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廃病院   作者: 東頭ルイ
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廃病院 前編 

廃病院 前編 

作者 相羽 英雄



一年ぶりにこの場所に来る。

 都内では暑い盛りなのにここは少し肌寒いくらいだ。

 ここはS県の山間にある廃病院。

 僕と礼奈はあの幻のような本当にあったかもわからない事件を記憶しているただ二人の人間としてここにきたのだ。

 ここで悲しい運命の中で命を落とした一人の少女とここで失われた友人の心に花を捧げるために。


 ―――

 「・・・ウヤ、おい、キョウヤ!」

キョウヤ

 「え、ああ、ごめん。どうしたミツヒロ?」

 目的地に向かう車の中、考え事に浸っていた僕は騒がしい声に現実に引き戻された。

ミツヒロ

 「どうした、じゃねーよぼーっとして。お前テンション低いなー。せっかく我が超自然科学研究会で合宿に行こうってのに。」

ユキ

 「超は余計よ。ミツヒロくん。うちは自然科学研究会。」

ミツヒロ

 「ユキさん。そんなこと言ったって、部長の代になってから都市伝説やら怪談やら超常現象やらそーゆーのが好きな人間ばっかになっちゃったから、みんなウチのことオカルト研究会って呼んでるんですよ。超自然科学って言った方がまだ実態に近いでしょ?。」

 「まあ確かにそういう人間の方がおおいわね。」

ナミ

 「いや、他人事みたいに言ってますけどユキ先輩が一番のオカルトマニアですよね。」

ユキ

 「ナミちゃんも言うようになったわね。」

 言いつつ目を細めてナミに視線を送るユキさんだが。

ナミ

 「先輩に鍛えていただきましたから。」

 とナミは応えていない様子で笑っている。とはいってもお互い特に思うところがあるわけではなく単なるじゃれあいである。


 最初は僕とナミとミツヒロの同期三人はユキさんの言動にビビったり気を遣わされたりと振り回されたものだが、一年経つうちにこの人のキャラクターがわかってきて、つまり理想の自分を演出したがっているがノリが良くて演じきれないかわいい人なのが僕らにばれてしまって先輩としての威厳がなくなってしまっているのである。

 もちろん先輩として尊敬している部分もある。勉強ができることと、オカルト全般や世間で話題になった事件などに異常なまでに詳しい事である。


ミツヒロ

 「それはそうとユキさん、今日は珍しい格好してますね。」

 とミツヒロ。今日はユキさんは黒のスーツ上下でまとめている。確かに普段見ない格好だ。

カミヤ

「確かに。ユキちゃんいつもは占い師か黒魔術師みたいな恰好してるもんな。」

 ルームミラー越しにカミヤさんがユキさんに声をかける。

ユキ

 「ほら、今日は動きやすい方がいいかと思って。それに黒だしいいでしょ?」

 誰に対するいいわけなんだろう。

ユキ

 「MIBもこんな格好してるじゃない。」

カミヤ

 「ジャンル全然違うけどな。」

ミツヒロ

 「ぶれっぶれじゃないですか。」

ユキ

 「いいじゃん別に。」

 と頬を膨らませて拗ねてしまった。

ナミ

 「ユキ先輩かわいい!」

 言いつつ横から抱きつくナミ。もはや先輩の扱いじゃない。


キョウヤ

 「ところでレナちゃん、さっきから全然しゃべってないけど大丈夫?」

 と後部座席から助手席の後輩に声をかける。

キョウヤ

 「もしかして具合悪い?」

レナ

 「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。」

ユキ

 「よし、じゃあ私が秘蔵の霊薬をあげよう。飲むと気分がすっきりするぞ。」

ナミ

 「ユキ先輩、それあたしのフリスク。」

 二人のやり取りを見て少し笑顔を見せるレナ。

ミツヒロ

 「じゃあじゃあ、俺の魔法のグミも。」

ナミ・ユキ

 「それはダメ。」

 ハモるナミとユキさん。

ミツヒロ

 「えー何で?俺のグミの半分は優しさでできてるんすよ。」

キョウヤ

 「残りは下心だろうが。」

ミツヒロ

 「いやいやいや・・・」

レナ

 「ふふ」

 と笑うレナ。

 「ありがとうございます。皆さんを見てたら少し元気出ました。」


 そう、さっき考えていたのもこの子の事である。

 オカルト研究会に所属していて、珍しいもの・変わった話は好きなのだがホラー、というより心霊現象・心霊スポットというのが苦手なのである。

 以前カミヤさんが僕にだけ話してくれたことだが、レナは物心つく前、人に見えないものを見たという話をよくしていて、そのせいで周囲の人間に気味悪がられたり嘘つき呼ばわりされていたらしい。

 どうもそのせいでそういったたぐいの話に忌避感があるようなのだ。

 今回の件も相当気が重たくて嫌なのではないかと。そして先輩はどうしてこんな企画にレナを誘ったのか考えていたのである。


カミヤ

 「じゃあそろそろ今回の心霊スポットツアーについて説明しようか。」

ミツヒロ

 「え?心霊スポットツアー?温泉旅行合宿じゃないんですか?」

 ミツヒロがハトが豆鉄砲を食らったような顔をしている。

カミヤ

 「ああ、すまん。あれ嘘。そういった方がお前が来ると思って。」

 とまったくすまなくなさそうにカミヤさん。いつものことだが、またか、と思う。

 カミヤさんはこういうことを平気でやる人なのである。

 そして毎度つられるミツヒロ。

 

ミツヒロ

 「去年もやったじゃない。心霊スポットツアー。」

ユキ

 「ミツヒロ君騙されすぎ。いい加減気付きなさいよ。」 

 かわいそうに。騙された側なのに責められてる。

カミヤ

 「まあ、ミツヒロのことはどうでもいいとして。」

ミツヒロ

 「ひどすぎる…」

 と、遠い目をしているミツヒロ。

 

カミヤ

 「今年こそは心霊写真の一枚なりでもとって幽霊の存在を証明して、この世には科学では説明できないことが厳然とあること立証する。これこそが自然科学と超自然科学を結び付け人類を新たなステージに…」

 ハンドルを握って前を見つめながら熱弁するカミヤさん。

ユキ

 「まあ、そんな建前もありつつ毎年恒例の肝試しね。」

  と熱弁をさえぎってユキさん。

ミツヒロ

 「肝試しイイネ!」 

ナミ

 「あれ、ミツヒロもっとへこんでると思ったら。」

ミツヒロ

 「いや、実は全然。だって若い男女で肝試しだぜ、最高だろ。」

 あ、なるほど。

 「お前も、この機会にナミちゃんと距離縮めろよ。」

キョウヤ

 「え?い、いや、俺とナミとはそういうんじゃなくて単なる幼馴染というか、腐れ縁というか…」

ミツヒロ

 「ふーん。」

 殴りたい。この笑顔。

 肝心なところはひそひそ話していたおかげでナミには聞かれてはいなかったみたいだ。

 良かった。


ユキ

 「話の続き、いいかしら?今年行くのはS県のH病院跡よ。」

ナミ

 「あ、聞いたことあります。30年くらい前に潰れた病院で、営業中から幽霊のうわさが絶えなかったTVでもよく出てくる心霊スポットですよね。」


ユキ

「そう。よく知ってるじゃない。その他にも色々な噂があってね。もともとは昭和の初めに作られた精神科の病院だったそうなんだけど、大戦中には捕虜の人体実験を行なっていたとか、戦後も家族に見捨てられた患者を使って人体実験をしていたとか黒い噂の絶えない病院で、噂が噂を呼んで幽霊とか心霊現象って話になったみたい。」

ナミ

「さすがユキさん、詳しいですね。でもその言い方だとユキ先輩はその噂、信じてないみたいですね。」

ユキ

「そういうわけじゃないけど、自分の目で見ないことには、ね。」

オカルト系の噂はすぐに信じそうなキャラなのに少し意外な感じだ。

カミヤ

「そうそう、最近も面白い噂があるぞ。20年くらい前のことなんだが、その病院で身元不明の遺体が発見されたんだ。

その遺体は頭からダストシュートに突っ込むような形で発見されたんだが、引っ張り出してみると腰から下しかなくていくら探しても上半身が見つからなかったらしい。」

それを聞いていたレナは

レナ

「お兄ちゃん、それが面白いっていうのはちょっと…」

と咎めるというよりも悲しそうに呟いた。

この子の性格から言って、兄の言動の是非よりもその出来事と犠牲者に心を痛めているのだろう。

カミヤ

「いや、すまん、ちょっと不謹慎だったかな。まあ、心霊現象が起こりそうな条件がこれだけ揃ってる物件はなかなかないからな。つい興奮してしまった。」


ミツヒロ

「そうですよね!!これだけ条件が揃ってて何もなかったらもはや詐欺ですよ詐欺、訴えたら勝てますよ。」

とミツヒロが変なところで乗っかっていった。

キョウヤ

「なんでカミヤさんがわざわざお詫びして訂正してるところに乗っかるんだお前は?」

ナミ

「ホント、ミツヒロは空気読めないんだから。」

ミツヒロ

「いやいやいや、だってテンション上がるじゃん!もし俺たちが幽霊の姿をカメラに捉えたりして、そんでその映像がテレビ局に取り上げられたりして、俺たちも注目の的になったりして、そんでそっからイケメンミツヒロくんのスター街道が始まったり?」

カミヤ

「仮に幽霊の姿が撮れたからってそんなことになる筈ないだろう。プラス思考も行きすぎるとただの妄想だぞ。」

ユキ

「だいたい誰がイケメンなのよ?」

ミツヒロ

「え?俺ってイケメンじゃないすか?ねぇ、レナちゃん。俺イケメンでしょ?」

レナ

「え、あ、はい…その個性的、というか。はい。人によってはそう見えるかも…」

ミツヒロ

「ね、ほら、やっぱイケメンなんすよ、俺!やっぱレナちゃんはわかってるなー。」


やれやれ。どう受けとればそういう捉え方ができるのか。すごい自信である。

まさに妄想レベルのプラス思考。


と、しばらくそんな風に他愛のない会話をしながら車を走らせているうちに山間の木々の間から件の廃病院が見えてきた。



山中の街道から脇道(と言っても片側二車線の十分に広さのある道路だ。)に入り少し車を走らせると目的の廃病院の前に着いた。


入り口には学校の門のような形の錆びついた鉄製の横開きの門があるが、半開きの状態でレールを外れ動かなくなっている。


僕たちは仕方なく門の前で車を降りた。

時刻はもう夕方で日も沈もうとしているが、まだまだ真夏の昼の熱気は去らず、山の中でも都市部とさほど変わらず蒸し暑い。


門の向こうには廃病院の三階建ての建物が見える。

コンクリートの表面が黒ずんでところどころ剥落している。

人の手が入らなくなってからかなりの年数が経っていることを見た目にも感じさせる。

どことなく来るものを拒むような不気味な威圧感を感じて、全員がその建物に目を奪われたまま言葉を失っていた。


ミツヒロ

「ちょっと!何ぼーっとしてるんですか?入る前からビビっちゃったんですか?今からそんなんじゃ先が思いやられますよ!」


口火を切ったミツヒロのことばに僕も含めみんなが我に返った。


ナミ

「あんただって固まってたじゃない。ホントは自分も怖いって思ったんでしょ?」


ミツヒロ

「んなことねーよ、むしろ楽しみなくらいなのになんでビビることがあるんだよ?」


ユキ

「ほんとぉー?その割には声が震えてるわよ。」


ミツヒロ

「震えてません!ホントユキさんはいつもテキトーなことばっかり言って人を陥れようとするんだから。俺は怖がった女性陣に抱きつかれるのが楽しみで仕方ないんですから。」


ナミ・ユキ

「それはない!」


ハモリで瞬間全否定である。


ミツヒロ

「そんなぁー、少しの希望ももたせてもらえないのか、俺は…。あ、でもレナちゃんが抱きついてくれるかも。ね?」


レナ

「ごめんなさい。」


謝られてしまった。哀れな奴である。

しかしいつまでもここで漫才をやっていても仕方がない。


キョウヤ

「ここでウダウダやってたってしょうがないですよ。もうじき日もくれるし早く中に入りましょう。」


カミヤ

「ああ、そうだな。さっさと準備して中に入ろう。」


そう言うとカミヤさんは車のトランクを開け各人に懐中電灯を渡していく。

ユキさんには懐中電灯に加えてデジカメを渡し、自分はデジタルビデオカメラを持つようである。


探索の準備(と言ってもそれだけだが)を済ませて、門の間を抜け廃病院に向かう。


中央に入口があり、そこから左右に建物が広がっている。

向かって右側部分はコンクリートに大きな亀裂が入り、崩れかかっている。

左側部分は健在なので探索するのはこちら側になりそうだ。

裏側はくだりの崖になっていて回り込むことはできないようだ。


近づいてみて分かったが、すべての窓に目張りがされていて外からは中の様子を窺い知ることはできない。


僕たちは病院の外観を撮影しながらひび割れたアスファルトの上をまっすぐに入り口に向かった。



入り口の開いたままの自動ドアを入ると大きな下駄箱のある三和土のようなスペースがあり、そこから病院内部に入るところにはやはりこれも開いたままの古びた重そうな鉄扉がある。


カミヤ

「この扉、随分年季が入ってるな。これはもしかして…」


ユキ

「ええ、開業当時からあったもののようね。資料にも写っていたわ。こんな扉が必要だったなんて、ふふ、この病院の黒い噂は本当かもしれないわね。」


ナミ

「それって、さっき言ってた…」


ユキ

「そう、人体実験。被験者を外に出すわけにはいかないでしょうから、当然厳重に閉じ込めていたでしょうね。」


そんな話をしながら病院の中に入る。

入り口以外に光の入る場所がないため内部は完全に闇だ。


各々が懐中電灯のスイッチを入れあたりを照らすとようやく周囲の様子が見えてきた。


床はかつてはリノリウム張りであったのであろう、その名残が破片として散らばっている。


そのほかにもソファーだったもの、本棚だったもの、原型をとどめていない資材、大小様々なものが散らばっていて歩きづらい。


入ってすぐ左側を照らすとカウンターがありその奥にはかつて事務作業をしていたであろうデスクが打ち捨てられている。


カミヤ

「ここは受け付けだったみたいだな。と言うか今も受け付けの役割を持っているみたいだが…」


年代物のカウンターに近づいてみると〇〇参上とか〇〇年◯月◯日〇〇&〇〇などとマジックで書いたり掘り込んだりしてある。


カミヤ

「なんと言うか台無しだな。」


確かに怨念渦巻く恐ろしい場所と言う感じではない。これでは観光スポットだ。


ミツヒロ

「えー、俺はこう言うの好きっすけどね。イベントっぽくて。」


と言いつつ初めからそのつもりで持ってきたのだろうサインペン取り出している。


レナ

「先輩、ダメ。良くないですよ。」


珍しくレナちゃんがはっきりと自己主張した。


ミツヒロ

「レナちゃんが言うなら仕方ない。やめておくよ。かわいい子の言うことはなんでも聞くよ俺。それにレナちゃんの言葉にはなんか重みがあるしね。キョウヤに言われたんだったら絶対やめないけど。」


確かにレナちゃんの言葉には説得力があるが最後の一言は余計だ。


デスクの上や棚の中にはまだ病院が運営されていた頃の書類らしき紙片が散らばっている。


ナミ

「普通こういう書類とかってきちんと処分しないといけないものでしょ?なんだか夜逃げしたみたい。」


ミツヒロ

「確かに。でもさ、この書類の中にこの病院の黒い噂の証拠があったりするかもだぜ。」


ユキ

「さすがにこんな人の目につくところにそういうものはないんじゃないのかしら。」


カミヤ

「そうだな、それに…」


と言いながらカウンターの裏側に回り込んだカミヤさんがデスクの上の書類を手に取る。


カミヤ

「とても読める状態じゃなさそうだ。」


カミヤさんが手に取った書類は変色が激しく、重なっていた部分は張り付いてしまって剥がすことができないようだ。


キョウヤ

「ここには見るべきものはなさそうですね。」


僕達は手に持った懐中電灯を入り口ホールの奥に向ける。


右手側にはかつてはここに通院していた患者達が座っていたであろうボロボロになったソファやイスがあり、その先の突き当たりには階段とその横にエレベーター、左右には通路がある。

エレベーターや壁面にはいたるところにスプレーやマジックによる落書きがされている。


カミヤ

「まずは一階から見ていこうか。とは言っても右側はこの有様だから左側だな。」


懐中電灯で照らし出された右側の廊下は天井が崩落し、瓦礫が積もっていてとても先に進めそうにない。


建物の左側の部分は無事なようで、在りし日の面影を残したまま廊下は闇を湛えてその口を広げている。


先ほどまで入り口にはわずかに夕日が差し込んでいたが、日も完全に沈んでしまったようで、もはや光は僕らの手元にある懐中電灯だけだ。

その光を頼りに廊下を進んで行く。


廊下の右手には鉄格子のはまった窓がある。

やはり外から目張りがされているようで外の様子はわからない。


ナミ

「どうして鉄格子なんて…」


ミツヒロ

「やっぱあれじゃね?昔捕虜収容施設だったって噂。」


カミヤ

「いや、精神科の病院の窓には鉄格子があることが多いらしい。」


ユキ

「場合によっては患者が暴れたり脱走したりってことも考えられるからってことらしいけど。」


キョウヤ

「それじゃあまるで…」


レナ

「牢屋みたい…」


そう。まるで牢獄のようだ。


ミツヒロ

「まあ、病院が運営されていた時はそんな風には感じなかったんじゃない?」


確かにあたりが真っ暗なせいも手伝って重苦しい雰囲気を感じるのだろう。


カミヤ

「さて、じゃあ一つずつ部屋を見ていこうか。」


左手には木製の古臭い扉の部屋が並んでいる。

右手にライトを持ったミツヒロがその中の一番手前の扉を真鍮製のノブを回して開ける。


ミツヒロ

「失礼しまーす。」


緊張感のない声を出しながら扉を開き中に入るミツヒロに続いて部屋の中に入る。


部屋には左側に医者の使ったであろうデスクとイス、右側には診察用の寝台、奥にはやはり鉄格子のはまった窓、その脇には医療器具を納めていたのであろう大きな棚がある。


カミヤ

「やはり一階は診察室みたいだな。しかし、これは…」


ひどい荒れようである。


ユキ

「時間の流れでこうなったって感じじゃないわね。誰かが荒らしていったってかんじね。」


ここも他と同じように落書きがされているが、それだけではなくデスクの引き出しという引き出しが開け放たれ、あるいは引き抜かれ放り出されている。

棚の中身もぶちまけられ、床に聴診器や注射器、金属製の皿やヘラなどが辺りに散らばっている。


カミヤ

「ここ、見てみろ。」


と、カミヤさんが指差す場所を見ると、デスクの鍵付きの引き出しがバールのようなものでこじ開けた跡がある。


キョウヤ

「これって…」


カミヤ

「ああ、物盗りの仕業だろうな。」


他にも棚の鍵付きの戸の部分は叩き壊されている。


レナ

「なんか、怖い…ですね。」



ミツヒロ

「もしかして、このベッドのシーツもそいつが破ってたりして。」


ユキ

「珍しくいいこと言うじゃない。この破れ方は人為的なものに見えるわね。」


ミツヒロ

「ですよねー、そこに気づく俺!すごいっしょ?

…って珍しくってひどくないっすか?」


ナミ

「ミツヒロのことはどーでもいいとして、そこまでするってすごい執念ですね…」


ユキ

「もしかしたら、この病院の秘密を探っていたのかもしれないわね。」


ミツヒロ

「いや、もしかしたらこの病院にお宝が眠ってるかもですよ!

テンション上がってきたー!!」


一人で盛り上がるミツヒロを無視してデジカメで写真を撮るユキさん。


カミヤ

「どうだ?」


ユキ

「ダメね。何も写ってないわね。まあ、まだ最初だし先に期待しましょう。」


写ってないと言うのは当然幽霊の類のことであるが、しかしこの二人は真剣そのものだ。

例年のこのイベントはただの肝試しみたいなものだったが、この二人がサークルのトップに立った今年はイベントの毛色が違う。

まあ、真剣味があった方が怖さが増すと言うものだが。


最初の診察室を出て同じ廊下に並ぶ部屋を一つずつ調べていく。

やはり同じような診察室で、同じように荒らされている。

二つ目、三つ目、四つ目の部屋では何事もなく写真にも何も写らなかった。


五つ目の部屋、ここも他の部屋と同じような診察室で、やはり同じように荒らされていたが他の部屋と違う点があることにユキさんが気がついた。


ユキ

「みんな見て、この落書き他のものとは違う感じ。」


ユキさんが指した場所、奥の鉄格子の窓の下に「この呪われた病院の秘密を伝える」血のような文字で書かれておりその下に右方向を指す矢印が書いてある。


矢印に従って明かりを右に向けると、部屋の角のぐしゃぐしゃになったダンボールが積み重ねられている上に同じような文字と下向きの矢印が見つかる。


ユキ

「『秘密を知ったものには命の保証はできない。覚悟があるものだけが見ろ。』ね。

これをどかせばいいのね。みんな、いいかしら?」


真剣な面持ちでたずねるユキさん。


カミヤ

「ああ。」


全員が固唾を呑んで見守る中ユキさんは、カメラをしまいダンボールを持ち上げる。


ゴソゴソ!!

ボトリ


ユキ

「きゃあ!!」


悲鳴をあげ後ろに倒れるユキさん。

他のメンバーたちも短く悲鳴をあげる!


「チチッ。」


小さく鳴いた声の主も驚いたようで素早く部屋から走り出して行く。


キョウヤ

「ユキさん、大丈夫ですか?」


ユキ

「へっ?やっ?何?」


カミヤ

「ただのネズミだ。」


ユキ

「ネ、ズミ?…って…あのネズミ?

もぉ、何よびっくりするじゃない。なんでこんなところにいるのよ!いるならいるって言いなさいよ!!」


ネズミ相手に涙目で無茶な抗議をするユキさん。


ミツヒロ

「ユキさんって、冷静キャラ装ってる割にはビビリですね。」


ユキ

「ウルサイ!!ミツヒロ!!あんなの誰だってびっくりするわよ!!」


ナミ

「ユキ先輩、本当に大丈夫ですか?」


ユキ

「だ、大丈夫に決まってるでしょ。さあ、この病院の秘密とやらを見せてもらおうじゃない。」


あまり大丈夫そうには見えないがいつものキャラを取り戻しつつ、さらに下のダンボールをどかすユキさんだったが…


ユキ

「…なんなのよ!!もぉー!!馬鹿にして!!」


残りのダンボールを蹴散らすユキさん。

のぞいてみるとそこには大きな赤文字で

「ばーか」

文字通り馬鹿にされた形だ。


カミヤ

「ふ、これはしてやられたな。」


ぷっ、とみんな吹き出してしまった。


ユキ

「本当なんなの!信じらんない!!許せないー!!」


ミツヒロ

「ユキさん、ぐるじいっず、八つ当たりっす…」


ミツヒロの首を締めながら喚くユキさん。

まあ確かに八つ当たりなのだが、まあ、嬉しそうだしいいだろう。


そして、一応この部屋でも写真を撮るが収穫はなく次の部屋に向かう。

その途中でミツヒロが変に神妙な態度で提案をした。


ミツヒロ

「あのさ、次の部屋の扉を開けるのは他の人にやって欲しいんだけど…」


カミヤ

「どうした?急に?らしくないな。」


ミツヒロ

「いや、なんか他のところと違うしなんかちょっと嫌な感じがするというか。」


レナ

「…ミツヒロ先輩、霊感とかあったんですか?」


ミツヒロ

「いや、うん。まあちょっとね。」


ミツヒロとは一年からの付き合いだが霊感があるとか聞いたことないぞ…


ミツヒロ

「カミヤさんとユキさんはカメラ持っててライト持てないから、ナミちゃんたのむよ。」


ナミ

「え?なんであたし?」


ミツヒロ

「いや、ナミちゃん気強いし平気かなと思って。あれ?さっきの部屋から大人しかったけどもしかしてあれでビビっちゃった?」


煽りながら人にものを頼むのか…


ナミ

「別に怖くなんかないわよ!じゃああたしが最初に入ればいいのね?」


六つ目の部屋は一階の最後の部屋だ。

この部屋だけは他と違い両開きの頑丈な鉄の扉だ。

扉の上には「手術中」のランプがある。


ミツヒロは後ろに回りナミが先頭でその次に僕、と続く。

そしていざ扉を開けようとナミが手を伸ばした瞬間。


「か…え…れ…」


ナミ

「え?なに?」


「か…え…れ…」


ミツヒロ

「かーえーうぶっ」


ナミが怒りの表情でミツヒロの頬から口にかけて右手で鷲掴みにしていた。


ナミ「あんたねー!この状況でどういう神経してんのよ!!」


ミツヒロ

「いや、この状況だからでしょ?」


ナミの拘束から逃れたミツヒロがなにがおかしいのという表情で抗議する。


ミツヒロ

「普通こういうシチュエーションだったら『きゃあ!』とか言って男子に抱きつくとかしなきゃ。」


様子がおかしいと思ったらそんなこんなしょうもないことを考えていたのか…


ナミ

「誰があんたになんか抱きつくか!!」


ミツヒロ

「男子はもっと近くにもいるでしょ?」


ナミ

「え?いや…いやその…そもそも抱きつかないから!!」


というと話を打ち切るように扉を開けて中に向かう。

部屋の中は防水がされているのか他の部屋と違う質感の緑色の床に白の壁、中央に手術台、そして手術用のライトだったものが床に落ちて壊れている。

右側の壁には鉄製の大きなダストシュートのようなものがある。

ミツヒロがその上部にある取っ手を握り引っ張ってみたがひどく錆付いていてビクともしない。

その他には目ぼしいものはなさそうだ。


ナミ

「ここって精神病院なんですよね?なんでこんな大掛かりな手術室があるんですか?」


ユキ

「この辺りには他に病院がほとんどないからね。戦後は外科もやっていたみたい。緊急外来の受け入れもね。」


ナミ

「詳しいですね。さすがユキ先輩なんでも知ってますね。」


ユキ

「そうよ、私はなんでも知ってるわよ。」


と不敵な笑みを浮かべるユキさん。

この感じがユキさんの本来目指すところのキャラクターだ。


ユキ

「と言っても私が知ってるのはネットや図書館で調べられる程度の情報だけどね。」


そんなことを言いつつこの部屋でも撮影をする。

手術室ということもありみんな少し期待したがここでも特に変わったものは写っていない。


部屋を出て左側はもう廊下の突き当たりだ。

そこには鉄格子のついたすりガラスの窓のある鉄扉が閉まっている。

ドアのノブの下には鍵がついているが内側からでも鍵を差し込んで回さないと開けられないようになっている。


カミヤ

「なるほど、徹底しているな。病院の人間以外はここからでも自由には出入りできない、ということか。ん?この扉…鍵が開いているな。」


カメラを構えたまま扉を調べていたカミヤさんがノブを回し扉を開く。

外は未だに蒸し暑く建物の中と気温は変わらず期待したような涼しさは感じられない。病院に入る前は晴れていたはずの空には雲がかかり外も真っ暗である。

駐車場でアスファルトの地面から扉まではコンクリート製のスロープが設けられている。


ユキ

「救急車で搬送されてきた患者をここから病院の中に入れてさっきの手術室で処置をしたわけね。」


なるほど、一階のこの場所なら緊急で運ばれてきた患者にも手早く対応ができるだろう。


カミヤ

「まあ、外を調べても仕方がない。中に戻って探索を続けようか。」


そう言うカミヤさんにしたがって同じ扉から再び病院の中に戻る。

僕たちはそのまままっすぐに入り口の受付ホールに戻り、入り口から見て正面奥の階段から二階へと向かう。



階段を上がると正面、一階のロビーの上の部分には大きな部屋ある。

左側を見ると床と天井が抜け落ちた廊下、そしてそこに並んでいた部屋だった空間があるが、そこも壁や床、天井が崩れ落ち瓦礫の山となっている。一部の壁と柱が残っているのでかろうじて建物の体裁を保っていると言う感じだ。

右手を見ると階段の並びにエレベーター、トイレがある。

さらにその先には一階と同じように廊下が続いているようだ。


カミヤ

「まず目の前のこの部屋から見てみようか。」


その部屋は廊下に向かって窓が付いていて外からでも中の様子が窺える作りになっている。

ライトで中を照らすといくつかのデスクが並んでおり、奥の方には金属製の書棚や薬品や医療器具を納めていただろうと思われるガラス戸の棚が並んでいる。


カミヤ

「ここは、どうやらナースステーションだったようだな。」


ここも一階の診察室と変わらず引き出しという引き出し、戸という戸が開けられ中身がぶちまけられている。


ユキ

「あら、ずいぶん雰囲気に似つかわしくないものもあるわね。」


と、ユキさんユキさんの見ている先、内側から見た窓の手前のカウンター上の外から死角になる部分にコンピュータが置いてある。

確かに昭和初期の匂いの残るこの病院には似合わない代物だ。

とは言ってもこのコンピュータもディスプレイはブラウン管、記憶媒体は5インチディスクという骨董品紛いの代物である。


ナミ

「これだけ荒らされてるのにコンピューターなんて高そうなものは置いてくんですね。」


ミツヒロ

「重いから置いてったんじゃね?」


相変わらずいい加減な発言をする。


ユキ

「ディスクの一枚でもあったら面白かったのに、一枚も出てこないわね。」


開け放たれていた引き出しや書類入れを調べていたユキさんが言った。


カミヤ

「ますますただの物盗りとは思えなくなってきたな。ディスクのデータはこの場では見れないからな。持ち去ったのも納得がいく。」


ミツヒロ

「おー!盛り上がってきましたね!!廃病院の謎に迫る俺たち!!って感じで!!」


キョウヤ

「結局何も見つけてないんだから謎に迫ってはいないだろ。」


ミツヒロ

「だー!なんでお前はそうなんだよ!こういうのは雰囲気が大事なんだよ!もうちょっとテンション上げてこーぜ!!」


雰囲気、ね。むしろぶち壊しているような気もするが。

結局ここでも大したものは見つからず、ユキさんのカメラにも相変わらず何も写らなかった。


ナースステーションを後にした僕たちは廊下に向かう。

近づいて明かりで照らして見ると一階とは大きな違いがあることに気がつく。


レナ

「こんなところにも鉄格子が…」


廊下の始まりにはそこから先の空間と外界を隔てるように鉄格子がはまっている。

鍵はなく軽く押すと鉄格子の扉状になった部分が簡単に開いた。


カミヤ

「病院の上階には病室があることが多い。ここから先は精神科の患者が入院していた病室だったんだろう。」


レナ「ここまでしなくちゃいけなかったのかな…」


カミヤ

「精神病の患者は錯乱して暴れたりすることもあるからな。たが、それ以上に自傷行為を防ぐためや、外の環境の変化から患者本人を守るために自由を制限する必要がある、ということらしい。」


そんなことを話しながら鉄格子をくぐり中に入る。

一つ目の部屋は扉がなく外からも様子がわかった。


ユキ

「ここはどうやら談話室みたいなところのようね。」


部屋の中を照らすとテーブルが真ん中にあり、奥の角にはチャンネルボタンが本体についている古臭いブラウン管テレビ。手前側の角には雑誌や小説、週刊誌(の残骸)が納められている小さな本棚があった。


ナミ

「なんかこの部屋はちょっと雰囲気が違いますね。ここで患者さん同士お話ししたり、テレビを見たり少しは自由に過ごせていたのかな。」


カミヤ

「トラブルがない限りそのくらいの自由はあるはずだ。一般的にはな。」


部屋はそこそこ大きく学校の教室の奥行きを少し減らしたくらいの広さがある。

ここで治療目的のレクリエーションなども行われていたのだろうか。


カミヤ

「レナ、どうだ?」


レナ

「ここは嫌な感じはしない。」


確かに他の場所で感じたような重苦しい雰囲気はない。

それに…


ミツヒロ

「そういえば、この部屋はあんまり荒らされたって感じはないっすね。」


そうなのだ。他の部屋と同じように落書きなどはあっても家捜しをされたように調べまわったり、壊されたりというところがないのだ。


ミツヒロ

「ここは見てもしょうがないんじゃないっすか?次行きましょうよ、次。」


ミツヒロに急かされて撮影もそこそこに部屋を出て次の部屋に向かう。

次の部屋も扉はなかった。

中に入るとベッドが部屋の四方に設置されおり、それぞれのベッドの上にはカーテンレールが残っている。ベッドの側にはそれぞれ棚が設置されている。


カミヤ

「軽度の症状の患者用の相部屋の病室といったところだな。」


窓に鉄格子がはまっていること以外はいかにも普通の病院の病室といった風情だ。

この部屋も特に荒らされた様子はない。


特に見るべきものもなく、一通りデジカメで撮影をして部屋を出る。


次の部屋も全く同じ作りで、やはり見るべきものはなくかった。


しかし次の部屋からは全く様子が違っていた。


ナミ

「なに、これ…」


明かりに照らされた部屋の入り口で波が呟いた。

その部屋には廊下側の壁がなく出入りのための扉部分も含め鉄格子で仕切られていた。


ナミ

「まるで牢屋じゃない。」


鉄格子で仕切られたその中は何もないコンクリート造りの部屋で一人用なのだろう、前の相部屋と比べるとずいぶんと狭い。

中にトイレもあるが、低い仕切りがあるだけで用を足していても外からは姿が完全に隠れることはなさそうだ。

他の部屋と同様鉄格子のはまった窓が明り採りのためについているが、それもずいぶん高い位置にある。


カミヤ

「症状の重たい患者はこういう部屋に隔離されるんだ。自殺の恐れがあるから常に外から監視できるようになっているんだ。そういう患者は脱走の恐れもあるからその対策も兼ねてこういう形になっているのだろう。」


レナちゃんも思うところがあるのか、俯いてカミヤさんのシャツの肘をキュッと掴んでいる。

カミヤさんはそんなレナちゃんの頭にポンと手を置く。


ミツヒロ

「でも、カミヤさん、精神病院のことやたら詳しいっすね。」


カミヤ

「ん?…ああ、前に一度調べたことがあってね。」


ミツヒロ

「今回のイベントのためっすか?なんつーか真面目っすね。」


カミヤ

「まあ、そんなところだ。俺にとっては遊びじゃないからな。」


ミツヒロ

「もっと気楽に行きましょうよー。そんなんじゃ出るもんも出ないっすよ!」


キョウヤ

「そういうもんじゃないだろう。」


ナミ

「あんたこそもっと空気読みなさいよ。」


ユキ

「そんなんだから単位落とすのよ。」


ミツヒロ

「単位は関係なくないっすか?!」


ミツヒロのよくわからない主張に総ツッコミである。

ユキさんのはちょっとずれていた気もするが。


そのあとも同じ独房のような部屋が廊下の端まであと2つあったが、曰くありげな場所であったにもかかわらず、最後の部屋の鉄格子が錆付いて開かなかったこと以外は特に変わったこともなかった。


ユキ

「二階も霊の姿も、病院の黒い噂の証拠も見つけられなかったわね。もっともそんなものが簡単に出てくるなら今頃誰かが見つけてるかもしれないわね。」


カミヤ

「まあ、仕方ないさ。ま、まだ三階も残ってる。結論を出すのは早いだろう。」


そう言うカミヤさんに従って僕らは階段に向かって歩き始めた。


その時


「だ…し…て…」


声が聞こえた。

全員が一斉に振り返りミツヒロの顔に視線が集まる。


ミツヒロ

「えっ、何?」


キョウヤ

「お前なー、そういうのやめろって。しかも2回目だし。」


ミツヒロ

「だから何が?」


あくまでシラを切るつもりらしい。

バレバレなのに仕方ない奴。


キョウヤ

「また脅かそうと思って『帰れ』とかいったろ?」


ミツヒロ

「あ、あれ…」


ミツヒロが僕たちの後ろ、廊下の階段側を指差して固まっている。


ナミ

「あんたまたそんなこと言って誤魔化そうとして!」


ミツヒロ

「いや、ほらそこに人影が!」


全員の視線が今度はそちらに向かう。


が、そこには闇が広がっているばかりで、ライトがその闇を割って廊下を照らすが何も見つからない。


ナミ

「何もないじゃない!」


ミツヒロ

「え、あれ…たしかに見えたような気がしたんだけど…」


ユキ

「あ、そうか、もしかしてミツヒロくんも怖がってるからありもしないものが見えな気がしたんじゃない?」


ミツヒロ

「いや、でも、たしかに…」


カミヤ

「仮に何かいたとして、この暗さで廊下の奥にいる人影は見えないんじゃないのか?」


ミツヒロ

「うーん、そうかも。気のせいだったのかな。」


言いつつも納得のいかない顔のミツヒロ。

しかしそのことは置いておいて僕たちは再び階段へと向かいそこから最上階である三階に向かう。



三階に着きライトであたりを照らす。

どうやらここは二階と同じように向かって正面にナースステーション、左には崩落した廊下、右側にはエレベーターとトイレ、その先に廊下という構造になっているようだ。


カミヤ

「じゃあ、まず手近なところから順に見ていこうか。」


というカミヤさんの言葉に従って僕たちはナースステーションに入る。


ユキ

「これはまたひどい荒らされようね。」


二階と同じようにあらゆる引き出しや棚が開け放たれているが、それだけではなく、その中身はあたりにぶちまけられ、デスクや棚も引き倒され、さらに凹んだりひしゃげたりしているものが目立つ。

下の階にもあったコンピュータも床に落ちディスプレイは画面が割られている。


ミツヒロ

「目当てのものが見つからなくて大暴れってとこですかね。」


カミヤ

「しかし、ちょっとやそっとのことではこうはならないだろうな。」


ナミ

「なんだか怖いですね。」


ユキ

「そうね、なんというか異常性というか怨念めいたものを感じるわね。でも、それはともかくとしてこれじゃここを探しても収穫は期待できそうにないわね。」


カミヤ

「そうだな。ガラスや金属片もかなり散乱しているし、あまり中に入るのは止した方が良さそうだ。だが、もう一つの方は少しは期待できるかもな。」


ユキ

「まあ、もともと撮影はするつもりだったけどね。」


と言いつつカメラを構えるユキさん。

しかし、目に映った通りの映像しか捉えることはできなかった。


結局大した収穫もなくナースステーションを後にして廊下に向かう。

廊下の入り口には先ほどの二階とは違い重そうな鉄の扉が開いたままの状態で、上の蝶番が外れ斜めになっている。


カミヤ

「ここから先は閉鎖病棟というか、隔離区画のようだな。」


一つ目の扉の先にはもうひとつ同じような鉄製の扉があり、こちらはわずかに半開きの状態になっていたが押してみると重たい音を立てて開いた。


ナミ

「ずいぶん厳重ですね。いくら患者さんを外に出せないからって、やりすぎのような…」


カミヤ

「いや、こういうところではドアが二枚あるのは普通なんだ。二枚の扉を同時に開ける瞬間がないように管理するらしい。しかし、この扉。音すら外に出したくなかったようだな…」


扉をくぐり廊下の先に出る。

あたりを照らすと左側には入り口にあったような鉄製の扉が立ち並んでいる。


扉には小さな蓋つきの小さなのぞき窓があるだけでこの暗さでは中の様子は見ることができなさそうだ。


カミヤ

「普通は二階にあった部屋のように外から様子が見えるようになっているものだと思ったが…」


ユキ

「とにかく、中を見て見ましょう。」


ミツヒロ

「じゃあ、開けますよ。」


ミツヒロがノブをひねると鍵はかかっておらず扉は抵抗なく開いた。

ミツヒロを先頭に一人ずつ室内に入る。


ミツヒロ

「なんだ…?この部屋…何にもない…」


ミツヒロが言葉を失う。

二階の鉄格子の個室よりさらに殺風景な部屋だ。中央上部に簡素な電灯があるのと、奥に間仕切りもない小さな和式便器があるだけである。


カミヤ

「まるで刑務所の懲罰房というやつがこんな感じなのかもしれないな。」


ナミ

「こんなところにいたら治療どころかかえって気が狂いそう。」


確かにナミのいう通りだ。

もし自分がこんな場所に何日も閉じ込められたら、と考えるとそれだけでどうにかなってしまいそうだ。


カミヤ

「しかし、精神を患った人には少しでも刺激が少ない方がいいのだろうな。」


レナ

「でも、ここにいた人はきっとずっとすごく一人きりで寂しかったんじゃないかな…」


そう、治療のための隔離とはいえほとんど親しい人とも会えず例えようのない孤独感を感じていたのではないだろうか…


レナちゃんの言葉にみんな思うところがあったのかしばらく沈黙していた。


ユキ

「あ、あれ。」


その沈黙をユキさんが天井を指差して破る。


カミヤ

「監視カメラか。」


天井の隅を見るとそこにはカミヤさんの言葉通り監視カメラがある。

他の四隅を照らして見ると同じように監視カメラが設置されている。

死角ができないように全ての角に配置してあるのだろう。


カミヤ

「なるほど、これなら外から直接監視する必要はないわけだ。」


しかし、そこまではわかってもあまりにも何もないこの部屋に他に調べるべきものもなく、僕たちは部屋を後にする。


その後二つ目、三つ目、4つ目の部屋を順に調べていったがやはり同じような殺風景な独房のような部屋があるだけで見るべきものは何もない。

ユキさんのデジカメにも特別何も写ることはなかった。


周囲の重苦しい雰囲気とは裏腹に特に何も起こらないまま、3階の部屋も残すところあと三部屋だけだ。


ミツヒロ

「このまま全部おんなじような感じで何もないまま終わっちゃうんじゃないっすか?」


ミツヒロの懸念はもっともだ。

その場にいた全員が同じように感じていただろう。


カミヤ

「まあ、まだ3階も全てまわったわけじゃない。とにかく最後まで見てみよう。」


などと話しながら五つ目の部屋に入る。

先頭のミツヒロがライトで部屋の中を照らすと部屋の真ん中に茶色くなって乾ききった花束と缶ジュースが置いてある。


ユキ

「誰かがここで亡くなったみたいね。誰かがその人のためにお供えをしていたのでしょうね。」


カミヤ

「しかし、この花束の状態を見ると病院が閉鎖してからかなり経ってからもここの住人を供養しに来ていたようだな。」


確か病院が閉鎖されたのはおよそ30年前。

花束などは形も残らなさそうだ。

と、言うことはほんの数年前までこの場所に誰かが出入りしていたのだろうか。

そんなことを考えているとナミが声を上げる。


ナミ

「あ、あれ。ジュースの缶の隣、指輪がある。」


ミツヒロ

「あ、ほんとだ。」


ライトに照らし出された飾り気のない銀色の指輪にミツヒロが手を伸ばす。


レナ

「ダメ!!」


レナちゃんの大声に全員が一瞬固まる。


レナ

「あ…ごめんなさい。それはその人の大切なものだから触らない方がいいと思う。」


普段あまりものをはっきりと言わないレナちゃんが珍しく意見を主張する。


カミヤ

「そうだな、レナのいう通りだな。その辺のものはそのままにしておこう。」


ミツヒロ

「え、調べなくてもいいんですか?せっかくのお宝なのに。」


カミヤ

「調べたところで恐らく何もわからんだろう。ユキ、一応写真だけ撮っておいてくれ。」


ユキ

「ここなら何か写るかもしれないわね。」


期待はしたものの特別何も写ることはなかった。

しかし、少し気になることもある。


キョウヤ

「でも、どうしてここにいる人は亡くなったんでしょうね。」


ナミ

「確かに。自傷行為や自殺をすることがないようにこういう部屋になっているんですよね?」


カミヤ

「まあ、部屋の造りについては確かにその通りなんだが、人間その気になれば簡単に死ねるさ。頭を打ったり、舌を噛んだり、水たまり程度の水で溺れる人もいる。

それに持病が悪化したとかそれ以外の原因だって考えられる。」


ユキ

「つまり、関係者以外が考えても仕方ないってことね。何か情報が出てくれば話は別でしょうけど。」


わからないということがわかったがなんだか引っかかるものを残したまま部屋を後にして次の部屋に向かう。


六つ目の部屋の前に着き、ミツヒロが鉄の扉を開けようとする。


ミツヒロ

「あれ、…鍵でもかかってんのか?」


扉は固く閉ざされたまま開かない。

ミツヒロに変わってカミヤさんが扉を調べ開けようと試みるがやはり扉は固く閉ざされたままだ。


カミヤ

「仕方ない。最後の部屋に向かおう。」


そう言うカミヤさんに従って僕たちは次の部屋に向かおうとしたが…


レナ

「…」


レナちゃんが扉の前に立ち尽くしている。


カミヤ

「どうした?レナ?」


というカミヤさんの声も聞こえないようにレナちゃんは黙って扉に手を伸ばす。


ガチャリ


ミツヒロ

「え、嘘だろ?」


カミヤ

「…」


先ほどまで男二人が押しても引いても動くことすらなかった扉がいとも簡単に開いた。

レナちゃんはそのまま何かに導かれるように部屋の中に入っていく。

そのレナちゃんを追いかけてカミヤさんを先頭に僕らも部屋の中に入る。


ライトで照らし出されたその部屋は他とは明らかに様子が違っていた。


子供用のものだろうか小さなベッドがあり、その上にはウサギやネコ、鳥、帽子をかぶった男、女の子の人形がある。


その他には床にいくつかの絵本が散らばっている。


レナちゃんは黙ったままベッドの上の女の子の人形に手を伸ばしている。


カミヤ

「おい、レナ?!どうした!?大丈夫か!?」


カミヤさんがそう言いながらレナちゃんの腕を掴む。


レナ

「え、大丈夫。ここは大丈夫。…あれ?私…?」


カミヤ

「大丈夫ならいいんだ。様子がおかしいから心配したぞ。」


レナ

「ねえ、お兄ちゃん、私この子連れて行ってもいい?」


カミヤ

「え?」


でも、それは…


レナ

「お願い!!私、この子を連れて行かないといけない気がするの!!」


カミヤ

「あ、ああ。わかった。」


カミヤさんは普段は見せることのないようなレナちゃんの勢いに押され了承する。


レナちゃんは女の子の人形を大事そうに抱える。

とりあえず普段の落ち着きを取り戻したようだ。


突然のことに驚き固まっていた僕たちは部屋を調べようとするが、絵本が散らばっている以外には綺麗に整えられたままの状態の部屋を色々と調べ回るのはしてはいけないような気がして誰が言い出したわけでもなく撮影もそこそこに部屋を後にする。


その部屋を出て左側に進むと廊下の突き当たりに当たる正面の壁は一面コンクリートで窓すらない。


左手には、最後の部屋の鉄扉がある。

僕はなんとなく違和感を感じたがそれがなんなのかはっきりとは分からなかった。


カミヤ

「ここが最後の部屋か…」


ミツヒロがノブ手をかけると今度は抵抗なく扉が開いた。


ライトの明かりが差し込み部屋の中が照らし出される。

部屋自体は他の部屋と同じ独房のような部屋だがいくつかの違いが目につく。

部屋の真ん中にはストレッチャーがあり右側の壁面の一番奥には大きな棚が置いてあるのが見て取れる。

それに…


ナミ

「これ、床にシミが。この部屋だけずいぶん汚れてますね。」


床のいたるところに茶色いシミが残されている。


ユキ

「血の跡、かもしれないわね。」


カミヤ

「そのようだな。ここもだ。見てみろ。」


ストレッチャーを調べていたカミヤさんがユキさんの憶測を肯定するように答える。


ストレッチャーには革製の拘束具が付いていて、その周辺にはやはり茶色いシミが付着している。


ミツヒロ

「中には暴れる人もいるって話ですけど、縛られてて血が出るなんてどんな力で暴れたんですかね。」


ユキ

「中には常人離れした力を出すような人もいるらしいけど…この部屋の汚れ具合から見て他の理由もありそうね。」


ユキさんの言葉を聞いて僕はこの病院の黒い噂を思い出す。

もし、実験に供される人がいたとすればその必死の抵抗の結果かもしれない。

あるいは、どこかで傷つけられてここに運び込まれたか…


ナミやレナちゃん、ミツヒロも同じことを考えたのか言葉を失ってストレッチャーを見つめている。


そんな僕たちをよそにカミヤさんとユキさんは奥の棚を調べ始める。


カミヤ

「妙だな。」


ユキ

「そうね、他の場所では荒らされていても中身が残っていたのに。」


棚を照らしてみると上半分の両開きのガラス戸の部分は空っぽで中身がないのがわかる。

下の引き出し部分を開けて見てもやはり中身は入っていなかった。


ナミ

「初めから空っぽだったらなんのためにこんな棚なんか…?」


カミヤ

「他にもおかしなところがあるな。壁まで血痕が残っているのにこの棚は全く汚れていない。それに、この床。」


棚の床の部分を見てみると血痕が棚の下に続いている。


ユキ

「どうもこの棚は先についていた血の跡の上に後から置かれたモノみたいね。」


ミツヒロ

「でもこんな場所になんのためにそんなことするんすかね。」


それはきっと…


カミヤ

「この後ろにものを隠すため、だろうな。ミツヒロ、キョウヤ、その棚を動かしてくれ。」


カミヤさんの指示に従って部屋の右奥から棚を動かすとそこには奥へと続く鉄の扉があった。


ナミ

「なんでこんなところに扉が…」


そうだ、さっき感じた違和感の原因がわかった。

三階は他の階よりこの隠し部屋の分だけ廊下と病室のスペースが少なかったのだ。


カミヤ

「さあな、この先によほど見られたくないものでもあるんだろう。」


ユキ

「この病院の噂の真相に近づける何かがあるかもしれないわね。」


ナミ

「それって…ここで人体実験をやっていたとか、不審死があったとかっていう…」


カミヤ

「それは確かめて見ないとわからない。とにかく中に入ってみよう。」


言いながらカミヤさんはビデオカメラを構え直す。

しかし改めてライトで照らすと扉の取っ手の部分が破壊されている。


カミヤ

「簡単には中に入れてくれないか。」


そう言いながらカミヤさんがカメラを構えたまま扉に触れると扉は内側に向かってあっさりと開いた。

どうやら鍵も扉のツメも壊れていたようだ。


中に入りライトであたりを照らすと全員がこの部屋の異常さに気がいて息を飲む。


ナミ

「なに…これ…」


構造は一階の最奥の部屋と同じような手術室で手術台や照明器具と大型の機材が設置されており部屋の奥にはダストシュートらしきものがある、そして、あたりにはメスや鉗子、注射器などが散らばっている。

しかし、一階の手術室と明らかに違うのはあたり一面に茶色いシミが飛び散っていることだ。

血が流れた、はねたというような生易しいものではない。

床だけでなく、壁と言わず天井と言わずあらゆるところに飛び散っている。


ナミ

「なにをしたら…なにがあったらこんな風になるの…」


普段は強気なナミもこの光景の異常さに恐怖を感じたのか震える声で呟いた。


カミヤ

「これだけの量だ。この血液の主は生きてはいないだろうな。

それに、先ほどの部屋や床のものの大半は洗浄した後にシミが残ったもののようだが、壁や天井床の一部のものは凝固した血液がそのまま残っている。

これは後から飛び散ったものだろうな。おそらくこの病院の廃業後に。」


ナミ

「なにを冷静に分析してるんですか?この状況で…

それってここで殺人事件があったってことじゃないんですか?」


カミヤ

「ナミ、怖いのか?」


ナミ

「こんなものを見せられて怖くないわけないじゃないですか。カミヤさんはなんともないんですか?」


カミヤ

「事件があったとしても過去のことだ。それに血液は体から出てしまえばただの物体だ。気にすることはない。」


ミツヒロ

「そ、そうっすよ。俺たちはいまスゲーもんを目撃してるんだから、ビビったら負けっつーか…」


ユキ

「この血痕…殺人事件もそうだけど、この部屋自体も精神科の隔離区画の一番奥に、しかも個室とだけつながっていて隠すように手術室があるなんて…。人体実験の話、噂というには状況証拠が揃いすぎてるわね。」


確たる証拠は見つからなかったもののこの病院で表沙汰にできないようなことが行われていたことは間違いなさそうだ。


カミヤ

「あとは、あれだな。」


部屋の中をあらかた調べ、撮影を終えた僕たちはカミヤさんの視線の先にあるダストシュートに目を向ける。

おそらく例の事件のダストシュートなのだろう。人一人が余裕で入れるくらいの大きさがある。

金属製の扉の上部に取っ手が付いていて、そこを引くと下部を支点に上から手前に開く構造のようだ。

明かりで照らすと扉部分とその下に黒く変色し固まった血液の跡らしきものがある。


カミヤ

「ミツヒロ、頼む。」


ミツヒロ

「じゃ、じゃあ開けますよ。」


レナ

「お兄ちゃん!」

同時にレナちゃんが声を上げる。


ミツヒロがそのままダストシュートを手前に開いた。


瞬間


ドーン!!

雷鳴のような轟音が鳴り響き

全ての明かりが一斉に消えた!


「きゃあ!!」「うわっ!?」「ひっ!?」


誰か、いや全員が悲鳴をあげた。



ダストシュートから何か白い靄のようなものが立ち上るのが見えたような気がした。

背中に氷を押し付けられたような怖気が走る。

あたりは暗闇に閉ざされているはずなのに…


隔離区画は防音対策がなされていたはずだがどこかに穴でも開いているのか、ザァーという雨音が聞こえている。


ややあってカミヤさんの声が聞こえた。


カミヤ

「みんな、大丈夫か?」


キョウヤ

「は、はい、大丈夫です。」

僕はそう答えて懐中電灯のスイッチを押すが壊れてしまったのか明かりがつかない。


各々返事をして明かりをつけようとするが、どれも壊れてしまっているようで誰も明かりを灯すことができない。


カシュ


カミヤさんがジッポーライターの火を灯した。


ライターの弱々しい光がゆらゆらと揺れながらあたりを照らす。

どの顔にも驚きと恐怖の色が写っている。


ナミ

「ライトが一斉に壊れるなんておかしくないですか?こんなこと有り得ないですよ。」


ユキ

「れ、霊障っていうやつかもしれないわね」


レナ

「ねぇ、お兄ちゃん、帰ろう。早くここから出ようよ。」


カミヤさんの腕にしがみついていたレナちゃんが必死に訴えかける。

カミヤさんはそれを押しとどめて言った。


カミヤ

「すまん、少し待ってくれ。ミツヒロ、これを。手元を照らしてくれ。」


と予備に持っていたのだろう、ペンライトをミツヒロに渡す。

ミツヒロがスイッチを押すと問題なく明かりがついた。


ミツヒロ

「カミヤさん、なんかあるんすか?」


カミヤ

「一応確認がしたい。みんなも見たんだろう?」


その言葉に先ほどの闇の中に見えた白い靄を思い出し、みんな息を飲んでカミヤさんの手元に注目していた。


カミヤさんはデジタルビデオカメラで先ほど撮影したばかりの映像を再生した。

落雷の音が響いた後もカメラはダストシュートをとらえ続けている。

暗視モードの白っぽい画面の中でミツヒロが開いたダストシュートから白い靄のようなものが立ちのぼるのが写っている。


キョウヤ

「やっぱりさっきのは…」


ユキ

「見間違いじゃなかったみたいね。」


カミヤ

「ああ、この映像では霊の存在を証明するには弱いが我々には信じられるだけの証拠が見つかったと言えるな。」


レナ

「お兄ちゃん、もういいでしょ。これ以上はダメだよ。早く出よう。」


カミヤ

「ああ、すまなかったな。これ以上の収穫は望めないだろうし、下に戻ろうか。」


カミヤさんはミツヒロからペンライトを受け取り先頭に立って歩き出す。


雨の音が微かに響く中僕たちはペンライトのか細い光を頼りに一階に向かう。

ペンライトの照らすわずかな空間以外は完全に闇に覆われていて何も見えない。

僕たちはその中を手を繋いだりお互いの腕や肩につかまりながら密集して移動する。


来るときには感じなかったが、何か見つめられているような気味の悪さを感じる。

みんなも同じように感じているのか口数は少ない。


階段を下り一階の受付ホールにたどり着く。


ユキ

「さあ、早く出ましょ。長居は無用!」


ユキさんがカミヤさんを急かす。

先ほどからの気味悪さを肌で感じて怯えているのか無理に元気な声を出しているようだ。


カミヤさんが入り口をペンライトで照らす。


全員が異変に気付いた。


ナミ

「嘘…」


キョウヤ

「扉が、しまってる…」


ここに入ったときには開いたままになっていたはずの鉄の扉が閉まっている。


ユキ

「さっきの音は雷じゃなくて、この扉が閉まる音…」


ミツヒロ

「俺が開けますよ。キョウヤも手伝ってくれ。」


二人で扉を開けようと押すが扉はビクともしない。


キョウヤ

「開かない…」


ユキ

「そんな…」


カミヤ

「仕方ない、諦めよう。」


ナミ

「えっ?でも?!」


カミヤ

「出入り口はここだけじゃない。」


そうか!廊下の奥の救急搬入口!


僕らはまた固まって一回廊下奥の出入り口に向かう。

その途中もやはり何かに見られているような気配を感じて誰とは言はず自然と早足になる。


廊下の突き当たりのドアの前に着くとミツヒロがさっそくノブを握る。


が、


ミツヒロ

「えっ!?まじかよ!!」


ナミ

「ミツヒロ、冗談やめてよ!!」


ミツヒロ

「いや、ホントに開かないんだよ!!」


ナミ

「どいて!!」


今度はナミがノブをひねるが扉は開かない。


ナミ

「うそ、でしょ…」


と、ナミはぺたんと座り込んでしまった。


ユキ

「なんで?さっきは鍵なんてかかってなかったじゃない…嫌っ!こんなところに閉じ込められるなんて!」


ナミに変わって扉を開けようとするユキさん。

ずっと抑えていた恐怖があふれ出したのだろう、涙声だ。

当然だ、僕だってあんなものを見た場所に長居なんてしたくない。

それに先ほどからの見つめられているような気配…

全身がここにいるべきじゃない、と訴えている。



つづく....




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