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96 精霊、公園デビューする

 ディーネとシルを連れて午後の散歩に出掛けた鈴音。


 自宅周辺は田畑が多い。ご近所は殆どが顔見知りという、関東でも結構田舎の町である。かと言ってすぐ近くに自然が豊富にあるという訳でもない。稜線の低い山々はかなり遠くにあるし、一番近い河川も2キロくらい西に離れている。コンビニやスーパーマーケットは徒歩だと15分くらいかかる距離だ。


 その代わりと言うのも変だが、小さな神社がすぐ近くにあり、昔は狭い境内のそこが近所の子供達の遊び場になっていた。最近では小さい子があまり居ないので、そこで子供が遊ぶ姿も見られなくなった。


 まあ、千尋と萌はしょっちゅうそこに行っているのだが。


(どこに行こうかしらねぇ)


 左右の手で、それぞれディーネとシルの手を引きながら考える鈴音。その足は、自然と小学校・中学校がある方へと向かう。小学校の少し先に公園があるのだ。


 太陽は出ているが1月なので当然寒い。精霊たちには千尋や萌が幼い頃に来ていた防寒着を着せ、首にはマフラーを巻いている。精霊に気温は関係ないらしいが、真冬に薄着で出掛けたら虐待を疑われかねない。


 この辺を歩いている人は少ないのだが、すれ違う人は精霊の髪色を見てギョッとしていた。空色と若葉色なのでどうしても目立つ。鈴音としてはとっても可愛いと思っているのだが、茶髪や金髪を見て眉を顰める人も居るので仕方ない。


 そんな他人の目などどこ吹く風と、精霊たちはご機嫌な笑顔で歩いている。


「おっさんぽ~♪」

「おっさんぽ~♪」

「ママさんとおさんぽ~♪」

「おさんぽ~♪」

「「なのっ!!」」


 何やらお散歩の歌まで歌っていた。「なのっ!!」の所で二人が同時に鈴音を見上げるのだ。可愛すぎて気絶しそうだった。


「ここは萌ちゃんが通ってる小学校よ」

「「ショウガッコウ?」」

「この世界では、年齢で通う学校が変わるのよ」

「チヒロはいないの?」

「千尋ちゃんは向こうの中学校に通ってるのよ」

「「ほぇー」」


 目と口を真ん丸にする精霊たちを連れて公園に向かう。


 田舎なので土地はふんだんにある。この公園も、税金の無駄遣いではないかと疑いたくなるくらい、広くて設備も充実していた。砂場、ジャングルジム、ブランコ、鉄棒と言った定番の遊具はもちろん、フィールドアスレチックのちょっとしたコースまである。

 これが無料で遊べるので、土日などは子供連れで賑わうスポットになっていた。今日は平日の昼間なので子供や親の姿は疎らである。


「ほら、ディーネちゃん、シルちゃん。どれで遊んでみたい?」

「「ほぇー!」」


 様々な世界を渡って来た精霊たちも、見た事のない遊具に瞳を輝かせた。そして二人が選んだのは――。


 ディーネは小さな噴水。シルは噴水の横に植えられた大きな木。どちらも遊具とは言えない。いや、大木には太い枝からブランコが吊り下げられているので、ギリギリ遊具かも知れない。


「お水がピューって! 出てるのー!」

「この木、すっごく元気なのー!


 二人はとても楽しそうである。


 水の精霊ウインディーネは、噴水の水で大きな竜を作った。東洋の細長いヤツではなく西洋風のガッチリした、ヘイロンみたいなヤツだ。

 森の精霊シルワァーヌスは大木を操り、これまた大きな竜を作った。尻尾の先は地面に埋まっているが、足が生えて狭い範囲をのしのしと歩いている。


「…………二人とも、何やってるのかな?」


 突然始まった巨大ドラゴン・ショーに、公園に居た子供達は大喜び。お母さん達は子供を後ろに庇ったり、スマホを構えたり、腰が抜けて尻餅をついたりと様々である。


 水竜と木竜が「ガシーン!」とがっぷり四つに組みあった。


――ウォオオオン!

――シャァアアア!


 咆哮が辺りに響く。ただ、音はかなり派手だし水や葉っぱが盛大に飛び散っているのだが不思議と周りには何の影響もない。水や木の葉は空中で霧散するし、土煙も上がらない。つまり、2体の竜は精霊たちが作り出した幻影であった。


 そして、魔力の高まりを敏感に察知した千尋が転移で公園に現れた。


「千尋ちゃん!?」

「「チヒロ!」」

「敵はどこ!?」


 刀を構えて臨戦態勢であった。学校はどうした。


「敵? いないの」

「いないの!」


――ガォオオオオン!

――キッシャァアアア!


 楽しそうにそう告げる精霊ちゃんズの背後では、水竜と木竜が熾烈なバトルを繰り広げていた。


天牙雷(てんがらい)め」

「お姉ちゃん落ち着いて!」


 小学校から全速力で走って来た萌が慌てて千尋を止めた。


 もう一度言おう。二人とも学校はどうした。


 千尋と萌が現れて、ディーネとシルは大喜びである。後ろの2体の竜も肩を組んで踊っていた。


「……お母さん?」

「あのね、お散歩に来たらね、こんなことになっちゃったの」


 ふむ。よく分からんが危険はないらしい。良かった。


「チヒロー! 遊ぶのー!」

「モエー! 遊ぼうなのー!」


 ディーネとシルが千尋と萌に抱き着く。それと同時に2体の竜が消えた。


「ごめんね、まだ学校があるの。帰ったら遊ぼうね?」

「「分かったの」」


 精霊たちは姉妹が居なくて寂しかったのかも知れない。遊べないと言われてちょっと凹んでいたが、素直に言う事を聞いてくれた。


 母と精霊ちゃん達に一時の別れを告げ、千尋はまず小学校の校舎裏に萌を連れて転移し、次に中学校の教室に近い女子トイレの個室に転移した。「故障中」の張り紙が貼ってある個室である。そこから教室に戻るのだった。


(精霊ちゃん達の魔力だったのかー。かなり大きな魔力だったなあ)





 千尋が転移で戻る前、公園に居た人々に「隷従魔法」を掛けて竜を目撃した記憶を強制的に忘れさせたので、いつもの平穏が戻った。あのままだと自衛隊とか出動したかも知れない。危なかった。


「ディーネちゃん、シルちゃん。魔法を使う時は先に教えてね?」


 精霊ちゃんズは地球に魔法がない事を知らなくて、魔法を使えば大きな騒ぎになるとは思っていなかった。それでも何となく悪い事をしたと思ったのか、二人ともしゅんとなってしまった。


「「……ごめんなさいなの」」

「二人とも元気出して! 怒ってるわけじゃないのよ?」


 価値観の違いや、本来持っている筈のない知識の欠如、それらを責めるのはお門違いであろう。それに、鈴音は千尋達から「あまり出歩かないで」と言われていた。この場合、自分が一番悪いかも知れない……。


「ごめんなさい、やっぱり私が悪かったわ。二人はただ楽しんでただけだものね」


 なんだか3人でしゅん、となってしまった。確かに言うべき事は言わなければならない。しばらく地球で暮らすのなら、地球の常識を知るのは悪い事ではないのだし。だが、元気がなくなってしまった精霊ちゃんズを見て罪悪感に苛まれる鈴音であった。


(異世界とのお付き合いって難しいわね……)


「帰りましょうか」

「「はい、なの」」


 二人と手を繋ぎ公園を出ようとしたその時――。


――キキーッ!


 白いミニバンが公園の入り口に急停車して、後部席のスライドドアが開く。


「ここだよ、さっきSNSに上がってたのは!」

「おお! 本当に可愛い子がいるぅ!」


 降りてきたのは20代の男性二人。運転席にもう一人男性が居るようだ。

 鈴音はディーネとシルを自分の後ろに庇った。


「「ママさん……」」

「大丈夫よ」


 鈴音は下りて来た二人の男性を大きく回り込むように公園から出ようとした。


「ああ、すみません! 僕達は怪しい者ではありません!」


 眼鏡を掛けた男性が懐から名刺を取り出す。


「ボク達、ミーチューバーなんです!」


 もう一人のアフロヘアの男性が告げた。


 彼らは動画配信を生業にしているらしく、たまたま近くを通り掛かった時SNSに挙げられた動画を見た。運転手がこの町出身で、すぐにこの公園だと分かり、何か面白いネタになるのではと思い駆け付けたという話だった。


 そんな話をしていたら、運転していた男性が降りて来て、いつの間にかカメラを回していた。


「僕達のチャンネルに出て頂けませんか!?」

「その子達だけでいいので!」


 カメラの男性が鈴音を回り込んで精霊たちを撮影しようとする。


「ちょっと! 断りもなく撮影は止めてください!」

「だから今頼んでるじゃないっすか」

「ダメです、撮影はお断りです!」


 ディーネとシルは鈴音のスカートの端を握って隠れている。グイグイ来る知らない人が怖いのだろう。


「ママさん?」

「悪い人達なの?」


 違った。この子達、怖がってなんかない。なんかやる気満々だ。


「えっとね、この人達は他人のプライバシーを平気で踏み躙る迷惑な人達よ」

「おい、おばさん! 黙って聞いてりゃつけあがりやがって!」

「ちゃんと出演料も払うし。俺達の動画に出たいヤツ、いっぱいいるんだよ?」

「有名にしてやろうとしてるのに――えっ?」


 男が持っていたカメラが音もなく真っ二つになった。


「水刃、なの」


 超高圧で圧縮し、超高速で振るわれた水の刃。ディーネが放った魔法である。


「それ以上ママさんをいじめたら、首と胴体がさよならなの」

「「「ひっ!?」」」


 男達は逃げようとしたが、足が動かなかった。木の蔓のようなものが足に巻き付き、男達を拘束していた。


「樹縛、なの」

「「「痛い痛い痛いっ!」」」


 蔓はギリギリと男達の足を縛り上げていた。


「人間の体くらい、かんたんに千切れるの」

「「「ひぃいいいっ!?」」」


 見た目は5~6歳の激カワ幼女なのに、先程から台詞が不穏過ぎた。中身は2000歳超えなのだ。それなりに修羅場を乗り越えている。


「ふ、二人とも? ケガさせちゃダメよ?」

「「はいなの!」」


 その時、ミニバンの後ろにパトカーが停車し、続いて何台もの車が停まる。制服警官2人の他は全員が黒スーツにサングラス。映画に出て来るどこかのエージェントのようだ。全部で20人くらい居る。


 その中に見知った顔の女性が一人。


「あら? 赤石さん?」


 防衛省職員、赤石祥子であった。


「本庄さん、お久しぶりです。後は私達で処理しますのでご安心下さい」


 ミーチューバー3人は黒スーツのエージェント達に囲まれ、黒いバンに押し込まれてドナドナされて行った。鈴音達3人は、赤石が自宅まで送ってくれた。


 その日の夕方。千尋と萌の帰宅後、鈴音が公園で起きた一幕について説明していると、千尋のスマホが鳴った。防衛省の牧島からであった。


『どこの世界にも、それが核爆弾のボタンと知らずに押そうとするバカがいるんです』


 防衛省は密かに本庄家に護衛を付けていた。なるべく介入しない方針だったが、ミーチューバーの3人がこれ以上馬鹿な事をすると日本国の危機であると判断し、彼らの拘束に踏み切った。

 ミーチューバー達の行為は迷惑ではあったが違法ではなかった。だが、彼らのせいで国が消える可能性があったため、かなり脅されてお灸を据えられたようだ。


「てか核爆弾とか日本が消えるとか、どんな危険人物だよって話じゃない!?」


 牧島の話を聞いてぷんすこする千尋だったが、萌と鈴音はそっと目を逸らすのだった。

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