第69話 「大虎」
髪を束ね、後ろに流した後、上に持ってくる。帽子を被り、黒い上下に身を包む。
金の髪の、男装の麗人。流石に近くで見れば女性であることはすぐわかる。それも、美しい女性であることが。優美で、所作の一つ一つが美しい。何をすれば自分が美しいのか知っている。いや、教え込まれてきた。
今日、彼女は酒場へ入ってみる事にした。
大きな酒場だ。何でも、王の妃。その一人がこの店の看板娘であったとか。
ま、そんなことは関係ない。ボディーガードも2人いる。当然、自分自身の魔法にも自信がある。そこらのトラブルなど、心配ご無用。
彼女は席に着くと、メニューを真剣に眺めた。
ふむ。凡そ意味は判る。
エールと葡萄酒は永遠不滅だこと。
…魚? 今は春だから、夜はまだ肌寒いけど。魔法で凍らせたのかしら。
一般の酒場で氷冷の魔法をわざわざ?やるじゃない。
これを頂いてみよう。ちょっと試したい、この葡萄酒と共に。
彼女は、店のマスターに注文を入れた。
…この店は雇われのリスクハンターが多いのか。中継基地か。ああ、今は冒険者って言うんだっけ。冒険ねえ。言葉は魅力的だけど。
彼女の向かいに座る侍女2人は、決して同時に食事はとらず、交替で意識を外に向けている。間違っても、粗野な者達を姫に近づけてはならぬのだ。
「あら…美味しい…。この魚。白身で柔らかくて。骨もないわ。ハーブの効いた味付け。お酒に合うわね…。」
マスターは、初めて見る上品な客の反応に満足しているようだ。
彼女のテーブルに、やや背の高い女性が寄って来た。
侍女が身構える。
テーブルに、どんと酒を置いた。
「女3人か。我と、愚痴でも交わさないか?奢らせてもらおう。」
「…無礼な。そ…」
優雅な女性が侍女の言葉を遮る。
「お隣、宜しいかな?」
皇太子妃フランジは、目の前の女を見た。
外見こそ、僅かに年下に見えるが、落ち着いた雰囲気と知的な眼差し。
豊満でありながら、服の下は随分と鍛えているように察せられる。それでいて、魔力の存在も感じる。魔法戦士か?よくわからないが、1つ言える事は、美しいという事だ。
なんだろう。見た事のない美しさ。青みがかった銀の髪。青き瞳。
まるで…人では無いような、澄んだ、透明の魅力。はは、バカなことを。
女性は、「ディヴァだ。」と名乗ると、マスターに告げた。
「4人分、ワインとチーズとスモークを。あと、我にはレッグを5本。」
「5本…?」
「ん?何かな?」
「いえ…。」
4人の前に食事が並ぶ。
ディヴァは、虎の様に肉にかじりつく。ワイルドだが…下品ではない。不思議。
「…ふふ。拳闘士のような良い食べっぷり。」
「おや、正解と言えば正解だ。麗しい姫よ。」
「…フランジと申します。」
「ま、ヤケ食いといえる。」
「まぁ。アナタを振るような男性が此の世に居るかしら?」
「“上司”に難ありでね。大層素晴らしいお方なのだが。」
「ふふ、素晴らしいのに難ありなのね。」
「素晴らしき国王でも、無茶ブリする時が在るだろう。」
フランジは目を逸らしながら、「そうですわね…。」と言った。
「部下の気持ちを考えてほしいものだ。」
「全くです…。」向かいの侍女の1人が呟く。
もう一人の従者が肘でどついた。
「…男の愛を受けろ、とか言いやがった。」
「まぁ…それは…女性として承服しがたい提案では。」
「全くだ。我はそのような者ではない。戦士の中の戦士。」
「…戦士らしさはさておき、貴女は美しい女性ですわ。」
「愛ってあんだよ。具体的に言ってみろよ。って感じだ。」
「政略結婚をせよという命ですか…?」
「…うーん。まぁ、そうとも取れる。」
「それは…避けた方が良いですわね。“我ら”貴族は、時にそのように人生の方向を狭く決められがちですが…。意に沿わぬ婚姻は、辛いもの。」
「そうかね?」
「ええ…聞いた話、ですけど?」
フランジは多めに酒を流し込んだ。
「…どのような男性と政略結婚せよと?その王は?」
「微妙に違うけど…相手の男はまぁ」
「あなたと並び立つ剣豪とか?」
「ひとことで言えば、女好きでテキトーで癪に障る。」
「まぁ…そのような浮気者は苦労するわよ?」
「手を出した女は皆、妃にしているようなので、一応責任は取ってる“つもり”らしい。」
「多妻の貴族ですか。それもまた苦労しそうな話。失礼ながら、良縁とは言い難いですわね…。」
「そのくせ、女を幸せにするのに自分の不幸は厭わないし。子を大切に可愛がりもするという。つかみどころのない男。」
「珍しい男ですわね…そういう多情な男は、お子に愛情を持ってくれないとか聞きますが。」
「そうだろう。だから困るわけだ。我は。」
「……あら。その物言いは、惹かれなくもないと?」
「…強い男であることは認めるというだけだ。貴女のお相手は?」
「…結婚当初は…まだ未来を見て居たかな。」
「はは、年下の貴女が言うセリフでは無かろう。」虎は、酒をつぎながら言った。
「あら?すっかり私が年上かと?」
「ふふ。」
「ふふ、喋り過ぎました…はしたないことを。」
「…フランジ様、お愉しみの所申し訳ありませんが、お時間が…。」
「…そう。」
「おや、時間かね。残念だな。」
「私もそう思います。ディヴァ様。ごきげんよう。ご縁がありましたら、また。」
麗しい女性は、ため息をつきながら席を立った。
侍女が支払いを済ませ、扉をくぐる。
虎はレッグを10本追加して、愚痴をこぼす。
…あれが、かの国の皇太子妃。話の通じる敵は、やりにくいものだ。
お前に戦えるかな?アリエス。
がぶり。
ああ、我が神は何という難題を押し付ける…!
あの男と愛し合え?どうやって!愛し合うと言うのは互いに愛するという事だぞ。
はぁ。
…大体、愛だの恋だのが、虎の姿を持つ我に関係あるだろうか。
そして、愛とは、しようと思ってできるモノなのだろうか。
…教えてほしい。姉様。
――――――――――
虎の情報によれば、そこで発掘を行っている男達がそうなのだろう。
大勢の男を雇い、掘り出す。
狙いのモノはあれか。上部が見えている。錆び落ちて赤黒く。ボロボロすぎる。
しかし、大きい。
楕円形。縦15m、横9m。
「やぁ。こちらは発掘隊かな?何が出るんだい?金貨かい?」
「おお…誰かは知らないが、古代の遺物だ。こちらで見つけたモンだ。勝手に持ってくんじゃねえぞ?」
「ああ、マナーは守るよ。なかなか大きいね。」
「ああ。一苦労だ。デカすぎる。」
「宝は要らないけど。これ浮上させるの手伝ったら、一緒に近くで見ていいかい?」
「はぁ?そういう条件は、雇い主に話してくれよ。とは言え、アンタみたいに細っこいのが1人増えても足しにならんがなぁ…。」
「見くびっちゃ困る。これでも魔術師さ。」
「ほれ。あそこの威張って偉そうなのが此処のボスだ。聞いて来いよ。」
「ほいよ、ありがとう。」
アリエスは、胸元まで髭を伸ばした、ローブを着た研究者風の男に声を掛ける…。
程なくして、砂や土と格闘していた男たちは、全員、一度引き上げさせられた。
なんだなんだ?何が起きるってんだ?このクソ忙しいのに。
アリエスは、飛んで、巨大なアリ地獄の様に窪んだ地面の中心の錆の塊を見る。
ふうむ。これは、無理に引っこ抜くと崩れるか。
いや、結構錆さびで崩れそうだけど、全体は繋がっているな。流石は古代の魔法王国。
これなら、簡単だ。
「“テレポート・マス”」
瞬間、茶色い遺物は穴の外へ転移する。突如開いた穴には、砂や土が崩れ落ち埋まっていく。
出て来たのは、ゴキブリのような、楕円形の船…に、見える。
周りのツワモノどもは、呆気にとられる。
そんな、バカな!?なんだコイツは!なんだこの魔術師は!?
「約束通り、近くで調べる権利をおくれよ。」
「…あ、ああ。存分に、ドウゾ?」
アリエスは、遺物に興味津々にへばりつく。
見覚えのある形だ…古来にも似たような発想の人が居たか。えへん。
多分、船。多分、突撃艇か揚陸艇。
大半が鉄だけど、魔法で補強している。そうでなければ、鉄が2000年も持つはずないか。
はぁ。砂の中では、ひっくり返っていたのかな?下が、上か。
…えらく凹んでいる。
ははあ、かなり上から落下して、衝撃で凹んだ?
ん?
…まさかね。
アリエスは、調査から離れて、責任者に尋ねた。
「どこの誰に頼まれて発掘を?」
「そりゃ、言えないでしょう。」
「ごもっとも。言えないところからの命令ってことで。」
「見たいものを見たら、帰った方が身のためじゃないかね。魔術師殿。」
「いやぁ、興味津々でつい。怖い顔は辞めておくれよ。でも去りついでに、もうちょっと聞きたいんだけど。」
「いい度胸だが、言ってみな。」
「ここらが、伝説にある魔法王国とバルスタッドの大戦の地。だよね。」
「そう言われているな。ここらだけ、まるで砂漠だ。」
「バルスタッドの狂戦士、すごいね。だってこれ、飛空艇だよ?。狂戦士たちが魔法に強かったのは聞いているし、事実だと思うけど。」
「けど?」
「空を飛んでいる船なら、多分、魔法をアウトレンジで撃ってきたと思うんだよねえ。どうやって撃墜した?」
「…さぁな。」
「前から疑問だったんだよねえ。確かに弓のレンジは意外と長いけど、弓で落とせるシロモノではないよ?最近、ダッカーヴァやファルトラントでも大砲が実戦配備されたけど、古代バルスタッドにある訳もない。」
「………お前は、何者だ?」
「だから思うんだ。それ以外に、魔法王国を畏怖させた何かがあったんだろう。」
「“ブラストストーム”」
アリエスは、砂の中心に魔法を撃った。
「何をする!やめろ!」
吹き荒れる砂嵐。発掘していた穴は、更に深くまでをさらけ出す。
「あんなに目立つ突撃艇に、大して興味を示さず、横に横に掘り広げているのが不思議でねえ。」
アリエスは指さす。
人の、足の骨のようだった。
足の骨だ。5,6mほどの、足の裏だ。
ざっと考えると、身長は35m位…か?
「あの遺物。叩き落されたんじゃない?あの巨人の腕で。」
背後から、殺意。
何も言わず、ナイフがアリエスの背に突き立てられる。
…無論、刺さる筈もない。アリエスの硬質化した体に。
「聞かせてもらおう。誰の指示で動いている?なにが目的だ?あの骨をまさか蘇生は出来ないだろうに。」
男は半狂乱に意味のない言葉を叫んだ後、自分に呪文を掛け、ナイフでおのれを刺した。
「…しまった。」
…死ぬ前に、記憶を消したな?蘇生を怖れて。
気に入らない、その忠誠心。本当に、己の意志?犠牲になってまで何を守る?
周囲からは、もう悪意も殺意もなくなった。
この雇われ人たちは、きっと発掘の後、殺される予定だったのだろう。
アリエスは、男達を集めて言った。
先の男が持って居た金は、とても労働者に渡す分は無く。
アリエスは、1つの約束をさせて、金を代わりに払った。
「この巨神の骨は、たった今、魔術の塔アークマスター、アリエス・メイフィールドが砂の底に返す。だが、キミ達は此処で見たものを口にせぬ方がいい。あの、記憶を失った男と同じ勢力に聞かれたら、殺される可能性がある。」
男達は怖れおののく。
人の口に戸は立てられぬと言うけれど…守っておくれよ。殺されるだろうから。
――――――――――
アリエスは、酒場へ飛んだ。
デロデロに酔っぱらったディヴァが暴れていた。
いやほんとに暴れていた。まさに大虎だった。
「知り合いでっす!責任もって連れていきまっす!!」
アリエスはテレポートで、取り合えず城へ。部屋へディヴァを運ぶ。
飛ぶ前に「支払いは!?」って聞こえたが、また後で。
ベッドに横たえる。意外と重くない。
「あー、アリエスか。人間の酒場は面白いな。」
「でしょ。まさかこうなるとは思ってなかったけども。」
「我の神託は役に立ったかな?」
「ああ。化け物の骨だった…。下手すれば古代の巨神…。どう悪用するのかは見当もつかないけど。」
「そうか。我に感謝しろ…。」
虎は寝息を立て始めた。
「もしあんなのが蘇ったら、神話の通り、キミら神族が何とかしておくれよ。」
すやすや。
「ちょっとー。オトコの部屋で不用心ですよー。」
「…うーん…だいじょうぶだ」
「キスしちゃいますよー」
「…できるもんならやってみろ。かみ殺す…。」
……おりゃ………
「あれ反応なし…」
………
「仕方ない。少ししたら起こしに来るか…。はは、寝顔可愛いな、虎。」
アリエスは消えて行った。
ベッドでは怒りに震える、小さな呟きが聞こえている。
神の眷属たる我に何という破廉恥な行為を…!
し、神族たる我の、く、唇を…!
かみ殺す!絶対かみ殺す!




