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廃病院   作者: 東頭ルイ
2/2

廃病院 後編

廃病院完結編です。


カミヤ

「落ち着け、ユキ!」


ユキさんの肩を掴んで揺さぶる。


ユキ

「だって…」


泣きそうな顔をしているユキさん。

しかしカミヤさんはそれ以上の言葉をユキさんにはかけず、厳しい表情で言葉を続ける。


カミヤ

「とにかく、急いで別の脱出方法を探そう。ここに留まるのは危険だ。万一ということもある。」


どういうことだろう?


カミヤ

「わけは歩きながら話す。ここでは何かあったときに身動きが取れないからな。とにかく入り口ホールに向かおう。」


みんなはショックで理解が追いつかない、という表情だったが、カミヤさんに急かされ入り口ホールに向かう。


カミヤ

「あのドアには鍵がかかって居た。ということは我々以外の誰かがここにいるということだ。それもこの病院に関わりのある人物だ。

我々を閉じ込めるつもりだろう。

三階のナースステーションの荒れ具合は被害者と犯人が争った後かもしれない。

そして三階の手術室で殺されてダストシュートに…

もし、ここに同じ人物がいるとしたら同じように我々の命も狙ってくるだろう。

ミツヒロがさっき二階で見かけたという人影ももしかしたら…」


カミヤさん以外の全員が押し黙って話を聞きながらか細い光を頼りに歩く。

程なくして入り口ホールにたどり着く。

しかし、他の出口を探すと言っても反対側の廊下は瓦礫の山、入り口の扉は固く閉ざされたままだ。

そしてこの建物は全ての窓に鉄格子がはまっている。

一体どうしたら…


カミヤ

「ここから出る方法は二つだ。閉ざされた扉を開くか、別の脱出口を見つけるかだ。

まずはここからもう一度調べてみよう。と言ってもホール以外は徹底的に荒らされているからな。無駄かもしれんが…」


ユキ

「調べるって言ったって、使える明かりはそのライトだけだし、どれだけ時間がかかるか…」


そういうユキさんの言葉にはいつもの調子はなく消え入りそうな声だ。


カミヤ

「仕方ないさ、だからと言ってじっとしているわけにもいかないだろう。」


そんなやりとりをよそにミツヒロがポケットを探っている。


ミツヒロ

「おっ、こいつは使えそう。みんな、ケータイ!電波はないけどライトは使えるぜ。」


なるほどその手があったか。

ここには電波が入っていないのでその存在を忘れていた。


カミヤ

「じゃあ、手分けして調べ直そう。何か危険がありそうな時はすぐに声を出してくれ。」


入り口の扉付近をナミとユキさん、カウンターのある事務スペースをカミヤさんとレナちゃんが、僕とミツヒロは入り口から見て右側の瓦礫の山の廊下から正面突き当たりの階段などのあるスペースを調べることになった。


キョウヤ

「ここはやっぱり調べても仕方ないんじゃないかな。」


僕は瓦礫の山を見つめて途方にくれる。

とても乗り越えていけるような状態じゃない。

下手に登ったり動かしたりしたらさらに崩れ落ちそうだ。


ミツヒロ

「いや、そうでもないぜ。これ、使えそうじゃないか?」


ミツヒロが瓦礫の山の端に落ちていた金属の棒を手渡してきた。


キョウヤ

「これは…」


何かの部品だったのだろか?

錆びてはいるもののかなり頑丈そうだ。

見るとミツヒロも折れた鉄筋を持っている。


僕たちはそれを持ってカミヤさんの元へ向かう。


ミツヒロ

「カミヤさん、これ、見てくださいよ。こいつで扉を壊せば出られるんじゃないですか?」


カミヤ

「なるほど、使えそうだな。扉自体は壊せなくても蝶番か鍵を壊せれば出られるな。だが、それは最後の手段にしておこう。」


ミツヒロ

「え、なんでですか?まず試して見ましょうよ。」


カミヤ

「この状況でおおきな音を出すのはまずい。見つけてくださいと言っているようなものだからな。だが、自衛のためにも武器になるものがあるのは心強い。とにかく扉を壊すのは調べるべき場所を調べ終わってからにしよう。」


確かに、ここにいるのが三階で見たような惨状を作り出したような人物ならなるべく出会う可能性は避けたい。

他に脱出の方法があるならそれに越したとはない。

僕たちは今度は正面から突き当たりの壁面にある階段、エレベーター、トイレを調べることにした。


別の脱出口の手がかり、そう簡単に見つかるのか…

そう思っていたが、それは意外なほどあっさりと見つかった。


僕たちが二階に向かった階段の逆側に降りの階段があったのである。


キョウヤ

「最初上に上がった時こんなところに階段なんて…」


ミツヒロ

「見落としてただけだろ。とにかくみんなを集めようぜ。」



階段を前に全員が集まる。

降りの階段は元々は扉に隔てられていたようで本来扉のあるべき部分にはその外枠だけが残り扉自体は外れて内側の階段の上に落ちている。


ナミ

「こんなところに階段があったなんて…

なんで気がつかなかったんだろ…」


ミツヒロ

「まあいいじゃない、これで出られるかもしれないんだし。」


ユキ

「でも…この先って、地下じゃない。」


カミヤ

「いや、可能性はある。この病院は崖の上に建っていただろう?後ろは下りの崖だった。そちら側に出入り口がある可能性は高い。

万一それかなかったとしても出入り口の鍵が見つかるかもしれない。調べて見る価値はあるさ。」


ユキ

「そっか、そうよね。調べて見ないとわかんないわよね。」


カミヤ

「その通りだ。まずは一通り調べてみよう。」


そう言って歩き出そうとしたカミヤさんの服の袖を掴んでレナちゃんが引き止めた。


レナ

「駄目…行けない。なんだかすごく嫌な感じがする。怖い…」


カミヤ

「そうは言っても脱出方法を見つけなければいつまでもここにいなくちゃならなくなるんだ。我慢してくれ。」


いつもならレナちゃんの意見を大抵は聞き入れるカミヤさんだが、今回は状況が状況だ。


しかしレナちゃんは涙目で首を振る。


ミツヒロ

「じゃあまず俺が様子を見てきますよ。出口が見つかったらみんなで行けばいいんじゃないですか?なぁキョウヤ。」


僕は巻き込まれた形だがそんなことを言っている場面でもないだろう。


キョウヤ

「ここは僕たち二人で行ってきます。ここで待っていてください。」


ナミ

「待って、私も行きます。」


ナミも名乗りをあげる。その声は少し震えているみたいだ。


キョウヤ

「ダメだよ。僕たちを閉じ込めた奴と合うかもしれない。危ないことは僕らに任せてここで待ってて。」


ナミ

「だって、なんだか嫌な予感がするから…」


キョウヤ

「大丈夫、ちょっと出口を探すだけなんだ。すぐ戻ってくるよ。」


ナミ

「うん、わかった。キョウちゃん、気をつけてね。何かあったらすぐ引き返してきてね。」


キョウヤ

「ありがとう。じゃあ、行ってくるよ。カミヤさん、みんなのことお願いします。」


カミヤ

「ああ、すまない。頼む。俺たちはここを調べ終えたら一つ目の診察室に隠れているから、何か見つけても見つからなくても30分経ったら一旦戻ってきてくれ。」


そう言ってカミヤさんはミツヒロにライトを渡す。

ミツヒロは持っていた鉄筋をカミヤさんに渡す。


ミツヒロ

「いざとなったらこいつで殺人犯をやっちゃってください。」


カミヤ

「これを使う機会がこないことを祈るよ。」


キョウヤ

「じゃあ、行ってきます。」


四人を残して僕とミツヒロは階段を降り未知の領域に足を踏み入れた。


階段を数歩降りると今までとは明らかに空気が違う。今までも見つめられているような気味の悪い気配があったがその気配がずっと濃密なのだ。

時間はすっかり夜になっているがなんとも言えないまとわりつくような蒸し暑い空気が辺りを包んでいる。

にもかかわらず肌が粟立つ。

まるで体が先に進むことを拒絶しているかのようだ。


ミツヒロが持つペンライトの明かりを頼りにねっとりとまとわりつくような空気の中階段をくだる。


地下一階にたどり着き辺りの様子を見ると階段から左右に廊下が広がっている。

階段から見てすぐ右側にはエレベーターがある。

確か地上のエレベーターには地下の表示はなかったはずだが…

正面側の壁面には各部屋へのドアが立ち並んでいる。


ミツヒロ

「とりあえず、正面のこの部屋から調べてみようぜ。」


さすがにミツヒロもこの地下の異様な雰囲気に飲まれているのか、どこかに潜んでいるかもしれない第三者を警戒してか、声の調子を落としていう。


正面の部屋の扉は金属製の両開きの扉だ。

ミツヒロがドアノブに手をかけひねると抵抗なく扉は開く。

中はかなり広い部屋で、寝台が三つ並んでおり、その奥には大型の機械が設置されている。

かなり古いものだが心電図や脳波の測定器のようだ。

ここで患者を検査していたのか、それとも…


左側の壁には医療器具と薬品らしき瓶が納められたガラス戸の棚がある。


奥の壁面には窓はない。向こうは駐車場の地面の下に当たるのだから当然か。


部屋の中は闇に静まり返っているが小さいライトと携帯の光の当たっていないところに何者かが存在するのではないのかと思わせる気配がある。

それをあえて気にしないように部屋の中を調べていく。


近くで見ると寝台にはやはり革製の拘束具が付いていて、三階のように乾いた血糊が張り付いているということはないが、茶色いシミが付着している。


ミツヒロ

「気味悪りい…やっぱここもまともな使われ方をした部屋じゃなさそうだな…」


一通り棚の中や機械の周りを調べるが結局目当てのものは見つからなかった。


ミツヒロ

「ここには何もなさそうだな。早いとこ、次の部屋に行こう。」


心なしか早口でそういうミツヒロ。

僕も異論はなく、実験室らしき部屋を出て右に向かう。

ここから先は一階から上が崩壊していた部分だ。

一応天井を照らして見ると、ヒビなどは入っていないようだ。

すぐに崩れるような危険はなさそうだ。


次の部屋の前に着きライトでドアを照らすと他の場所と違い木製の重厚なドアであることがわかる。

僕が真鍮製の鈍い色をしたノブを回すと、鍵はかかっておらず「……ギギギ」と鈍い音を立てて扉が開いた。


扉の中は他の部屋と比べるとかなり広く、少し照らしてみると、まるで使用されていた時と変わらないような様子で調度品や家具が置かれていた。


地下に入ってからは廊下も前の部屋もそうだったがこの部屋にも落書きが一つもなく、荒らされた様子もない。


入り口入ってすぐのところには両側に大きな革製のソファを配した高価そうなローテーブルがある。


左手をみるとかつて衝立だったものの骨組みとその奥にベッドがある。

正面の壁際にはこれも高価そうな木製のデスクが設置されていて、その上に金属製のライト、やノート、万年筆などの筆記用具が整然と並んでいる。

そして左側と奥の壁の残りのスペースには金属製の棚が隙間なく並べられ、その中にはおそらく医学書なのだろう、分厚い本と、何かのファイルがぎっしりと入っている。

右側の壁面には、中央に振り子のついた大きな置き時計一つだけ設置されている。

どうやらこの部屋はかなり立場の高い人、この病院の院長のような人が使っていた部屋なのだろう。


ミツヒロ

「あるとしたらあそこだな。」


僕とミツヒロはまずは正面奥のデスクを調べる。

机の上から調べる。目当てのものはなさそうだが、何冊かおいてある古びたノートが目を引く。

一番上の一冊を開くとバラバラとページが抜け落ちた。どうやら大半のページが引き抜かれた後で中央で止まっていた部分が外れたようだ。

保存状態が悪く、ドイツ語だろうか、大半が外国語で記されているため内容はほとんどわからないが何かの実験について所感を綴ったもののようだ。

わかる部分だけでも読んでいくとやはり人体実験についてものもののようだ。


最初の方は大戦中の捕虜に対して行われた実験で、精神の変化による人体への影響とか、肉体の変化による精神への影響などのついて書かれているようだ。

ページをめくるごとに実験がエスカレートしているのがわかる。

初めは精神への負荷の影響や特定の栄養素を減らすなどとあるが、だんだんと肉体の破損の影響や、血液を生理食塩水に変えていく、脳への電気的、物理的刺激などとおぞましいことが書いてある。

過去の実験のデータをまとめた上で人間はどこまで人間でいられるかというようなことを探っているようだった。


ミツヒロ

「なあ、キョウヤそんなもん読んでる場合じゃないだろ早く見つけるもん見つけてナミちゃんのとこに戻ろうぜ。」


キョウヤ

「わかってる。でも…」


なんとなくもう少し調べて置かないといけないような気がした。


さらに気になるところだけに目を通し一気に調べる。


脳外科手術による精神病治療実験、引き取り手のない患者、精神と肉体の結びつき、孤児、魂の剥離、死刑囚、人体の接合、死者の蘇生、永遠の命…


特別な力を持った少女…


この部分に引きつけられた僕は手を止め詳細に読んでいく。

この部分は日本語でかなり事細かに書かれている。

「ごく稀に精神病院に常識では考えられない力を持った患者が現れる。予知や透視を行うのだ。大抵のものは精神を病んでいるため信用されず妄言として片付けられるが、精神状態が落ち着いている時に調べてみると、その精度は妄言で片付けられるものではない。

やはり人間の精神、魂には科学では未だに解明できない、物理法則を超える力がある。

今回の被験隊である少女もその中の一人だ。

しかも、その力は他のものとは比べ物にならない。

伏せられたカードの正答率が高い、稀に予知夢をみるなどという次元とは一線を画している。

まるで肉体を離れて見てきたかのように見えるはずのないものをいつでも自由に見ることができるのだ。

それだけではない、彼女は他のものに似たような力を与えるようだ。」


どうやら彼女は後に命を落とし、魂を無くした肉体だけがどこかに保管されていたようである。


彼女、特別な力を入れ持つ少女…


ミツヒロ

「キョウヤ、いつまで見てるんだよ!早く鍵探そうぜ!」


ミツヒロの言葉で我に帰る。

そうだ、こうしてる場合じゃない。危険な状況にみんなを待たせてるんだ。


僕らはまずはデスクの引き出し後に中を一つ一つ調べ、壁の棚、置き時計の中まで調べるが鍵らしきものは見つからない。


あきらめて廊下に出ようとした時ミツヒロがあるものに気がつく。


ミツヒロ

「やられた、こんなところにあるなんて。入るときは後ろになるから見落としてたな。」


ミツヒロが手を伸ばすと鍵がかかっておらず簡単に開いた。


しかし、中には二列に並んだフックがあるだけでそこにかかっているべき鍵は一つもなかった。


ミツヒロ

「クソッ、やっぱりないか…ここにないとしたら他の場所にはないだろうな…」


鍵がありそうな場所はあらかた調べた。

この部屋にこれ以上時間を使うわけにはいかない。


扉を開き廊下に出てさらに右側に向かう。

次がこちら側、一階以上がが崩壊していた部分の地下の最後の部屋のようだ。


金属製の扉のノブにミツヒロが手を伸ばす。


「カチャリ。」


二人の間に緊張が走る。

やはり、誰かがこの病院にいる!!

きっとその人物が鍵を開けここに姿を表そうとしている!!

僕は金属の棒を握りしめ身構える。ミツヒロはライトで扉を照らしたまま少し下がる。

僕たちは身構えたまま息を殺し扉の鍵を回した何者かがでてくるのを待つ。


しかし、いつまでたっても扉から何かが出てくる気配はない。

しびれを切らしたミツヒロが再びノブに手を伸ばす。


僕は何かあった時にすぐに対応できるよう、扉が開く側の正面に鉄棒を構えたまま移動する。


ミツヒロが音を立てないようにゆっくりノブをひねり扉を押す。


ミツヒロ

「ん?これ?開かない…鍵をかけた?」


どういうつもりだろう?

隠れておいて後で不意をつくつもりか?

それともこの部屋に入られたくないのか?


さらにしばらく待つが変化はない。

これ以上ここで待っていても時間が経つばかりだ。


キョウヤ

「ミツヒロ、先を急ごう。後ろは僕が見てるから、前を頼む。」


二人で前後を警戒しながら逆側の廊下、一階が健在な部分の下に当たる廊下に向かう。

そちら側の廊下の入り口には二階と同じように鉄格子で仕切られている。

念のため僕は鉄格子の扉部分を閉め、掛け金をかける。

気休めにしかならないだろうが、後ろから誰かが来たらここを開けるために音を出すだろう。

不意打ちをされる可能性は下げられるはずだ。


そして次の部屋の簡素な木製の扉をミツヒロが慎重に開き中を照らす。

危険はなさそうだと判断したミツヒロが中に入り、僕もそれに続く。


部屋はそこそこの広さだがガランとした印象だ。中にはシーツをかけたままの寝台が一つあるだけで、あとはその枕側の奥に祭壇というのか木製の台があるだけだ。


ミツヒロ

「これって…霊安室ってやつか…嫌なところに入っちまったな…」


どことなく重苦しい、それでいて少し冷たい空気が充満している。


キョウヤ

「ここは調べるところもないし早く出よう。」


やはりここでも明かりに照らされていない闇の部分に気配を感じて言いようのない居心地の悪さを感じる。


部屋から出ようとした時


後ろから


はっきりとは聞こえないが人の言葉のような声が聞こえた。

耐えられずに慌てて部屋を出てその声を塞ぐように扉を閉める。


ミツヒロ

「キョ、キョウヤも聞こえたのか。風の音とかじゃないよな。」


キョウヤ

「うん…聞こえた…」


あれは人の声だった。それも一人二人じゃない。たくさんの怨嗟の声だ…

あれ以上あそこに止まってはいけないような気がした。


キョウヤ

「でも、まだ出口も鍵も見つかってない。次の部屋に行こう。」


みんなが待っている。早く脱出口を見つけないと。

次の部屋は大きめの部屋でおそらくその部屋の端の部分にあたる部分で廊下が終わっている。

しかし地上部分から見ると明らかに長さが足りない。

きっと三階と同じような構造になっていてこの先にも廊下部分まで使った大きさの部屋があるのだろう。

左手には少し大きめの金属製の扉がある。

ここも鍵はかかっておらず、労せず中に入ることができた。


扉を開けると部屋の中が異様な匂いで充満しているのがわかる。ツンと鼻をつくような薬品の刺激臭が部屋の中に充満している。

部屋の中に入り明かりで照らすと、左側の壁面に一列、中央に手前から奥に向かって二列、右側にも壁に沿って、奥は切れているが一列二段ベッドのような棚がかなり間隔をあけて並んでいる。

その棚の中には所々に2メートル弱くらいの大きさの黒い分厚いビニールのような素材でできた長方形の袋が納められている。

袋の上部にはファスナーが付いている。


ミツヒロ

「この袋、もしかして…キョウヤ、開けてみるか?」


キョウヤ

「やめておこう、想像したくないけど中に入っているのは…」


ミツヒロ

「だな…」


死体、だろう。

この形ちょうど人間がすっぽりと入るサイズだ。

戦争のニュース映像などで見たことがある。

死体袋というやつだろう。


何が起こるわけでもなかったが、すぐにでもこの部屋から出たい気分だ。

それでも脱出の手がかりの一つでも見つけるまでは探索を止めるわけにはいかない。


部屋の入り口から棚の間をライトで照らしながら調べていくと右側の壁面の奥の棚のきれている部分に金属製の、ここにも入り口と同じサイズの大きめの扉がある。



ミツヒロ

「なんだか、嫌な予感しかしないな…」


ここにこれだけの量の死体袋があり、その先に続く部屋がある。

そこで何が行われていたのか…


とはいえここに扉がある以上この先を調べないわけにはいかない。


ミツヒロがゆっくりと扉を開く。


光が部屋の中を照らし出すと何処かで見たような光景が目に入る。

部屋は三階の一番奥の血まみれの手術室と同じような部屋だ。

少し違うのは部屋中に血が飛び散って固まっているようなことはなく、床にいくらか茶色いしみがあるが、長い時間をかけて染み付いていったもののようだ。


部屋の中央には大きめの寝台があり、右奥の壁沿いには様々な医療器具や、薬品の入った上半分がガラス戸の棚、その手前には車輪のついたキャスターがありその上には金属のトレーややはり医療器具が置かれている。

部屋の左奥にはストレッチャーがおかれている。

そして部屋の正面奥には三階の部屋で見たのと同じダストシュートがある。


ミツヒロ

「鍵があるとしたらあの棚、だよな。」


そう言って右奥の棚に向かう。

棚の前のキャスターを見るとその上には金属のトレーの他にメスやピンセットなどに混じっておよそ治療行為に使うとは思えないのこぎりやペンチなどの工具が置かれている…


キャスターを調べるのはそこそこに、棚の方を調べていく。

棚の上半分、ガラス戸の部分にはそれぞれメスや鉗子、ピンセット、針、注射器などが入ったケースがいくつかと、ガーゼや包帯などの小型の医療器具といくつかの薬品の瓶、書類が入っている。


下半分の横開きの戸を開くと電動丸鋸やのこぎり、大型の鋏やなどの工具類と積み重ねられた金属のトレー、大小様々なサイズの円筒形のガラスケースが納められている。


棚の中をくまなく調べたが、やはり鍵外し見つからない…


ミツヒロ

「くそっ、どうすりゃいいんだよ…もう探すとこなんて鍵のかかったあの部屋しかないぞ。」


ミツヒロが悪態をついて部屋を出ようとする。


キョウヤ

「ミツヒロ、ちょっと待って。」


僕は気にかかることがありミツヒロを引き止め、ダストシュート方へ向かう。


ミツヒロ

「お、おい、それ開けるのかよ。」


そう、ここを開ける。

そうすれば出口を見つけるための大きな手がかりがあるかもしれないのだ。


ダストシュートの金属製の蓋の上部の取っ手を握りゆっくりと開く。

また何か良くないことが起こるかと思ったが、今度は何事もなく蓋が開き中の暗闇が口を広げる。


中からは空気の流れる音が呻きのように聞こえている。


ミツヒロからライトを受け取り中を照らす。



やっぱり思った通りだ!

ダストシュートはここからさらに下に続いている。


キョウヤ

「ミツヒロ!この病院はまだこの下、地下二階があるんだ!下に降りれば出口か鍵があるかもしれない!」


ミツヒロ

「マジか!?よく気づいたな!!」


さらにダストシュートのなかを観察すると真っ暗な中に光るものがある。


キョウヤ

「鍵だ!!鍵がこの中に!!」


ミツヒロ

「ホントか!?じゃあ、下に行ければここから出られるかもしれないな!!

…でもこの階に下行きの階段なんてあったか?」


キョウヤ

「あ…」


たしかにここまでの探索で下に行けそうな場所はなかった。


どうにかして下に降りる方法を考えないとこの発見も無意味だ。


どうすれば…


よく考えて見ればここが使われていた時には人の登り下りはあったはずだ。


キョウヤ

「三階の扉が隠されてたみたいに、どこかに下に下れる場所があるのかもしれない。」


ミツヒロ

「そうだな、今までは鍵を探すのがメインだったから見落としがあるかも。

まずはこの部屋を探してみようぜ。」


もし、秘密の階段などがあるとすれば一番見つかりにくい場所にあるはずだ。

秘密の実験をしていたここはうってつけではないだろうか。


少し探すとそれは見つかった。

部屋の隅にあったストレッチャーの下に金属の蓋があったのだ。

蓋を開ける鼻を覆いたくなるような異臭が溢れてくる。

生臭い、腐敗した匂いに髪の毛を焼いた時のようなあの匂いを混ぜたような強烈な匂いだ。

匂いに耐えながら明かりで照らすと梯子が下に続いている。


ミツヒロ

「ここを下に降りるのか…」


キョウヤ

「ここは僕が先に行く。ミツヒロは上から照らしてくれ。」


お互いを順に照らして地下二階に降りる。



あたりを照らすとコンクリートの打ちっ放しの部屋で設備などは何もない。


ダストシュートのある壁面の周りに黒いしみと泥のようなものそして白い物がいくつかの転がっている。


おそらくかつて人間だったものだろう。

胃の中のものがこみ上げてくるような感覚に襲われながらもダストシュートへと向かう。


靴の底に滑るような感触をかんじる。


地下二階のダストシュートは取っ手が下についている。

その取っ手を手に取り手前に引くとダストシュートの蓋が下から開く。


どさり


何か大きなものが落ちる音がした。

それを見た僕たちは戦慄に固まる。


人の


じょうはんしん、だ…


腰からちぎれて脊椎がそこからのぞいている。

全身の肌はどす黒い斑点でまだらに染まり、体のいたるところに縫い合わせた跡がある。


ミツヒロ

「これって、例の事件で見つからなかったっていう上半身だよな…」


キョウヤ

「でも、もう20年以上前の話なのに、なんで…普通白骨化してそうなものなのに…」


ミツヒロ

「そんなことをわかるわけないだろ。それより、あれ!」


死体の手元を見ると鍵束が落ちている!

これで外に出られる!


ミツヒロも同じ思いだったのか、恐怖も忘れ鍵を拾いに行く。

ミツヒロが鍵を拾いにこちらに戻ろうと振り向いた瞬間


ミツヒロ

「うわああ!!」


ミツヒロが悲鳴をあげた!!


死体がミツヒロの右の足首をつかんでいる。


ミツヒロ

「離せ!離せよ!!」


ミツヒロは残った左足で死体を蹴りつけその束縛から逃れる。


「うう、うううぁうぅ~」


明かりで照らし出されたその顔は鼻が腐り落ち、目と口が縫い付けられている。

その縫い付けられた口から言葉にもならない呻きをもらしなながら両の手で体を引きずりゆっくりとこちらに迫ってくる。


キョウヤ

「早く!!上に!!」


僕らは梯子を駆け上がり、蓋を閉めその上にストレッチャーを横倒ししておく。


キョウヤ

「なんだったんだ、今の!?」


死体が動いていた…

そんなことが現実にあり得るのか?!


ミツヒロ

「知るわけないだろ!とにかく、早く上に戻ろう。」


ミツヒロが足をさすりながら言う。


キョウヤ

「ミツヒロ、足、大丈夫か?」


ミツヒロ

「ああ、なんかしびれた感じがするけど…」


と言いつつズボンの裾をまくると、人の手の形に真っ黒な痣ができている。


キョウヤ

「これ、やばいんじゃ…」


と言いかけて口をつぐむ。

今ミツヒロを不安にさせても仕方がない。

僕にできることは早くここから出て病院に連れて行くことだ。

早くみんなのところへ戻ろう。


僕達は鉄の扉を開き死体袋のあった部屋に入る。

部屋の真ん中まで来た時


ごそり


すぐ横から音がした。

驚いて目を向けるとそこにある死体袋が内側から押されもぞもぞと動いている。


ミツヒロ

「これ、さっきの死体みたいに動いてるんじゃ…」


ごそり、ごそり、ごそり、ごそり

がさ、がざ、がさ、がさ、がさ


そこら中から同じような音が聞こえ始める。音はだんだんと早く、激しくなっている。


ミツヒロ

「ひっ…」


声をあげようにも、喉に声がつまり息もうまくできない…


「ああああああ~」

「う~ぉあぁあ~」

「あ"~あぁ~」


さらに袋の中からうめき声が聞こえてくる。


その場にいることに耐えられずに弾かれたように扉に向かって走る。

僕が扉を開く。ミツヒロが外に駆け出し続いて僕が外に出るとミツヒロが背中で扉を閉める。


バァン


鉄の扉の閉まる大きな音が響き渡ったが気にしてなどいられなかった。


少し走っただけなのに恐怖と極度の緊張で二人とも息を切らしている。


ミツヒロ

「はぁ、はぁ、はぁ、なんなんだよ、なんなんだよ、あれ!ありえねー、こんなこと!!なぁ!!」


キョウヤ

「でも、実際動いてた、死体が、見たろ下のあれ上半身しかなかった。生きてるはずがない…

いや、そんなことより早く上に行こう。」


廊下を階段に向かって歩きだす。

階段近くの鉄格子は閉まったままだ。

外から誰かが追って来た、と言うことはなさそうだ。


鉄格子を開け再び閉じると階段を駆け上がり、入り口ホールにたどり着く。

辺りを照らしても誰もいない。

探索を終え一番手前の診察室にかくれているのだろう。


ノックをして声をかけると中から返事がありゴトゴトと音がする。

扉の向こうにベッドを動かして押さえていたようだ。


キョウヤ

「カミヤさん、鍵、見つけました。色々話したいことはあるんですけど、とにかくまずはこれで外に出ましょう。」


カミヤ

「ああ、早く出ることに異存はないが、ミツヒロの様子がおかしい。何があったのか教えてくれ。」


ミツヒロを見ると真っ青な顔をして座り込みぶつぶつと何事か呟いている。


女の子たちが心配そうにミツヒロを囲み声をかけている。


ユキ

「ミツヒロくん、大丈夫?」


ミツヒロ

「足、俺の足、俺の足がない!どうなってるんだよ、どこ行っちゃったんだよ…」


まるで取り憑かれたかのように繰り返すミツヒロ。

僕はカミヤさんにかいつまんで状況を説明する。


カミヤ

「なるほど、にわかには信じがたいが…

すぐにでもここを出ないとまずそうだな。

その死体が追ってくる可能性もあるし、ミツヒロも医者にみせないとな…

しかしミツヒロがこの状態では動けないな。」


そう言ってカミヤさんは部屋の中の棚を調べだす。


カミヤ

「確かここにもあったはずだ。使えるかどうかわからないが…」


カミヤさんは棚の中から薬品の瓶を取り出す。

黄ばんだラベルにはクロロホルムと書かれている。

それをハンカチに浸しミツヒロに嗅がせるとミツヒロは気を失った。


カミヤ

「錯乱したまま連れ歩いたら、危険を呼び寄せることにもなりかねないからな…ミツヒロは俺が運ぶ。すぐに廊下の突き当たりの扉へに向かおう。」


僕達は今度は全員で外に出て廊下の突き当たりの扉へ向かう。

扉の前につくと僕は地下で見つけた鍵束を取り出し鍵穴に入れる。


…しかし、鍵束にある鍵はどれも合わず鍵が回ることはなかった。


キョウヤ

「嘘…だろ…」


カミヤ

「他の扉も当たってみよう。まずは入り口からだ。」


こんどはまた全員揃って廊下を入り口の方へ戻る。

先ほど隠れていた診察室の辺りを通る時、階段の方から音が聞こえて来た。


ぺたん、ズル、ズル、ズル…


「あああああ~…あ…し…お…れ…の…あ…し……ど…こ…」


奴が僕らを追いかけて登って来たんだ!!

とにかく隠れないと!!


僕達はなるべく音を立てないようにさっきの診察室に隠れる。

扉を閉め、息を潜め外の音に耳をそばだてる。


ズル、ぺたん、ズル、ぺたん、ズル、ぺたん、ズル、ぺたん、ズル、ぺたん…


例の死体が両の手で体を引きずって移動しているのだろう。

時間が長く感じる。

音はゆっくりと近づいてくる。

気づかないでくれ。

祈るような気持ちで音を聞いている。


やがて音は廊下の奥に消えていった。


カミヤ

「今の内だ。入り口に!」


僕らは扉を開けて周囲の様子を伺うと、なるべく音を立てないように、それでもできる限り急いで入り口の扉の前に近づく。

僕は鍵束を取り出し一つずつ鍵を試す。

そもそも大きさが違う…

僕は焦りと絶望で頭が痺れるような感覚を感じながら最後の一つまで試す。


キョウヤ

「ダメです…開きません…」


カミヤ

「まだ地下二階は調べていないんだったな。

地下に向かおう。とにかくここに止まるのは危険だ。レナ、わかってくれるな。」


レナちゃんは人形をぎゅっと抱きしめ、しばらく目をつぶっていたが、すぐに首を縦に振った。


カミヤ

「よし、じゃあ行くぞ。」


僕らは早足で地下へと向かう。

階段を降り始めるとやはり重苦しい薄気味の悪い空気がまとわりつく。


廊下について周囲の様子を見る。

上に上がる時に閉めた鉄格子は再び開かれている。


と、奥から…


とーん…


とーん…


とーん…


と音が聞こえる。

明かりを向けると右足と左手のないつぎはぎだらけ死体が残った左足でケンケンをしながら廊下の突き当たりのをうろついている。


明かりに気づいた様子はない。

照らし出されたその顔は遠目にも目と口が縫い付けられているのがわかる。


ナミ

「ひっ…」


その顔を見たナミがわずかに悲鳴を漏らす。

その声に気がついたのか片足の死体はこちらを向いて動きを止めた。


「あああぁぁぁぁー」


こちらを向いて笑ったような気がした…

そしてこちらに向かってまっすぐ向かってくる。


カミヤ

「まずい、逃げるぞ!」


でも、どこに…

上には上半身の死体がこちらに向かっているかもしれない。

ここから入れるのは院長室と鍵がかけられた部屋だが…


レナ

「あの奥の部屋、あそこに行こう。」


レナちゃんは何かを感じているのだろうか。

でも、いい加減なことをいう子じゃない。

信じてみよう。


部屋の前で僕が鍵を取り出すと、レナちゃんはそれを押さえて。


レナ

「大丈夫。開けてくれるみたい。」


その言葉通り、扉からかちゃり、と鍵の開く音がした。


僕達は急いで扉の中に入り中から鍵をかける。


部屋の中に視線を戻すとこの場所に似つかわしくない部屋の主がいることに気がついた。


10歳くらいの髪の長い、寝間着姿の少女が部屋の真ん中に立っている。

…よく見ると体が透けている?


などと考えているといつの間にかその姿は消えていた。

幻、だったのだろうか?


改めて部屋を見渡すと部屋の壁面全てに棚が備え付けられており棚の中には無数の、円筒形のガラスケース、そしてその中には人間の体のパーツが液体に浸かっている。


そう思っているとレナちゃんがふらふらと操られるようにそのうちの一つ、脳の浮かべられたガラスケースに近づき手にした人形をそこに置き、代わりにそのケースを手に取る。


レナ

「お兄ちゃん、この子連れていっていい?」


人間の脳を手にそんなことを言う光景は恐ろしいものがある。


カミヤ

「それは…」


カミヤさんは言葉を濁す。


キョウヤ

「カミヤさん、レナちゃんを信じましょう。レナちゃん、何かわけがあるんだろ?」


レナ

「この子が連れてってって。ここに縛られてて、でも出れなくて、ずっと一人なんだって。

この子以外の人は人じゃなくて、痛いとか苦しいとか憎いとか、生きてた時の習慣とかそう言うのが漂ってて体に乗り移ったりしてるんだって。

でもそれはもともと自分の影響だから元の体がある今ならある程度抑えられるみたい。

でも、もうほとんど力がないから一回か二回だけしかできないみたい。」


キョウヤ

「カミヤさん、この子、連れて行きましょう。カミヤさんがレナちゃんのこと信じてあげなくてどうするんですか。」


カミヤ

「ああ、そうだな。すまん。」


レナちゃんの話では地下二階にもやはり出口があるらしいが、僕らにはレナちゃんが聞いている声は聞こえない。

信じて進むしかない。


しかし、外には先ほどの動く死体が待ち構えている。


カミヤ

「その少女の力が仮に使えたとしても制限があるようだし、どの程度のものかわからない。

あまりあてにしない方が良いな。」


ナミ

「じゃあどうするんです?ミツヒロがあんな風になったのもその死体が原因なんでしょ?


カミヤ

「何がどうなっているのか、正直わかりようもないが触れられるのは避けた方がいいだろう。」


ユキ

「あんなのに触れられるなんて…考えたくもないけど、触れられるだけでアウトならどうやって進んだらいいのよ…」


まずはこの外にいるだろう一体あれをなんとかしないと。

手元には武器があるがこれで強行突破というのは下策だろう。


ここまでのことをよく思い出せ。

何か手がかりがあるはずだ。


…そうだ、あいつは光には反応しなかった。

その後の動き…


キョウヤ

「カミヤさん、あいつは音に反応して追ってきてるだと思います。」


カミヤ

「その可能性はあるな。だが、どうやってそれを利用する?」


いくつか手段が考えられる…


その中で最善の手段は…


キョウヤ

「これを使いましょう。」


僕は携帯を取り出す。


キョウヤ

「これでやつをおびき寄せてその隙に先に向かうんです。僕らが見たのはどちらも動きが遅いから先に進んでしまえば追いつかれることはないと思います。」


カミヤ

「なるほど、危険はあるがやってみる価値はありそうだな。」


カミヤさんは意識のないミツヒロを背負って動かなければならない、これは僕一人でやらないと…


僕は扉に耳を当て外の様子を伺う。


ガチャ

「うううぅう~」

とーん…とーん…とーん…


どうやら隣の部屋から出てきたところのようだ。


とーん…とーん…


少しずつ音が近づいてくる。


今しかない!!

ここを逃せばあいつは扉の前にたどり着く。

そうなってしまったらそこからどう動くかわからない。


僕は素早く扉を開けると廊下の奥の方に携帯を滑らせまた扉を閉じ鍵をかける。


とーん…とーん…とーん…


ガチャガチャガチャ


乱暴にノブが捻られる。


「ううう…足…手…かえ…せ」


扉の前の気配は動かない。

永遠とも思える時間が続く。


3分!


ピリリリリ、ピリリリリ


廊下の奥か携帯のタイマー音が響く。


どうだ、向こう行け、反応しろ!行ってくれ!


とーん、とーん、とーん、


足音が離れて行く。


十分離れた!

今だ!!


僕はみんなに目配せをして扉を開く。

僕は最初に外に出ると廊下での突き当たりを見る携帯のあたりにいた奴は扉の音に反応してこちらに興味を移す。


僕はみんなを先に行かせ一番最後に廊下の逆側、鉄格子の向こうに向かう。


途中鉄格子を閉め、掛け金をかけると本来は南京錠がつけられる場所に持っていた棒を差し込む。


気休めかもしれないが奴らにはこんなものでも時間稼ぎになるかもしれない。


そして最奥の部屋の扉の前に立つ。


キョウヤ

「…この部屋の死体袋の中身はさっきは動いてました。多分、さっきの死体もここにいた奴だと思います。」


ナミ

「この中にもまだたくさんいるんでしょ…」


ナミが怯えた表情で聞く。


僕は黙ってうなづく。


ユキ

「やだ、こんなところに入りたくない、ここ、通らないわけには行かないの?」


キョウヤ

「さっきも言った通り下に降りられるのはこの先だけです。」


カミヤ

「何体くらいが動き回っているのかわからないが、とにかくどうやってここを通るか考えないとな。

時間がない。」


ガシャ、ガシャ


後ろから鉄格子を乱暴に揺さぶる音が聞こえる。


僕は


ここまでのことから時間をかけてもなるべく音を立てずに慎重に進むべきだと判断した。

もし中に動き回っているものがいたら…

最悪の場合は便りになるかどうかわからないが、彼女に頼ることになるだろう。


キョウヤ

「僕が先頭で行きます。みんな、できる限り音を立てないで。」


僕はゆっくりと扉を開ける。

ライトで中を照らす。


…ここから見える範囲には袋の外に出ている死体はいない。


がさがさと音が聞こえるが袋の中からの音だろう。

死体収納棚は入り口から縦方向に左右の壁沿いに、そして真ん中には二本ある。

つまり三本の通路が室内にある形だ。


まずは見える範囲を明かりで照らすと正面の二本の棚と、左右の壁際の棚の手前部分が見える。

棚の中の死体袋はおよそ半数が空になっている。

正面の二つのうち左の棚には奥側下段に、正面右には手前側下段と、奥側上段、右奥壁際の棚にはすぐ突き当たりに蠢く死体袋が残っている。

左側壁際の棚にはとりあえず見えない!

みんなに目配せをして合図を送り、足音を殺して左側に移動する。

みんなも順に部屋に入り最後にナミがゆっくりと扉を閉める。


カチャ…


ドアのツメの部分が小さく鳴る。


ガサッ、ガサガサ!


その音に反応してか、袋の音が少し激しくなった気がした。


急いで棚の間の通路の入り口から左の棚を照らす。


上段…ない!


下段…ない!


この棚にはもう動く死体袋は残っていない!

僕はこの棚に沿って行く形で右側には距離を開けて足音を殺しながら奥へ向かう。


もう少しで突き当たり、というところで


ビッ


と右下から音がした。

その方向を見ると死体袋のファスナーが押し開かれその中の死体が仰向けのままこちらに右手を伸ばしている。


ユキさんとナミが「ヒッ」と声をあげかけて口に手を当て悲鳴を押し殺した。

レナちゃんも声をあげないまでも恐怖に目を見開いている。


僕も驚きと恐怖でそこに固まっていた。

しかしここで止まっているわけにもいかない。

身長に手の届かない位置を進み奥までたどり着く。

右にはもう扉が見えている。

慎重に扉に向かう。

扉を開ける前に右側の通路を確かめて僕は戦慄した。

そこには右手だけを残して四肢を失った女性の死体が芋虫のように体をくねらせながらこちらに向かっていた。


急いでここを飛び出すべきか、それともあれの動きを抑えるべきか…

しかし、使えるものは…



僕はとっさに中央側の棚の上段から蠢く死体袋をそいつの目の前に叩き落とし、急いで扉を開く。


部屋の中にみんなも次々と飛び込んでくる。

全員間に合った!

がり、がり、と扉を引っ掻く音がする。

しかしあの状態では扉は開けられないはずだ。


部屋の中を見ると下に向かう梯子の上の蓋と上に乗せていたストレッチャーがどかされている。


上半身男が出てきていたのだから当然だが、何か嫌な予感がする。


カミヤ

「下に降りる前に上から下の様子を見よう。」


時間がないがそうするべきだろう。

僕はペンライトを持って下を覗き込んで照らす。

相変わらず強烈な異臭が漂っている。

しかし、下には動くもの、死体はなさそうだ。


カミヤ

「俺は最後に行く。みんなは先に降りていてくれ。」


と言いながらカミヤさんはストレッチャーやキャスターを扉の前に倒して行く。

そして何やら棚の中を調べ始めた。


まずはまともな明かりを持っている僕が下に降りる。

そしてナミ、ユキさん、レナちゃんと続く。

レナちゃんが持っていた例のガラスケースは僕が下から受け取った。

そしてカミヤさん。

ミツヒロを背負ったままだが、どうやらあの部屋にあった包帯を使って体に巻きつけているようだ。


レナ

「ここをでて、廊下に出たらまっすぐにいって左側に出入り口のロビーがあるみたい。」


僕には何も聞こえないがその言葉はきっと正しいはずだ。


カミヤ

「よし、行こう。」


嫌な予感を振り切るように僕たちは扉を開き先に進む。

扉は上の階と同じ位置にありまずは隣の部屋と直結している。

隣の部屋には大きな焼却炉がある。

病院には必要ないものだが何のためにここにあるのか、想像に難くない。


誰もそれには触れずに左にある廊下への扉へと向かう。

やはり僕が先頭に立ち扉を開き右側の様子を見る。


何もいない。


全員でまっすぐに進むとすぐに左手に空間が広がっているのがわかった。

さっきの話のロビーだろう。


その全容が見える位置までたどり着いて、僕は足を止めた。

止めざるを得なかった。

明かりで照らし出されたその場所には無数の死体が蠢いていたのである。

そしてその顔が一斉にこちらを向いたのである。


ここにいるのは全身が揃っているどころか、腕の多いもの、あらぬ方向に四肢が向いて動いているもの、大半が異形の姿だ。


どうする?


逃げるか、それとも突っ切るか…


いや、逃げ切れるはずはない、突っ切るなどもっと無理だ…


あとは…


キョウヤ

「レナちゃん!」


レナちゃんもどうするべきかわかっていたのだろう。


レナ

「お願い!」


異形の死体たちが迫ってくる。


ダメか…


その時


僕らの前に少女の幻影が姿を現した。


そして一瞬、青白い光が広がる。


死体たちは動きを止めている。


僕たちはその間を縫って扉にたどり着く。

鍵穴に鍵を入れ、回すと今度こそ鍵が開いた。


外に出ると、白い光が僕たちを包み込んだ。

いや、意識を失ったのかもしれない。



気がつくと雨音が聞こえている。


真っ暗だ。


あたりを探ると懐中電灯が落ちている。


スイッチを押すと明かりがついた。


周囲を見回すと…


他のみんなは気を失っているようだ。


そして手術台、ダストシュート、床や壁には血痕…


いつの間にか病院の中に戻されている!?


僕は慌ててみんなを起こす。


ナミ

「ん、何が…どうなってるの?」


カミヤ

「どうやらさっきの落雷で気を失っていたようだな。」


さっきの?…落雷?


ユキ

「どうも、そうみたいね。でも結局大したものは見つからなかったわね。」


キョウヤ

「大したものがなかったって、覚えてないんですか!?地下で、死体が動いて!!」


ユキ

「何をいってるの?夢でもみてたんじゃない?」


カミヤ

「大体この病院に地下なんてないだろう。」


僕は状況を受け入れられずレナちゃんを見やる。

レナちゃんはゆっくりと首を振る。


レナ

「みんな覚えてられないんだよ。」


レナちゃんは覚えている?


レナ

「それに、忘れていた方がいいんだよ。」



そうなのだろうか…


そうだ!

ミツヒロは!?


キョウヤ

「ミツヒロ!!ミツヒロ!!大丈夫か!?」


声をかけミツヒロの体をゆするとミツヒロは目を開ける。


ミツヒロ

「う、ううう、う、お…おれの…あ…し…」


キョウヤ

「何でミツヒロだけ…夢じゃなかったのかよ!!」


カミヤ

「どうした、キョウヤ!?ミツヒロがどうかしたのか!?」


ミツヒロの様子を見てカミヤさんたちが出した結論は雷の影響を直接受けたからということだった。

もしかしたら、ダストシュートから出てきた何かの影響かもしれないがそんなことは証明できない、と。


とにかくここから出てミツヒロを病院に連れて行くということになった。


一階に降りる時に地下へと向かう階段があった場所を見ると階段どころか扉すらなく、剥がれたリノリウムの散らばったコンクリートの床があるだけだった。


入り口の扉が閉ざされているかと心配したがそんなことはなくあっさりと出ることができた。


ーーーー


あれから一年が経つ。


あの恐ろしい出来事と、あの少女の事を覚えているのは僕とレナちゃんだけだ。


ともすれば僕もあれは夢でも見ていたのだろうかと思ってしまう。

しかし、ミツヒロは元に戻らないままだ。


あのあと僕らはミツヒロを病院に連れていったが、結局原因がわからず、ミツヒロは精神病院に入院してしまった。


僕は20歳になってから車の免許を取り何度かこの場所を訪れている。


しかし、何事もなくあの出来事が現実だったのか疑問が深まるばかりだった。


今日はあの日と同じ夏、盆の真っ只中だ。

今日はレナちゃんにも同行してもらっている。

あれが夢でも現実でも彼女にお礼を伝えたい。

それにミツヒロの事が治せるのは彼女だけのような気がする。

せめて話だけでもできないだろうか…


僕たちは彼女の病室に向かいそこに花を手向ける。

レナちゃんの様子を見るが何も感じないようだった。


落胆しながらその場を離れようとした時僕にも聞こえた。


「大丈夫だよ。」




そのしばらくのちに、僕はミツヒロの病状が快方に向かったという連絡を受けた。



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