89 忘れ去られた同級生①
たぶん誰も望んでいない「あの人」の話です。
千尋と萌は冬休みに入った。
異世界間ゲートは開通したし、異世界からこちらに戻る時に5秒しか経過していないという加護もあるので、姉妹はちょくちょく異世界に遊びに行っている。
だが、長期休みになると気分が違う。前から考えていた計画を実行しようと決めた。
その計画とは――。
「みんなで集まってバーベキューしよう!」
「みんなって?」
「リアナちゃん達でしょ、アセナちゃんとアドナでしょ、ヘイロンやマリー……とにかくみんなだよ!」
異世界交流バーベキュー大会である。千尋達の家に招いても良いのだが、如何せん人数が多い。
「そうすると、場所はやっぱり?」
「そう! リムネアの別荘!」
最初に訪れた異世界、リムネア。そこで魔王と魔王軍を退けた報奨金の半分、15億セニカは全くの手付かずだった。このお金で、勇者リアナの実家プレストン伯爵家から湖畔の土地を少しばかり譲ってもらい、そこに別荘を建てたのだ。
外側は現地の大工さんに作ってもらい、内装や水回りは日本の業者に頼んだ。千尋達が使わない時は、リアナに自由に使っていいと伝えたら、リアナはその別荘に入り浸っている。一番のお気に入りは温水洗浄便座付きのトイレであった。
現在、千尋と萌を通じてプレストン伯爵がこのトイレを仕入れて販売しているのだが、グレイブル神教国の富裕層の間で一大ブームとなっており、現地で施工できる職人が足らず嬉しい悲鳴を上げているらしい。
話が逸れたが、この別荘にみんなを集めてバーベキューをしよう、という計画であった。
「神社ダンジョンで美味しいお肉をいっぱい狩ろう!」
「狩ろう! エビも!!」
「うん、エビも!」
神社ダンジョン産の食材はどれもかなり美味である。それを使ってバーベキュー……想像しただけで涎が出そうだ。
「まずリアナちゃんの所に行って、それからみんなの予定を聞きに……いや、そんな忙しい人はいないか。もう日取りを決めて連れて来た方が早いよね?」
「リアナさん達は勇者パーティの仕事で忙しいかも知れないから、先にそっちの予定を確認した方がいいんじゃない?」
「それもそうか。取り敢えずリアナちゃんの所に行こう!」
リムネアの出入り口は千尋達の別荘に設定している。神社ダンジョン最下層の異世界間ゲートを通ってそこへ行くと、庭に並べたビーチチェアでリアナとプリシアが寛いでいた。
二人ともゆったりとしたワンピースに裸足、千尋がプレゼントしたサングラスを掛けて何やらお洒落な飲み物を飲んでいる。千尋達の世界は冬だが、こちらは過ごしやすい気候だ。
「チヒロ! モエ!」
「チヒロ様、モエ様!」
二人はすぐに姉妹に気付いた。こういう光景は何度もあったので、お互い特に驚きもない。
「リアナちゃん、プリシアちゃん! 久しぶり、ってほどでもないか」
千尋は何気に受験生である。今でも十分な蓄えがあり、今後も防衛協力費や探索者支給金を受け取れる。収入面で困る事はないと言って良い。そのため高校に進学するかは悩んだのだが、母の強い勧めで進学を決めた。
それで、受験勉強はリムネアの別荘や神社ダンジョンで行っている。ダンジョンでは外と比べて5倍時間が使えるし、リムネアの別荘に至っては何日過ごしても元の世界に戻れば5秒しか経過しないからだ。
とは言え、千尋のINT(知性)は今や人外なので、受験勉強に本気で取り組んでいる訳ではない。遊びの方が圧倒的に多いのだ。全国の頑張っている受験生に土下座して謝って欲しいものである。
話が逸れたが、そういう訳で千尋と萌は先週もリアナ達と会っていた。
「それでね、リアナちゃん。バーベキューしよう!」
「ばーべきゅー?」
そこからか! と思った千尋だが、丁寧に説明する。バーベキューとは、炭や薪を使って肉や魚介、野菜などを焼く料理である。
「チヒロ様? それは私達冒険者が野営の時にいつもやっているやつでは?」
プリシアが遠慮がちに指摘する。少しの間をおいて、千尋が「ガーン!」という顔になった。
プリシアの言う通りだ……異世界の冒険者は、バーベキュー的な何かを日常的にやっている……。
「で、でもお姉ちゃん! ほら、バーベキューコンロとか使うし! 鉄板とか! ト、トングもっ!」
そうだ! 串に刺したお肉を焚火で焼くのとは違う! きっと違うはず……。
「えっとね、プリシアちゃん……野営の時より、きっと美味しいから……」
千尋のテンションが目に見えて下がったため、萌とリアナ、プリシアが「あわわわ」と言いながら慌てた。
「そ、そうですよね、チヒロ様! きっと美味しいに決まってます!」
「チヒロ! 私その、ばーべきゅー? とっても楽しみだわ!」
「お、お姉ちゃん! ほら、みんなでバーベキューしたら絶対楽しいよ!?」
もしかして、バーベキューでテンションが上がるのは現代日本人だけなのだろうか?
リアナちゃん達だけでなく、アセナちゃん達やヘイロン達もバーベキューは日常のもので特に楽しくもないのだろうか……。
「みんな……そんなに気を遣わなくていいよ……違うことにしようか……」
千尋が小枝で地面に「の」を延々と描き始めたので、萌が話題を変えようとする。
「あのさーお姉ちゃん、そう言えばさ、あの人どうなったのかな?」
「……あの人?」
「ほら、お姉ちゃんの同級生って言ってた男の人」
「…………?」
「モエ、それってもしかしてテツヤのこと?」
「そうです! たしか、『大神哲也』さんだったかな?」
「……??」
千尋は本気で忘れていた。手首まで斬り落としたのに、何気に酷い。まぁ手首はちゃんと繋いであげたのだが。そんな事まで綺麗さっぱり忘れている。千尋は自分の興味がない事は憶えていないタイプであった。
「そう言えば? 居たような?」
「……お姉ちゃん、マジで忘れてるでしょ」
「そんなことないよ? 同級生でしょ、わ、忘れる訳ないじゃん?」
萌には全てお見通しである。
「テツヤなら、アルダイン帝国との国境近くに住んでいるわよ」
「ふむ?」
千尋はまだ全然ピンと来ていなかった。
「ほらお姉ちゃん。ザイオン砦で祝勝会みたいなことをした時、絡んできた男の子覚えてない? 中2で同じクラスだったって言って。お姉ちゃんその人の手、斬り落としたじゃん」
手を斬り落としたと言われてギョッとする千尋。え、そんな酷い人いる? みたいな顔をしているが千尋がやったことである。
「その人、元の世界に帰りたそうだったじゃない。その時はゲートの存在も知らなかったし、その人を連れ帰る方法も分からなかったけど、今なら連れて帰れるじゃん」
萌の説明で、大神哲也をようやく思い出した千尋。
「え、なんで大神を地球に連れて帰るの?」
「え? 本人が望むなら連れて帰ってあげてもいいんじゃない?」
「そんなもの?」
「そんなものだよ」
あれ? 大神って友達だったっけ? まあ萌が「そんなもの」って言うんだから細かい事はいいか。
「分かった。取り敢えず、大神の家族……って言うかあれか。お父さんは捕まったから、お母さんがどうしてるか調べて、それから大神に会いに行こうかな」
リアナ達に、バーベキューはいつが良いか考えてて、と言い置いて地球に戻る事にした。




