け!」
アリエスは、至る所で感動し、話を聞いた。
うはー。何このクルクル回る天体のような石。面白い!
まさに、先日、フランジ姫が見せていた言動そのままだった。
…それは、彼女にとっては悪くない反応だ。
20代前半に見えるこの男、まるで子供の様にはしゃいで、好奇心に満ちた目。
「図書館は無いのかい!?本はキライだけど、此処のなら見てみたい!」
「図書館?書庫は城にあるが、城下には無かろう。勿論、個人の持っている魔導書は必ずあるだろうが…。」
「必ず!?それは凄い!真に、魔術の民の街か!うは!」
アリエスは、彼女の手を取った。侍女ネリオの手を。
「じゃぁ!キミの魔導書見せてよ!代わりに僕の見せるよ!」
「魔導書は力の源であろう!人に見せられるか!」
「えー。」
「じゃぁ、この国のシステムが知りたい!」
「スパイか其方は!」
「この国の娯楽とか酒とかお菓子とか!」
「図書館で調べろ!」
「無いって言ってたでしょ!」
「そうだったよ!」
「この国の、まだ知らない魔法が知りたい!」
「弟子入りでもしろ!」
「弟子入りね…その方が弟子になれそうな人は国王か皇太子くらいでは無いかしらね…。」
「フランジ様!?いつの間に。」
「貴女こそ、ネリオ。何時の間に、このお方と叫び合う程仲良く?焼けるわ。」
「滅相も在りません!ただの言い合いです!」
「冗談よ。アリエス王。道案内、代わりましょう。“お客”はもう帰ったので大丈夫ですよ?」
「それは有難い。えっと、フランジ姫。」
「魔法を知るには、互いに見せるのが一番早いでしょうけどね。魔道国の王、どれほどの力か見たいわ。」
「じゃぁ、そのネリオさんで遊びましょう。」
「ふざけるなー!」
「あら、私もそう思ってたわ。」
「姫―!!」
「“トランス・クロス”…どうですか?ツァルトの姫たちの衣装なんですけど?」
侍女ネリオはあっという間に華やかなドレスに替えられた。
「あらカワイイ。“染よ藍の華の如く”」
ネリオのドレスは更に濃い藍色に替えられた。
「へえ。その色も良いですねえ。素敵です。」
「お2人とも、ご自分でやって下さい―!」
尚、現代でこれはパワハラである。
他国の王と、この国の皇太子妃は、くすくすと笑った。
「やはり、強大な魔力。空気が震える程。」
「そちらの魔法は優雅なんですねえ。そして、的確に変化をさせる。」
4人は、大きな通りまで戻って来た。背後から、空を飛んで馬車が追い抜いて行く。
馬車は城へ向かったようだ。
「…お客人はあのように来るのかな?」
フランジは、気色悪い虫でも見るような表情で言う。
「いえ。獲物…でしょう。」
「獲物…ねえ?」
フランジは、答えなかった。嫌悪感のにじみ出た顔。むしろ、察してほしいと言わんばかり。
アリエスも、それ以上は追及できなかった。
再び、4人の方へ、警備兵らしき一団が近づいて来た。
「何かしら。私たちに何か?警備兵。」
彼らは、先程の3倍ほどの人数が居る。
一度跪いて、それから高らかに言った。
「その者。他国の王。魔術師ギルドの王と聞く。我らが王の命により捕縛する。我らは国の警備を任される猛者20名からなる。抵抗は無駄と知れ。」
「…無礼な!私の客人ですよ!まして、一国の王!我が国は外交の礼も忘れたか!?」
「ありがとう。フランジ姫。お下がりください。」
アリエスは前に出た。
「まあ、そう言わずに話そうよ。確かに、此処の奥深い知見は世界を見下ろすに相応しいかも知れない。正しくあれば、世界の盟主たる国かも知れない。いきなりケンカ腰もないでしょ?」
「“捕縛の糸が汝を攫う”」
…バインドか…。
「“ブレイク”」
「“捕縛の刃が汝を傷つける”」「“汝は逆らえず沈黙する”」「“汝は静けさに落ちる”」
「“汝は…”」「“汝は…”」
「汝汝やっかましい!“ブレイク・マス”!」
波紋が周囲に広がり、全員の呪文を弾き飛ばす。
「…フランジ姫、続きを、お酒でも飲みながらどうだろう。」
「…あ、アリエス様、それは…。」
「貴様!妃にまで不義を働くか!皆!捕縛を諦めろ!殺す!」
「“こ ろ す”?」
アリエスは振り返り、男達を静かに見据えた。
「何故だ?」
「何故もクソもあるか!」
「いいえ!あなたたちは気付か無いのですか!?この方は防御しかしていない!」
「“汝の魂は叫びあげ狂える”」「“汝の肉体はウジ沸いて腐りゆく”」
…それは、呪文なのか。まるで呪いじゃないか。それとも、“言霊”なのか?
だが、彼らは多くの魔術師がそうであるように、腕を、指を、そして口を使い、マナを収束させていく。
ふむ。基本原理は同じ。
それが、“始祖魔法”かぁ。
「“マジック・バリア”」
「フランジ様。ネリオさん。マリッサさん。お食事でも?」
アリエスの周囲に、次々と“個別標的”魔法が襲い掛かる。妃を巻き込まないんだから、当然の個別標的だが…。
「やめなさい!!」フランジが叫ぶ。
「その通りだ。辞めよ。我がこの場を引き取る。さぁ、ツァルト国王。こちらへ。そちらは、“魔道国”だったかな?はは、エレジエドへ単身ようこそ。其方らの言う、”古代魔法王国”へ!!」
警備親兵たちは、再び跪いた。
両側の髪を短く剃り上げ、額の中央から編み込んだ金の髪がパラパラと顔にかかる、若い男だ。
古めかしい感じのする貴族の衣装。意志の強そうな、引き締まった黒い瞳。
「我が、エレジエド皇太子、メルヴァ。」
アリエスは、少し微笑んだ。
心が、闘争心が、渦巻いて来る。
何が、僕を焚きつける?この男と、戦いたい…何故だろう。
「ふ、コイツが、妃の遊び相手か?随分と、軟弱なのを見つけたモノよな。」
「あなたは何を言っているのです。私は客人をもてなしただけ。」
「だが、魔力を見ていたなら認めざるを得ないな。我に近い。確かに、強大な力。下級氏族どもを魔法でまとめ上げたのは本当だろう。」
「夫に疑われる妃は辛かろうね。僕は何もしていないがね。」
「我らの事に口出しは無用だよ、ツァルト王。まぁ、話そうじゃないか。先ほどの警備親兵とのやり取りは聞こえて居た。一理ある。まずは、話そうか。酒でも飲みながら。」
「そうかい?それは助かるなぁ。」
「そう。話してから、戦おうか。せっかくだ。世界に、我らの戦いを見せようか?」
「望むところと言いたいけど、平和優先だね。戦いは何時でも出来るさ。」
「…まずは、城へ案内しよう。“汝を誘う、我が城の、宴の間へ”」
アリエスは、そのテレポートに抵抗しない。
それよりも、驚いていた。
単体を接触無しで特定か。マステレポートの様に“場所”から大人数を運ぶのとは違うらしい。
―――8ヶ月ほど前の事だ。大陸中に、下手すれば世界中の森に、声が響いたのは。
「森に逃げ伸びし我が臣民よ。目覚めよ。我は帰還せり。目覚め、王国への復帰を果たすべし。繰り返す…。」
―――3か月ほど前の事だ。大陸中に、下手すれば世界中の都市に、声が響いたのは。
「世界の民よ。我は王。魔法国エレジエドの王なり。2000年の時を超えこの世界に帰還せり。汝らの真なる王は我。エレジエド王、マーガノハなり。」
「2000年の前、我は汝らを従える王であった。王の帰還を讃えよ。崇めよ。」
「恭順せよ。平伏せよ。我は汝らに門戸を開く。エレジエドの民となれ。」
宙に浮く巨城が、城塞都市連合国家、エリゴールの“中央”に現れ、降り立ったのだ。
彼らは言う。この連合都市群こそが、エレジエドを守る各城塞だったのだと。
エリゴール。
…エレジエド。
不思議に、中央の山を取り囲むように円を描いていた、城塞都市国家群。
人々は理解した。その言葉に、真実の重さが見え隠れすることを。
―――ひと月ほど前の事だ。大陸中の混乱と不安を受けて、諸国の王の前で、アリエスが宣言したのは。
「僕は、世界の国に魔術の塔を建て、手を携えた国を外敵から守ることを約束した。言った手前、やらないとね。僕が動く。各国は静観を。」
「平伏せよというのは、宣戦布告も同じ。西の覇者、アテンドル皇国を見くびっては困る。」アテンドル皇女、アルティオラが言う。
意訳する。一緒に戦う準備はあるのですよ。
「ダッカーヴァは、いずれツァルトと一つになる国。命運は共に。」ダッカーヴァ女王、ノエル姫。
意訳する。一蓮托生ですよ。夫の判断について行きます。
アリエスは微笑んで、言った。
「まずは、話し合ってきますよ。古代の王国復活なんて、ロマンあるなぁ。僕の知らない魔法とかあると嬉しいなぁ。」
―――そして、つい最近の事。
「僕、捕まってみようと思うんだ。作戦さ。」
「「「「ふざけるなー!」」」」
妃達の反対大合唱を、アリエスは“身代わり人形”を使用することで一度だけの条件で押し切った。
いざという時は、“身代わり人形”が自動発動し、アリエスを連れ戻す。
使い魔と体を入れ替えにすることも、申し訳ないが、厭わない。
親友の大神官シャーリー、そして、大陸最強剣士の息子、剣豪ユ=メが待機。
もしもの場合…。
”魔術の塔”の猛者たちと。戦いに秀でた妃達が、黙ってはいない。
まして、フラウレのアルティオラ、魔女イアの力は”銀”に匹敵する。
薔薇のガーレル、精霊術師メイフェア、エルフのキャステラ。3人の力はそれに次ぐ。
「この目で見なければ、判断できないんだ。」
権力には全然固執しない。魔術の塔のアークマスターを、古の盟主がやってくれるならそれもいい。
ただしそれは、この世界を愛する者であるという条件付きだ。
―――最後に、今朝。
エリゴールから、空を飛んでいくアリエスの前に、白い虎が現れた。
「アリエス。言っておく。オマエでは、エレジエドの王族には勝てない。勝つ機会はある。我を連れていけ…。」
「…神託かい?虎。」
「違う。」
「心配してくれているのかい。それは嬉しいけど、交渉に行くだけさぁ。もしもの時も、自分の力で勝たなきゃ意味無いでしょ。大丈夫だよ。生き残る準備は万端。」
アリエスは、虎の横を飛び去って行く。
「オマエ、最近、魔力が上がっていただろう!?」
遠くに飛び去りながら、アリエスは叫ぶ。
「いえーす。絶好調さー!」
違うんだ。聞いてくれ、アリエス…。お前には、我か、魔族の娘の力、どちらかが必要なんだ…。
虎は、呟いた。




