88 千尋の華麗なる日常④
『ではいきますね。炎槍・連弾!』
空中で竜の翼を広げホバリングしている千尋の周囲に、30個の魔法陣が現れ、次の瞬間には中心が白く、周りが青い炎の槍が30発放たれた。
無線で牧島が「待て」と言おうとしているのは分かっていたが、多少待っても結果は同じ事である。見た方が早いだろう。
周囲3キロの白っぽい岩礁で出来た小島は、黒く焦げた爆撃訓練の後が無数に残っていた。これから先、そんな訓練をしなくて良いように祈りを込めつつ、炎槍を島の中心部近くに着弾させる。
ヘリからその様子を見ていた牧島達は、炎槍が発射された途端息を飲んだ。それは想像していたよりもずっと速く、実際には目にも止まらぬ速さで島に到達した。
島全体が真っ白な光に包まれ、周囲の海が泡立って物凄い水蒸気が発生する。続いてくぐもった爆発音が伝わり、灰色の煙と水蒸気の白い靄で視界がゼロになる。
千尋が風魔法で煙と靄を数秒だけ晴らしてくれた。一瞬見えた島があった場所は、白く泡立った海水が巨大な渦となり、とめどなく水蒸気が発生していた。
『萌さん、これは……どうなったのでしょうか?』
牧島が掠れた声で萌に尋ねた。
『あまりの高温で島は蒸発、かなり深い窪みが出来て、その内側がマグマのようになっていると思います。しばらくすれば収まるでしょう』
その光景に、牧島と赤石の背中に冷たい汗が流れた。もしこれを都市部に撃ち込まれたら? しかもこれで0.1%……下から2番目の威力で、千分の一しか力を使っていないと言うのだ。
最も威力の高い攻撃を全力で放ったら、一体どうなるのだ……?
『あー、これでよろしかったでしょうか? どうぞー』
牧島が恐ろしい想像をしていると、ふいに気の抜けた声が聞こえて現実に引き戻された。
『えー、千尋さん。これで十分です。帰投しましょう、オーバー』
『了解しました、オーバー』
SIDE:防衛省会議室
「えー、以上が本庄千尋氏によるデモンストレーション映像となります。チヌークから撮影した動画とスキャンイーグル2からの別角度の動画、一部始終をご覧いただきました」
部屋を暗くしていた暗幕が開き照明が灯される。会議には20名ほどが出席しているが、小声で隣と話している人が多い。
「それでは本題である本庄千尋氏と本庄萌氏に支払う防衛協力費についてですが、ご意見を承ります」
進行役を任された牧島が出席者を見渡す。
「本庄氏を国防に積極的に関与させるのか?」
真っ先に口を開いたのは防衛大臣政務官。
「……いえ、それはありません。と言うより無理でしょう」
牧島が答える。
「しかし、他国に流出させるのは絶対に避けたい、という事か」
「あれで千分の一の威力と言うのは本当なのか?」
「あの規模の攻撃を何発撃てるのだ?」
次々と口を開く出席者達。
「まず我が国に繋ぎとめておくのが第一です。またあれで千分の一というのは試す訳にもいかないため真偽は不明、それとあの規模程度ならほぼ無限に撃てるそうです」
牧島が簡潔に答える。ふぅ、と小さく息を吐く。この老人達は本質が分かっていないようだな。説明するか。
「防衛協力費という名目で本庄氏に金を支払うのは、他国への流出を防ぐ意味もありますが、それよりも我が国にあの力を行使させない抑止の意味が強いのです」
先程見たあの攻撃が日本に向けられる可能性を暗に指摘され、出席者達がギョッとした顔をする。自分達が攻撃されるなどと夢にも思っていなかったようだ。
「幸いにして本庄千尋氏の性質は『善』でして、家族に危険が及ばない限り自分から攻撃を加える事はないでしょう」
某国の軍事施設がわずか30分で無力化された事はこの会議に出席している全員が知っている。
「他国が本庄氏に余計なちょっかいを出さないよう、デモ映像は秘密裡に各国へ通達するべきと考えますが……防衛協力費を受け取る事で、本庄氏は多少なりとも我が国を大事に考えてくれる筈です」
会議室に騒めきが広がる。
「つまりそれは……みかじめ料のようなものか?」
縄張りで商売をする際に、その縄張りを管理する暴力団に支払う金がみかじめ料。その対価として支払った者は暴力団から守ってもらえる。この場合、縄張りが「日本」、支払う者は「日本国民=税金」、暴力団が千尋、という訳である。例えが乱暴だが。
「そのような認識でよろしいかと」
この後会議は紛糾した。防衛予算は年間6兆円ほど。これは少し調べれば誰でも知る事が出来る。少な過ぎても呆れられるし、多過ぎても政府を納得させるのが難しい。
休憩を挟みながら会議は4時間に及んだ。誰もが飽き飽きした頃、政務官の鶴の一声で金額が決まる。
「核を搭載した大陸間弾道ミサイル10発分、年間100億。これを姉妹に支払う」
千尋と萌が知らない所で、姉妹がとんでもないお金持ちになる事が決定された。
SIDE:本庄千尋
防衛省の依頼でデモンストレーションを行ってからひと月。遂に千尋達家族が住む新しい家が完成した。
土地面積約50坪、建坪約40坪。この辺りの家と比べても特に大きい訳ではない。
家を建てると決めた時、姉妹の口座には5億5千万以上の残高があった。所得税は源泉徴収済み、翌年の住民税を考慮しても予算は最大で4億8千万ほど。そのうちの1億8千万を使って建てられた家である。
余談だが、その後の稼ぎで残高は10億を超えている。
地下1階、地上2階建て。千尋の好みが前面に反映された外観は、無骨な黒い立方体である。上から見ると「ロ」の字状になっており、空いた部分に広い中庭を設けた。
このような形状にしたのは、住人が女3人なのでセキュリティを重視した為だ。玄関以外の侵入口はない。窓は2階部分に小さく作っており、人が侵入出来る大きさではなかった。まるで砦である。千尋と萌が居る時は二人が最高の防犯装置なのだが、姉妹が不在の時の防犯性を最大限高めた結果、このような形状になった。
「「おおー!」」
「外側とは全然違うわねぇ」
指紋認証で玄関が開く。このドアは、見た目は木製だが実際は重厚な鋼鉄製。電動で開閉する仕掛けだ。太陽光発電と蓄電池も備えているので停電でも閉じ込められる事はない。
一歩家の中に入ると、白っぽい木目のフローリングと白い壁紙でファンシーな雰囲気である。中庭に面した部分はほぼ全面ガラス張りなので家の中は大変明るいのだ。
母の鈴音は真っ先にキッチンを見に行く。
「まぁまぁ! 想像以上に使い勝手が良さそう。腕が鳴るわぁ!」
千尋はお風呂を確認。一般家庭にあるより一回り大きな浴槽を特注したのだ。無論萌と一緒に入る為である。
「うんうん、いい感じだよ!」
萌は中庭が気になって、スライド式の窓を開ける。真ん中に植えたのはシマトリネコの木だ。明るい緑の葉が目に優しい。
「……お庭だ!」
広い庭では、夏になったらバーベキューが出来る。何なら冬にやってもいい。て言うか今からでもしたい。想像を膨らませていると、後ろに母と千尋が集まって来た。
「千尋ちゃんと萌ちゃんのおかげで、こんな立派なお家に住めるのねぇ」
「お母さん、まだまだこんなものじゃ――むっ?」
千尋の姿が消える。おかしな気配を感じた千尋は、転移で家の上空に移動していた。
それは、超高空を飛んでいる某大国の無人機。ステルス性能に特化し、レーダーに捕捉されづらい小型のものだが、都市を壊滅させるくらいの核ミサイルを搭載している。千尋の気配察知は害意のある無機物まで捉えるようになっていた。
無人機を見つけた千尋はそれを「絶界」で包んで捕獲。結界内の時間の流れを遅くする。エイシア神の神使ヘイムダルが使っていた「時流遅延」である。そして左目の「魔眼」を発動。無人機を動かしているデジタル信号を追った。
衛星経由で届いていた信号を大元まで追うのにかかった時間は1分ほど。そこから全速力で飛行して無人機が発進した基地に10秒で到着。高空から絶界で包んだままの無人機を基地に向かって投げつけ、地面に到達する直前に絶界を解除する。
その衝撃で核ミサイルが爆発――はしなかったが、小さな火柱が立った。基地にサイレンが鳴り響くより前に、滑走路と格納庫に火球の雨が降り注ぎ、一帯は火の海に包まれた。
司令官らしき人物に「私の安寧を邪魔するな。二度目はない」と釘を刺し、自宅に転移で戻る。わずか3分にも満たない出来事だった。
「お姉ちゃん、どこ行ってたの?」
「んー? ちょっとそこまで」
千尋が目を逸らしながら答えたので、萌は(お姉ちゃん、またやったな)と思った。だが、千尋が何かやる時は萌や母を守るのが理由だと分かっているから、責めるつもりは微塵もない。
牧島が外交ルートを通じて千尋のデモンストレーション映像を各国に流すまでこのような攻防が続くのだが、先走って本庄家に手を出した国は残らず手痛いしっぺ返しを食らう事になった。
千尋はこれでも自重……
「自重ってなに?」




