93 精霊からの贈り物?
異世界交流BBQ大会の翌朝。
湖畔の別荘の自室、地球から持って来た寝心地最高のベッドで目覚めた千尋だが、何故かマリーとアセナに左右から抱き着かれていた。至福の時間である。
昨夜、お酒が飲める人達は遅くまで飲んでいたようだ。別荘の外や中から楽しそうな声が届いていた。千尋と萌は一足早く就寝したのだが、夜のうちにマリーとアセナに侵入されたのだろう。こういう侵入は大歓迎だ。
「んん……」
「うぅーん……」
なんて可愛いのだ。天使だ。天使がおる。両腕は痺れて全く感覚がないが、そんな事は天使の寝顔の前では些事である。千尋が二人の可愛さと柔らかさと温かさを堪能していると――
「お姉ちゃん! 精霊ちゃん達が来てる!」
「なんですとー!?」
マリーとアセナを起こさないよう、転移でベッドから出る千尋。両腕がだらーんとして着替えもままならないので自分に治癒を掛けた。全くもって魔法の無駄遣いである。
萌に連れられて一階に降りると、精霊ちゃんズは律儀に玄関の前で待っていた。
「「おはようなの!」」
空色の髪のウインディーネ。若葉色の髪のシルワァーヌス。この世の者とは思えない可愛い幼女たち。精霊なのでこの感想は正しい。とにかく、そこに居るだけで癒され、幸せな気持ちになるのだ。
「「おはよう、ウインディーネちゃん! シルワァーヌスちゃん!」」
「ディーネって呼んでなの!」
「シルって呼んでなの!」
「私はチヒロだよ!」
「私はモエ!」
改めて自己紹介が済んだところで、精霊ちゃんズが「んしょ!」と言いながら足元から何かを持ち上げた。
「これ、昨日のお礼なの!」
「なの!」
それはボーリングの球くらいある大きさの、透き通った青い球と緑の球。
「わぁ綺麗!」
「ほんとだ! もらっていいの?」
精霊ちゃんズがコクコクと頷く。
「「ありがとう!」」
「「どういたしましてなの!」」
姉妹は一つずつ不思議な球を受け取った。
「えっと、これはどんな風に使えばいいのかな?」
「お家に飾ってもいいし」
「お庭に埋めてもいいの!」
「埋め……とっても綺麗だから飾らせてもらうね!」
「「はいなの!!」」
昨日、精霊ちゃんズの存在を疑っていたリアナ達はまだ眠っている。見せつけたい気もするが、自分達だけの秘密にしておきたい気持ちもある。
「ディーネちゃん、シルちゃん。お菓子食べる? 甘い飲み物もあるよ?」
「「いいの?」」
「もちろんいいよ!」
「「わーい!」」
何だか幼い子を連れ去る不審者みたいな台詞を吐きつつ、精霊ちゃんズを別荘のリビングに案内した。
ソファに座らせて、ケーキやクッキー、チョコレートなどと冷たいオレンジジュース、甘味のある紅茶などを出す。精霊の二人は夢中になって食べ始めた。
((かわいい……))
向かい側に座ってディーネとシルを見つめる姉妹。精霊たちは髪の色以外、双子と言ってもいいほど似ている。
「二人はそっくりだけど、姉妹なの?」
千尋が話し掛けると、口に入っているお菓子を「ごきゅ!」と飲み込んで答える。
「姉妹じゃないの!」
「二人で一人なの!」
…………うん、全然分からん。分からんけど、もう可愛いから全然いいや。
「「ごちそうさまなの!」」
お菓子やジュースで満足した精霊ちゃんズは姉妹にペコリと頭を下げた。もう自分達の住処へ帰ると言う。
「いつでも遊びに来てね。私達がいなくても、この家には自由に入っていいから。お菓子やジュースも好きに食べたり飲んだりしていいからね!」
「「チヒロ、モエ、ありがとうなの!」」
ディーネとシルは手を繋いで湖の方へと消えて行った。
「行っちゃった……」
「また来てくれるかな?」
「来てくれるといいね」
精霊たちが帰って暫くすると、別荘に泊まった面々が起きて来る。殆どが二日酔いでゾンビのようだった。昨夜の騒ぎが嘘のように静かである。
全員がリビングに集まったのを見計らって、千尋が範囲治癒を掛けると、「おー!」というどよめきと共に全員元気になった。
「これにて、第一回異世界交流BBQ大会を終了します! またそのうち第二回を開催するので、ぜひ参加してください!」
今回初めて会って仲良くなった人達が、お互いに再会の約束をしている。あのぶっきらぼうなアドナさえ、何人もの人達に「また会おう!」と言っていて嬉しくなる。
(そのうち、世界を跨いで結婚なんてしちゃうカップルが出たら面白いなぁ)
そんな事を考えながら、バルケムとキナジアにそれぞれを送り届けて別荘に戻ると、リアナ達とオレイニー団長がまったりと寛いでいた。
「チヒロ様、モエ様。次もぜひ呼んでください! 5歳くらい若返った気分ですぞ!」
あと5回参加したら30歳くらいになっちゃう。楽しんでもらえたようで何よりである。魔術師団のお仕事も忙しそうだが、そんな中参加してくれたオレイニーさんに感謝を伝え、グレイブル神教国の首都に送り届けた。
「ブランドンとケネスは? どこか行く所があれば送るけど」
「俺達は大丈夫だ。隣町だから歩いて帰るよ」
「リアナちゃんとプリシアちゃんは? ここに泊まる?」
「ええ。いいかしら?」
「いいよ! 好きに使ってね」
今までもリアナとプリシアは千尋達の別荘を好きに使っているので改めて言う程の事ではなかったが。
「さてと。黒沢さん、牧島さん。私達も帰りましょうか」
「ええ」
「そうですね」
精霊ちゃんズから貰った不思議な球は日本の自宅に飾ろう。そう決めて取り敢えず巻物に入れると、リアナ達にしばしの別れを告げ、千尋達も元の世界に帰った。
神社ダンジョンに到着し、黒沢と牧島はそれぞれ迎えが来て帰って行った。千尋と萌、鈴音は自宅がすぐ近くなので歩いて帰る。
「お母さん、楽しめた?」
「ええ、とっても!」
「良かった」
「また行ってもいいかしら?」
「「もちろん!」」
そんな会話をしながら歩き、自宅に到着。
「これ、どこに飾ろっか?」
「結構おっきいよね」
精霊たちから貰った透明な青と緑の球はボーリング球くらいの大きさがあるので置き場所に悩む。玄関? それともリビング? 精霊ちゃん達は庭に埋めてもいいって言ってたな……。
「中庭に置こう!」
「私も今そう思った!」
萌の同意も得られたので、中庭の真ん中に植えられたシマトリネコの木の根元に置いた。何故か分からないが、そこがぴったりのような気がする。
「うん、なんだかここが一番しっくり来る」
「ほんとだね!」
中庭を眺めながら温かい紅茶を飲む姉妹は、不思議な球の置き場所と見栄えに満足していた。
そして翌朝。早朝に目が覚めた千尋は、パジャマのまま自分でホットココアを作った。リビングの暖房を入れ、部屋が暖まるまで中庭を見ながらココアを飲もうとカーテンを開いた。
「え“え”っ!?」
シマトリネコの木の根元に、ディーネとシルが丸くなって眠っているのを見て変な声が出てしまった。
(え? なんで? なんで精霊ちゃん達がここに?)
とにかく、寒い外に寝かせておく訳にもいかない。千尋は慌てて中庭に出て一人ずつ抱えてリビングのソファに寝かせる。
(二人とも、体がすっごく冷たい……)
二人に毛布を何枚も被せて暖房を「最強」にした。急いでお風呂へと走り、熱めのお湯を溜める。
「萌! 萌、起きて!」
「ん……どうしたのお姉ちゃん」
「大変なの! 精霊ちゃん達が冷たいの!」
「……へ?」
訳が分からないままリビングへと連れて行かれる萌。
「え“え”っ!?」
萌も空色と若葉色の髪を見て千尋と同じ変な声を出した。
「お姉ちゃん! 精霊ちゃん達は大丈夫なの!?」
「分かんない! そもそも息してるのかも知らないし! でも冷たくなってるから、とにかくあっためようと思って」
「そ、そうだね! あ、お風呂!」
「今溜めてる!」
「じゃあ、お風呂が溜まるまで暖めてあげよう!」
そう言って、萌は毛布に入ってディーネを抱きしめる。それを見て、千尋もシルを抱きしめて、自分の体温で暖め始めた。
(シルちゃん、ディーネちゃん! 死んじゃダメだからね)




